2010年06月の記事一覧

世界のチェス雑誌から(79)

「Chess Life」2010年2月号(7/7)

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2009年世界少年少女チェス選手権戦(続き)

女子スターの次世代

 世界少年少女に行けないことがどんなにつまらないことかに気付いたのはスーツケースから中身を出しお土産のマグネットを冷蔵庫に貼り旅行の日々と感謝祭の夕食から一息ついたあとだった。コーチのサム・パラトニクと実際の対局から2週間の間にチェスについて多くのことを学んだ。人がどのような服装をしてどんな料理を食べ試合のためにどんな準備をするのか観察するのはとても楽しかった。何でもありである。文化に触れる以外にチームの仲間意識も懐かしいし、若い選手、特に女子のあふれる才能を目撃したのも懐かしい。

 今回は私にとって二度目の世界少年少女で、メダルを狙っていた。第1局は勝った。第2回戦の組み合わせを見て最上位席で対局することが分かった。きつい試合には備えていたがこんなに早くとは。相手は2400のロシア選手。中盤戦はずっと悪かったが何とかごまかして難しい収局に持ち込んだ。たぶん彼女の方がまだ形勢が良かった。試合は二人とも30秒の加算だけで指すようになるまで続いた。私には少なくとも引き分け、もしかしたら勝つ可能性もあった。残念ながら局面の判断を誤り5時間目の終わりで投了した。

 この負けのあと私の成績は取り立てていうこともなかった。でも米国チームの活躍には興奮した。チームに強い女子選手の多いことには大いに喜んだ。サムリサ・パラコルは大スーパースターだった。実力と強い精神力で女子8歳以下で銀メダルを取った。彼女の両親はサムリサが2回戦で負けたあとメダルが本当に欲しかったので落ち込んでいたと言っていた。彼女は決然と気を取り直し巻き返した。アニー・ワンも素晴らしかった。彼女のレイティングには頭が下がる。アリーナ・カッツは大会をとおしてずっと冷静だった。最上位席で対局中も落ち着き払っていた。シモーン・リャオとダリアン・ロビンソンは準備と試合に全力を傾けた。二人とも潜在的な力と将来性が大いにある。

 今回の女子チームの打ち込みようと才能にはとても勇気づけられた。それは女の子がもっとチェスを指すようになれば数も増え男子と女子の成績の差も縮まると思うから。それにしてもこの子たちは今はまだ小さいけれど5年か10年かもっと経てばみんな今の私と同じ年頃になる考えると愉快である。絶対見届けたい。

 この大会と春の高校全国大会で少年少女チェスとはずっとお別れである。だから悲しくてちょっと妙な気持ちである。コロンブスの初心者部門での完勝からアンタルヤの世界選手権での試合までとてつもない旅だった。今18歳で来年は大学進学である。大学でもチェスはずっと指し続けていたい。でももし中断したとしてもいつかまたきっと戻って来るだろう。チェスには世界少年少女で果たせなかった大きな目標がある。ずっと希望を持っていたい。

アビー・マーシャル

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(この号終わり)

2010年06月30日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 世界のチェス雑誌から

チェス世界選手権争奪史(259)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 というわけでフィッシャーはポカで1点を失い不戦でもう1点を献上し、5局目が終わった今はもう互角の成績になっていた。第5局の試合内容からはスパスキーにとって全てがうまくいっていないことが明らかになっていた。前日までの騒動すべてがもっと気まぐれに見える挑戦者に対してよりもスパスキーの方にはるかにもっと逆効果に働いていたのだろうか。それとも挑戦者決定競技会で目前のものすべてをなぎ倒すことを可能にした無敵のスーパーチェスをフィッシャーが再び指しているだけなのだろうか。第6局はその両方の推測を支持する証拠となった。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 フィッシャー
黒 スパスキー

1.c4

 この番勝負におけるフィッシャーの定跡選択は事前研究の実際の努力を別にしてもそれ自体すばらしかったし圧勝の大きな要因となった。スパスキーがフィッシャーの前例を研究することによってさえも予想できなかったのも無理のない方向へ試合を持って行く方策をフィッシャーはしばしば見つけ出した。だから挑戦者にもたらした実戦的かつ心理的な優位は計り知れなかった。ソ連のチェス界が総力をあげて準備を支援したと言われるスパスキーにとってこのように翻弄されたことは残念な結果に終わった中でも最も心を痛めたことの一つだったに違いない。

 これはもちろんスパスキーの準備がまったく無駄だったということではない。既に第4局の布局で巧妙な意外手を相手に見舞っていたし、第11局((261)を参照)でも同様だった。しかしほとんどの場合意外手を用意していたのはフィッシャーの方だった。

1…e6

 フィッシャーが本局以前に 1.c4 を指したのは1970年パルマで行なわれたインターゾーナルでのポルガエフスキー戦ただ1局だけだった。(同大会最終局のパンノ戦でもこの手を指したがパンノはスケジュールの変更に抗議して不戦敗になったのでスパスキーの直面した問題とは関係がなかった。)ポルガエフスキーは 1…Nf6 と応じ以下 2.g3 c6 3.Bg2 d5 4.Nf3 Bf5 5.Qb3 Qb6 6.cxd5 Qxb3 7.axb3 cxd5

と無難な局面になり38手で引き分けた。

2.Nf3 d5 3.d4

 これこそ本当の驚きだった。フィッシャーは正式の試合でクイーン翼ギャンビットを指したことがなかった。そしてスパスキーに千里眼がない限り、ここでクイーン翼ギャンビットになる可能性に試合前の時間のほとんどを費やして悩むことなどできるはずもなかった。しかし彼の目の前で実際にそれが現れた。そして問題はどの防御態勢を取るかだった。

3…Nf6 4.Nc3 Be7 5.Bg5 O-O 6.e3 h6 7.Bh4 b6

 これがスパスキーの昔愛用していたタルタコワ防御で、これで好成績をあげたためこの戦型がいくらか人気が復活することに貢献した。スパスキーは本局の前これで負けたことがなかった。

8.cxd5

 スパスキーは一見もっと攻撃的な 8.Qc2 に対して好成績をあげていた。例えば1967年モスクワでのウールマン対スパスキー戦は 8…Bb7 9.Bxf6 Bxf6 10.cxd5 exd5 11.O-O-O c5 12.g4 cxd4 13.exd4 Nc6

14.h4 g6 15.g5 hxg5 16.h5 Kg7 17.hxg6 fxg6 18.Bb5 g4!

19.Qd2?! gxf3 20.Qh6+ Kf7 21.Qh7+ Bg7 22.Rh3 Rh8!

と進み白が投了した。

8…Nxd5 9.Bxe7 Qxe7 10.Nxd5 exd5

11.Rc1

 旧来の 11.Be2 はフィッシャーが1962年ストックホルムのインターゾーナルでのベルトク戦で黒で圧勝して以来人気がなくなっていた。その試合では黒がこの防御における戦略目標のすべてを次のように非常に迅速かつスムーズに成し遂げた。11…Be6 12.O-O c5 13.dxc5 bxc5 14.Qa4 Qb7!

15.Qa3 Nd7 16.Ne1 a5 17.Nd3 c4 18.Nf4 Rfb8 19.Rab1 Bf5 -+

11…Be6 12.Qa4

12…c5

 この局面における有望な新手は 12…a5 で、13…Qb4+ から有利な収局に持ち込む狙いである。1971年タリンでのフルマン対A・ザイツェフ戦は 13.Rc3 Rc8 14.Bd3 c5 15.Qa3 Qa7! で黒が優勢になった。

13.Qa3 Rc8

14.Bb5!

 14.Be2 は 14…Nd7 で白の優勢にならない。14.Bb5! は1970年全ソ連選手権戦のフルマン対ゲレル戦で初めて指されたが、その主眼は黒がいつかは指す …Nd7 に Bxd7 と応じることである。それにより、すぐに生じる浮きポーンの一番の守り駒を消去し黒の中央のポーンの態勢を弱めることができる。黒があとで苦戦に陥ったのはこの交換を許すことができないからである。

14…a6 15.dxc5 bxc5 16.O-O

16…Ra7

 この凝った手は譲歩を重ねることにしかならず最後には黒陣に破局をもたらす。16…Qb7 17.Be2(17.Ba4 Bd7!?)17…Nd7 なら黒はまだ戦力を整えることが期待できたぶん素通しのb列で反撃を準備することさえできるだろう。

17.Be2 Nd7

 フルマン対ゲレル戦は 17…a5 18.Rc3 Nd7 19.Rfc1 Re8 20.Bb5 と続き白が優勢になった。しかしスパスキーの手でも改良になっていない。

18.Nd4!

18…Qf8(?)

 この手は手損として多くの者から批判された。そして争点を解決するための他の色々な手段(例えば 18…Nf8、18…Kf8 さらには 18…Nf6 までも)が代わりに推奨された。しかし黒がわずかでも反撃の可能性を得る明解な方針は提唱されなかった。黒陣の最も目立つ欠陥である弱体化したポーンの形はいずれにしてもそのままである。局面はどうしても白が優勢であるように見える。

19.Nxe6 fxe6 20.e4!

 この眼目のポーン突きで黒は不本意な対応を迫られる。20…dxe4 と取るのは 21.Bc4 Qe7 22.Rfe1 Nf6 23.f3 Kh8 24.fxe4 e5 25.Rcd1

となって、散らばったポーンが収局で格好の目標にされる。

20…d4

 しかしこの手もつらい譲歩で、白枡を弱め白のビショップを発電所のように強力にさせている。フィッシャーはここから中原とキング翼に目を向けた。

21.f4 Qe7 22.e5!

 これで黒のe6のポーンが目標として固定された。

22…Rb8 23.Bc4 Kh8

 23…Nb6 は 24.Qb3! でeポーンが落ちる。

24.Qh3

24…Nf8

 24…Rxb2 は 25.Bxe6 で白のキング翼のポーン暴風が実戦よりもずっと早く進攻する。

25.b3 a5 26.f5! exf5 27.Rxf5 Nh7

 この手は 28.Rf7? に 27…Ng5! を用意している。

28.Rcf1 Qd8 29.Qg3 Re7 30.h4 Rbb7 31.e6

 白陣をさらに広げるこのポーン突きによっても黒の哀れなナイトはf6の地点を実際上活用できない。というのは実際に38手目に現れるようにいつでも白から交換損に来るからである。

31…Rbc7 32.Qe5 Qe8 33.a4

33…Qd8

 黒はほとんど「手詰まり」に陥っている。33…Kg8 としても 34.Rf7 でたちまち負けてしまう。

34.R1f2 Qe8 35.R2f3 Qd8 36.Bd3 Qe8 37.Qe4!

 これで 38.Rf8+ の狙いがあるので黒はf6の地点での交換損を受け入れなければならない。もちろんすぐ投了したくなければである。

37…Nf6 38.Rxf6 gxf6 39.Rxf6 Kg8 40.Bc4 Kh8 41.Qf4 黒投了

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(258)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 第5局が本会場で予定どおり始まったとき誰にも最悪の時は過ぎたと思われた。そして今度だけは誰も間違っていなかった。今や注目はウィリアム・カクストンが遠い昔に「チェスの試合と競技」と呼んだものに集まった。そしてどちらが勝つかという論点がまたチェス界での議論の大きな主題になった。第5局はその議論に一種の爆弾のように炸裂した。

ニムゾインディアン防御
白 スパスキー
黒 フィッシャー

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.Nf3 c5 5.e3 Nc6 6.Bd3 Bxc3+ 7.bxc3 d6

(これは西ドイツの若手のローベルト・ヒューブナーによって広められたシステムである)
8.e4 e5 9.d5 Ne7 10.Nh4 h6

11.f4!?(旧来の 11.f3 にはフィッシャーはどうするつもりだったのだろうか。1972年シエンフエゴスでのドナー対ダムヤノビッチ戦では 11..g5 12.Nf5 Bxf5 13.exf5 Qa5 14.Qc2! と進んで白が優勢だった)11…Ng6!(11…exf4 は 12.Bxf4 g5 13.e5! Ng4 14.e6 Nf6 15.Bg3 +/=

で良くない)12.Nxg6 fxg6 13.fxe5 dxe5 =/+

14.Be3 b6 15.O-O O-O 16.a4 a5!

17.Rb1 Bd7 18.Rb2 Rb8

19.Rbf2?(19.Qa1!?)19…Qe7 20.Bc2 g5 21.Bd2 Qe8 22.Be1 Qg6 23.Qd3 Nh5!

24.Rxf8+ Rxf8 25.Rxf8+ Kxf8 26.Bd1 Nf4

27.Qc2??(これは負けに直結するポカだった。27.Qb1 と指していたら白が受かるのかという疑問が残っている。黒は …Ke7-d8-c7 とキングを移動してから …h5-h4、…Qh6、…g4 としてキング翼で攻撃を仕掛けるだろう。これに対して白はほとんど成すすべがない)27…Bxa4! 白投了

(28.Qxa4 は 28…Qxe4 で黒の勝ち。28.Qb1 は 28…Bxd1 29.Qxd1 Qxe4 で決まる)

(この章続く)

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チェス布局の指し方[18]

第2章 ポーンの重要性

2.1 ポーンの弱点(続き)

 どんな連結ポーン群にも少なくとも1個の仲間に守られていないポーンがなければならないので、多くのポーン島のある局面には少ないポーン島の局面よりも弱いポーンが多いのが普通である。本節の最後にこの原則をよく物語る教訓を紹介する。

 図27(黒番)

 図27の局面は1955年ブタペストでのペトロシアン対バルツァ戦である。自著の「ペトロシアン名局集」の中でP・H・クラークは次のように述べている。「白の陣容は申し分ないが黒はばらばらである。一般原則としてポーン群(ポーンの『島』と呼ばれることがある)は少ないほど良い。この局面では1対4になっていてこれより鮮明な実例は望めない。これ以降ポーンが熟れすぎたプラム(西洋スモモ)のように落ちていく。」試合は次のように進んで終わった。1…Be7 2.Rxb6 Rc6 3.Rxc6 Rxc6 4.Ra8+ Kd7

5.Ra7+ Rc7 6.Rxc7+ Kxc7 7.Qxh7 Qa2+ 8.Kf3 Qd2

9.Qb1 f5 10.Ng3 Bh4 11.Ne2 Be7 12.h3 Bb4

13.Ng3 Kc6 14.Nxf5 Kb5 15.Nd6+ Ka4 16.Nxf7 Ba3 17.Ne5 黒投了

(この章続く)

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カテゴリ: チェス布局の指し方

チェス世界選手権争奪史(257)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 この試合が終わるずっと前からボビーの突然の変心について憶測がなされ始めていた。なぜ彼は第2局の不戦敗が得点掲示板に掲示された状態で土壇場で個室を提案し対局に同意したのだろうか。(委員会の決定が取り消されなければ告訴するというフィッシャーの弁護士たちの遅ればせの脅しは無駄になった。)彼は2点差にもかかわらずスパスキーを負かせると突然悟ったのだろうか。それとも彼は勝ち目がどうであろうと生涯の野望が戦うこともなく水泡に帰するのを見ていることに単に耐えられなかっただけなのだろうか。後になってニクソン大統領の国家安全保障問題補佐官のヘンリー・キッシンジャーから電話で番勝負を続けるようフィッシャーに要請があったことが明らかになった。キッシンジャーは記者会見でこの事実を暴露し、大統領自身が電話を示唆したわけではないが電話の件を聞いて喜んでいたと語った。

 スパスキーは第3局で投了して対局室を出る前に奥の部屋では二度と対局しないとシュミットにきっぱりと告げた。主催者は少なからず恐怖をいだきながら第4局は本会場で行なわれるとアナウンスした。明らかにもしフィッシャーがそこでの対局を拒否したらどうするか考えもつかなかった。しかし挑戦者は異議を唱えなかった。試合は予定どおり行われ結果は初めての引き分けだった。黒番のスパスキーはたちまち主導権を握り大きな優勢を確保したが勝利に結び付けられなかった。これで対戦成績はチャンピオンの2½-1½になった。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(256)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 そういうわけで奇跡を期待して公演会場にやって来たごく少数の楽天的な観客が技術の粋の一つを目撃した。それは大きな有線テレビで-フィッシャーは一度もそれに異議を唱えたことはなかった-個室内部での出来事を逐一伝えていた。不安な瞬間もあった。それはフィッシャーが10分遅れてやって来たからだった。そしてボビーがいくつかのことについて自分の考えを伝えている間にさらに8分遅れた。それから最後に挑戦者が自分の初手について考慮している間に5分が経過した。試合も好局になった。

現代ベノニ
白 スパスキー
黒 フィッシャー

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nf3 c5 4.d5 exd5 5.cxd5 d6

6.Nc3 g6 7.Nd2 Nbd7 8.e4 Bg7 9.Be2 O-O 10.O-O Re8

11.Qc2 Nh5! 12.Bxh5 gxh5 13.Nc4 Ne5 14.Ne3 Qh4! 15.Bd2 Ng4

16.Nxg4 hxg4 17.Bf4 Qf6! 18.g3 Bd7 19.a4 b6! 20.Rfe1 a6

21.Re2 b5 22.Rae1 Qg6 23.b3 Re7 24.Qd3 Rb8 25.axb5 axb5

26.b4 c4 27.Qd2 Rbe8 28.Re3 h5 29.R3e2 Kh7 30.Re3 Kg8

31.R3e2 Bxc3 32.Qxc3 Rxe4 33.Rxe4 Rxe4 34.Rxe4 Qxe4 35.Bh6 Qg6

36.Bc1 Qb1 37.Kf1 Bf5 38.Ke2 Qe4+ 39.Qe3 Qc2+ 40.Qd2?(40.Ke1!)40…Qb3 41.Qd4?

この局面で試合が指しかけになった。翌日フィッシャーは対局再開のために(いつものように)遅れてやって来たが、スパスキーは封じ手が 41…Bd3+! であることを知って既に投了した後だった。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(255)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 「大変残念だ。」この悲痛な言葉が「世紀の対決」の墓碑銘としてふさわしいかのように苦悶の時間が長く続いた。アイスランドチェス連盟は撮影からの収入がこれまでにかけた経費を埋め合わせるために絶対必要だと言明し、対局規定に明記されているようにカメラが本当に「選手に見えもしなければ聞こえもしない」ことを保証するためにあらゆる手立てを講じていたと主張した。技術者たちは遅ればせながらカメラをそれぞれ舞台に隣接したトンネルに設置していた。それは壁にあけられた4インチの穴で、レンズがはめ込まれていた。それぞれのカメラには操作員が一人だけつき、物音や騒音を立てたりしないように靴を履くこともポケットに何かを入れることも禁じられていた。詳細な検査から少なくとも対局者たちの机からは実際に何も見えなければ聞こえもしないことが確認された。レイキャビク公衆衛生研究所の調査員が会場のいろいろな場所の音の強さを調べた結果カメラが動作していてもいなくても同じ(約55デシベル)であることが分かった。この時点で試合がボビーの意に背いて撮影されているという「考え」が彼をいらいらさせているということが明らかになった。彼は相変わらず強硬だった。少数の人たちはフィッシャーが当初アイスランドでの開催に異議を唱えたのは「そこでの技術設備の不足によりテレビでの放映が非常に困難になり大会の映画またはテープによる記録に支障が出る」ことだったのを思い出してこの状況にちょっとしたブラックユーモアを見出したが場合が場合だけに誰も笑う者はいなかった。

 翌日フィッシャーは別の正式抗議文をシュミットと大会委員会に送った。フィッシャーの代理として米国チェス連盟のフレッド・クレーマーとスパスキーの代理としてクロギウス、それにアイスランド人二人が会場をまた視察し「対局条件はどの点から見ても番勝負の規定に合致している」と宣言し不戦敗を支持した。フィッシャーはすぐにニューヨークへ帰れるすべての便を予約した。

 7月16日日曜日の午前と昼過ぎに、第3局が予定どおりに行なわれると進んで賭けた者は誰でも、レイキャビクの繁華街の隅から隅までそんなことは起こりそうにない気配を感じたかもしれなかった。しかし突然暗闇に光明が射した。午後3時ころビル・ロムバルディがシュミットに電話をかけてきて舞台裏の個室でなら対局するというフィッシャーの提案を伝えた。シュミットはそれをスパスキーに伝え、スパスキーはすぐに同意した。

(この章続く)

2010年06月26日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

「ヒカルのチェス」(173)

「CHESS」2010年2月号(4/4)

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ロンドン・チェスクラシック(続き)

第6回戦

 ハウエル ½ – ½ ナカムラ

第7回戦

 ヒカル・ナカムラとウラジーミル・クラムニクは共に勝利を目指して戦いやはり激闘になったが永久チェックで引き分けに終わった。

□ヒカル・ナカムラ
■ウラジーミル・クラムニク
第7回戦 ニムゾインディアン防御

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.Nf3

 これはニムゾに対する融通性のある手である。これに対して黒はよく 4…b6 でクイーン翼インディアンの1戦型に持って行く。しかし 4…O-O、4…c5、4…Nc6!? およびクラムニクの指した手も全部重要な選択肢である。

4…d5

 これでニムゾとクイーン翼ギャンビットの混合形のラゴージン戦法に移行する。

5.Qa4+

 これは重要な2戦型のうちの一つで、他方は 5.cxd5 exd5 6.Bg5 である。

5…Nc6 6.e3 O-O

 非常に難解な戦いが前途に待ち構えているのは既に明らかである。この最終戦にふさわしく両選手とも本当に勝ちたかった(ナカムラはこの大会でやっと初勝利をあげるために、クラムニクはカールセンに追いつくために)。cポーン突きができないように強いられたので黒は …e5 突きの捌きで反撃策を見出さなければならない。白の方は局面を支配し続けたい。さらには黒がcポーン突きができないのにつけ込んでクイーン翼にキャッスリングしキング翼攻撃を図るかもしれない。

7.Qc2

 最近の別の試合では白が次のように非常に古典的な手順に沿って展開するのが見られた。7.Bd2 a6 8.Qc2 Re8 9.a3 Bd6 10.h3 h6(両者とも手得を争っている。黒は白がビショップをf1から動かすかクイーン翼にキャッスリングした後で初めてc4のポーンを取りたい)11.cxd5 exd5 12.Bd3 Bd7 13.b4

しかし2009年ハンティマンシースクでのラズニツカ対マメジャロフ戦では以下 13…Na7! 14.Na4 b6 と進んで黒が十分に反撃できた。

7…Re8 8.Bd2

8…Bf8!?

 これはクラムニクの新手で、b4の地点を空けてナイトが行けるようにしている。ビショップが下がる時はこの戦法ではd6に行くのが普通である。しかし 8…dxc4 9.Bxc4 Bd6(9…e5 10.Qb3 は少しまずい)では 10.O-O で白が優勢になる。2007年アンドラでのヤコブセン対ソラ=プラサ戦ではすぐに 8…e5!? 9.dxe5 Nxe5 と行ったが 10.cxd5!(この試合では 10.Nxd5 Bxd2+ 11.Qxd2 Ne4 12.Qc2 Ng4

で全然わけの分からないことになった)10…Nxf3+(10…Nxd5?? は本譜と異なり 11.Nxd5 Bxd2+ 12.Qxd2 のため不可能である)11.gxf3 Bxc3 12.Bxc3 Qxd5 13.Rg1!?

で白が主導権を握れたはずだった。

9.a3 e5

10.dxe5

 こちらを取るのが正着である。10.cxd5?! は 10…Nxd4! 11.exd4 exd4+ 12.Ne2 Qxd5 となって駒を犠牲に中央側の立派な2ポーンと強い圧力を得て黒が指し易くなる。

10…Nxe5 11.cxd5 Nxd5

 ここでクラムニクの新手の核心が明らかになった。a3 と …Bf8 の挿入により黒がポーンを取り返すことができ、そのことで中原の支配を十分維持している。

12.O-O-O!

 主導権争いをしているのでナカムラは当然二重fポーンになることを恐れない。

12…Nb6!

 これは良い判断である。黒は 13.Nxd5 Qxd5 14.Bc3 の狙いに対処する必要があった。そして 12…Nxf3 13.gxf3 Nxc3 14.Bxc3 Qh4 15.Bd3 と単純化を図るのは白が黒のキング翼に対して長期的に有益な主導権を得ることになる。

13.Ne4

 白は何らかの圧力を得ようとするなら黒枡ビショップをなんとしても働かせなければならない。

13…Nxf3 14.gxf3 Qh4 15.Bc3

 最初は直前の変化とあまり変わりないように見えるかもしれない。白のビショップがc3から黒のキング翼をにらみ攻撃が非常に強力になるのが確実ではないか?しかしクラムニクはその先まで見通していてe4にナイトがいることを利用してg列をふさぐことができることに気づいていた。

15…Bf5! 16.Bd3

16…Bg6

 16…Nd5!? は 17.Nf6+ Nxf6 18.Bxf5 と来られる可能性があるので指すのに勇気がいった。しかし実際は 18…g6 で黒が大丈夫だろう。確かに 19…Bg7 で防御を強化する用意があり、19.Bd7 Nxd7 20.Rxd7 Bd6 となって対角斜筋に潜在的な弱点を抱えても十分堅固に見える。

17.f4

 クイーンをh4から容易にどかすことができないので白は攻撃を続けたいならg6のビショップを不安定にしなければならない。

17…Rad8 18.f5!?

18…Rxd3!

 これはうまい防御でクラムニクの実戦的な手である。交換損の犠牲で黒はキング翼の状況を管理下に収め相当の反撃の可能性を得た。黒が避けなければならないのは 18…Bxf5? 19.Nf6+ gxf6 20.Bxf5 で、ポーン得してもあまりに多くの攻撃の筋を与えすぎる。しかし 18…Bh5 19.Rdg1 Nd5 とするのは可能だったろう。黒陣は少し危なそうで例えば 20.Rg3 Nxc3 21.Nxc3 となったとしてクイーンとビショップが少し妙な所にいるがせいぜい形勢不明という程度かもしれない。

19.Nf6+!?

 白は 19.Qxd3!? Bh5 20.Rhg1 Rxe4 21.Bxg7 で駒損の攻めを成功させたいがあいにくなことに次のような「絶対手」の手順で黒が少なくとも形勢互角である。21…Bxd1 22.Bf6+ Rg4 23.Qxd1(23.Bxh4? には 23…Rxg1)23…Qxf6 24.Rxg4+ Bg7

19…gxf6 20.Qxd3

20…Qxf2!?

 局後の検討でクラムニクは危険すぎると感じた 20…Bh5 よりも本譜の方を気に入っていた。実際 21.Rhg1+ Kh8 22.Qd4! Qxd4 23.Rxd4 Be7 24.Rg3

となると黒陣はあまり誇れたものではない。白の両ルークはh列から攻め込むのに好位置を占めていて、b6のナイトが動くことになれば7段目に侵入するのにも好都合である。しかしそうは言っても黒が悪いわけではなく 24…Be2 25.Rh3 Bf1 26.Rh5 Be2 と千日手に誘うかもしれない。

21.fxg6 hxg6

 局面は非常にアンバランスだが、ここまでずっとそうであったようにほぼ互角の形勢である。

22.Bd4 Nd5 23.Kb1

23…c5!?

 これは勝とうとする手である。すぐに 23…Nxe3? は白に 24.Rhf1 でこのナイトの釘付けを利用されてうまくいかない。

24.Rhf1

 ナカムラにしては穏健な手である。彼なら 24.Bxc5 Bxc5 25.Qxd5 Bxe3 26.Rhf1 Qh4 27.Qxb7

と勝負に出ることを期待するかもしれないが 27…f5 の後の黒の潜在力が気に入らなかったのだと思う。b2が標的になりfポーンもうるさい存在になる。

24…Qxh2 25.Bxf6 Nxf6 26.Rxf6 Bg7 27.Qb5!

 白は足元に注意を払い駒の交換を図る時機である。

27…Bxf6 28.Qxe8+ Kg7 29.Qb5

 これでもまだこの米国選手の方が少し心もとなく見える。しかし彼は7段目に沿って十分な反撃を呼び起こすことができる。

29…Qg2 30.Rd7

30…Qe4+

 これは分別のある手である。実際 30…b6 31.Rxa7 Qe4+ と危険を冒すのは非常に勇敢な(あるいは無茶苦茶な)人のやることである。

31.Ka2 Qe6+ 32.Kb1 Qe4+ 33.Ka2 Qe6+ 34.Kb1 Qe4+ ½-½

******************************

(この号終わり)

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カテゴリ: ヒカルのチェス

チェス世界選手権争奪史(254)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 しかしフィッシャーはこの時点では法的な細部にまったく関心がなかった。テレビカメラをどけるまで対局しないしおだてや忠告は通じないときっぱり宣言した(もちろん弁護士を通して)。

 翌日午後5時ボリス・スパスキーは公演会場の舞台に現れシュミット審判がフィッシャーの時計を進ませ始めるのを無表情に見つめまもなく舞台から姿を消した。無言の観衆は皆テレビのスクリーンを凝視していた。そこにはフィッシャーの時計が分を刻んでいくのが見られるだけだった。一方アイスランドの役員たちは誰をも満足させ番勝負が続けられる何らかの解決策を見つけようと躍起になって動き回っていた。35分が経った後フォックスは一時的に自ら撮影を控えると発表し、この事態がホテルのフィッシャーに伝えられた。これに対してボビーは自分の時計を35分戻して開始予定時刻とするならば対局すると返事した。シュミット審判はこれを認めることをにべもなく拒否した。

 まる1時間過ぎた後シュミットは壇上に進み出て規定の第5条により(「一方の対局者が試合の開始時刻に1時間以上遅れた場合その選手は時間切れ負けとする」)スパスキーが第2局の勝利者であると宣言した。チャンピオンは壇上にすぐに戻り観客の起立拍手に応えすぐに会場から立ち去った。ドアに向かう途中で米国のグランドマスターと顔を会わせ「大変残念だ」(彼の英語は通常は流暢だがこの時は感情の高ぶりで声が震えていた)と言ったと伝えられた。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(253)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 フィッシャーのその場での行為に続いて当然米国側から正式な抗議がきた。シュミット審判への文書はすべてのカメラを、観客席の個人のものにせよテレビの装置にせよ、対局場から締め出すことを要求していた。シュミットは撮影に関する問題は自分の権限外であると回答し、フィッシャーの代理人のエドモンドソン大佐によって署名された(ボビーは自分で署名したことはほとんどなかった)協定の第21条も引用した。この条項は以降の出来事に重大な意味を持っているので全文を引用する価値がある。

『第21条 対局中における選手のあらゆる静止写真撮影やいかなる邪魔も両選手の許可の表明がなければ禁止される。許される唯一の映画撮影、ビデオ録画またはテレビ撮影は主催者によって独占的かつ公式に取り決められたものとする。したがって両対局者によって事前に許可がなければ前の文に記載された公式の使用に必要なものを除いて対局場でのカメラの使用は認められない。主催者はこれらの公式のカメラが選手に見えることも聞こえることもないように保証し、対局場のフラッシュ、余分の照明あるいは余分の要員などのようにいかなることによっても対局者が邪魔されることのないように保証するものとする。』

 だから以降の法的論争で主催者(つまり映画権利の契約を有するチェスターフォックス)はこの結構な条項の第2文を引用することができ、フィッシャーは最後の文を引用することができる。結論はあいまいで一介のチェス選手ではその本質はほとんど推測できないかもしれない。

(この章続く)

2010年06月24日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

世界のチェス雑誌から(78)

「Chess Life」2010年2月号(6/7)

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2009年世界少年少女チェス選手権戦(続き)

GMジョン・フェドロウィッツ

 長足の進歩を見せているもう一人の選手はデイチー・リンである。私は彼の棋風が好きだし彼が 1.d4 を指すことも気に入っている。これは他の子供たちにとってやりにくいのである。私の見るところ若い選手たちは皆 1.e4 に対してはよく準備しているが 1.d4 に対してはそうでない。1.d4 のチェスの指し方はそれほど戦術的でなく戦略の理解をもっと必要とする。次の試合は白がニムゾインディアンの Qc2 戦型を指しこなしている典型的な例である。リンは最終戦の前のこの試合に勝って立派な成績を残すことができた。

ニムゾインディアン防御/古典戦法 [E32]
□ デイチー・リン(FIDE1742)
■ ニコライ・ゴリコフ(FIDE1875)
世界少年少女チェス選手権戦第10回戦、2009年

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.Qc2

 この手はどの棋力の選手にも人気がある。白のこの戦法は二重ポーンを避け、e2-e4 で中原を支配できる公算が大きい。

4…O-O 5.Nf3

 5.a3 Bxc3+ 6.Qxc3 b6 7.Bg5 Bb7 8.e3 では白は展開の遅れを双ビショップで補うことに期待をかける。

5…b6?!

 5…c5!? の方が良い。このように中原に突っ掛けておけば白の e4 突きから勢いを削ぐことになる。そのあと 6.dxc5 Na6 7.a3 Bxc3+ 8.Qxc3 Nxc5 となれば黒も一人前である。

6.e4!

 5手目で指すよりもはるかに強力になっている。

6…d5 7.e5 Ne4 8.Bd3

8…f5?!

 この手にはぞっとさせられる。8…Bb7!? 9.O-O Bxc3 10.bxc3 Nd7 11.Nd2 の方が黒にとって望ましいがそれでも白が優勢である。

9.exf6e.p. Nxf6 10.O-O

 攻撃の可能性とe6に標的があり、白が盤面の支配者となっている。

10…Bxc3 11.bxc3

 黒キングの薄みと出遅れeポーンのせいでデイチーがさらに優勢になっている。

11…Qe8?

 黒はキング翼で反撃に出ようとしたが出鼻をくじかれる。

12.Ba3!

 この目ざとい手で白が戦力得になる。

12…c5

 12…Rf7 は 13.Ne5 でルークが捕まる。

13.dxc5 dxc4 14.Bxc4 Qe7 15.Ng5 bxc5 16.Rae1! Kh8 17.Bxe6 Qb7 18.Bxc5

18…Bxe6

 ルークが逃げれば Nf7+ で片付く。

19.Bxf8 Nbd7 20.Rxe6 Nxf8 21.Re3

 デイチーは大きな戦力得なのでゆっくり指している。

21…Qd5 22.Ne4 Qf5 23.Qa4 Ng4 24.Rf3 Qe5 25.Ng3 Nf6 26.Qc6 Rd8 27.Qb7 h5?

28.Rf5 Qe6 29.Nxh5 Rd7 30.Qf3 Rd6 31.Nxf6 gxf6 32.Qg4 Nh7 33.h3 Qxa2

34.Rc5 Qf7 35.Rc8+ Nf8 36.Re1 Kh7 37.Qb4 Re6 38.Rxe6 Nxe6 39.Qh4+ 黒時間切れ負け

 時間が切れなくても黒は絶望の形勢である。

 またしてもトルコチェス連盟主催のこの大会は素晴らしかった。89カ国から1500名あまりの選手が参加したそうである。2年前の経験からどんなに大変か分かっている。この規模の開催がこんなにスムーズにいくのは極めてまれである。それは旅行で疲れた大勢の代表たちの出迎えとホテルへの迅速なチェックインで始まった。これには大変感謝している。組み合わせはすべての試合が終わった1時間後くらいに発表され対戦相手の試合はインターネットで見ることができた。レストランは広々として料理は豊富にありサービスは素晴らしかった。

 終わりに同僚でコーチのGMサム・パラトニク、IMアルメン・アムバートソウミアン、FMアビブ・フリードマン、それにFIDEトレーナーで団長のマイケル・コルダノフスキーに感謝したい。我々はチェスで大きな成果を挙げただけでなくこの子供たちと一緒に頑張るのは非常に楽しかった。シーメン・フィラトフと彼の母のアンナにも感謝したい。うわさでは来年の開催地はギリシャ、2011年はリオデジャネイロ、2012年はまたアンタルヤである。将来の世界少年少女の全選手たちへ十分な準備と実戦、それに幸運を祈る。来年さらなる活躍を期待している。

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(この号続く)

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カテゴリ: 世界のチェス雑誌から

チェス世界選手権争奪史(252)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 しかしまだ一つ克服しなければならない小さな障害が残っていた。7月11日夕刻5時きっかりにスパスキーは三つぞろいのスーツを着てレイキャビク公演会場の舞台に現れた。ちょっと立ち止まって審判で西ドイツのグランドマスターのロータル・シュミットと言葉を交わし、それから椅子に座って初手の 1.d4 を指しフィッシャーの時計を進ませて彼の登場を待った。7分後にいつものようにこぎれいに身なりを整えたフィッシャーがやって来て2、3秒盤面を一瞥し 1…Nf6 と応じた。

 事前の研究手順に沿った一連の小ぜりあいののち、局面はすぐにもうどうしようもなく盛り上がりがないように見え始めた。布局はニムゾインディアン防御でスパスキーは主導権の維持にほとんど努力を払わなかったので14手目の後はかなり活気のない中盤で互角としか言いようがなかった。ボビーも単に駒を交換することに満足しているようで白が29手目を指した次の局面で点を分けることに合意したとしてもまったくもっともなように見えた。

それなのに信じられないようなことが起こった。フィッシャーは素早く駒を動かして駒損することになるのに 29…Bxh2? とポーンを取った。指し手は 30.g3 h5 31.Ke2 h4 32.Kf3 と進み

たぶんボビーはここで初めて 32…h3 33.Kg4 Bg1 34.Kxh3 Bxf2 の後 35.Bd2 でビショップが捕まることに気づいた。しかし 32…Ke7 のあと黒はまだ負けを免れる十分な反撃を保持していた。それなのに次の局面で

ボビーはまた 40…f4? とポカを指し救いようのない局面になった(40…Kd5 ならもっと抵抗の余地があった)。番勝負への関心が非常に高かったので翌日スパスキーが技術的にそれほど難しくない課題を解決して1点リードするのを見るために非常に多くの観客が集まった。指し手よりも選手を見るためにやって来た人たちは世界選手権戦で最も奇妙な光景の一つを目撃することになって大いに報われた。43手目を指した後フィッシャーは歩いて壇上から去り舞台のそででテレビの操作をしている要員の存在のために気が散ると抗議した。彼は35分間盤から離れ、アイスランドチェス連盟の役員がカメラを取り除く指示をするまで彼の時計がその間のほとんど時間を刻んだ。それからフィッシャーは盤に戻り56手目まで苦闘し投了した。

(この章続く)

チェス世界選手権争奪史(251)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 それでもこういったことすべては入念な準備がやっと実を結んできたというアイスランド人の率直な喜びの中に一時的にかき消されていった。2千3百席の公演会場は用意が整った。壇上には新たに取り付けられた蛍光灯の照明の下にこの機会のために特別に作られた300ポンドのマホガニー製の対局机が置かれてあった。机上に置かれた盤はまぶしさを抑えるために酸で処理されたイタリアの灰色大理石と緑スレートとで作られていてその上にイギリスから空輸された手彫りの駒が並べられていた。フィッシャーの椅子さえ特製で、ニューヨークから取り寄せたクロムと皮製の回転椅子で、ブエノスアイレスでペトロシアンを破った時に座っていたのと同じものだった。後でスパスキーはちょうどそれと似た椅子を要求し手に入れた。実際のところ対局場のあらゆる細かいところが果てしのない論争の主題となっていた。室温や対局者と観客の最前列との距離-フィッシャーの強い主張で40フィート-のような他のこともそうだった。(番勝負中フィッシャーは何回か前方の7列を取り除いてこの距離をさらに広げるよう要求した。)たとえどんなにささいであっても一方が他方のしゃくの種になるようなどんな細かいことも見逃されなかった。

 別の紛糾のもととなりそうなのはテレビカメラの位置の不都合だった。それらは舞台脇の台上に不安定に設置されていた。そして米国の派遣団員たちはそのぎこちない動きがフィッシャーの気をそらすことになると確信していた。彼らはフィッシャーがカメラを気に入らなくなればどんな配置替えにも納得しないのでどけるしかないとも確信していた。しかし主催者は警告を無視することにし選手の方から要求があった時だけ変更すれば良いだろうと考えていた。

 番勝負が実際に行なわれるのだろうかという憶測がすべてで、どちらが勝つのだろうかという同等の興味深い問題についての議論はほとんどなかったのはうなづける。これまでの5局の対戦(最初は1960年にさかのぼる)で3勝2引き分けという実績からすればスパスキーに勝ち目があるはずだった。しかし実際は断然本命視されたのはフィッシャーだった。挑戦者決定番勝負での快進撃は同期間のスパスキーのぱっとしない成績と比較して目もくらむほどでほとんどの評者の頭の中では圧倒的だった。フィッシャーは神によって世界チェスチャンピオンになるように運命づけられていてチェスの歴史のこれまでのことは彼の戴冠への一種の念入りな序曲であるということは世界中の多くの人によって共有された感情でもあって理性的に正当化するのは不可能だが現実的であるのはもちろんだった。

(この章続く)

2010年06月22日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス布局の指し方[17]

第2章 ポーンの重要性

2.1 ポーンの弱点(続き)

 戦術上のよくある狙い筋は交換損の犠牲で相手陣に孤立二重ポーンを作らせることである。その過程で相手側の防御がずたずたになる時は最も効果的となる。この主題の最もよく知られた例はシチリア防御のドラゴン戦法に見られる。しかしここでは二つの例をとおしてその構想を解説する。

 図25(黒番)

 図25から次のように進んだ。1…Rxf4!? 2.gxf4 Qxf4

黒の駒捨てで一本道の勝ちになるわけではない。しかし白キングの薄さと弱いポーンのために実戦的には非常にその可能性がある。3.Ne5? Nxe5 4.dxe5 Rf8 5.Qg3 Qc4 6.Raa1 Rf4 7.f3 Nf5

8.Qg6 Nxh4 9.Qxe6+ Kh7 10.Qh3 Qxc3 11.e6 Nxf3+ 12.Kg2 Qxc2+

13.Kg3 Rh4 14.Rxf3 Qg6+ 15.Kh2 Rxh3+ 16.Rxh3 Qxe6 17.Rg3 Qe4 白投了

 図26(黒番)

 図26からは次のように進んだ。1…Rxe3 2.fxe3 Qe8

3.Qc2(3.Kf2 なら黒は単純に 3…Qe6 から 4…Re8 と指す)3…Qxe3+ 4.Kh1 Ne5 5.Rf1 Re8 6.Rf4 f6 7.Qe4

7…Ng6(7…Qxc3 は 8.Rxd7 で紛れる)8.Qxe3 Rxe3

9.Rxd7(9.Rf2 でも 9…Ne5 で白の2個のcポーンがすぐに落ちるので黒が勝つ)9…Nxf4 10.gxf4 Rxe2 11.Rxa7 Rf2 12.Rb7 Rxf4 13.Rxb6 Rxc4 14.Rb3 Kf7

黒がこの収局を勝つのは難しくなかった。

(この章続く)

2010年06月21日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス布局の指し方

チェス世界選手権争奪史(250)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 状況がいくらかほぐれ始めたのはフィッシャー自身が手書きの謝罪文をスパスキーに届けてからだった。その中で彼は自分の「開会式に出席しない無作法な振る舞い」を自分の「アイスランドのチェス主催者との金をめぐるささいな争い」のせいにしていた。次の段落は彼が他にも謝罪したものである。

『FIDE会長マックス・エーべ博士、アイスランドの番勝負主催者、世界中の何千人ものチェス愛好者、そして特に何百万ものファンと米国にいる私の多くの友人たち各位へ・・・』

 これでボビーの悔悟のもとは尽きたようだった。それから続けて第1局をスパスキーの不戦勝にするというソ連チェス連盟の要求が認められれば挑戦者はとてつもなく不利な立場に立たされると指摘した。そしてスパスキーのスポーツマン精神に訴え「世界チャンピオンが私と対局するためにそのような優位を求めているとは思われない」と締めくくった。

 この文書はソ連側に受け入れられ第1局の不戦勝の要求は黙って取り下げられた。翌日(7月8日)やっとくじ引きが行なわれ(スパスキーが初戦の白番を引き当てた)開始日が7月11日火曜日に決められた。

 しかしこれはすべての問題が解決したということではなかった。それどころでなかった。舞台裏ではいくつかの争点をめぐって争いが続いていた。その中で最も厄介なのはテレビと映画の権利に関することだった。アイスランドの主催者は大会の模様を独占的に撮影する権利をチェスター・フォックスによって率いられた米国の会社に売却していた。そして契約の一部として他の形態の取材を制限しようとしていた。新聞記者たちは特に検閲を思わせるようなことにより困難をきたしていた。ボビーは心底それに賛同していて、そのもたらしたものは後になっていくらか明らかになった。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(249)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 今や巧妙に仕組まれたわなによって「からくり悪魔」の舞台への登場がお膳立てされた。それはまことに現代的な装いで自らをジェームズ・D・スレーターと名乗った。彼は色々な業界の持ち株会社のスレーター・ウォーカー証券会社の取締役会長で6百万ドルを超えると見積もられる個人資産家だった。彼の介入の仕方は単純そのものだった。つまり賞金12万5千ドルを上積みすることを申し入れた。「この金は私のものだ」とスレーターは言った。「私はチェスが好きで長年指してきた。多くの人がこの番勝負を見たがっている。そしてすべての用意が整った。もしフィッシャーがアイスランドに行かなければ多くの者が失望するだろう。」そしてスポークスマンが次のように付け加えた。「これでフィッシャーは追い詰められた。彼は出てきて対局するだろう。さもないと臆病者であることを証明することになる。」

 フィッシャーは対局するために出てきた。イアン・フレミング仕立てのドラマよろしく彼はついにアイスランド航空のジェット機にこっそり乗り込み7月3日月曜日の夕刻遅くにニューヨークからアイスランドに向かった。アイスランドに着いたのは翌日の午前7時少し前で第1局の再設定された開始時刻の10時間ちょっと前だった。

 しかしこの間ソ連側は長い沈黙を破って延期に「強い抗議」を申し入れ、フィッシャーの行為は「無条件の失格」に値すると主張した。ボビーはその後も第1局でどちらが白を持つかを決める抽選に現れなかった。代わりにソ連のタス通信社が「牧師の法衣を着た米国人」と描写した代理人を送った(後でフィッシャーの助手を務めるためにやって来ていたウイリアム・ロムバルディーであることが分かった)。スパスキー自身は次のようなかなりぎこちない公式訳文の声明を発表した。

『フィッシャーは番勝負開始の式典に出席することを拒否することによって試合挙行の規定を破った。これによりフィッシャーは個人としての私をそして私が代表するソ連チェス連盟を侮辱した。

 ソ連の世論と個人としての私はフィッシャーの行為に憤っている。人として彼は自身を完全に貶(おとし)めた。これにより彼は世界王座を決める番勝負で対局する倫理的な権利を危険にさらした。

 フィッシャーは番勝負を行なう望みが存在することよりも前に公正な処罰を受けなければならない。その後で初めて私は番勝負を行なう可能性についての問題に戻ることができる。』

 言葉はすっきりせず言わんとすることは細部であいまいだったが(例えば「公正な処罰」とはどういうことなのか示されていなかった)その主眼は明らかだった。彼らは引き揚げてタイトルを自国に持ち帰ることを脅迫していたのだ。てんやわんやの交渉が1日続き頂点はフィッシャーからスパスキーへの謝罪文だった。しかしそれは署名がないということですぐに突っ返された。

(この章続く)

2010年06月20日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス世界選手権争奪史(248)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 スケジュールでは7月1日土曜日に開会式を行ない翌日から対局を始めることになっていた。スパスキーおよびグランドマスターのエフィム・ゲレルとニコライ・クロギウスそれに国際マスターのイボ・ネイを含めた彼の随行員は6月21日にアイスランドに到着した。そして世界チャンピオンは新しい時間帯と北極圏の夏の24時間昼間に適応しながらいつものテニス、ジョギンそれに研究にいそしみつつ事態の成り行きを見守っていた。

 この間フィッシャーはほとんど姿を消していた。世界のニュースメディアはこの頃までには本格的にチェスに関心を向けていて、勝負はかつてないほど新聞、ラジオそれにテレビで報道されていた。関心のほとんどは当然ながらボビーに集中していた。フィッシャーは12歳頃から無作法な記事の標的になっていてチェス選手よりも映画スター相手のように接触しようとする記者やカメラマンに不信を抱いていた。それが彼の隠遁につながっていた。彼の弁護士をとおしてもたらされた唯一の連絡は入場料の30%を賞金に加算するようにとの要求だった。

 6月25日フィッシャーはニューヨークからレイキャビクへの飛行機の予約を取り消した。何の説明もなかった。しかしフィッシャーの弁護士の一人のポール・マーシャルとエドモンドソンの両者はボビーが必ず初戦に間に合うようにアイスランドに現れると記者たちに保証した。実際フィッシャーは6月29日にケネディー空港のレストランでレイキャビク行きの便を待っているらしいところを目撃された。フィッシャーの方で記者とカメラマンの群れを見つけると急に逃げ出し追って来る者たちをかわしまたしても姿を隠した。

 開会式予定日の7月1日フィッシャーの別の弁護士のアンドルー・デイビスは依然行方をくらましたままの依頼人のために二日間の延期を要請した。一方でこれまで公式には不気味な沈黙を保っているソ連側に注意を払いながらエーべ博士は二日の猶予を認め、もしフィッシャーが7月4日火曜日の正午までにレイキャビクに現れなければ番勝負の不戦敗を科すと付け加えた。

(この章続く)

2010年06月19日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(172)

「CHESS」2010年2月号(3/4)

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ロンドン・チェスクラシック(続き)

第5回戦

 ルーク・マクシェーンは米国チャンピオンのヒカル・ナカムラに勝った。試合は乱戦で、検討室でコンピュータの助けを借りてもわけが分からなかった。マクシェーンはルークを犠牲にビショップと2ポーンを得て駒交換の後クイーン翼で進攻を始めた。初めのうちはナカムラのキングとルークが局面の均衡を保っているように見えたが、軽率な手が出て相手に取って置きの手が飛び出しマクシェーンが勝ちを収めた。

□ヒカル・ナカムラ
■ルーク・マクシェーン
第5回戦 キング翼インディアン防御

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4 d6 5.Be2 O-O 6.Nf3 e5 7.O-O

7…Na6

 この現代的手法は15年前は現代的だったが今ではもうそれほど現代的とは思われない。実際この手自体が重要な戦法となっていて、昨夏のスタントン記念でマクシェーンが3度用いエレーナ・デンボの『Dangerous Weapons: The King’s Indian』で保証された 7…Nbd7 8.Be3 Re8!? を含めなぜ黒が他のそれほど定跡化されていない選択肢を調査しているのかを説明するのに役立つかもしれない。

8.Be3

 カールセンは第2回戦のマクシェーン戦ではもっと堅実な 8.Re1 を好んだ。

8…Ng4 9.Bg5 Qe8 10.c5!?

 ナカムラは最も激しい戦型を選んだ。これは黒のシステムにとって非常に大きな試練である。

10…exd4 11.Nd5

11…Be6!?

 この手は珍しい手で白に交換得の機会を与えている。この手がこれからもっと注目を集めるかどうかは興味のあるところである。マクシェーンは以前は 11…Nxc5 12.Nxc7 Qxe4 の方を好んでいたが2005年イェーテボリでのヨーロッパ・チーム選手権戦におけるナバラ対マクシェーン戦では 13.Re1! Rb8 14.Bc4

と進んで白の主導権が強くて黒はどうしても互角の形勢にできなかった。マクシェーンは次は2006年ブンデスリーガ(ドイツの国内団体リーグ戦)のランダ対マクシェーン戦で 11…Qxe4 としてみたが 12.Ne7+ Kh8 13.cxd6 f6 14.Nxc8 fxg5 15.Nxg5 Qf4 16.Bxg4 Qxg5 17.d7

でやはり互角の形勢にできなかった。

12.Be7?!

 これは見るからに厳しい手だが黒に交換損に対する指し方を易しくさせている。私の考えでは白は 12.cxd6 と指すべきだと思う。2007年ミンスクでのテテレフ対チホノフ戦では以下 12…Bxd5(12…cxd6? 13.Be7 Bxd5 14.Bxf8 Qxf8 15.exd5

はもう黒の取る策ではない)13.exd5 cxd6 14.Bxa6 bxa6 15.Nxd4 Qe5 16.Qxg4 Qxd4 17.Qxd4 Bxd4 18.Rad1! Bc5 19.Bf6 Rfe8 20.Rfe1

となって白が収局で十分優位に立ったが黒は何とか守りきった。

12…Bxd5 13.Bxf8 Qxf8 14.exd5 dxc5

 ナカムラがこの局面の何が気に入ったのかはよく分からない。黒の自慢は好形の2ポーンと交換損で得た黒枡での作戦行動の有望さである。見通しはほぼ拮抗しているが既に黒陣の方が明らかに指し易くなっている。

15.Qb3

 15.a3 から b2-b4 で黒ポーン集団を解体しようとしても 15…Qd6 がd5のポーンに対して先手なのでその暇がない。

15…Rb8

16.Rfe1

 この局面は以前に2009年イスラエル・チーム選手権戦のタルノポルスキー対ミッテルマン戦に現れていた。その時は白は 16.Rac1 の方を好んだが 16…Bh6 17.Rcd1 Qd6 18.Qa3?! Nf6 19.Bxa6 bxa6 20.Nd2 Qxd5

となって黒が既に十分だった。16.Nxd4! の方が手ごわいに違いないがそれでも 16…Bxd4!?(16…cxd4 17.Bxg4 Qd6 よりも活動的でたぶん強手である)17.Bxg4 Qd6 から …b5 で黒が交換損の代償を十分保持しているだろう。

16…Qd6 17.h3 Nf6

18.Bxa6

 ナイトをb4に来させないように 18.a3!? と指した方が良かったのではないかと思う。明らかにマクシェーンは 18…b5 19.Bxb5! c6(重要な継続手だが 19…Qb6!? 20.a4 Nb4 という安全策もある)20.dxc6 Nc7

で乱戦に引きずり込むことを考えていただろう。さらに続けると 21.Ng5! Nfd5 22.Qf3 Qf6 23.Qxf6 Bxf6 24.Bc4 Bxg5 25.Bxd5

となってb2のポーンが当たりになっていてもここまでの戦術は白に有利に働いて優勢であることが分かる。

18…Qxa6 19.Rac1

19…Bf8

 白の考えはたぶん 19…Qd6!? に 20.Qa3 Nd7 21.Qxa7 Qxd5 22.b3 と応じようというものだったろう。もっともそれでも黒の中原が全然束縛されていないのでまだ黒が優勢かもしれない。

20.Ne5 Qb6

21.Qf3?!

 マクシェーンの直前の2手は私の見方では少し堅実すぎて、ナカムラはそれに乗じて 21.d6! Qxb3 22.dxc7 Rc8 23.axb3(ペインの説)で互角にした方が良かったかもしれない。なぜならこの後 23…Nd5 24.Nd3 b6 25.b4

で最終的に黒ポーンの破壊に至るからである。

21…Qd6 22.g4!?

 ナカムラはキング翼とe列での反撃に期待をかけている。しかし黒は次の手で局面を支配しているのは自分であることを強調している。

22…Bh6! 23.Rc2 Re8 24.Rce2 Rf8 25.Nc4!

 d5のポーンはどのみち落ちるのでこの手にかけるのが最善である。

25…Qxd5!

 この応手は読みの入った決断である。

26.Qxf6 Bg7

 この中間手は必須で、26…Qxc4? は 27.Re8 で8段目での白の反撃が非常に危険になる。

27.Qh4?

 ナカムラはまだ8段目の黒の弱点をついて攻撃したがっている。しかしそのような手段は前の変化よりも効果がずっと劣っている。もっと強硬な受けは 27.Qf4 Qxc4 28.b3 で、当分の間黒ポーンの前進を止め 29.Re7 で反撃をもくろむことになる。

27…Qxc4 28.Re8 Qd5 29.Rxf8+ Bxf8 30.Re8 Kg7

 最下段の問題を何もかもかわし交換損の代わりの3ポーンで黒が明らかに優勢である。

31.g5 Qd6 32.Kf1!

 黒ポーンが動き出そうという今キングがクイーン翼に渡るのが唯一の受けである。

32…b5 33.Ke1 c4 34.Qe4

34…c5?

 これは確かに魅力的な手だがビショップの利きを減らして黒が大きな困難に陥ってしまう。もっと強力な構想は先受けの 34…a6! で、35.Qe5+ Qxe5+ 36.Rxe5 に 36…d3 と応じることができる。

35.h4

35…c3

 これも魅力的な手だが黒のキングとビショップが閉じ込められる状況になればクイーン無し収局を勝つのは意外なほど難しい。しかしマクシェーンにとっては 35…a5 の手順でも間違っていて 36.Qf3! b4 37.Qf6+ Qxf6 38.gxf6+ Kg8 39.b3

で白が黒駒を黙らせ少なくとも引き分けになる。さらには 35…h6 で少し陣形をくつろげようとするのは 36.Qf3! hxg5 37.hxg5 から 38.Qf6+ でほとんど違いがない。

36.bxc3 dxc3 37.Qe5+! Qxe5+ 38.Rxe5 a5 39.Kd1

 キングの働きがはるかに良いおかげでナカムラは引き分けが非常に有望である。

39…a4!

 黒はビショップを働かせたいのだが 39…Bd6 は 40.Rd5 Be7 41.Rd7 Kf8 42.Kc2 b4 43.Ra7

となってほとんど進展がない。たぶんマクシェーンの指した手が最善だろう。代わりに 39…f6 40.Re6 fxg5 41.hxg5 Kf7 でキングを解放するのは 42.Rf6+ Ke7 43.Kc2 b4 44.Ra6

でやはり引き分けにしかならない(黒のaポーンがなくなれば a2-a4 の可能性が真剣味を増す。)。

40.a3

 白は黒の …b4、…c4 そして …b3 を止めたいのだが 40.Kc2!? b4 41.Rd5 と待っていた方が良かったかもしれない。というのはそこで 41…c4?! は 42.Rd4 で黒の策動が成立しないからである。

40…b4 41.Kc2 h6!

42.Rd5?

 ナカムラは黒の構想をまったく見くびっていた。白は 42.Re8! で戦わねばならなかった。そうすれば次の想定手順のようにちょうどポーンを止めるのに間に合う。42…hxg5 43.hxg5 Bd6 44.Ra8 b3+ 45.Kxc3 Be5+ 46.Kd2 c4 47.Rxa4 c3+ 48.Kc1 Bd6 49.Kb1 c2+ 50.Kb2 Be5+ 51.Kc1(ペイン)

黒は 51…Bd6 と手を繰り返さなければならない。

42…hxg5 43.hxg5 Kh7

 突然ビショップに好所ができた。それはf7のポーンよりもずっと価値がある。

44.Rd7 Bg7! 45.Rxf7 b3+ 46.Kb1 Kg8

 ビショップが急所のc1の地点を支配するのにはしばらくかかるがそうなるのは不可避である。

47.Ra7 Bd4 48.Rxa4

48…Kf7!

 白が何もしなければ黒キングもポーンの中に分け入って盾にするかもしれない。この手は 48…Bxf2? よりもずっとずっと良い手である。48…Bxf2? なら白は 49.Re4 の後aポーンを突き進めて猛反撃することができる。

49.Ra6 Be5 50.Ra4

 これはf4の地点を押さえる最後の頑張りである。しかしキングが駆けつけて黒が簡単に勝つ。

50…Ke6 51.Rh4 Kd5 52.a4 c4 53.Rh1 c2+ 54.Kc1 c3 55.Rh4 Bd6 0-1

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(この号続く)

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チェス世界選手権争奪史(247)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 4月4日午後11時過ぎ頃にフィッシャーからの海外電報がアムステルダムのFIDE本部に届いた。あいまいな言葉使いながらFIDEによって設定された条件で対局するつもりであることを表明していた。しかしそれらの条件に金銭面の取り決めも含まれるのかどうかは定かでなかった。言うまでもなく金銭についての問題があやふやということはショービジネスの興行者たちにとってはショーの性格がどのようなものであるにせよあり得ないことである。だからベオグラードの主催者は米国チェス連盟に挑戦者の現れる保証として総額3万5千ドルを供託することを要求した。

 米国チェス連盟のオフィスに3万5千ドルがあったとしても万一ボビー・フィッシャーがいつどこにいるか分からないかもしれないことにそれを全部賭けるよりも、それでもっと役に立つことをすることを考えたかっただろう。彼らがユーゴスラビアの要求は不当だと回答したのは至極当然だった。それを受けてベオグラードの主催者は完全に手を引きFIDEは空くじを引かされた事態になった(あるいは貧乏くじだったか)。

 前半の番勝負がなければ後半の番勝負があり得ないのは明々白々だった。エーべ博士は即座に新しい開催地探しにとりかかった。それは1962年インターゾーナルの開催地を見つけようとした前任者の悪戦苦闘を思い出させたに違いなかった((193)を参照)。時間は少なかった。番勝負は9月18日に予定されている今度のチェス・オリンピアードの開始より前に終えるには7月の第1週より遅らせることはできなかった。FIDEの拙速の理由がどれほど不自然に見えようと、立て続けの失敗-前半12局をパリ、プエルトリコそれにオーストラリアで開催するという試案はすべて水泡に帰した-によりもたらされた緊急事態の意識はほとんどすべてに及んでいた。最後にアイスランドの主催者が進んで番勝負全体の責任を持つことを表明した。そして実際に当初の12万5千ドルを再び提出した。エーべ博士はフィッシャーに5月6日までに新たな取り決めを受諾するか、それとももうほとんど過去の人となっていたペトロシアンに取って代わられてもよいか決めるよう伝えた。

 5月5日にフィッシャーは不承不承受諾した。弁護士の発言をとおして彼はFIDEが自分に偏見を抱きソ連が「実力の代わりに詭弁によってタイトルを守ろうと策動を続けている・・・」と非難した。その声明はさらに続けて、アイスランドの国民と国は賞賛しているが「そこでの技術設備の不足によりテレビでの放映が非常に困難になり大会の映画またはテープによる記録に支障が出る」ことを恐れると言っていた。彼は米国民が「初めて自分たちの代表が世界選手権戦で対局するのを見ることができる」のを保証することを気にしていると言ったそうである。後の出来事に照らしてこれらの言葉が皮肉となっていることを注意しておく。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(246)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決(続き)

 もちろんスパスキーを除くソ連側は賞金額の多さよりも自分たちの人間に有利な対局地を見つけることの方に関心があった。それを念頭に彼らはチャンピオンの生まれたレニングラードの気候に非常に似たアイスランドのレイキャビクにすぐに焦点を絞った。フィッシャーは賞金額以外はほとんど気にしないと強調し-強調しすぎだと考える者もいた-その理由でベオグラードを支持した。実際彼のユーゴスラビアびいきは少なくとも10年来のものだった(2位だった1961年のブレッド大会以来)。彼は現地の言葉を少し話すようになり非常に人気があった。

 2月14日にFIDE会長のマックス・エーべ博士は次のようなソロモン王にも似た賢明な解決策を発表した。番勝負の前半12局はベオグラードで行ない残りはレイキャビクで行なう。賞金は二者の中間の13万8千5百ドルとする。勝者が5/8を得、敗者が3/8を得る。

 ほとんどの折衷案につきもののようにこの提案には誰もが異議を申し立てることのできる側面があった。詳細が満足のいくように詰められることを期待して米国チェス連盟のエドモンドソン大佐はフィッシャーの半公式の代理人の立場でヨーロッパに飛び、アムステルダムとモスクワで一連の困難な交渉に臨んだ。そしてついに3月20日にエーべ博士の計画が合意され、番勝負は6月22日からベオグラードで開始されることになった。

 しかし交渉者たちの間でのこの「友好的取り決め」はフィッシャーがベオグラードとレイキャビクの主催者に同一内容の電報を送ったとき無残に打ち砕かれた。その中で彼は賞金の自分の取り分に加えて入場料およびテレビと映画の放映料の一定割合を要求していた。そして以降は自分で交渉を行なう意向を示した。エーべ博士は金銭面の取り決めは既に合意済みでフィッシャーがそれに従うことを保証しなければ世界チャンピオンへの挑戦者の資格を剥奪されると回答した。そしてフィッシャーに4月4日真夜中までに回答するよう伝えた。

(この章続く)

2010年06月17日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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世界のチェス雑誌から(77)

「Chess Life」2010年2月号(5/7)

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2009年世界少年少女チェス選手権戦(続き)

GMジョン・フェドロウィッツ

 我々の最も経験豊富な選手の一人がエイリーナ・カッツである。今回が4回目の参加(最初は2006年グルジアのバトゥーミ)で着実な上達をみせた。父のマイケル(ビバ・トラブゾン)は素早い機転と陽気な人柄で私をたえず楽しませてくれた。エイリーナは少しつきがあれば8½点取れていた。しかし立派以上の7½点に甘んじなければならなかった。次の試合で堅牢なフランス防御ビナベル戦法の局面から相手をつぶした。このような堅固な局面は指し方が非常に難しいが彼女はよく理解していてウズベク選手の不正確な手に乗じて簡単に勝った。

フランス防御 [C19]
□ エイリーナ・カッツ(FIDE2001)
■ エレナ・ベルボバ
世界少年少女チェス選手権戦第3回戦、2009年

1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 Bb4 4.e5 Ne7 5.a3 Bxc3+ 6.bxc3 c5 7.Nf3 Nbc6

8.Bd3

 ここでのニック・ド・ファーミアンの好みは 8.a4 である。局面検索するとフィッシャーやスパスキーあたりの勝局がたくさん出てくる。

8…c4

 黒は局面を融通性のあるままにしておいた方がよい。実戦は黒のビショップが大きなポーンのようになった。黒は 8…Qa5 9.Bd2 f6 が普通で難しい定跡になる。

9.Be2 O-O?!

 クイーン翼を固定したのだから黒キングはそちらを目指した方がよい。

10.O-O f6 11.exf6 Rxf6 12.Bg5 Rf8 13.Ne5 Nxe5 14.dxe5 Qc7 15.Bxe7!

 ビナベル戦法では白の黒枡ビショップは負債になってくる。

15…Qxe7 16.Qd4

16…Qg5?

 黒の苦心の手だが、16…Bd7 からこのビショップをg6に転回するのが唯一の防御の可能性だった。

17.f4 Qg6 18.Rf2 b6 19.Raf1 Bb7 20.h3 Rf7 21.Kh2 Raf8

22.g4 Bc8 23.Bd1 h6 24.h4 Qh7 25.Kg3 g6 26.Kh2 Bb7 27.Qe3 Rd7 28.f5!

 この決め手のポーン突きでたちまち決着がつく。

28…exf5 29.gxf5 Rxf5 30.Bg4! Rxf2+ 31.Qxf2 Rd8 32.Be6+ 黒投了

 d8のルークがチェックで取られる。

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(この号続く)

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カテゴリ: 世界のチェス雑誌から

チェス世界選手権争奪史(245)

第10章 スパスキーとフィッシャーの世紀の対決

 主人公たちの人柄と境遇にほとんどなじみのない者なら誰でもボリス・スパスキーとボビー・フィッシャーの世界選手権戦はまれに見るすごい戦いになると予想したかもしれない。しかし最も聡明な予言者たちでも実際に起こったことのほとんどを予期していなかった。ジャーナリストたちはそれでも自制を働かせて来るべき戦いを「世紀の対決」と呼び始めた。しかし試合の始まるずっと前からチェスの歴史全体を見回してもどれもこれもほとんど前代未聞の事態に見舞われたことが明らかとなった。たぶん同様の難点があるかもしれないが、まもなく「世紀のスキャンダル」の方が適切な見出しのようになった。

 フィッシャーはペトロシアン戦が終わったあと数週間アルゼンチンに留まって分厚いステーキむさぼり食ったり地元のいくつかの大会で試合を観戦したりしていたけれでもビッグショーの交渉はほとんどすぐに始まった。最初の段階はすべてFIDEの管轄下だった。FIDEは開催を切望する多くの国から申し込みを受け付けていた。規定では挑戦者の本国の連盟に番勝負の前半12局を開催する権利があり、チャンピオンの方は後半12局に権利があった。もちろん代わりの取り決めは両陣営が同意すれば可能だった。

 1972年1月1日までに次の(信じられないような)申し込みがFIDEに提出されていた。


 コロンビア            4万  ドル
 フランス             5万  ドル さらに諸財源からの収入の5%を追加
 ギリシャ             5万2千ドル
 スイス              6万  ドル
 ザグレブ、ユーゴスラビア     7万  ドル
 カナダ              7万5千ドル
 オランダ             8万  ドル
 ブラジル             8万  ドル
 西ドイツ             9万2千ドル
 ブレッド、ユーゴスラビア    10万  ドル
 シカゴ             10万  ドル
 サラエボ、ユーゴスラビア    12万  ドル
 アイスランド          12万5千ドル
 アルゼンチン          15万  ドル
 ベオグラード、ユーゴスラビア  15万2千ドル

 加えて静かな小街区のブルックリンから10万ドルの申し出が期限を過ぎてきた。そこはボビーの育った所で、ついでに言うと彼にとって米国で受け入れられない唯一の場所だった。しかしそれがなくても選ぶべき申し出は山ほどあった。以前の世界選手権戦の交渉が時として秘密裏に行なわれていたせいでこれまでの拠出された賞金の最高額を正確に言うことは不可能だけれども、1921年のラスカー対カパブランカ戦での2万ドルが妥当なところである。スパスキーは1969年にペトロシアンを破った時1千4百ドルという相当な報奨金を受け取った。この金額は世界チャンピオンになってもこれまでほとんど何も得ていないと彼がよく言うことを裏付けている。フィッシャーの方は特に言うこともなかった。彼のコメントは「悪くないね」で、投了のような口調で「彼らはそうしなければならない」と付け加えたが、それは以降に起こることの基調を成しているように聞こえた。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(244)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 現地にいる人たちの知らせではボビーがひどい風邪をひいているということだった。確かに全部引き分けに終わった次の3局の内容はいくらか精彩を欠いていた。第6局もそうだったが、この時までには神が再びボビーに微笑んでいてペトロシアンが難解な局面で緩手を指し、ボビーが優勢になり押し切った。次の第7局までにはフィッシャーは本調子に戻っていた。

シチリア防御
白 フィッシャー
黒 ペトロシアン

1.e4 c5 2.Nf3 e6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 a6 5.Bd3 Nc6 6.Nxc6 bxc6 7.O-O d5

8.c4

 スパスキーは1969年ペトロシアンとの番勝負第1局で 8.Nd2 と指したが何も得られなかった。フィッシャーの手の方が良い。

8…Nf6 9.cxd5 cxd5 10.exd5 exd5 11.Nc3 Be7 12.Qa4+!

12…Qd7

 この手から至る交換損は消極的な 12…Bd7 よりも有望である。12…Bd7 なら 13.Qd4 Be6 14.Bf4 O-O 15.Rfe1 で白が大いに優勢である。これは孤立dポーンが明らかな負担となる例の一つである。

13.Re1

 13.Bb5 で黒の誘いに乗るのは 13…axb5 14.Qxa8 O-O 15.Qa5 d4 16.Nxb5 Bb7 17.Qc7 Qd5 18.f3

となって白がやはり優勢のようだが[訳注 18…Bd8 で白が悪いので単に 17.f3 です]、実戦の手の方が安全である。

13…Qxa4 14.Nxa4 Be6 15.Be3 O-O 16.Bc5!

 黒枡での強い締め付けを確保した。

16…Rfe8 17.Bxe7 Rxe7 18.b4!

 18…a5 を封じた。

18…Kf8 19.Nc5 Bc8 20.f3

20…Rea7

 20…Nd7 は 21.Rxe7 Kxe7 22.Re1+ Kd6 23.Nb3 で白の楽勝である。

21.Re5! Bd7 22.Nxd7+! Rxd7 23.Rc1 Rd6 24.Rc7

24…Nd7

 24…Re8 なら 25.Rxe8+ Nxe8 26.Ra7 で白のポーン得になる。

25.Re2 g6 26.Kf2 h5 27.f4 h4 28.Kf3

 29.Kg4 を狙っている。

28…f5 29.Ke3!

29…d4+

 29…Nf6 30.Kd4 Ne4 31.Rec2 の方がいくらか良いが大勢には影響しない。

30.Kd2 Nb6 31.Ree7 Nd5 32.Rf7+ Ke8 33.Rb7 Nxf4 34.Bc4! 黒投了

 ボビーは第8局と第9局も難なく勝ち番勝負を6½-2½で制した。

(この章終わり)

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チェス布局の指し方[16]

第2章 ポーンの重要性

2.1 ポーンの弱点(続き)

 以上の例から分かるように二重ポーンを含むポーン群は攻撃力が弱くなることがよくある。しかし二重ポーン群が弱点であると言うのは公正ではない。例えばニムゾインディアン防御の章を読めば二重ポーン群の動きの不自由さが、二重ポーンが中原に与える強さによって補われている局面の例に出くわすだろう。二重ポーンが中原を強化している別の実例は本章の後半に出てくるゲルファー対キーン戦で見られる。

 読者は孤立二重ポーンがほとんどすべての局面で重大な弱点となっていることを既に確信しているだろう。それは孤立ポーンに伴う通常の困難に、前の方のポーンを大駒で後ろから守れないということが付け加わるからである。

 図24(白番)

 図24は真の弱点がポーンの前の地点であることがよくあることを示している別の例である。黒ポーンをせき止めている白のナイトは黒陣を席巻していて黒駒がキングの守りに来るのを防いでいる。最後はきれいな詰みで終わった。1.Re3 Kh8 2.g4 Rg8 3.Qxh7+!! Kxh7 4.Rh3+ Nh4 5.Rxh4+ Kg6 6.Rh6+ Kg5 7.f4+ Kxg4 8.Ne3#

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(243)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 この試合のあとフィッシャーなら本当に何でもやってのけられそうに思われた。しかし第2局でバブルがはじけた。

グリューンフェルト防御
白 ペトロシアン
黒 フィッシャー

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 d5 4.Bf4 Bg7 5.e3 c5 6.dxc5 Qa5

7.Rc1 Ne4 8.cxd5 Nxc3 9.Qd2 Qxa2 10.bxc3 Qa5 11.Bc4 Nd7 12.Ne2

12…Ne5(12…O-O! 13.O-O Qxc5 14.Ba2 b5! =/+)13.Ba2

13…Bf5?(この手のあと黒は陣形的に負け形である。13…Qxc5 なら完全に黒の指せる局面だった)14.Bxe5 Bxe5 15.Nd4 Qxc5 16.Nxf5 gxf5 17.O-O Qa5

18.Qc2 f4 19.c4 fxe3 20.c5! Qd2 21.Qa4+ Kf8 22.Rcd1 Qe2

23.d6! Qh5 24.f4! e2 25.fxe5 exd1=Q 26.Rxd1 Qxe5 27.Rf1 f6

28.Qb3 Kg7 29.Qf7+ Kh6 30.dxe7 f5 31.Rxf5 Qd4+ 32.Kh1 黒投了

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(242)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 今やボビーと彼の長年の宿望との間に唯一立ちはだかるのはペトロシアンだった。ラルセンとの番勝負の後これまでチェスのことなど聞いたことのなかった人々はマスメディアでフィッシャーが大きくとりあげられたおかげで100年以上を経て初めて世界チェスチャンピオンが米国に生まれるかもしれないことを知った(まやかしの歴史家はかつていたと言うかもしれない)。そしてアメリカはフィッシャーがペトロシアンをも鮮やかに片付けることを期待しながら待っていた。番勝負は1971年9月30日からブエノスアイレスで始まり第1局は彼がちょうどそのとおりにやっていきそうに見えた。

シチリア防御
白 フィッシャー
黒 ペトロシアン

1.e4 c5 2.Nf3 e6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nc6 5.Nb5 d6 6.Bf4 e5 7.Be3 Nf6 8.Bg5

8…Be6(フィッシャーとの番勝負の第2局でタイマノフはここで 8…Qa5+ と指したが 9.Qd2 Nxe4 10.Qxa5 Nxa5 11.Be3

と進みポーン損でも白の主導権が強かった)9.N1c3 a6 10.Bxf6 gxf6 11.Na3

11…d5!(これはタイマノフがフィッシャーとの番勝負の第6局で指した 11…Nd4 の改良である。その試合は以下 12.Nc4 f5 13.exf5 Nxf5 14.Bd3 Rc8 15.Bxf5 Rxc4 16.Bxe6 fxe6 17.Qe2

と進み白が優勢だった)12.exd5(12.Nxd5 Bxa3 13.bxa3 f5 14.c4 fxe4 =/+)12…Bxa3 13.bxa3 Qa5 14.Qd2 O-O-O 15.Bc4 Rhg8

16.Rd1?(16.Bd3! Bxd5 17.Nxd5 Rxd5 18.Qxa5 Rxa5 19.O-O! Rxa3 20.f4! +/=

16…Bf5?(16…Rxg2!)17.Bd3

17…Bxd3?(17…e4!?)18.Qxd3 Nd4 19.O-O Kb8 20.Kh1 Qxa3 21.f4 Rc8 22.Ne4

22…Qxd3?(22…Qxa2! 23.Nxf6 Rxg2! 形勢不明)23.cxd3 Rc2 24.Rd2 Rxd2 25.Nxd2 f5!

26.fxe5 Re8 27.Re1 Nc2 28.Re2 Nd4 29.Re3 Nc2 30.Rh3 Rxe5

31.Nf3 Rxd5 32.Rxh7 Rxd3 33.h4 Ne3 34.Rxf7 Rd1+ 35.Kh2 Ra1

36.h5(36.Kg3 Rxa2 37.h5 Rxg2+ 38.Kf4 Ng4 39.Rxf5 Nh6 40.Rf6 Ng8 =

36…f4?(敗着。黒は 36…Rxa2! で引き分けにできた。白の最も危険な手順は次のとおりだが 37.Rg7 f4 38.h6 Ra5 39.h7 Rh5+ 40.Kg1 Ka7 41.Ng5 a5

42.Rg8 a4 43.h8=Q Rxh8 44.Rxh8 a3 45.Rc8 a2 46.Rc1 Nc2

で引き分けになる-ファインの分析)37.Rxf4 Rxa2 38.Re4! Nxg2 39.Kg3 Ra5 40.Ne5 黒投了

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(241)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 第2局はラルセンが序盤から優位に立ったがフィッシャーの頑強な防御の前に進展が図れなかった。かつては保持していた優位もあらかたなくなった次の局面で

ラルセンは 37.Bc4? とポカを出しフィッシャーはしゃれた 37…Ra4! で応じた。そして 38.Rc1? Bxb5! 39.Bxf7 Rxh4+ 40.Kg2 Kxg5

となって形勢が逆転しまもなくラルセンが投了した。

 この後ラルセンの戦意は消えていった。彼は第3局に負け、第4局も負け、さらに第5局にも負けた。この時までにデンバーでの成り行きは1面のニュースになっていた。ラルセンは第6局で永久チェックで引き分けにできたが、無意味なことだとはねつけ勝ちにいって負けてしまった。これでフィッシャーは二つ目の挑戦者決定番勝負もストレート勝ちした。

(この章続く)

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「ヒカルのチェス」(171)

「CHESS」2010年2月号(2/4)

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ロンドン・チェスクラシック(続き)

ロンドン・チェスクラシック、2009年12月8-15日、第18水準(2696)
[勝ちは3点、引き分けは1点]

レイティング 実効棋力
マグヌス・カールセン ノルウェー 2801 * 1 ½ ½ 1 1 ½ ½ 13 2839
2 ウラジーミル・クラムニク ロシア 2772 0 * ½ ½ 1 1 ½ 1 12 2787
3 デイビド・ハウエル イギリス 2597 ½ ½ * ½ ½ 1 ½ ½ 9 2760
4 マイケル・アダムズ イギリス 2698 ½ ½ ½ * 1 ½ ½ ½ 9 2746
5 ルーク・マクシェーン イギリス 2615 0 0 ½ 0 * 0 1 1 7 2605
6 ニー・フワ 中国 2665 0 0 0 ½ 1 * ½ ½ 6 2598
7 ヒカル・ナカムラ 米国 2715 ½ ½ ½ ½ 0 ½ * ½ 6 2643
8 ナイジェル・ショート イギリス 2707 ½ 0 ½ ½ 0 ½ ½ * 5 2592

 米国チャンピオンのヒカル・ナカムラもやはり絶好調でちょうどスカンジナビアでの快速チェス大会でカールセンを破っていた。

第1回戦

 ナカムラはニー・フワに勝つはずだったが結局引き分けに終わった。

第2回戦

 マイケル・アダムズは技術的に勝ちの収局を勝ち切れなくてヒカル・ナカムラに誕生日プレゼントを与えた。

第3回戦

ナカムラ ½ – ½ ショート

第4回戦

 第4回戦を終わってナカムラも負けなしの4位だった。

 カールセン相手に黒で最高のチェスを指したのは米国チャンピオンのナカムラだった。自陣を弱体化させはしたがその結果できた素通し列は彼にとって好都合だった。そして規定手数近くでナカムラは決断しなければならなかった。検討室に陣取っていたビクトル・コルチノイはすぐにある手を推奨した・・・ナカムラは別の手を選んだ・・・そして黒の勝つ可能性が消えてコルチノイの正しかったことが証明された。


ヒカル・ナカムラは積極果敢に指してカールセンを引き分けにとどめた。

□マグヌス・カールセン
■ヒカル・ナカムラ
第4回戦 スラブ防御

1.d4 d5 2.c4 c6 3.Nf3 Nf6 4.Nc3 dxc4 5.a4 Bf5 6.Nh4

6…Bc8

 ナカムラはビショップを深く引きh4のナイトの位置につけ込んで中原から突っかける用意をした。同じくらいよく指されている 6…e6 7.Nxf5 exf5 8.e3 Bb4 と挑発的な 6…Bd7!? はもっとアンバランスな局面になる。

7.e3 e5 8.Bxc4 exd4 9.exd4

 ビショップをc8に引いたのは白に孤立dポーンを作らせるためだった。しかしナイトをh4からまた展開するのに手数がかかっても白は展開で優っていて黒は互角の局面にするために正確を期さなければならない。

9…Be7 10.O-O O-O 11.Re1 Nd5 13.Nf3 Be6

 黒は教科書どおりに孤立ポーンをせき止めてキング翼攻撃を受けるのを回避した。そのため白は圧力を維持する別の方策を見つけなければならない。

13.Qb3! Na6!

14.Bd2

 bポーンはもう危険にさらされていない。14.Qxb7 は 14…Nab4 で白クイーンが …Rb8 と …Ra8 で追われて千日手にされる。15.Bxd5 cxd5 16.Bg5

で逃げ道を作ることはできるが 16…Bxg5 17.Qxb4(17.Nxg5? は 17…Rb8! 18.Nxe6 fxe6 19.Qxa7 Rf7 20.Qc5 Nd3

で黒の交換得)17…Rb8 18.Qa3 Be7 19.Qa2 Qa5

となってビショップとクイーン翼での圧力で十分な代償がある。

14…Nab4

 この手は新手だがまったく自然な手でもある。1999年4ヵ国チェスリーグでのアーケル対ゴーマリー戦では 14…Nac7 15.a5(15.Qxb7 は 15…Nb4 で応じられるが 15.Nxd5!? cxd5 16.Bd3 は楽に優位を保持し十分考慮に値した)15…Rb8 のあと合意の引き分けになったが白は 16.Ne4 でもっと指し続けた方が良かったかもしれない。

15.Ne4

 白は何かないかと探し始めた。実際ここまでの黒の指し回しは非常に論理的で黒陣はとても堅固だが白に初手からついてまわる主導権を無効にすることはできないでいる。

15…Bf5 16.Ne5 a5 17.Nc5!

17…Bxc5!

 黒は白の孤立ポーンをそのままにしておきたいかもしれないが残念ながら 17…Qc8? は次のようにどうやってもa2-g8の斜筋の強い圧力によりポーンが落ちる。18.Bxb4 axb4 19.Bxd5 cxd5 20.Qxb4 一方本命の 17…Nc2? は 18.Nxb7 Qc7 19.Bxa5 Nxa1 20.Rxa1 Qc8 21.Nxc6! Qxc6 22.Bxd5

となって白が交換損の代償を多く取りすぎる。

18.dxc5 Qc7

 白は双ビショップになり孤立dポーンは解消した。しかし黒のナイトによる堅固なせき止めは残っている。白はどう指し進めるのが最善だろうか。

19.Bxb4?!

 ルークを働かせるのはそうた易くないがカールセンは間違った方の交換をしたのではないかと思う。彼は実戦の手でわずかな優勢を保持しているが黒は常に1ヵ所の弱点のe6を覆い隠すことができる。実際あとから考えてみればレイティングの新世界一は 19.Bxd5! Nxd5 20.Nc4 と指してナイトをd6に跳ばし黒にいくらかの圧力をかければ良かったと思っているだろう。

19…Nxb4 20.Qf3 Be6!

 ナカムラはいつも頑強な受けをしようとする。この試合も確かに例外でない。

21.Bxe6 fxe6 22.Qb3 Qe7

 見た目には白が良い局面だが白のナイトは本当に黒のナイトよりそんなに良いのだろうか。それに黒にはf列から逆襲もある。

23.Nf3 Nd5 24.Rac1 Rf4

25.Ne5

 白が自分の凡庸な戦略の誤りに気づいて均衡を維持したかったらひと組のルークの交換を目指しすぐに 25.Rc4 と指すことができた。

25…Raf8 26.Nd3 Rd4 27.Rc4 Rxc4 28.Qxc4 Qf6 29.g3 Rd8 30.Kg2 Qf5

31.Nc1

 白は名ばかりの優勢を保持していてここで 31.Re4 Rf8 32.Kg1 と指せば何も問題なかった。もっとも引き分けの可能性がかなり高いが。代わりにカールセンはe6の地点を攻撃しようとしたがナカムラは次の捌きによって少なくとも同等の立場であることを証明した。

31…Rf8

32.Qe2

 白は 32.Nd3 と手を繰り返す方が良かった。

 しかし対局後カールセンは 32.Re2?? の方が良かったと言った。その手を避けたのは彼にとって幸運だった。32…Ne3+! 33.Rxe3(33.fxe3 Qf1#)33…Qxf2+ 34.Kh3 Qxe3 で黒の勝ちになる。超一流でも簡単な手筋を見落とすことがある。

32…Nc7!

33.Nd3

 33.Qe3 でも 33…Qc2 で白にとってすでにそれほど容易でない局勢である。もっともシリコンモンスターを用いての分析によると白はここで 34.Nd3! Rd8(34…Qxa4 は 35.Nf4 Qc2 36.Qe5! Rf7 37.Qd4

)35.Nf4 Qxb2 26.Re2 Qf6 37.Qb3

でまだなんとか均衡を維持することができる。

33…Rd8!

34.Ne5!

 これは受けの好手である。この手はポーンの犠牲を伴うが 34.Rd1 では 34…Qd5+ 35.f3 Qc4 で黒にやらずもがなの優勢を与えてしまう。

34…Rd5 35.Kg1 Rxc5 36.Nc4

 白はポーンを失ったが陣形が良いおかげで少し不利なだけである。

36…Qf8

37.Rd1!

 大胆不敵な手である。37.Nb6 Qe7 38.Rd1 Nd5 39.Nc4 なら黒を少し手一杯の状態にしたかもしれない。しかしカールセンはクイーンとナイトで侵入する代わりに黒の陣形を良くさせても良いと見た。

37…Rd5 38.Rxd5

38…exd5?!

 これはもう引き分けにしかならない。黒の唯一の勝つ可能性は 38…cxd5 39.Qe5 Qc5 だったが 40.Nd6 Qc1+ 41.Kg2 Qc6 42.b3

で黒がどのように進展を図るのか私には分からない。白のクイーンとナイトの連携が非常に良い。

39.Qe5! dxc4 40.Qxc7 Qb4 41.Qc8+ Kf7 42.Qf5+ Ke7 43.Qe5+ Kf7 44.Qf5+ Ke7 45.Qe5+ Kf7 ½ – ½

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(この号続く)

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チェス世界選手権争奪史(240)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 しかしそれまでチェスに全然目を向けたことのなかった大衆紙を含めた世界の注目のほとんどはコロラド州デンバーに集中していた。そこで1971年7月6日からフィッシャーがラルセンと対戦していた。フィッシャーは既に最上位の選手たちを相手に12連勝していた。そしてほとんどの人はラルセンに楽に勝つものと予想していた。しかしこのデンマーク選手は西側で2番目に強い選手と広くみなされていてタイマノフよりもはるかに手ごわい相手だった。フィッシャーの13連勝目がかかっていた第1局は激戦の前途を予感させるものだった。

フランス防御
白 フィッシャー
黒 ラルセン

1.e4 e6(これはラルセンが普段指している定跡の一つではないがフィッシャーの最も苦手とする戦法と広くみなされていた)2.d4 d5 3.Nc3 Bb4 4.e5 Ne7 5.a3 Bxc3+ 6.bxc3 c5

7.a4(フィッシャーは一般的な 7.Qg4 を好んだことがなく、大局観に沿って指す方を好んでいた)7…Nbc6 8.Nf3 Bd7 9.Bd3 Qc7 10.O-O c4 11.Be2 f6 12.Re1

12…Ng6(12…O-O-O!?)13.Ba3! fxe5 14.dxe5 Ncxe5 15.Nxe5 Nxe5 16.Qd4!

16…Ng6(16…Nc6 17.Bh5+ +/-)17.Bh5!

17…Kf7(17…O-O-O 18.Qxa7 b6 19.Qa8+ Qb8 20.Qxb8+ Kxb8 21.a5! b5 22.Bc5

これで収局になれば白が勝つ)18.f4! Rhe8 19.f5! exf5 20.Qxd5+

20…Kf6(20…Be6? 21.Rxe6! Rxe6 22.Qxf5+ Rf6 23.Qd5+ Re6 24.Rf1+

21.Bf3 Ne5? 22.Qd4! Kg6 23.Rxe5 Qxe5 24.Qxd7

24…Rad8(24…Qxc3? 25.Qd6+ Kg5 26.h4+ Kxh4 27.Qf4#

25.Qxb7 Qe3+ 26.Kf1 Rd2 27.Qc6+ Re6 28.Bc5!

28…Rf2+(28…Qe5 29.Bd4!)29.Kg1 Rxg2+ 30.Kxg2 Qd2+ 31.Kh1 Rxc6 32.Bxc6 Qxc3

33.Rg1+ Kf6 34.Bxa7 g5 35.Bb6 Qxc2 36.a5 Qb2

37.Bd8+ Ke6 38.a6 Qa3 39.Bb7 Qc5 40.Rb1 c3 41.Bb6 黒投了

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(239)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 準決勝の組み合わせはペトロシアン対コルチノイとフィッシャー対ラルセンに決まった。ペトロシアン対コルチノイ戦はいうなれば奇妙な進行で、初戦から8試合(!)連続引き分けだった。ペトロシアンが第9局に勝ち第10局がまた引き分けになって最終結果が5½-4½で前世界チャンピオンに凱歌が上がった。勝敗のついた試合を見てみると勝とうとして指しすぎたためにコルチノイが負けたことが分かる。

逆キング翼インディアン防御
白 ペトロシアン
黒 コルチノイ

1.c4 e5 2.g3 c6 3.b3 d5 4.Bb2 d4 5.Nf3 Bd6

6.d3 c5 7.Bg2 Ne7 8.O-O Nec6 9.e3 O-O

10.Nbd2 Be6 11.e4 Nd7 12.Nh4 g6 13.Bf3 Bc7

14.a3 Ba5 15.Bc1 Qe7 16.Bg4 f5 17.exf5 gxf5

18.Bf3 Nf6 19.Bg2 Rad8 20.Ra2 Bc8 21.Re1 Kh8

22.b4 cxb4 23.Nb3 Bb6 24.Bxc6 bxc6 25.axb4 a6

26.Nf3 e4 27.c5 Bc7 28.Nfxd4 Qf7 29.Rd2 Bd7

30.Bb2 Kg8 31.Na5 Bxa5 32.bxa5 Rb8 33.Ba1 Rfe8

34.Rde2 Qh5 35.Qd2 Kf7 36.h4 exd3 37.Qxd3 f4

38.Nf3 Rxe2 39.Qxe2 Qxc5 40.Ne5+ Kf8 41.Nxd7+ Nxd7 黒投了

(この章続く)

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世界のチェス雑誌から(76)

「Chess Life」2010年2月号(4/7)

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2009年世界少年少女チェス選手権戦(続き)

GMジョン・フェドロウィッツ

 ジャロッド・パマトマトは残り3回戦までは絶好調だった。しかし残りの試合で1引き分けしかあげることができなかった。それでも見事な活躍で次の試合はクイーン無し中盤で攻撃が冴えていた。若い選手の多くはクイーンがなくなるとやる気がなくなるがこの試合にはそんな気配は微塵もなかった。

スラブ防御 [D12]
□ ジャロッド・パマトマト(FIDE2029)
■ ジャクシリク・ヌルラノフ
世界少年少女チェス選手権戦第4回戦、2009年

解説 フェドロウィッツ、パマトマト

1.d4 d5 2.c4 c6 3.Nf3 Nf6 4.e3 Bf5 5.Nc3 e6 6.Nh4!?

 これで白が双ビショップになり少し優勢である。

6…Bg6 7.Qb3

 7.Nxg6 hxg6 8.Qe2!? から g2-g3 と突く変化もある。

7…Qb6 8.Nxg6 hxg6 9.cxd5 exd5 10.Bd3 Bd6 11.h3 Qxb3 axb3

 クイーン交換後ジャロッドは相手を圧倒した。

12…Nbd7 13.Bd2 O-O 14.O-O Rfe8 15.f3 Bb4 16.Rfe1 a6 17.Re2

17…Nb6?!

 このナイトは場違いである。17…Nf8!? なら必要な時にd4に圧力をかけることができる。

18.Kf2 Rad8 19.Rc1 Re6 20.h4 Ree8 21.g4 Kf8 22.Rh1 a5

23.h5! gxh5 24.g5 Ng8 25.Rxh5 g6 26.Rh7 Re7 27.Rh3 Ree8

28.Kf1 Re7 29.Reh2 Bxc3 30.bxc3 a4 31.bxa4 Nxa4 32.Bc1 Ke8

33.c4!?

 白の最も正確な手順は 33.Rh8 Kd7 34.Rc2 b5 35.e4 である。

33…Nb6 34.Rh8 Kd7 35.c5 Na8 36.e4 Nc7 37.Bf4

 白の双ビショップが強力であるのに対し黒の駒は右往左往している。

37…dxe4 38.Bxe4

 38.fxe4 の想定手順は 38…Ne6 39.Be3 f5 40.exf5 Nxc5 41.dxc5 Rxe3 42.Bc4 Re5

43.R2h7+ Kc8 44.fxg6 Rf5+ 45.Ke2 Rxg5 46.Be6+ Kb8 47.Bxg8 Rxg6 48.Bf7 Rg2+

である。

38…Ne6 39.Be5 Nxg5 40.Rb2 Ke6 41.Bb1 Red7 42.Re2 Nxf3 43.Bg7+ Kd5 44.Ba2# 1-0

 白は「クイーン無し」中盤で創造的な攻撃の機会を見いだした。

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(この号続く)

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チェス世界選手権争奪史(238)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 フィッシャーは収局でちょっとした技巧を用いて第4局も勝った。

 61手目のあと黒は手詰まりに陥っていて 62.Bxg6 を防ぐことができなかった。あとは白が楽に勝った。62…Nxg6 63.Kxb6 Kd7 64.Kxc5 Ne7 65.b4 axb4 66.cxb4 Nc8 67.a5 Nd6 68.b5 Ne4+ 69.Kb6 Kc8 70.Kc6 Kb8 71.b6 黒投了

 今度は完全に打ちのめされたタイマノフは第5局の引き分けの局面を大ポカで失い第6局はあっけなく負けて前例のない6-0で敗退した。しかしもっと大きな衝撃がこの先に待っていた。

(この章続く)

[訳注 第5局の下図の引き分けの局面でタイマノフは

46.Rxf6 とポカを指しフィッシャーに 46…Qd4+ と指されて投了しました。]

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チェス世界選手権争奪史(237)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 第3局でタイマノフは明らかに第2局の影響を引きずっていてずるずると負けを重ねた。

キング翼インディアン防御
白 タイマノフ
黒 フィッシャー

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4 d6 5.Nf3

 これはタイマノフの長年にわたる愛用の手である。彼はキング翼インディアン定跡に白でも黒でも大きく貢献してきた。

5…O-O 6.Be2 e5 7.O-O Nc6 8.d5 Ne7

9.Bd2

 これはほとんど知られていない手である。明らかにタイマノフはこの番勝負のために研究してきた。9.Ne1 と比較的最近の 9.Nd2 は数多く指されている。

9…Ne8 10.Rc1 f5

11.Qb3

 第1局でタイマノフは 11.exf5 gxf5 12.Ng5? と指した。しかし 12…h6 13.Ne6 Bxe6 14.dxe6 Qc8 15.Qb3 c6 16.Bh5 Qxe6

となって代償がなく単なるポーン損だった。

11…b6 12.exf5 gxf5 13.Ng5

13…Nf6

 13…h6 は 14.Ne6 Bxe6 15.dxe6 Qc8 16.c5 bxc5 17.Bh5 Kh8 18.Bf7

となって白がうまい。

14.f4 h6

15.fxe5

 この手よりも 15.Ne6 Bxe6 16.dxe6 c6 17.Qa3!

の方が良く白の圧力が強かった。

15…dxe5 16.c5 Nfxd5 17.Nxd5 Nxd5 18.cxb6 axb6 19.Rc6

 この手は …c6 を妨げて 20.Bc4 を狙っている。

19…Kh8 20.Nf3?

 ここは 20.Ne6 または 20.Qh3(フィッシャーの推奨)の方がずっと良かった。実戦の手のあと主導権は黒に移った。

20…Bb7 21.Rg6 Nf4!

 これで黒が勝勢である。

22.Bxf4 exf4 23.Rd1 Qe7 24.Re6 Qc5+ 25.Kf1 Rfd8 26.Rxd8+ Rxd8

27.Qa4 Qc1+ 28.Kf2 Bf8 29.b4 Be4 30.Re8 Bc6 31.Qxc6 Qxc6

32.Rxd8 Qf6 33.Rc8 Qe7 34.Kf1 Kh7 35.Nd4 Bg7 36.Nb5 Be5

37.a3 Qd7 38.Ra8 f3 39.gxf3 Bxh2 40.Kg2 Qg7+ 41.Kxh2 Qe5+ 白投了

(この章続く)

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チェス布局の指し方[15]

第2章 ポーンの重要性

2.1 ポーンの弱点(続き)

 図23(白番)

 図23に示されているのは攻撃における弱点の別の様相である。白にはナイトに対するビショップだけでなく威容を誇るポーン中原があり、一見したところ白が好調のようである。しかしよく調べてみると勝つ可能性は黒にだけあることが分かってくる。白の誇りの中原はそのままでいる限り申し分ない。しかしそれが前進しようとすると粉みじんになる。読者に覚えておいて欲しいが、ポーン中原は決してそれ自身を目的として追求すべきものではなく攻撃の突破口の手段として追求すべきものである。

 図の局面で通常のe5突きは白に二組の二重孤立ポーンが残るので陣形上の自殺行為である。ポーンをc5に突いてクイーン翼での攻撃を図るのはそのポーン突きを支援するポーンがb列にないので同じく失敗する運命である。黒がキング翼で攻撃の準備を始めている間に白にできることは重厚だが動かせないポーンの背後でじっとして何かが起こるのを期待するのが関の山である。実戦は次のように進んだ。1.Rb5 Qh6 2.Rbg5 f6 3.R5g4 g6 4.Bd3 Re7 5.c4 Ng7

6.c3(6.Qxf4 Qxf4+ 7.Rxf4 Ne6 から 8…Nxd4 も同じく黒が良い)6…Ne6 7.Bf1 f5 8.R4g2 Rf6 9.Bd3 g5

(…Qxh3+ の狙い)10.Rh1 g4 11.Be2 Ng5 12.fxg4 f3 13.Rg3 fxe2

これで白が投了した(ヤノフスキー対ラスカー、世界選手権戦、1909年)。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(236)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 タイマノフ(1926年生まれ)はこの20年の間ソ連の最強選手の一人だったが世界選手権戦の舞台への登場はこれが初めてだった。彼がフィッシャー相手に番勝負に勝つ可能性はほとんどないと誰もが考えていたが、それと同じくらい実際に起こったことを予想してもいなかった。第1局はタイマノフが序盤で緩手を指してフィッシャーが勝った。第2局もフィッシャーが大優勢だったが不正確な着手で雲散霧消してしまった。そして次の局面になって

タイマノフ(黒)は 81…Kd6 で簡単に引き分けにできていた。それほど簡単なので記者として現場に居合わせていたコトフは「子供でもこんな収局は引き分けにできる」と評したと言われている。しかしタイマノフは 81…Ke4?? と指し次のように負けた。82.Bc8 Kf4 83.h4 Nf3 84.h5 Ng5 85.Bf5 Nf3 86.h6 Ng5 87.Kg6 Nf3 88.h7 Ne5+ 89.Kf6 黒投了

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(235)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 15-8の成績で同点2位になったのはラルセン、ゲレルそれに西ドイツから来た22歳で無名のローベルト・ヒューブナーだった。そして同点で最後の二つの本戦進出権を獲得したのはソ連のGMマルク・タイマノフと東ドイツのボルフガング・ウールマンだった。以上の6人にペトロシアンとコルチノイが加わって準々決勝の組み合わせが抽選で次のように決まった。ペトロシアン対ヒューブナー、ラルセン対ウールマン、コルチノイ対ゲレル、そしてフィッシャー対タイマノフ。

 ペトロシアン対ヒューブナー戦はスペインのセビリアで行われ多くの注目を集めた。誰もヒューブナーについてよく知らなかった。インターゾーナルでの彼の活躍は誰にもまったく意外だった。彼はそれまでチェスの国際大会で注目されるような成績をあげたことがなかった。それでも前世界チャンピオンにとってさえ一筋縄ではいかない相手であることが明らかになり最初の6局は引き分けだった。そしてペトロシアンが突破口を開き第7局に勝った。この後ヒューブナーが耐え難い対局環境、具体的には熱狂的なスペインの観戦者の大きな騒音に抗議して対局を放棄した。公平な報道によればヒューブナーの不満にももっともなところがあり、他の開催地からの正に衝撃的なニュースがなければこの件ははるかにもっと注目を浴びていたはずだった。

 一応記せばそれはラルセンがウールマンを5½-3½で破ったカナリア諸島からでもなければコルチノイがゲレルを5½-2½で片付けたモスクワからでもなかった。両方の勝者とも本命視されていたし彼らの勝ちっぷりもある程度いつもどおりだった。大見出しはすべてブリティッシュコロンビアのバンクーバーで作られていた。その地でフィッシャー対タイマノフ戦が1971年5月16日から始まっていた。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(234)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 米国チャンピオンのロバート・ジェームズ・フィッシャーがパルマ・デ・マリョルカで開催されるインターゾーナルに向かったとき退役空軍大佐のエド・エドモンドソンに伴われていた。大佐は何年か米国チェス連盟の専務理事を務めていたことがあった。今回の役目は難役になることが確実だったが盤外の問題に対処しフィッシャーが盤上の問題に彼の時間のすべてを注ぎ込めることを保障するためだった。要するにスースで起こったような破局にまた陥ることを避けるためだった。エドモンドソン大佐はフィッシャーが実際に自分の任務を果たしたのとほとんど同じくらい見事に自分の任務を立派に果たした。そう声高に言えるのはフィッシャーが18½-4½の成績で2位に3½(!)点差をつけて優勝したからだった。唯一の負けはベント・ラルセン戦だった。特筆すべきは最後を6連勝で締めくくったことである(最終戦で棄権したアルゼンチンのパンノを数えない)。フィッシャーの最も華々しい勝利は次に示すアルゼンチンのルビネッティ戦だった。

シチリア防御
白 フィッシャー
黒 ルビネッティ

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 e6 6.Bc4 a6

7.Bb3 b5 8.O-O Bb7 9.Re1 Nbd7 10.Bg5 h6 11.Bh4 Nc5?

12.Bd5! exd5 13.exd5+ Kd7 14.b4 Na4 15.Nxa4 bxa4

16.c4 Kc8 17.Qxa4 Qd7 18.Qb3 g5 19.Bg3 Nh5

20.c5! dxc5 21.bxc5 Qxd5 22.Re8+ Kd7 23.Qa4+ Bc6 24.Nxc6 黒投了

(この章続く)

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「ヒカルのチェス」(170)

「CHESS」2010年2月号(1/4)

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ロンドン・チェスクラシック


ヒカル・ナカムラがどの試合でも両手の間に顔を挟みほとんど見上げないで集中する様子は本当に絵になっていた。


マルコム・ペイン、マグヌス・カールセン、ウラジーミル・クラムニク、ヒカル・ナカムラ、ニー・フワ


米国チャンピオンのヒカル・ナカムラは決勝でマグヌス・カールセンを負かしたノルウェーのブリッツ大会からやって来たばかりだ。

*  *  *  *

 米国チャンピオンのヒカル・ナカムラはクラシックでの試合を待ちかねていた。

 ロンドンへようこそ。当地で指すのは初めてですか。

 はい、ロンドンで対局するのは初めてです。二、三度ロンドンに立ち寄ったことはありましたが指す機会はありませんでした。

 楽しみにしていましたか。

 もちろんです。

 この大会ではどんな成績を期待していますか。自信がありますか。

 ウラジーミルが記者会見で言ったのと同じですね・・・つまり誰が調子が良いかということです。なぜなら7回戦しかない時は出だしが悪ければ巻き返すのは非常に難しくなります。だから誰が調子よく飛び出すかという問題で、もし僕が優勝できれば文句ないし、勝ち越しの成績で終わるだけでも満足です。

 他の参加者との対戦成績はどうなっていますか。

 実はこの大会はちょっと妙な大会で、参加選手の一部とはクラシカルな試合をしたことがありません。クラシカルな試合をしたことがあるのは4人だけです。だからほぼ半分で、一部の選手とはほとんどなじみがありません。でも勝つチャンスはあると思っていますし、どうなるか楽しみにしています。

 カールセンとクラムニクとは対局したことがありますか。

 クラムニクとは対局したことがありません。カールセンとはあります。クラシカルで2局指しました。つい最近は先週ノルウェーのブリッツ大会で指して勝ちました。だからマグヌスはよく知っていて彼とクラムニクにはチャンスがあると思っています。この二人とうまく指せれば優勝できるかもしれないと思っています。

 あなたの最近の弾丸チェスについての本を読みました。大変面白かったです。

 そうでしょう。

 チェスでは弾丸チェスが好みですか。

 成長するにつれて弾丸チェスとブリッツが好きになりました。今はクラシカルなチェスに本気になっています。それでもいろいろありますがブリッツと弾丸チェスが現在の僕の基礎になっていてだから今でも両方大好きです。

 モスクワのブリッツ大会に招かれなかったのは面白くなかったですか。

 あ、それは・・・やはり招かれたかったですね。あそこで指す機会がなかったことは非常に残念で、同時に僕だけが招かれなかったのではありませんでした。ブリッツが非常に強いのに招かれなかった選手も何人かいて、最後まで残る実力で優勝する可能性も高い何人かの選手がいない参加者では世界選手権を名乗る大会と見るのは非常に難しいのではと思います。でもノルウェーでの結果で来年は出場する機会があるのではと期待しています。

 世界舞台のチェスで抱負は何ですか。

 少なくともこれまでほとんどの最強選手と戦えることを証明したと思っています。ウラジーミルとは指していませんが彼はちょっと違うかもしれません。もし彼にひどく負かされればちょっと悲観的になるでしょう。でもマグヌスとは指したことがあり他の何人かの最強選手とも指したことがあります。だから努力して頂上に行きたいですが現在のところは堅実に指し続けてもっと強くなってどうなるか見るようにしなければならないです。

 FIDE世界選手権戦の仕組みについてはどう思いますか。

 全体的には考え方は良いです。でも一番の問題はFIDEが規則を作って自分たちの考えたのを守らないことにあると思います。そんなことをしたら対局している人たちの信頼をなくさせてしまうし信用されなくなってしまいます。たぶん将来は今のような・・・サイクルを作り上げるでしょう。すべてが決まってみんなが抜けてあちらこちらやり方を変える問題もないなら素晴らしいことです。FIDEが今回のことから得る教訓はこのようなサイクルを作って何が起ころうとそれをちゃんとやって行くことだと思います。うまくいかないようであってもやり始めなければなりません。たぶんうまく行くやり方を取り続けてくれるでしょう。

 1993年の分裂から解決しようとするまで長い時間がかかりました。

 そのとおりです。でもアーナンドの試合が予定されていてその後またクラムニクあるいは誰が挑戦者になっても試合がありその時には解決していると思います。これまでとは違ったふうになると期待すべきでしょう。

 最後に、あなたのチェスのヒーローは誰ですか。

 ここの選手たちの一人は-最近彼の試合をたくさん勉強し始めたのですが-クラムニクです。フィッシャーも米国での偉業から当然です。いろいろな点で全体的な環境が変わりました。フィッシャーがいなかったら今の米国にあるようなチェス文化はなかったと思います。だから断然フィッシャーです・・・別の選手はずっと前にさかのぼればカパブランカもです。彼の天賦の才能はものすごいと思います。コンピュータのない1920-30年代のあのレベルの試合をいくつか見ましたが感嘆させられました。だから彼の試合もよく見るようになりました。

 自分の才能はどうですか。生まれつきの才能ですか、それとも猛勉強ですか、はたまたその両方ですか。

 両方だと思います。初めてチェスを指し始めた時はひどいものでした。実際始めて指した時4局全部負けました。だから最初の頃は猛勉強だったと思います。慣れてくると試合への向きと才能があったようです。だから両方合わさったものだと思います。

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(この号続く)

2010年06月04日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス

チェス世界選手権争奪史(233)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 ペトロシアンのdポーン布局に対して黒で互角の局面にするスパスキーの能力は今回の番勝負における彼の勝利に極めて重要だった。

 第19局はスパスキーが勝ったが第20局はペトロシアンが勝って1点差に戻した。第21局が始まったとき明らかにスパスキーがリードをふいにしてしまう可能性はまだ十分あった。しかし・・・

ルイロペス
白 スパスキー
黒 ペトロシアン

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 a6 4.Ba4 Nf6 5.O-O Be7 6.Re1 b5 7.Bb3 O-O 8.c3 d6

9.h3 Nd7 10.d4 Bf6 11.Be3 Na5 12.Bc2 Nc4 13.Bc1 Bb7

14.b3 Ncb6 15.Be3 Re8 16.d5 Rc8 17.Nbd2 c6 18.c4 cxd5

19.cxd5 Qc7 20.Rc1 Qb8 21.a4 Nc5 22.axb5 axb5 23.Ra1 b4

24.Qe2 Nbd7 25.Bd3 Nxd3 26.Qxd3 Ba8 27.Nc4 Nc5 28.Bxc5 Rxc5

29.Ra4 h6 30.Qd2 Be7 31.Rea1 Bb7 32.Qxb4 f5 33.Ra7 Rc7

34.exf5 Qc8 35.Ne3 e4 36.Nd4 Bf6 37.Rf1 Ba6 38.Rxc7 Qxc7

39.Qa4 Ra8 40.Rd1 Qb8 41.Nc6 Qb7 42.Qxe4 Qxb3 43.Re1 Bc3

44.Rb1 Qa2 45.Nb4 Qa4 46.Qe6+ Kh8 47.Qxd6 Be2 48.Nc6 Qa2

49.Rb8+ Rxb8 50.Qxb8+ Kh7 51.Qg3 Bh5 52.Kh2 Be1 53.f6 黒投了

 今やタイトルが移動することがほとんど確実だった。第22局と第23局は順当な引き分けでボリス・バシリエビッチ・スパスキーが新しい世界チャンピオンになった。しかしどのくらい長く続くのだろうか。

(この章続く)

2010年06月04日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

JCAの間違い捜し(9)

「第107回チェスネット競技会」続編

 最終局面は次の図だがJCAではこれは詰み(3…Nf3#)なのだそうである。

チェス世界選手権争奪史(232)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 1点差をつけられ残り局数が少なくなっていくなかペトロシアンは第18局で攻撃的に指すことを余儀なくされた。しかし彼は挑戦者の秘密兵器となった鉄壁を誇るタラシュ防御にまたしても直面した。

クイーン翼ギャンビット
白 ペトロシアン
黒 スパスキー

1.c4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 c5

 これがタラシュ防御である。創始者はこれを誇張気味に推薦し「クイーン翼ギャンビットに対する唯一の正しい防御」と呼んだ。この防御が正当かどうかは孤立dポーンについての古くからの質問に対する答えにかかっている。その質問とは「このポーンの持つ実戦的な活動の可能性は本質的な弱点をしのぐか」ということであり、答えは「そうなることもある」である。

4.cxd5 exd5 5.Nf3 Nc6 6.g3

 そしてこれがルビーンシュタイン戦法である。この戦型は約50年の間タラシュ防御を失業させていた。

6…Nf6 7.Bg2 Be7 8.O-O O-O 9.Bg5

 この手は長い間この局面での最強手と考えられてきた。代わりの 9.Bf4 と 9.dxc5 は白にほとんど優勢をもたらしそうにない。

9…cxd4!

 スパスキーは1957年第24回全ソ連選手権のコルチノイ戦で相手にこの手を指された。第16局では 9…Be6 10.dxc5 Bxc5 11.Bxf6 Qxf6 12.Nxd5 Qxb2 13.Nc7 Rad8 14.Qc1! Qxc1 15.Raxc1

と進み白がまだ少し優勢だった。

10.Nxd4 h6! 11.Be3

11…Re8!

 第12局の 11…Bg4 は少し正確さが欠けていて 12.Qa4! Na5 13.Rad1 Nc4 14.Bc1 Qc8 15.Qc2 Rd8 16.b3

となって白が優勢だった。

12.Rc1 Bf8 13.Nb3 Be6 14.Nb5

 このナイトはd4の地点を目指している。この地点はもう黒ポーンが支配することができないので黒陣の弱点の一つを強調することになる。しかしこの局面で白が優勢とはとても言えないかもしれない。それどころかまったく正反対である。

14…Bg4 15.h3 Bf5 16.N5d4 Nxd4 17.Nxd4 Bd7 18.Qb3 Qa5

 駒の働きが優っているので黒が少し優勢である。

19.a3 Bd6 20.Qd3 Qd8 21.Rfd1 Qe7

22.Bd2

 この手は 22…Bxg3 の狙いに備えている。

22…Ne4 23.Be1 Be5 24.Qb3 Bxd4 25.Rxd4 Bc6 26.h4 Qe5

27.Qe3

 27.e3 と受けた方が少し良かっただろう。

27…Qf6 28.Bxe4 Rxe4 29.Rxe4 dxe4 30.Bc3 Qf5

 黒が少し優勢だが勝てるほどではない。残りの手順は次のとおりである。31.Rd1 Re8 32.Rd6 f6 33.Rd4 a6 34.Kh2 Qg4 35.a4 Kf7

36.Kg1 Re5 37.Rd6 Rf5 38.b3 Qh3 39.Be1 Qg4 40.Bc3 Qh3

41.Bd4 h5 42.Bc3 Kg8 43.Rd8+ Kh7 44.Rd6 Qg4 45.a5 Qg6

46.b4 Qf7 47.Bd4 Qc4 48.Bc5 Re5 49.Bd4 Rf5 50.Bc5 Qc2

51.Qd2 Qb3 52.Qd1 Qb2 53.Qd2 Qa1+ 54.Qd1 Qe5 55.Qd4 Qe8

56.Qc4 Bb5 57.Qe6 Qxe6 58.Rxe6 Rd5 59.Rd6 引き分け

(この章続く)

2010年06月03日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

世界のチェス雑誌から(75)

「Chess Life」2010年2月号(3/7)

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2009年世界少年少女チェス選手権戦(続き)

GMジョン・フェドロウィッツ

 もう一人の銀メダリストはサムリサ・パラコルで、堅実で格調高い指し方を見せた。彼女が負けたのは金銀を獲得した中国の強い二人組だけだった。勝っても負けても落ち着いた態度だった。この年齢の部門(8歳以下)では駒がただ取られの状態だったり頓死が頻発するがサムリサにはそういうことがなかった。この第8回戦でロシア選手に勝ってメダル争いに加わった。

シチリア防御/加速ドラゴン戦法 [B34]
□ サムリサ・パラコル
■ イリーナ・ガルスティアン
世界少年少女チェス選手権戦第8回戦、2009年

1.e4 c5 2.Nf3 Nc6 3.d4 cxd4 4.Nxd4

4…d6

 黒は Nc3 とさせるために 4…Nf6 と指すのが普通である。

5.Nc3

 白ナイトがまだb1にいる場合は 5.c4!? でマローツィ縛りの形にすることができ陣形の広さの優位が確保される。

5…g6 6.Bb5 Bd7 7.O-O Bg7 8.Nxc6 bxc6 9.Bc4 Nf6 10.Be3 O-O

11.Qd2

 ドラゴン/ソージンの陣形では 11.Bb3 がお決まりの手でc4にいるビショップを浮き駒にさせないようにする。

11…Nxe4!?

 双ビショップを得るために切り込んだ。

12.Nxe4 d5

13.Bxd5[訳注 13.Nc5!]13…cxd5 14.Qxd5 Bf5 15.Qxd8 Rfxd8

16.Ng3 Bxc2 17.Rac1 Bd3 18.Rfd1 Bxb2 19.Rc7

 黒は非常にうまく指してきたがここで間違えた。

19…Ba6

 黒は 19…a5! 20.Rxe7 a4 と指す方が良かった。それなら白のa2のポーンが負担になる。

20.Rxd8+ Rxd8 21.h3 Bf6 22.Rxa7 Bc4 23.a4 Rd1+ 24.Kh2

24…Ra1?

 ここは 24…h5! の方が良かった。黒キングは空気穴が絶対必要である。これなら引き分けも可能だった。

25.Bh6!

 サムリサは相手の失着にとびついた。急転直下で黒が負けになった。

25…Bd5 26.Rd7 e6 27.Rc7 Bb7 28.Rxb7 Be5

29.Re7[訳注 29.f4!]29…f5

 黒の最下段の弱点は高くついた。

30.Rxe6 Re1 31.Rc6 f4 32.Nh1 f3+ 33.g3 Re2 34.a5 Bd4

35.Rc8+ Kf7 36.Rf8+ Ke7 37.Rxf3 Ra2 38.Bf8+ Ke6 39.Bh6 Rxa5

 このあと掃討作戦が続き最後は62手目で詰みに仕留めて白が勝った。

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(この号続く)

2010年06月02日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 世界のチェス雑誌から

チェス世界選手権争奪史(231)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 さらに2局引き分けが続いた後スパスキーが第8局に勝って2点差をつけた。しかし奮起したペトロシアンは第10局と第11局に連勝し成績を互角に戻した。それから5局引き分けが続き緊張が着実に高まっていった。ペトロシアンの方がはるかに強い精神力で知られていたので(彼の粘液質の気質が主たる長所だと考える者もいた)こういった状況になればはペトロシアンが有利だとほとんどの人がみなした。しかし第17局でつまづいたのはチャンピオンの方でスパスキーはきわめて重要な勝利をあげた。

シチリア防御
白 スパスキー
黒 ペトロシアン

1.e4 c5 2.Nf3 e6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 a6 5.Bd3 Nc6

6.Nxc6 bxc6 7.O-O d5 8.Nd2 Nf6 9.b3 Bb4 10.Bb2 a5

11.c3 Be7 12.c4 O-O 13.Qc2 h6 14.a3 Ba6 15.Rfe1 Qb6

16.exd5 cxd5 17.cxd5 Bxd3 18.Qxd3 Rfd8 19.Nc4 Qa6 20.Qf3 Rxd5

21.Rad1 Rf5 22.Qg3 Rg5 23.Qc7 Re8 24.Bxf6 gxf6 25.Rd7 Rc8

26.Qb7 Qxb7 27.Rxb7 Kf8 28.a4 Bb4 29.Re3 Rd8 30.g3 Rd1+

31.Kg2 Rc5 32.Rf3 f5 33.g4 Rd4 34.gxf5 exf5 35.Rb8+ Ke7

36.Re3+ Kf6 37.Rb6+ Kg7 38.Rg3+ Kf8 39.Rb8+ Ke7 40.Re3+ Kf6 41.Rb6+ Kg7 42.Rg3+ Kf8 43.Rxh6 f4

44.Rgh3 Kg7 45.R6h5 f3+ 46.Kg3 Rxh5 47.Rxh5 Rd3 48.Nxa6 Kg6

49.Rb5 Bxa5 50.Rxa5 Rxb3 51.Ra8 Ra3 52.a5 Kf5 53.a6 Kg6

54.a7 Kg7 55.h4 Kh7 56.h5 Kg7 57.h6+ Kh7 58.Kf4 黒投了

(この章続く)

2010年06月02日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(230)

第9章 スパスキーと奇才フィッシャー(続き)

 それから2局引き分けが続いた。第2局は黒番の挑戦者がクイーン翼ギャンビットに対して廃れたタラシュ防御を用いペトロシアンは成すすべがなかった。第4局もタラシュ防御になり今度はスパスキーが勝った(後で出てくる第18局の解説を参照されたい)。

 第5局もスパスキーが勝ちリードを奪った。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 スパスキー
黒 ペトロシアン

1.c4 Nf6 2.Nc3 e6 3.Nf3 d5 4.d4 c5 5.cxd5 Nxd5

6.e4 Nxc3 7.bxc3 cxd4 8.cxd4 Bb4+ 9.Bd2 Bxd2+ 10.Qxd2 O-O 11.Bc4 Nc6 12.O-O b6

13.Rad1(1937年アリョーヒン対エーべの第18局は 13.Rfd1 Bb7 14.Qf4 Rc8 15.d5 exd5 16.Bxd5 = と進んだ。実戦のスパスキーの指した手はボトビニクの推奨した手だった)13…Bb7 14.Rfe1 Rc8(14…Na5!)15.d5

15…exd5(15…Na5 16.dxe6 Qxd2 17.exf7+ Kh8 18.Nxd2 Nxc4 19.Nxc4 Rxc4

20.e5 Bc8 21.e6 Bxe6 22.Rxe6 g6 23.Re7 Ra4 =

-コルチノイの研究)16.Bxd5 Na5(16…Qe7!)17.Qf4 Qc7 18.Qf5 Bxd5?! 19.exd5 Qc2 20.Qf4 Qxa2

21.d6 Rcd8 22.d7 Qc4 23.Qf5 h6 24.Rc1 Qa6 25.Rc7 b5 26.Nd4 Qb6 27.Rc8

27…Nb7(27…Qxd4 28.Rxd8 +- または 27…a6 28.Re8 Qxd4 29.Rxf8+ Rxf8 30.Rxf8+ Kxf8 31.Qc5+ +-

28.Nc6 Nd6 29.Nxd8 Nxf5 30.Nc6 黒投了

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史