2016年12月の記事一覧

「ヒカルのチェス」(455)

「Chess」2016年8月号(3/4)

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2016年グランドチェスツアー第1・2戦(続き)

H.ナカムラ – V.トパロフ
パリ大会、ブリッツ戦、2016年

 危険なポーンと双ビショップのある黒が優位に立っている。だから白はe8のルークを取るよりもっと何かをしたいところである。

26.Rxg7+!?

 客観的には負けになる手であるが、白は攻撃するしか助かる道は望めない。ここで黒の選択は重大である。

26…Kh8?

 逃げ方を間違えた。26…Kf8 が正解で、27.f6 Bxe2 28.Rxh7 なら冷静に 28…Kg8 29.Rg7+ Kh8 でよい。

27.Rxf7 Bxe2

 白の狙いを見逃した。しかし機械の示す唯一の助かる希望(27…Bc4 28.Rxb7 Ba6)を見つけることはブリッツ戦では不可能に近いだろう。

28.Nf6

 詰みの狙いがあるので白が交換得になる。

28…Rc7 29.Rxc7 Bxc7 30.Nxe8 Bg3

 この局面でもまだ難しそうである。しかしナカムラは一連の強手とすごい幸運のおかげで勝った。

31.e5!

 強手その1。31…Bxe5 なら 32.Re1 で危険な敵ポーンを取り除ける。

31…Bb5 32.Nd6 Bd3 33.Nxb7?

 ここでは 33.f6! が正着だった。e5のポーンはタブーだし[訳注 33…Bxe5 34.Nf7+]、33…e2 なら 34.e6! Bxd6 35.e7 Bg6 のとき白は冷静に白のeポーンを取り除けるし 36.Rc1! とさえ指せる。

33…e2 34.e6 Bxf5 35.e7 Bg6 35.b5!?

 強手その2。状況は思わしくないしこの手さえ最も正確とは言えないが、ナカムラはクイーン翼の多数派ポーンを最大限に利用しなければと認識している。

36…Kg8

 トパーロフはこの機会にキングを働かせてすぐに優位に立ち始める。

37.a4 Kf7 38.a5 Bc2 39.Nc5!

 強手その3。白は …Bd1 の狙いに対処する手段を見つけた。しかしいずれにしてもまだ負けている。

39…Kxe7 40.b6 axb6 41.axb6 Kd6 42.Rc1 1-0

 そしてここで強手その4だ。白は強手のような手にもかかわらず全面的に圧倒されてきたようだが、トパロフがポーンを8段目に進めたまま時計を押した時、ナカムラは冷静に勝ちを主張することができた(ポーンを昇格駒で置き換えないのはブリッツでは不正着手になる)。


パリ大会での紫色を基調にしたプロの戦士たちに非常にふさわしい対局場。左下のヒカル・ナカムラはレボン・アロニアン戦の対局開始を待っているところで、パリ大会で危なげなく優勝した。

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(この号続く)

2016年12月30日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス7

布局の探究(221)

「Chess Life」1998年9月号(2/4)

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布局の探究

GMエドマー・メドニス

ドラゴンの毒牙を抜く(続き)

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 g6 6.Be3 Bg7 7.f3 O-O 8.Qd2 Nc6
Ⅰ.9.O-O-O [B76]
GMファン・デル・ビール対GMティビアコフ(ベイクアーンゼー、1994年)

 この明快な手が最も初期の手だった。白はキングを比較的安全な所に移し、10.h4 からh列を素通しにするように努める。これは黒がキング翼ビショップをフィアンケットするのにgポーンを突かなければならず白の h4-h5 突きにさらされるということにも助けられている。

 私の考えでは黒は白の狙いに精力的に反応する必要がある。黒を持つ選手の中にたとえ 9…Nxd4 10.Bxd4 Be6 や 9…Bd7 で指せるということを示そうという者がいても、私の評価ではそれらの手は「得るものより失うものの方が多い」。

9…d5!?

 黒を死地から引っ張り上げたのはこのポーン捨てで、1955年頃のことだった。

10.exd5

 当時も今もこの手が普通である。それでもここ2、3年は白側の選手が 10.Qe1 や 10.Kb1(10…dxe4?? は 11.Nxc6 で黒の負け)を試している。

10…Nxd5 11.Nxc6 bxc6 12.Bd4

 欲張ってはいけない。つまり 12.Nxd5 cxd5 13.Qxc5 Qc7! 14.Qxa8?(14.Qc5 Qb7 は黒に完全にポーンの代償がある)は、14…Bf5 15.Qxf8+ Kxf8 16.Rd2 h5! となって、クイーンと双ビショップが白のクイーン翼をにらんでいるので黒が優勢である。

12…e5!

 ドラゴンを指すなら初志貫徹すべきである。12…Nxc3 13.Qxc3 Bh6+ 14.Be3 や 12…Bxd4 では引き分けを目指してはいつくばることになる。

13.Bc5 Be6!

 黒枡ビショップの斜筋がふさがっているのでここで 13…Re8?! は 14.Nxd5 cxd5 15.Qxd5 で白が比較的安全にポーン得になる。これに対して本譜の手のあと 14.Bxf8?! と取るのは 14…Qxf8 と取り返されて黒に交換損の代償がいっぱいある。それらは急所の黒枡の支配、b列での有望な作戦、そして目下の 15…Bh6 の狙いである。

14.Ne4! Re8! 15.h4

 白は黒の中央での反撃を無効にし 16.h5 でh列を素通しにする用意をした。黒は次の3手のどれかでそれを防がなければならない。

 (1)15…h5 は恒久的にg5の地点を弱める。ティビアコフは 16.Kb1、16.g4 そして 16.Ng5 を白が優勢を目指すための本筋の手段としてあげている。

 (2)15…h6 はキング翼全体を恒久的に弱める。それにつけ込んだお手本がエールベスト対マリン戦である(カルカッタ、1997年)。16.g4 Qc7 17.g5! h5 18.Bc4 Red8 19.Qf2 a5 20.a4! Qb7 21.Rhe1! Rab8 22.b3 Nf4 23.Bxe6 Nxe6 24.Nf6+ Bxf6 25.gxf6 Rd5 26.Bd6 Rd8 27.Bxe5 Qb4 28.Rxd5 cxd5 29.Bb2 d4?! 30.Rxe6! fxe6 31.Qg3 Kf8 32.Kb1 Qb7 33.Qxg6 Qf7 34.Ba3+ Ke8 35.Qh6 e5 36.Qg5 Rd5 37.Qf5 Kd8 38.f4 d3 39.cxd3 Rd4 40.Be7+ Kc7 41.Qxe5+ 黒投了。『チェス新報』第69巻第213局にGMエールベストの詳細な分析が載っている。

 (3)15…Nf4 が実戦の手である。

15…Nf4

 この応手が良いとされている。黒は少し劣勢の收局を甘受してでも白の攻撃の機会を削減する気である。白が拒否する理由はない。

16.g3 Qxd2+ 17.Rxd2 Nh5 18.g4 Nf4 19.h5 Bd5 20.hxg6 fxg6!

 黒はf3の地点に対してf列で反撃策を作り出しながらh列を閉鎖したままにできることを望んでいる。20…hxg6?! は劣っていて、21.Be3! Ne6 22.Bd3! で白の攻撃が危険なものとなる(ファン・デル・ビール)。

21.Rdh2 h6 22.Rf2 Ne6 23.Be3 Rf8! 24.Nd2 Nf4 25.Bc4 Rf7 26.Rd1 Rb8 27.Bb3 a5 28.Ne4 Rbf8?!

 28…Bxb3 29.axb3 Nd5 30.Bc5 ならファン・デル・ビールによれば白の優勢はほんのわずかだった。

29.c4! Bxe4 30.fxe4 Kh7

 30…Nd3+ は 31.Rxd3 Rxf2 32.c5+ Kh7 33.Bxf2 Rxf2 34.Rd6 となって明らかに白の方が優勢である。

31.c5 Rb7?! 32.Rd6 Rc8 33.Rfd2! Rcc7 34.Ba4 Bf8! 35.Rxc6?! 引き分け

 白は残り時間が少なくて引き分けに同意した。ファン・デル・ビールは『チェス新報』第59巻第251局にGMジョン・ナンによるものとして次の決定版の分析を載せている。35.Kd1!! Bxd6 36.cxd6 Rc8 37.d7 Rd8 38.Bxc6 Rbb8 39.Bc5 これで白はほぼ勝勢である。

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2016年12月28日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 布局の探求3

「ヒカルのチェス」(454)

「Chess」2016年8月号(2/4)

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2016年グランドチェスツアー第1・2戦(続き)

V.クラムニク – H.ナカムラ
パリ大会、ブリッツ戦、2016年

 局面はナカムラがクイーンをe4からちょっと進めたところである。確かに黒はポーン損だが異色ビショップは攻撃側に有利に働くことを決して忘れてはいけない。

33.Bg3?

 Qf4 とは指せない。しかしいずれにしても時間に追われてこの局面に対処するのはたいていの者にとって至難である。それはそれとして、黒からの狙いはどうせまだないのだから白は足踏みをしてもよかった。33.Qb8+ Kh7 34.Qe5 としておけば 34…Bd5 には 35.Qf5+ Kg8 36.Qc8+ で棚ぼたの引き分けになる。33.b4 も同様の趣旨で、33…Bg6(33…Bd5?? 34.Qe8+ Kh7 35.g6# という白のわなを避けた手)には 34.Qe3 と指せる。

33…Bd5 34.Qe8+ Kh7 35.g6+ Kh6 36.Qh8+ Kxg6 37.Qe8+ Kh7 0-1

 白はチェックが尽きてg2が守れない。

(クリックすると全体が表示されます)

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(この号続く)

2016年12月23日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス7

布局の探究(220)

「Chess Life」1998年9月号(1/4)

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布局の探究

GMエドマー・メドニス

ドラゴンの毒牙を抜く

 攻撃は好きだが明快な戦略に基づいていたいなら、1.e4 に対する黒としてシチリア防御ドラゴン戦法をお勧めする。フィアンケットされたキング翼ビショップには中央で戦術の題材がいろいろとあり(特に白のd4のナイトに関するもの)、白がクイーン翼にキャッスリングすれば(人気断トツの作戦)キング翼ビショップの利きがずっと白のクイーン翼まで届く。

 しかし本稿の目的は白にも両方いい手法を示すことである。その意味するところは白が活気のある局面を保持し黒の猛襲を最小限にできるということである。40年以上に渡る最も重要な戦型はユーゴスラビア攻撃で、今日でも流行している。

 次の手順がユーゴスラビア攻撃の出発点である。

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 g6 6.Be3 Bg7 7.f3 O-O 8.Qd2 Nc6

 両者の作戦概要ははっきりしている。

 はクイーン翼にキャッスリングし、hポーンを突き進めてh列を素通しにし、黒枡ビショップ同士を交換することにより黒のキング翼を弱体化させる。

 は自分が詰まされないうちに白キングを攻撃する必要がある。その攻撃は通常は半素通しc列を利用して行われる。

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2016年12月21日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 布局の探求3

「ヒカルのチェス」(453)

「Chess」2016年8月号(1/4)

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2016年グランドチェスツアー第1・2戦

F.カルアナ – H.ナカムラ
パリ大会、快速戦、2016年

 両者とも快速戦の最終対局で勝とうとして全力を傾けてきた。ここで 45.Rc7! Bd8 46.Rc8 Ra2+ 47.Kg3 Bb6 はブリッツ戦だけにカルアナとしても非常に怖く見えたに違いない。しかし驚いたことにここでは白の勝勢だった。48.Ng5! Bf2+ 49.Kg2 Be3+ 50.Kh1 Ra1+ 51.Bf1!(妙手)

51…Rxf1+ 52.Kh2 Bxf4+(52…Bb6? 53.Rb8)53.Kg2 Bxg5 54.Kxf1 Kf7 55.d8=Q Bxd8 56.Rxd8

45.Re1 Kf7 46.Ng5+ Bxg5 47.fxg5 Rd6

 危険なパスポーンを手中に収めた。ここではもう勢いは明らかに黒の方に振れていた。しかし解説者たちはまだ引き分けに終わるだろうと予想していた。

48.Re5 Rxd7 49.Rxb5 Rxd3 50.Rb6 Bf3+ 51.Kh2 Be4

 黒は少し駒の働きに優り、自分から米国ナンバーワンの地位を奪った男を負かそうとするナカムラの決意にも助けられていたことは確かである。しかしもちろんまだ引き分けに終わるはずだった。

52.Bf1 Rd1! 53.Bc4+ Kg7

54.b5??

 カルアナはナカムラが巧妙に張ったクモの巣に気がつかなかった。ここは 53.Kg3 と指さなければならなかった。

54…f4

 あらま。突然白は詰みを避けられなくなった。

55.Kh3 Bf3 0-1

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(この号続く)

2016年12月16日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス7

布局の探究(219)

「Chess Life」1998年7月号(6/6)

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布局の探究

GMエドマー・メドニス

ホッジソン攻撃 1.d4 d5 2.Bg5(続き)

 5)2…h6! 3.Bh4 c6!

 私はこのやり方こそホッジソン攻撃を指す楽しさのほとんどを取り去ると考えている。黒は全然代価を払うことなく白のビショップをg5より劣る地点(このビショップにとってはe1-h4の斜筋よりもc1-h6の斜筋の方が有用である)に追いやり、本譜の手のあと 4…Qb6 で白のbポーンを脅かす用意をしている。4…Qb6 は先手になりeポーンを釘付けからはずして黒枡ビショップを本来の斜筋に沿って展開できるようにする。黒の作戦には戦略上も戦術上も欠点がない。

 グランドマスターの中には 2…c6 から 3…h6 という手順の方を好む者がいる。私には本譜の方がわずかに正確に感じられる。ビショップをf4に置く機会を白に与えないからで、すぐに 3.Bf4 は明らかに無害である。

 5A)4.Nf3 Qb6 ホッジソン対アディアント(アムステルダム、1996年)

5.b3

 こう突くとクイーン翼がいくらか弱体化する。しかし 5.Qc1 だと 5…g5!? 6.Bg3 g4 7.Ne5 Qxd4 というようにdポーンを取られる恐れがある。デュールース対ボルゲ戦(レイキャビク、1996年)では黒は中央での優位と働きに優る駒で次のようにはっきり優勢になった。8.Nd2 Nd7!? 9.c3 Qb6 10.Nxg4 h5 11.Ne5 Nxe5 12.Bxe5 f6 13.Bf4 e5 14.Be3 c5 15.f3 Be6 16.Bf2 O-O-O 17.Qc2 Kb8 18.O-O-O Ne7 19.Kb1 Bh6

 もちろん 5.Qc1 に対して 5…Bf5 と堅実に展開を図れば、まったく理にかなっていて完全に互角を目指す満足できる手段となる。特に明快な局面の方を好む者にとってはうってつけである。

5…Bf5 6.e3 e6 7.Bd3 Bxd3 8.Qxd3 Nd7 9.O-O Be7 10.Bxe7 Nxe7 11.c4 O-O 12.Nc3 Qa6

 ここを手始めにアディアントはクイーンとナイトの配置を誤った。12…Rfd8 から 13…Rac8 ならほぼ互角である。

13.Rfd1 Nb6?!

 ホッジソンは 13…Rfd8 には 14.Rac1 で互角の形勢としている。本譜で白は巧みな捌きで優勢な收局を築き見事な勝ちを収めた(『チェス新報』第67巻第449局にホッジソンの解説が載っている)。

14.Rdc1! dxc4 15.Qf1 Nd7 16.bxc4 c5 17.d5 Rad8 18.Rab1! exd5 19.cxd5 Qxf1+ 20.Kxf1 b6 21.a4 f5 22.a5 Nc8 23.Nb5! bxa5?! 24.Nc7! Rf7 25.Rb5 Ncb6 26.Rxa5 Nf6 27.Rcxc5 Rdd7 28.Rxa7 Nfxd5 29.Nxd5 Rxd5 30.Rcc7 Rxc7 31.Rxc7 Nd7 32.Nd4 Nf6 33.Ra7 g6 34.h4 f4? 35.Nc6! Rd7 36.Rxd7 Nxd7 37.exf4 Nc5 38.Ke2 Kg7 39.Nd4 Nb7 40.g4 Nd6 41.Kf3 h5 42.g5 Kf7 43.f5! gxf5 44.Kf4 Kg6 45.f3 Nb7 46.Nxf5 Nc5 47.Nd4 Nd3+ 48.Kg3 黒投了

 5B)4.e3 Qb6 アダムズ対ピケット(ベイクアーンゼー、1996年)

5.Qc1

 白のdポーンは安全だが、別の戦術の可能性が頭をもたげている。それは守られていない状態のh4のビショップである。だから黒はすぐに 5…e5!? と突くことができる[訳注 6.dxe5 なら 6…Qb4+]。5.Qc1 でなく 5.b3 なら黒にはやはり意欲的な 5…e5!? と堅実な 5…Bf5 の選択肢がある。これらのどの場合でも黒がいずれ正当な互角を期待する理由が十分にある。

 この試合はどこかでほんのわずかの進展を白が図るのも防ぐ黒のやり方を絵に描いたように完璧に見せつけてくれる。

5…Bf5 6.Nf3 e6 7.Be2 Nd7 8.Nbd2 Be7 9.Bxe7 Nxe7 10.c4 O-O 11.O-O a5!

 白がクイーン翼で陣地を広げるのを防いだ。

12.b3 Rfc8! 13.Qa3 Qd8! 14.Rfc1 Bg6 15.Qb2 c5!

 黒は中央での対等な関係を達成した。

16.cxd5 Nxd5 17.dxc5 Rxc5 18.Rxc5 Nxc5 19.Qd4 Qf6! 20.Rc1 引き分け

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2016年12月14日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 布局の探求3

「ヒカルのチェス」(452)

「Chess Life」2016年7月号(1/1)

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米国選手権戦

自戦解説 GMファビアノ・カルアナ

シチリア防御スヘフェニンゲン戦法 (B80)
GMファビアノ・カルアナ(2870)
GMヒカル・ナカムラ(2861)
米国選手権戦第4回戦、ミズーリ州セントルイス市、2016年4月17日

 大会優勝は明らかに第4回戦でのナカムラ戦の勝利に負うところが大きかった。激戦になると覚悟していたが、あとでナカムラが背水の陣でこの試合に勝たなければならないと考えていたことを知った時には驚いた。大会のこんな早くにそんなことはあるはずもなかった。

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6 6.f3 e6 7.Be3 h5!?

 ナイドルフ戦法は長年ナカムラの常用戦法の主柱を成してきたので大して驚かなかったが、この 7…h5 というまれな戦型は予想していなかった。黒は g2-g4 突きを防いで白の攻撃を一筋縄ではいかないようにする。その一方で黒のキング翼は弱体化してキングはたぶん長い間中央に居続けるだろう。だからこの戦略にはある程度の危険性がある。

8.a4

 これは大した手ではないが私としてはなにか新機軸を打出してみたかった。主流手順は 8.Qd2 と 8.Bc4 である。

8…Nc6 9.Bc4

 9.Be2 でスヘフェニンゲン模様を目指すのもあるが、私はもっと攻撃的に指してみたかった。

9…Qc7 10.Qe2 Be7 11.O-O Ne5 12.Bb3 Bd7

 ここで私は長考に入った。黒は続いて …Rc8 から …Nc4 と指してくる。そして私にはどちらのビショップを交換するかの選択肢がある。b3のビショップの方がずっと大切に思えたので交換することにしたのは…

13.f4 Neg4 14.Kh1 Nxe3 15.Qxe3

 黒は双ビショップになったが、こちらには f4-f5 から黒の白枡の弱体化を目指す反撃策が豊富にある。

15…Qc5?!

 対局後ナカムラはこの手を反省した。対局中私には自然で強い手に感じられたが、貴重な手を損したという彼がたぶん正しいのだろう。

 黒はすぐにキャッスリングすることができた。15…O-O-O に 16.f5 と突いてくれば 16…d5 と突き返してc7のクイーンの利きがh2に通る。

16.Rad1

16…g6?!

 この手こそ本当に手損のように思われる。結局のところこちらが f4-f5 と突くのを防いでいないからである。

 私は 16…h4!? の方を気にしていた。適切な状況で …Nh5-g3(+) と指す狙いである。

17.Qe2

 この手がうまい手で、クイーンを釘付けからはずし、…Ng4 がクイーン当たりにならないようにし、e4-e5 突きと f4-f5 突きの両方を見ている。

17…O-O-O

 黒は 17…h4!? と指すべきところだろう。想定される手順は 18.e5 dxe5 19.fxe5 Nh5 20.Qf3 O-O 21.Qxb7 Ra7 22.Qe4 Ng7 で、黒にはポーンの代償がある。

18.f5

 18.e5 の方が強力だと推奨されたが、対局中はそれほどはっきりしないように思われたし、対局後でもそうである。18…dxe5 19.fxe5 Ng4 20.Rxf7 Kb8 となって白が優勢なのは疑いないけれども避けるべき落とし穴が多い。

18…e5

 18…gxf5 19.exf5 e5 は完全に成立していた。20.Bxf7 exd4 21.Qxe7 となったとき私が見落とし、たぶんナカムラも見落とした手は 21…Qe5! 22.Qxe5 dxe5 23.Nd5 Nxd5 24.Bxd5 Bxa4 で、收局は互角に近いはずである。

19.Nf3 gxf5

20.Ng5!

 ナカムラはこの手を見落としたのかもしれない。このナイトがf7に行けば効果は絶大である。

 20.exf5 は 20…h4 のあと …Nh5 から …Bc6 を狙われてわけが分からなくなる。

20…f4

 この手は大局的にみて正しいようである。f4のポーンは白を締めつける効果を発揮している。

 20…fxe4 と取るのは面白い局面になる。21.Rxf6!? これが唯一の手というわけではないが、対局中はこう指すつもりだった(21.Nd5 もある。21…Nxd5[21…Bg4 は悪手で、22.Nxe7+ Kb8 23.Qf2 Qxf2 24.Rxf2 Nh7 25.Nxh7 Bxd1 26.Nf6 e3 27.Rf1 e2 28.Re1 で白のナイトが黒のルークを圧倒している]22.Rxd5 Qb4 23.Nxf7 Rhf8 24.Nxd8 Rxf1+ 25.Qxf1 Kxd8 白が優勢かもしれないが局面はねじり合いが続く)21…Bg4 22.Qe1 Bxf6 23.Ngxe4 Qb4 24.Nxf6 Bxd1 25.Qxd1 小駒が盤上を支配しているようなのでこのような局面は白が優勢だと思っていたが、黒が戦力得なので客観的には形勢不明である。

21.Rd3

 感触の良い手である。ルークが …Bg4 の利きから逃れ、将来c3またはb3に転回する狙いがある。21.Nxf7 Bg4 22.Rf3 Bxf3 23.gxf3 も魅力的だったが少し考えてそれ以上を目指せると判断した。23…Kb8 24.Nxh8 Rxh8 はたぶん黒が問題ない。

21…Kb8

 自然な手で、実戦的には最善手だろう。

 コンピュータの勧める手は 21…Rdf8 で私は 22.Nd5(22.Nxf7 Rh7 23.Ng5 Rg7 24.Ne6 Bxe6 25.Bxe6+ Kb8 26.b4! の方がはるかに強力で黒は長くもたないと思う)22…Nxd5 23.Bxd5 で読みを打ち切っていたが、23…Qa7! で受かっているようである。もっともこのように指すには破格の勇気が必要だと思う。とりあえずの 24.Nf3!? でさえ黒にとってはいずれかなり厄介になるかもしれない。21…Bg4 は 22.Qd2 で全然黒の大義に役立たない。21…h4 は対局後解説者達が指摘していた。22.Nd5 Nxd5 23.Bxd5 Bxg5 24.Rc3 Kb8 25.Rxc5 dxc5 と進んだとき私の好みは単純な 26.h3 で、黒キングは安全とは程遠い。

22.Nxf7 h4!

 この手が要点で好手だった。急に …Nh5 から …Ng3(+) が視野に入ってきた。やはり黒枡ビショップのないことが痛切にひびいている。

23.Nxh8

 この手は正確さを欠いていた。直感どおりに争点を維持すべきだった(もっと直感に従う必要がある)。

 …d6-d5 突きを避ける 23.Qf2! の方が良かった。それでも 23…d5 なら 24.Qxc5 Bxc5 25.Nxd8 Rxd8 26.Bxd5 となって …Nh5-g3! を狙うには黒ルークはh8にいる必要がある。

23…Rxh8 24.Qf2 Qb4??

 この決定的な大悪手にはまったく驚いた。黒としてはナイト同士を交換して白ビショップをd5の拠点に残すのはどんなことがあっても許すべきでないのは明らかだからである。

 ナカムラは 24…Qa5 を指摘した。成立するが形勢は黒の方が悪い。しかし 24…d5!! と突くのが反撃の絶好の機会だった。25.Bxd5(25.Qxc5? は 25…Bxc5 26.Bxd5 Nh5! がモーリス・アシュリーのよく言うところの不意打ちの一発になる)25…Qxf2(25…Qc7!? のような手さえ注目に値するが、たぶん互角には十分でない)26.Rxf2 Bc5 27.Rff3 Bg4(ここで狙い筋の 27…Nh5 は 28.h3 Ng3+ 29.Kh2 で何ももたらさない)28.h3 Bxf3 29.gxf3 白がポーン得だが黒は引き分けるのにそう多くの問題がないはずである。

25.Nd5 Nxd5

 25…Qxe4 には素朴な 26.Nxe7 でなく 26.Nxf6! Bxf6 27.Rxd6 と来られてビショップを取られる。

26.Bxd5 Bxa4?

 黒はビショップを取られるこのポカがなかったらもっと長く指せたかもしれないが結果には変わりない。白は交換得でおまけに主導権もあるのだから。

27.Ra3!

 ナカムラの見落とした手がこれだった。ビショップは動けず、白は c2-c3 から b2-b3 でビショップが取れる。

27…h3

 27…Bb5 には 28.Qb6! が妙手となる。

28.c3 Qb5 29.b3 Bh4 30.bxa4 Qd3 31.g3 黒投了

 31…Bxg3 には単純な 32.Qf3! Qd2 33.Ra2 があるので投了はやむを得ない。


9回の選手権優勝者が一堂に。閉会式での3人の米国チャンピオンたち(左から右へ)GMアレクサンドル・オニシュク(2006年)、FMスニル・ウィーラマントリ(ナカムラの義父)、ヒカル・ナカムラ(2005、2009、2012、2015年)、GMアレクサンドル・シャバロフ(1993、2000、2003、2007年)

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(この号終わり)

2016年12月09日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス7

布局の探究(218)

「Chess Life」1998年7月号(5/6)

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布局の探究

GMエドマー・メドニス

ホッジソン攻撃 1.d4 d5 2.Bg5(続き)

 4)2…Nf6 3.Bxf6

 この戦型の実戦的な重要性は、この局面が 1.d4 Nf6 2.Bg5 d5 3.Bxf6 という手順からも生じるので増している。自発的に二重ポーンを受け入れるのは私の棋風と相容れないが、気にしない人にとっては問題ない。

 4A)3…exf6 GMジュリアン・ホッジソン対GMセルゲイ・ティビアコフ(フローニンゲン、1994年)

 黒はこう取り返して自分のビショップのために格好の斜筋を確保する。もっとも中央での影響力が減少するという代価を払っている(3…gxf6 と比較して)。私はこれを「快適展開」戦型と呼んでいる。

4.e3 Be6 5.g3!

 黒にはeポーンが欠けているので、白の戦略目標はc4またはe4にポーンを突いて黒のd5の中央拠点に挑むことである。黒はこれらのポーン突きを無効にするか阻止しようとする。

5…f5! 6.Bg2 c6 7.Nd2 Nd7 8.Ne2 Bd6 9.b3

 9.O-O は 9…O-O 10.c3 Nf6 11.Qc2 Ne4 12.Nf4 Bxf4 13.exf4 b6 14.Nf3 f6 となって黒が大変堅固で大したことがなかった。このアダムズ対ティビアコフ戦(番勝負第10局、ニューヨーク、1994年)は23手目で合意の引き分けに終わった。

9…Nf6 10.c4 Bb4!? 11.O-O!? Bxd2

 黒は挑戦に応じた。考えを変えて 11…dxc4 と指すこともできたが、12.Nxc4 でそれまでの指し手が無駄になり白にわずかな有利が約束される。

12.Qxd2! dxc4 13.Nf4! cxb3 14.Nxe6 fxe6 15.Rfb1 O-O 16.Rxb3

 クイーン翼の素通し列、いくらか不安定なe6-f5ポーン、白のキズのないポーン陣形、それに白駒の連係の良さは白にポーンの代償があることを意味している。残りの指し手と形勢記号でこの項を締めくくる。ティビアコフは『チェス新報』第62巻第394局で本局を詳細に解説している。

16…Qd7 17.Qb4 Rfb8! 18.Rab1 Nd5 19.Qa4 b5!? 20.Qa5 Rb6 21.Rc1 Qb7 22.a3 Ra6 23.Qe1 Qd7 24.Rc5 Rb8 25.h4! Rab6 26.h5 Qf7 27.Bf3 Rd8 28.Rb2 Rd6 29.Kg2 Nf6 30.Qb4 Nd5 31.Qe1 Nf6 32.Qb4 Nd5 33.Qa5!? Qb7 34.Qe1 Nf6 35.Rbc2 Qd7 36.Qh1!? a5?! 37.Qh4?! h6 38.Qf4 a4 39.Qe5 Ra6 40.Rc1 Rb6 41.R5c2 Nd5 42.Rc5 Nf6 43.R1c2 Nd5 引き分け

 4B)3…gxf6

 中央に向かって取り返すことにより黒はそこでの可能性を高めた。それでも展開の遅れと黒キングのいくらかの不安定という二律背反は避けられない。白はそれにつけ込むために局面の開放に努めるべきである。「微温的」態度では何にもならない。4.e3 c5 5.c3 Qb6 6.Qb3 e6 7.Nd2 Nc6 8.Ngf3 Bd7 9.Be2 Na5 10.Qc2 cxd4 11.exd4 Bb5 12.Bxb5+ Qxb5 13.a4 Qc6 14.O-O Bd6 は互角である(フェルナンデス対タタイ、バルセロナ、1985年)。

 今のところ実戦例は数少ない。4.c4 dxc4 のあとの典型的な実戦例を年代順に3局示す。

 4B1)5.e3 c5 6.Bxc4 cxd4 7.exd4 Bg7 8.Ne2 O-O 9.Nbc3 Nc6 10.Qd3! Nb4?!(ひどい手損。10…f5 11.Rd1 e5! と指すことが必要)11.Qd2 Bf5 12.O-O Rc8 13.Bb3 e6 14.Rfd1 Qe7 15.a3 Nc6 16.d5 白が優勢(ロメロ・オルメス対スンイェ・ネト、ベナスケ、1985年)

 4B2)5.Nc3 c6 6.a4 e5! 7.Nf3 Bg7 8.e4 Bg4 9.Bxc4 exd4! 10.Qxd4 Nd7 ここから 11.Qe3?! Qb6! 12.Qxb6 と進んだとき黒は 12…axb6 と取っていればわずかに優勢な收局にできた(ホッジソン対ブル、アマンテーア、1995年)。IMアルカディ・ブル は白の改善策として 11.Nh4 と 11.Be2 を示した。これならほとんどいい勝負だろう。

 4B3)5.e3 Rg8!? 6.Nc3 c6 7.Qc2 f5 8.Bxc4 Rxg2 9.Nf3 e6 10.O-O-O(メドゥナ対ブル、プラハ、1996年)ブルは黒の正着として 10…Nd7 をあげ、11.e4 や 11.Rhg1 で白に完全に代償があると考えている。

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2016年12月07日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 布局の探求3

「ヒカルのチェス」(451)

「Chess Life」2016年6月号(3/3)

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世界選手権挑戦者決定大会(続き)

GMアレハンドロ・ラミレス

ルイロペス・ベルリン防御 (C65)
GMファビアノ・カルアナ(FIDE2794、米国)
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2790、米国)
FIDE挑戦者決定大会第8回戦、モスクワ、2016年3月20日

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 Nf6 4.d3 Bc5 5.Bxc6 dxc6 6.Nbd2 O-O 7.Qe2 Re8 8.Nc4 Nd7 9.Bd2 Bd6 10.O-O-O b5 11.Ne3 a5 12.Nf5 a4 13.Bg5 f6 14.Be3 Nc5 15.g4

 局面は攻め合いの様相を呈している。白はクイーン翼にキャッスリングして速攻に期待している。黒は反対翼ですぐ攻撃できそうだがそれは幻想である。

15…Be6 16.Kb1 b4 17.g5 b3 18.Rhg1!

 黒の狙いをまったく無視している。ここでは変化が多いが実戦の手順だけに的をしぼる。

18…bxa2+ 19.Ka1

19…Bxf5

 白のナイトを消すのは状況を考えれば非常に自然に思われる。19…a3 は 20.b3 g6 21.Nh6+ Kh8 22.d4 となって白の主導権がとてつもなく大きくなる。

20.exf5 a3 21.b3

 黒の問題はここで良い攻撃パターンが一つもないことである。その一方でキング翼は明らかにいつまでも持ちそうにない。

21…Na6 22.c3 Bf8 23.Nd2!

 この手は私の好みである。もっともコンピュータはもっとほかの方がいいと言っている。ナイトをe4に組み替えるのは自然で強力である。

23…fxg5 24.Rxg5 Nc5 25.Rg3!

25…e4

 25…Qxd3 は 26.Qxd3 Nxd3 27.Ne4(d3のナイトが浮いていてf6での狙いもあり黒は交換損になる)27…Nf4(27…Red8 でも 28.Bg5 で白が勝つ)28.Nf6+ である。

26.Bxc5 Bxc5 27.Nxe4

 このナイトはまるでタコだ。

27…Bd6 28.Rh3 Be5 29.d4 Bf6 30.Rg1 Rb8 31.Kxa2 Bh4 32.Rg4 Qd5 33.c4 黒投了

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(この号終わり)

2016年12月02日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス7