2010年03月の記事一覧

世界のチェス雑誌から(66)

Olympiad United! Dresden 2008(2/8)

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ヨーロッパのチェス侍
セルビア人の日本コーチ体験

ヨシプ・アシク


日本男子チーム 左から小島慎也、ミハイロ・ストヤノビッチ、上杉晋作、佐野富、野口恒治


馬場雅裕選手

 オリンピアードの試合会場で彼をつかまえるのは簡単ではなかった。グランドマスターのミハイロ・ストヤノビッチは「自分の」盤の隣に立ってじっと試合を見ているので彼の隣に「邪魔するな」という看板が掲げてあるかのようだった。日本チームの監督兼トレーナーとしてこのセルビア人は完全に自分の選手たちに献身し、責任を持ってほとんどの時間を男子と女子チームに注いでた。やっとインタビューする機会が持てた時ストヤノビッチは「我々の選手たちはこうする」「我々の選手たちはああする」というような表現を繰り返し用いた。私と彼が二人とも日本人だったら何もおかしくないが実際はセルビア人なのである。良い監督というものは自分のチームと同じように考えたり感じたりしなければならないものならば、そう、確かに31歳のストヤノビッチは本当に立派に務めを果たした。「プロとしての責務は別にしても彼らの一員のように感じていたし、彼らが喜び結果を誇れるように全精力を傾けた」とストヤノビッチは自分のオリンピアードの使命について説明した。「ドレスデンでの我が日本代表たちは一枚岩でお互い支えあい、私は彼らの国の代表として光栄に思っていた。彼らのチームと関わる前は日本人の性向についてあまり知らなかった。しかし彼らの好意や率直な態度に好成績へ自分の最大限の能力を傾ける動機づけを強くかき立てられた。我々は一杯研究したが自由時間も一緒に過ごした。ドレスデンでは我々がいつも集団で一緒にいるように見えただろう。」チームの目標と個人ごとの期待については彼は何と言っているだろうか。「男子チームの一番の優先課題は勝ち点で50%以上を達成することだった。それは達成された(勝ち点11で、順位はルクセンブルクより二つ下の77位)。しかしそれだけでなく女子チームがEグループで男子チームがDグループでオリンピアードの「小」メダルを確保することもできた。残念ながら最終戦では大敗を喫して男女合わせて8試合でわずか半点しか取れなかった。それでもどの選手も大会中は全力を尽くし日本代表チームに選ばれたことが正当であることを完全に証明した。男子チームはみな若く、今回のメンバーのうち2年前のトリノに出ていたのは小島慎也選手だけだった。」[訳注 佐野富選手も出ていました。]

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(この本続く)

2010年03月31日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 世界のチェス雑誌から

チェス世界選手権争奪史(168)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第4局は引き分けで第5局もそうなるはずだった。しかし次の局面で

ボトビニクは 39…Kd6? とポカを出し(正着は 39…Rf5!)40.Rb6+ Kc5 41.Kd3! でスミスロフが1勝をあげた。しかしボトビニクは第6局に快勝して差をまた3点に広げた。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(167)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 1958年の世界選手権戦は前2回よりずっと盛り上がらなかったようだった。たぶん理由は世間が対戦者に飽きてしまったことと初めからスポーツの要素がほとんどなかったからのようだった。ボトビニクはタイトル奪回の事業にまなじりを決して臨みのっけから3連勝した。第1局と第3局は黒番でカロカンを指し第2局は白で圧倒した。

キング翼インディアン防御
白 ボトビニク
黒 スミスロフ

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4 d6 5.f3 O-O 6.Be3 a6 7.Bd3 Nc6 8.Nge2 Rb8

9.a3 Nd7 10.Bb1 Na5 11.Ba2 b5 12.cxb5 axb5

13.b4 Nc4 14.Bxc4 bxc4 15.O-O c6 16.Qd2 Nb6

17.Bh6 Bxh6 18.Qxh6 f6 19.a4 Na8 20.Rfb1 f5

21.Qe3 fxe4 22.fxe4 Nc7 23.d5 cxd5 24.exd5 Bb7

25.Rf1 Qd7 26.Qd4 e6 27.dxe6 Nxe6 28.Qg4 Rfe8

29.Nd4 Qg7 30.Rad1 Nc7 31.Qf4 Re5 32.Nc6 Bxc6

33.Qxc4+ d5 34.Qxc6 Rd8 35.Qb6 Qe7 36.Qd4 Qd6

37.Rfe1 Rde8 38.Rxe5 Rxe5 39.b5 Ne6 40.Qa7 d4 41.Ne4 黒投了

(この章続く)

2010年03月30日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス布局の指し方[5]

第1章 展開と戦術(続き)

1.5 ナイトの展開

 ナイトの伝統的な地点はf3/f6とc3/c6である。例えばf3の地点からナイトは中原の2地点のd4とe5に利いていて、いつかg5に跳ねて敵のf7とh7に対する攻撃に加わるかもしれない。ナイトをf3に展開する時、覚えておいて必要ならば防護しなければならない重要な反撃がある。それはeポーンが動くと …Bg4 による釘付けが敵からの強力な一撃になることがあるということである。ジュオッコ・ピアノの次の戦型を考えてみよう。1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bc4 Bc5 4.Nc3 Nf6 5.d3 d6

 図5(白番)

 対称な局面は手番の方が有利であることは前に述べた。そしてこの局面も例外でない。6.Bg5 のあと白の主導権は実質的に何らかの優勢をもたらす。しかし代わりに白が 6.O-O と指せば今度は黒が 6…Bg4! で主導権を奪い取り、白のナイトが自分のクイーンに対して釘付けにされる。釘付けを緩和するために 7.h3 Bh5 8.g4 と指すのは悪手になる。8…Nxg4 9.hxg4 Bxg4

 図6(白番)

となって黒は白のキング翼を乱し、駒1個の代わりにポーン2個を得、…Nd4 と …Qf6 の狙いが残っている。

 だから白の 7.h3 は何の役にも立たなかった。自分のキングの周りを弱めたので白の不利を招いただけである。白がクイーンをビショップの利き筋(つまりd1-h4の斜筋)からそらすのは黒に …Bxf3 で白キングの囲いを破らせてしまう。このような弱体化は通常は何としても避けるべきものである。

 Bg5/…Bg4 による釘付けに対するよくある対処法は次の二つである。
 (1)h3/…h6 として釘付けを避ける。
 (2)Be2/…Be7 とすれば釘付けの効果を大きく減らすことができる。

 Bb5 による釘付けは通常は対応するキング翼の釘付けよりも危険でない。それはキング翼キャッスリングの方がクイーン翼キャッスリングよりもはるかに普通で、Bxc6 の交換でcポーンを二重ポーンにするのは通常は狙いにならないからである。…Bb4 による釘付けはニムゾインディアン防御の章(第10章)で詳しく説明する。

 ナイトはe2やd2に行くこともある。キング翼ナイトは通常はf3に展開する。中原に影響を及ぼし Ng5 の可能性を保つだけでなく、キング翼キャッスリングのあと弱点になることが多いh2の地点も守っているからである。だから Nbd2 は Nge2 よりももっと多く指される。2段目のこれらの地点からナイトは中原の4地点のうち1地点(e4またはd4)にしか利いていない。しかしこのことは中原の支配の観点から見て必ずしも劣っているとは言えない。例えば Nbd2 ならcポーンが自由に進める。c3 ならd4の地点に守りが加わり、c4 ならd5の地点に利きが及ぶ。c3 と連係して Nbd2 が指されている例は閉鎖ルイロペス(第5章)に現れる。

 ナイトを2段目に展開するもっと積極的な目的はさらにf4またはc4に展開するかもしれないからである。そこからは影響が6段目にまで及ぶ。布局の段階(中盤の初期)で Nf4(または Nc4)は通常は相手がeポーン(またはdポーン)を自陣からの5段目に進めた後か盤上から消えた後でのみ指される。明らかに相手のポーンがまだd7またはd6にあれば、こちらが Nc4 と指した時相手のdポーンが動けない(こちらのdポーンによってせき止められている)場合を除きいつでも …d5 と突いてナイトが追い払われる。しかしf4またはc4のナイトが恐れなければならないのは中央列のポーンからの攻撃だけではない。…b5 と突いて敵駒を追い払うと同時にクイーン翼の自陣を広げるのはごく普通のことである。例えばキング翼インディアン防御の次の戦型を考えよう。1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4 d6 5.Nf3 O-O 6.Be2 e5 7.O-O Nbd7 8.d5 Nc5

 図7(白番)

 白のeポーンが当たりになっているので黒のc5のナイトを 9.b4 によってすぐに追い払うことはできない。そこで白は 9.Qc2 と指してeポーンを守る。すると今度は 10.b4! を防ぐために黒がすぐに対処しなければならない。黒の常套手段は 9…a5 である。これですぐに 10.b4 とやってくるのを防いでいる。白は a3 と Rb1 でこのポーン突きの準備をしようとすれば黒は a3 に対して …a5 から …a4 で応じることができる。それでも b4 と突いてくれば …axb3e.p. と取れる。

 この例で黒は …a5 の前に …Nc5 と指すことができた。それはeポーンを守るために白が手をかけなければならなかったためである。しかしこの種の多くの局面で …Nc5 は直接の狙いを持たないために黒は …Nc5 の前に …a5 と指さなければならない。この題材はキング翼インディアン防御でよく見受けられる。

 ナイトの展開についての最後の注意書きである。ナイトを盤の端に置くのはめったに良い考えとはならない。ナイトをh3またはa3に展開するのは中原に何も利いていないので通常は長期的に損な投資である。時には Nh3/Na3 が f4/c4 への捌きの一部として指されることはある。レーティ・ギャンビットはその例である。1.Nf3 d5 2.c4 dxc4 ここで白はよく 3.Na3 から Nxc4 と指す。これは上記の「原則」に対する比較的数少ない例外の一つである。

(この章続く)

2010年03月29日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス世界選手権争奪史(166)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第18局では形勢が第17局の逆だった。長く続いた収局でボトビニクにも勝機があったがスミスロフが守りきり、残り5試合で2点のリードを保った。第19局は短手数の引き分けで第20局はボトビニクがタイトルの失冠を避けようと最後の努力を傾けた。

フランス防御
白 スミスロフ
黒 ボトビニク

1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 Bb4 4.e5 c5 5.a3 Bxc3+ 6.bxc3 Qc7 7.Qg4

7…f6(第14局でボトビニクは普通の 7…f5 を指し次のように申し分のない局面になった。8.Qg3 Ne7 9.Bd2 O-O 10.Bd3 b6 11.Nh3 Ba6 12.Nf4 Qd7 13.h4 Bxd3 14.cxd3 Nbc6

ギャンビット受諾の 7…f5 8.Qg3 Ne7 9.Qxg7 については後で出てくる1960年タリ対ボトビニクの第1局(182)を参照されたい)8.Nf3

8…Nc6(8…fxe5 9.Bb5+ Kf8 10.O-O +/=)9.Qg3 Qf7 10.dxc5 Nge7 11.Bd3

11…fxe5(11…Ng6 12.exf6 gxf6 13.c4 d4 14.Qd6 e5 15.Be4 Bd7 16.Bd5 Qe7 17.Bh6 +/=)

12.Nxe5 Nxe5 13.Qxe5 O-O 14.O-O Nc6 15.Qg3 e5 16.Be3

16…Bf5(16…Be6!)17.Rab1 Bxd3 18.cxd3 Rae8 19.f4!

19…Qc7(19…e4!)20.fxe5 Rxf1+ 21.Rxf1 Qxe5 22.Qxe5 Nxe5 23.Rd1 Kf7

24.h3 Nc6 25.Bf4 Re7 26.Bd6 Rd7 27.Rf1+ Ke6

28.Re1+ Kf7 29.Kf2 b6 30.Rb1 Ke6 31.Rb5 d4

32.c4 bxc5 33.Bh2 Rf7+ 34.Ke2 Re7 35.Rxc5 Kd7+

36.Kd2 Re6 37.Rg5 g6 38.Rd5+ Kc8 39.Bg1 Rf6

40.Bxd4 Nxd4 41.Rxd4 Rf2+ 42.Kc3 黒投了

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(165)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第7局の引き分けのあとスミスロフが第8局に勝ってリードしその後どうしようもない拮抗した試合が長く続いた。ボトビニクは対戦成績を互角にしようと必死の努力を傾けたがスミスロフも同様の抵抗で応じた。第16局を終わったところでスミスロフが8½-7½でリードしていた。

 第17局は布局からスミスロフが優勢になったがそれを生かすことができず収局ではほんのわずかな有利しか残っていなかった。しかし次の局面で

ボトビニクは 43.Kg3(43.a3 Kh5 44.b4 で引き分けの収局)と指し次のように進んだ。43…Kh5 44.Kf3?(44.a3!)44…Kxh4 45.Ne1 g5 46.fxg5 Kxg5 47.Nc2 Bd6

48.Ne1 Kh4 49.Nc2 Kh3 50.Na1 Kh2 51.Kf2 Bg3+ 52.Kf3 Bh4

53.Nc2 Kg1 54.Ke2 Kg2 55.Na1 Be7 56.Nc2 Kg3 57.Ne1 Bd8

58.Nc2 Bf6 59.a3 Be7 60.b4 a4 61.Ne1 Bg5 62.Nc2 Bf6

63.Kd3 Kf2 64.Na1 Bd8 65.Nc2 Bg5 66.b5 Bd8 67.Nb4 Bb6

68.Nc2 Ba5 69.Nb4 Ke1 白投了

(黒の狙いは 70…Kd1 の後 …Bxb4 から …c2 とすることである。投了図から 70.Kxc3 と取っても 70…Ke2 71.b6 Bxb6 72.Nc2 Ba5+ 73.Kb2 Kd2 74.Kb1 Bc3

で白が負ける)
みごとな収局だった。

(この章続く)

2010年03月28日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

上杉晋作くんのUSCLかく戦えり(7/7)


試合開始を待つ三将のFM上杉晋作(写真は全部上杉くんのお母さんの撮影)


試合開始前のボルティモア・キングフィッシャーズの4選手


まだ始まらない・・・


7階図書室での対局の全景


序盤戦のIMエンクバットとFM上杉


コンピュータが足りなのではありません


席に戻るFM上杉


ぼんやり見ているGMエレンバーグ


対局に集中しているWIMバッツェツェグを眺めているFM上杉


FM上杉の終局の局面を見つめるWIMバッツェツェグ


キングフィッシャーズの今シーズンは終わったが毎回面白い試合を見せてくれた

第7局(対ニュージャージー・ノックアウツ戦)
シチリア防御/スベシュニコフ戦法 [B33]
白 SMマッケンジー・モルナー(2446)
黒 FM上杉晋作(2354)
2009年11月9日

1.e4 c5 2.Nf3 Nc6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 e5

6.Ndb5 d6 7.Bg5 a6 8.Na3 b5 9.Bxf6 gxf6 10.Nd5 f5

11.Bd3 Be6 12.c3 Bxd5 13.exd5 Ne7 14.Nxb5 Bg7 15.Na3 O-O

16.O-O e4 17.Bc2 Rc8 18.Qh5 Rc5 19.Rad1 Qb8 20.Bb3 a5

21.Nc2 a4 22.Bxa4 Qxb2 23.Bb3 Qxc3 24.Qg5 Qf6 25.Qxf6 Bxf6

26.Ne3 Rfc8 27.g3 Rc3 28.h4 f4 29.gxf4 Bxh4 30.Ng2 Nf5

31.Rfe1 Re8 32.Ba4 Re7 33.Rc1 Bf6 34.Rxc3 Bxc3 35.Rc1 Bd4

36.Rc8+ Kg7 37.Bc6 e3 38.fxe3 Nxe3 39.Nxe3 Rxe3 40.Kg2 Re2+

41.Kf3 Rxa2 42.Rc7 Ra7 43.Rxa7 Bxa7 44.Bd7 Kg6 45.Bh3 Bc5

46.Bg4 Kf6 47.Ke4 h6 48.Bh5 Ba3 49.Kf3 Bc1 50.Ke4 Ba3 1/2-1/2

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チェス世界選手権争奪史(164)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 しかし第6局でスミスロフが快勝してから番勝負の流れが変わり始めた。

グリューンフェルト防御
白 スミスロフ
黒 ボトビニク

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 d5 4.Nf3 Bg7 5.Qb3 dxc4 6.Qxc4 O-O 7.e4 Bg4 8.Be3

8…Nfd7

 皮肉にもこれはスミスロフ発案の手だった。彼は1946年グローニンゲンでのボトビニク戦で 8…Nc6 で負けたあとしばらくしてから研究の結果この手を見つけた。その試合は次のように続いた。9.d5 Bxf3 10.gxf3 Ne5 11.Qe2 c6 12.f4 Ned7 13.Bg2! Nb6 14.Rd1 +/=

9.O-O-O

 この手は最も攻撃的である。1962年バルナ・オリンピアードでの待望のボトビニク対フィッシャー戦でボトビニクは 9.Be2 と指し次のように進んだ。9…Nc6 10.Rd1 Nb6 11.Qc5 Qd6! 12.h3 Bxf3 13.gxf3 Rfd8 14.d5 Ne5

15.Nb5 Qf6 16.f4 Ned7 17.e5 Qxf4! 18.Bxf4 Nxc5 19.Nxc7 Rac8 20.d6 exd6 21.exd6 Bxb2

ボトビニクとフィッシャーは白のポーン損の代償が適切かどうかについて見解が異なっていた。ボトビニクはスミスロフ戦に備えて変化をくまなく研究したが 17…Qxf4 を完全に見落としていたとも言っていた。この試合は結局引き分けに終わった。

 本譜の局面で最もよく指されている手は 9.Qb3 である。1948年の世界選手権競技会でのエーべ対スミスロフ戦では 9…Nb6 のあと次のように続いた。10.a4 a5 11.d5 Bxf3 12.gxf3 Qd6 13.Nb5 Qb4+ 14.Qxb4 axb4 15.Nxc7 Rxa4

ここで 16.Rxa4(16.Rb1? でなく)でほぼ互角の形勢である。

9…Nc6

10.h3

 1965年ラスベガスでの対ラリー・エバンズ戦でレシェフスキーは 10.Be2 と指し次のように進んだ。10…Nb6 11.Qc5 Qd6 12.h3 Bxf3 13.gxf3 Rfd8? 14.e5! +/-

10…Bxf3 11.gxf3 Nb6 12.Qc5 f5 13.Ne2 Qd6 14.e5

14…Qxc5?

 ここは 14…Qd5! が正着で 15.b3 Rfd8(15…Qxf3 16.Nf4 +/-)16.Nf4 Qxc5 17.dxc5 Rxd1+ 18.Kxd1 Nd7 19.Ne6 f4 20.Bxf4 Ndxe5 21.Be3 Nxf3 22.Bg2 Nfd4

で互角の形勢である(フルマン対クロギウス、第25回全ソ連選手権戦、1958年)。

15.dxc5 Nc4 16.f4 Rfd8 17.Bg2 Nxe3 18.fxe3

18…Nb4

 19.Bxc6 bxc6 20.Nd4 を許すのは明らかに自殺行為である。

19.Bxb7 Rab8 20.c6

20…Kf7

 20…Nxa2+ は 21.Kb1 Nb4 22.Nd4 から 23.Ne6 または 23.Nb5 で白が勝つ。また 20…Nd3+ も 21.Kc2 Nc5(21…Nf2 22.Rxd8+ Rxd8 23.Rf1 Ne4 24.Nd4)22.Rxd8+ Rxd8 23.Rd1 で白勝ちの収局になる。

21.Nd4 e6 22.Nb5 Nd5 23.Rxd5!

23…exd5

 23…Rxd5 は 24.Nxc7 Rc5+ 25.Kb1 で 26.Na6 の狙いが受からない。

24.Nxc7 Rdc8 25.Bxc8 Rxc8 26.Nxd5 Rxc6+ 27.Kd2 Ke6 28.Nc3 黒投了

(この章続く)

2010年03月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

「ヒカルのチェス」(160)

「CHESS」2009年12月号(3/4)

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古豪対新鋭(続き)

ジェイコブ・アーガード


ヒカル・ナカムラは中盤と終盤で勝ちを決める手を逃がした

白 H.ナカムラ(2710)
黒 L・ファン・ベリー(2655)

第2回戦

 ルーク収局に関する主要な原則は

 1)ルークを活動的にすること、そして
 2)ルークはパスポーンの後方が最良の位置で前方が最悪の位置であることを覚えておくことである。しかし「相手に危険なパスポーンを作らせるな」ということも覚えることがもっと基本的な原則かもしれない。

31…Rxb5?

 ファン・ベリーは教養のある選手で、マルク・ドボレツキーの門下生で収局の原則にも通じている。この局面で彼はルーク収局の主要な2大原則に忠実に指したがそのために相手に強力なパスポーンを作らせた。正しい方針はキングを活用しポーンの交換に努めることだった。31…Kg6 32.Rab3 Ra6 のあと私なら白陣の方が少し良いと評価するだろう。しかし実戦でそれを証明するのは簡単ではない。ちょっと考えた手順は次のように黒がちょうど良い時に反撃に転ずる。33.Rc3 Rd6 34.Rcc5 Rd4! 35.b3 Rad6

これでルークの働きが増す。そして 36.Rc3 R6d5 37.Rxd5 Rxd5 38.Rd3 Rc5 39.Ke4 Kg5

のあと黒は引き分けに持ち込める。

32.axb5 Rc4 33.Rxa5 Rb4

 黒はポーンを取り返せる。しかし大切なのはポーンの質である。

34.Kd3!

 白はほとんど役に立たないキング翼を見捨てた。

34…Rxb2 35.Kc3

 白は黒のb列の支配にいどんでいる。

35…Rxf2!

 可能性があるならこの危険そうな手しかない。黒はb列に居座ることもできたが 35…Rb1 36.Kc4 となって Kc5、b6 そして Rb5 を狙われこの間黒に反撃策がない。

36.b6

 白は喜んでbポーンを突いた。

36…Rf1 37.Rb5

 ここはルークの理想的な位置である。31手目から一本道でこの局面になった。そして黒が2番目の原則に忠実だったのは短期間で、長期的には遵守することができなかったことが分かる。

37…Rc1+

 ここがこの収局の急所である。白は多くの点で優勢である。しかし勝ちに持っていけることをまだ証明しなければならない。ナカムラはこの問題を正しく解決することができなかった。

38.Kb4?

 この手はeポーンによる反撃に対処できない。ナカムラは変化を全部読んだのに引き分けの収局に向かっているということに気づいていなかったのではないかと思う。38.Kd2? は指したい手だがやはり勝てない。黒は 38…Rc8 39.b7 Rb8 というようにルークで受けなければならない。しかし白キングははるかに遠い。代表的な手順は次のとおりである。40.Kd3 h5 41.Ke4 hxg4 42.hxg4 Kg6 43.Kd5 Kg5 44.Rb4 f5 45.gxf5 Kxf5 46.Kc6 e4

これで黒はちょうど引き分けに間に合う。勝つための手は絶妙な 38.Kd3!! だった。38…Rd1+ のあと白には勝つ手段がいくつかある。その中でも 39.Kc4!? は鮮やかな手である。39…e4 40.b7 e3 41.b8=Q e2

となった時白キングはb4よりもc4の方が良い位置である。つまり白は 42.g5! と指すことができて詰みを狙った攻撃ができる。39.Ke3! は 39…Rd8(39…Re1+ は 40.Kd2 でbポーンがクイーンに昇格する)40.b7 Rb8 41.Ke4 Kg6 42.Kd5 h5 43.Kc6 hxg4 44.hxg4 f5(44…Kg5 は 45.Rb4 で何も変わらない)45.gxf5+ Kxf5 46.Kc7

で 38.Kd2? と比較して白が1手早い。以下は 46…Re8 47.b8=Q Rxb8 48.Rxb8! e4 49.Kc6 Kf4 50.Kc5 e3 51.Re8 Kf3 52.Kd4 e2 53.Kd3

で白の勝ちになる。

38…e4!!

 この手は非常に魅力的だがファン・ベリーにとっては見つけるのがあまり難しくなかった。38…Rc8 は 39.b7 Rb8 40.Kc5 で絶望的である。

39.b7 e3 40.b8=Q e2 41.Rg5+

 これがナカムラの狙い筋だった。白はeポーンがクイーンに昇格する前に止めた。しかし・・・

41…fxg5

 41…Kh6?? は42.Qf8+ Kxg5 43.Qg7+ から 44.Qh6+ でルークを素抜いて白が勝つ。

42.Qe5+ Kf8 43.Qxe2 Rc6!

 ・・・良く知られた要塞の精巧版が出現した。両者のgポーンとhポーンはなくなるがルークがe6にいれば黒は決して負けない。ナカムラは36手も頑張ったがいかんともしがたかった。

44.Qe5 h6 45.Kb5 Re6 46.Qh8+ Ke7 47.Kc5 Ra6 48.Qc3 Re6 49.Kd5 Kf8 50.Qh8+ Ke7 51.Kd4 Rc6 52.Ke4 Ra6 53.Qc3 Re6+ 54.Kf5 Kf8 55.Qh8+ Ke7 56.Qg7 Ke8 57.h4 gxh4 58.Kf4 Ke7 59.Kf3 Rg6 60.Qh8 h3 61.Qb8 h2 62.Qb4+ Ke8 63.Kg2 h1=Q+ 64.Kxh1 Re6 65.Kg2 Rg6 66.Kh3 Re6 67.Kg3 Rg6 68.Kh4 Re6 69.Kh5 Rg6 70.Qe4+ Re6 71.Qa8+ Ke7 72.Qg8 Rc6 73.g5 hxg5 74.Qxg5+ Kf8 75.Qd8+ Kg7 76.Qd4+ Kg8 77.Qg4+ Rg6 78.Qxg6+ fxg6+ 79.Kxg6 1/2-1/2

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(この号続く)

2010年03月26日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス世界選手権争奪史(163)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 ボトビニクとスミスロフは前回の世界選手権戦のあとから2回対戦していた。1955年の第22回全ソ連選手権戦ではスミスロフが同点優勝しボトビニクは3位だったが直接対決ではスミスロフが28手で勝っていた。そして1956年モスクワでのアリョーヒン記念大会では二人が同点優勝し直接対決は引き分けだった。(ところでこの大会はアリョーヒンの名誉回復を図る動きの頂点だった。その動きとは彼の政治的見解を無視しチェスのソビエト派の創始者の一人として認めることだった。そしてそれ以来彼を記念した大会がいくつも開催されていて最も最近は1971年である。)

 両者の最近の対戦の結果と、3年前よりももっと際立ってきたボトビニクの46歳という年齢と10歳の年齢差とから、大会開始時点ではスミスロフの前評判が高かった。しかしスミスロフが第1局に勝ったにもかかわらず2引き分けの後ボトビニクが第4局と第5局に連勝して3-2とリードを奪った。特に第5局の強い指し回しはスミスロフの番勝負楽勝を予想した者たちを考え直させた。

キング翼インディアン防御
白 ボトビニク
黒 スミスロフ

1.c4 Nf6 2.Nc3 g6 3.g3 Bg7 4.Bg2 O-O 5.d4 d6

6.Nf3 Bg4 7.h3 Bxf3 8.Bxf3 Nc6 9.Bg2 Nd7 10.e3 e5

11.d5 Ne7 12.e4 f5 13.h4 f4 14.Bh3 Rf6 15.Qe2 Bh6

16.Bd2 Nc5 17.b4 f3 18.Qf1 Bxd2+ 19.Kxd2 Na6 20.a3 c6

21.Qd3 Nc7 22.Rab1 Rb8 23.Rhc1 a5 24.b5 c5 25.b6 Ne8

26.Re1 Ng7 27.Re3 Qf8 28.Rb5 Ra8 29.Na4 Qf7 30.Qc3 h5

31.Rxa5 Rb8 32.Nb2 Kh7 33.Qb3 Ng8 34.Nd3 Nh6 35.Re1 Ng4

36.Qa4 Qe7 37.Kc2 Rff8 38.Ra7 Ne8 39.Bxg4 hxg4 40.Qb5 Nf6

41.a4 Kg8 42.Qa5 Qd8 43.Nb2 Nd7 44.Nd1 Nf6 45.Qb5 Qe7

46.a5 Qh7 47.Kd3 Rf7 48.Qb2 Nh5 49.Rg1 g5 50.hxg5 Rbf8

51.Qd2 Rf4 52.Nc3 Nxg3 53.Rxg3 Qh2 54.Qe1 黒投了

(この章続く)

2010年03月26日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス世界選手権争奪史(162)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 最終戦の前の回戦でスミスロフはケレスに半点差をつけていたがスパスキー相手に黒で対局しなければならず早々と引き分けにした。一方ケレスはフィリップ相手に勝勢の局面を築いていた。

しかしここで彼は 38.Kh2? と指し 38…Rc4 39.Qf6 Nxe5 40.Qxe6+(40.Qxe5 Qf4+ -/+)40…Nf7

と進んで負けてしまった。実際は 38.Qf6 と指していれば 38…Nxe5 39.Qxe5 Re8 40.Qc7 で勝ちだった。ケレスが世界選手権戦にもう一歩のところまで来たのはこれが二度目だったが最後ではなかった。

(この章続く)

2010年03月25日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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世界のチェス雑誌から(65)

Olympiad United! Dresden 2008(1/8)

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収局の逸機

チェスの終盤の指し方はますますくじ引きのようになっていくのだろうか

ジェイコブ・アーガード

ルーク対ポーン雪崩

 私と同じスコットランドの第一人者のジョナサン・ラウソンは最初の10回戦を主将として自信たっぷりにエネルギッシュに指した。彼の指し回しは冴えていたが最終的な出来は数値的には良くなかった。しかしこれはすべて一つの小さな不運のせいだった。それははるか格下の選手との優勢なルーク収局に負けたことだった。最終盤でルークが3個の連結パスポーン雪崩を相手にすることになったがそれはキングの駆け戻るのが間に合ってどうかという際どい状況だった。

□ ジョナサン・ラウソン (2596)
■ 小島慎也 (2272)
スラブ防御 [D11]

1.d4 d5 2.Nf3 Nf6 3.c4 c6 4.e3 Bg4 5.h3 Bxf3 6.Qxf3 e6 7.Bd3 Nbd7 8.O-O Bd6 9.Rd1 O-O 10.Nc3 Qe7 11.Qe2 dxc4 12.Bxc4 e5 13.d5 e4 14.dxc6 bxc6 15.Qc2 Rad8 16.Bf1 Rfe8 17.Bd2 h5 18.Ne2 c5 19.Bc3 Nb6 20.Nf4 Bxf4 21.exf4 Nfd5 22.Bd2 Nb4 23.Bxb4 cxb4 24.Rxd8 Rxd8 25.Re1 Rd4 26.h4 f5 27.g3 Qd6 28.Rc1 Rd2 29.Qb3+ Qd5 30.Qxb4 Kh7 31.Rc5 Qd6 32.Rb5 Qxb4 33.Rxb4 Nd5 34.Rb7 e3 35.fxe3 Nxe3 36.Re7 Nxf1 37.Kxf1 Rxb2 38.Rxa7 Kh6 39.Ra6+ g6 40.Ra7 Rc2 41.a4

 白は1ポーン得しているが黒はルークの働きが非常に強くg3の白ポーンの弱さと相まって引き分けに持ち込むのはそれほど難しくないはずである。しかし黒のここからの15手はこの収局をあまりよく理解していないみたいで、白はがぜんやる気になった。

41…Rc1+ 42.Kf2 Rc2+ 43.Ke1 Rg2 44.a5 Rxg3 45.a6 Ra3 46.Kd2

46…Ra1?!

 46…Ra4 の方がもっと理にかなっていてすぐに引き分けに終わるだろう。実戦の手は黒がaポーンを見張っているか白のキング翼のポーンを根こそぎにするか明らかに決めかねている。

47.Kc3

47…Ra5

 この手は一体何だろうか。どうして4段目に行かないのだろうか。確かに 47…Ra4 48.Kb3 Rxf4? なら 49.Ra8 Kg7 50.a7 で白が勝つ。しかし 48…Ra1 でなんともない。

48.Kb4 Ra1 49.Kb5 Rb1+ 50.Kc5

50…Ra1

 ここは 50…Rc1+ の方が普通である。この試合をチームで研究した時にキングをf8やg8にやって勝てないものかとあらゆることを試した。しかし黒は必ず1手の差でこの収局から助かるのだった。

51.Kb6 Rb1+ 52.Kc7 Rc1+ 53.Kb8 Ra1 54.Ra8

54…Ra4??

 方針としてはこれしかないがやり方が悪い。黒はキング翼の2個のポーンを取ってルークに対して3個のパスポーンで引き分けにするしかない。しかしこの手のように無駄手を指している暇はない。正しい手順は 54…Rb1+ 55.Ka7 Rb4 で、白キングが自分のaポーンの邪魔になっていて次のように黒が1手違いで引き分けにできる。56.Rh8+ Kg7 57.Rc8 Rxf4 57.Kb6 Rxh4! 黒はポーンが全部必要である。59.Kb5!

最も難しいのはもちろんこのようにキングを寄せてくる手である。59…Rh1 60.a7 Ra1 61.a8=Q Rxa8 62.Rxa8 h4 63.Kc4 g5 64.Kd4 g4 65.Ke3 h3

これで黒は簡単に引き分けにできる。白キングがg5に来て黒キングを詰ませる狙いが実現できない限り白が勝つ手段はない。これが引き分けへの唯一の手段というわけではないが最も容易で論理的だと思われる。

55.Ra7?

 55.a7!(まず 55.Kb7 として同様の手順で進めるのも可能)55…Kg7 56.Kb7 Rb4+ 57.Ka6 Ra4+ 58.Kb6 Rxf4 59.Re8

55…Rxf4 56.Rc7 Rxh4 57.a7 Ra4 58.Rc4

58…Rxa7!

 この手のあと問題を解決しなければならないのは白の方である。黒は 58…Rxc4 59.a8=Q Re4

で要塞を築くこともできた。hポーンを取り除いた局面はテーブルベースによると引き分けである。hポーンがあっても何も不利益になりそうにないのでこれも引き分けの収局としてよいだろう。

59.Kxa7 Kg5 60.Kb6 h4 61.Kc5 h3 62.Rc2 Kf4 63.Kd4 g5

64.Rc1?

 この手はひどかった。たぶん時間加算の絶えざる重圧のせいだろう。現在のチェスの状況は選手にとって悪い方向に進んでいる。30手以前の引き分け禁止という新しい規則と共に選手には別のレベルのプロ根性が要求されている。しかし審判たちはいまだに無能で(少なくともオリンピアードでは)、この持ち時間の加算もばかげている。時間加算には問題点が多いが最も明らかなのは次の二つである。一つ目は選手から責務を取り去ってしまうことである。以前は選手は自分の時間を好きなように用いることができた。これはハラハラするような時間切迫になることもあったが徹底的に読むこともできた。二つ目は選手たちが大きな緊張にさらされることである。持ち時間不足は何時間も続く。私とアグデスタインとの試合は後でお目にかけるように約60手も続いた。20分追加は1時間追加の場合のような興奮を静める機会を選手に与えない。私の知る唯一の利点は審判と主催者が棋譜を正したり時間切迫の面倒をみる問題をほとんどなくすことである。最近のオリンピアードでは収局の水準が落ちたことは明らかである。それはチェスにとって破滅的である。本譜で正着は 62.Rf2+! だった。他の大会ならブリッツでもジョナサンはすぐにこう指しただろう。64…Kg4 のあと白には引き分けにする手がたくさんある。例えば 65.Ke3 f4+ 66.Ke2 Kg3 67.Rf3+ Kg2 68.Rf2+

などである。

64…h2

 これで黒の勝勢である。

65.Rf1+ Kg3 66.Rxf5 h1=Q 67.Rxg5+ Kf4

 ジョナサンは雄々しく戦ったが40手後には必然に屈せざるをえなかった。

68.Rc5 Qd1+ 69.Kc4 Ke4 70.Kb5 Qb3+ 71.Kc6 Kd4 72.Rb5 Qe6+ 73.Kc7 Kc4 74.Rb6 Qe7+ 75.Kc6 Qc5+ 76.Kb7 Kd5 77.Rb3 Qc6+ 78.Kb8 Kc4 79.Rb1 Qe8+ 80.Ka7 Qd7+ 81.Ka6 Qe6+ 82.Ka7 Qf7+ 83.Ka6 Qg6+ 84.Rb6 Qe8 85.Rh6 Kc5 86.Kb7 Kb5 87.Rb6+ Kc5 88.Rh6 Qd7+ 89.Ka6 Qb5+ 90.Ka7 Kc4 91.Rh4+ Kb3 92.Rh6 Qc5+ 93.Kb7 Kb4 94.Ka6 Qg5 95.Rb6+ Ka4 96.Kb7 Qc5 97.Rb1 Qd5+ 98.Ka7 Qf7+ 99.Rb7 Qf6 100.Rh7 Kb5 101.Rb7+ Kc5 102.Rc7+ Kd6 103.Rh7 Kc6 104.Kb8 Qd6+ 105.Ka8 Qa3+ 106.Kb8 Qb3+ 107.Ka7 Qa2+ 0-1

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 「Behind the Scene」の「Dresden Dream(10) -Rowson vs Kojima-」に小島選手の自戦解説があります。

(この本続く)

2010年03月24日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス世界選手権争奪史(161)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 しかしケレスの首位は長続きしなかった。スパスキー戦とピルニク戦で戦略的に勝っていた試合を勝ちきれなかったためにスミスロフに追い上げを許した。一方ブロンシュテインは可能性が急に消えていった。そしてスミスロフとの重大な対局の前夜に「非常に神経質になり興奮している」ように若いスパスキーには思われた。彼は次のように回想している。

 『他の選手たちがどのくらい真剣にそして神経質に対局を考えているかは私には思いもつかなかった。特にブロンシュテインのことは覚えていてある晩彼は自分の見通しについて自信を持ちたがっていた。彼は3個のさいころを取り出し3回振った。そのたびに3個の5の目が出た。そしてブロンシュテインは良い兆候であると確信した。』[バーナード・カファーティ著『ボリス・スパスキーの100名局』]

 しかし現実はそうならなかった。

イギリス布局
白 スミスロフ
黒 ブロンシュテイン

1.c4 Nf6 2.Nf3 c5 3.g3 d5 4.Bg2 Nc6 5.cxd5 Nxd5

6.Nc3 Nf6 7.O-O e6 8.b3 Be7 9.Bb2 O-O 10.Rc1 Qa5

11.Na4 Rd8 12.Qc2 Nb4 13.Qb1 Nfd5 14.a3 Na6 15.e4 Nf6

16.Bc3 Qb5 17.Rfd1 c4 18.Bxf6 Bxf6 19.Rxc4 Qa5 20.e5 Be7

21.Nc3 Bd7 22.b4 Qxa3 23.b5 Nb4 24.Ng5 Bxg5 25.Qxb4 Qxb4

26.Rxb4 Be8 27.d4 Rac8 28.Rb3 b6 29.d5 exd5 30.Nxd5 Kf8

31.Ra1 Bd2 32.e6 Bg5 33.h4 fxe6 34.Rf3+ Kg8 35.Bh3 Bd7

36.Rxa7 exd5 37.Rxd7 Bf6 38.Be6+ Kf8 39.Rf7+ Ke8 40.Rb7 Rc1+

41.Kg2 Rd6 42.Bf5 g6 43.Bd3 Be7 44.Re3 Rd7 45.Rxb6 d4

46.Rf3 Bd6 47.Ra6 Ke7 48.Ra8 Bc5 49.Rh8 Kd6 50.Rc8 Kd5

51.h5! Rc3 52.hxg6 hxg6 53.Rc6 Rb7 54.Rxg6 Rxd3 55.Rxd3 Kc4 56.Rd1 d3 57.Rc1+ 黒投了

(この章続く)>

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チェス世界選手権争奪史(160)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 それでも折り返し点で首位に立ったのは9試合で6点を挙げたゲレルだった。彼のあとにブロンシュテインとケレスが共に5½点、スミスロフが5点で続いていた。第10回戦でブロンシュテインはケレス相手に序盤から優位に立ち指し掛けまで優勢を維持した。しかし試合が再開された時優勢を無駄にし時間に追われとうとう時間切れになった。

ルイロペス
白 ブロンシュテイン
黒 ケレス

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 a6 4.Ba4 Nf6 5.O-O Be7

6.Re1 b5 7.Bb3 d6 8.c3 O-O 9.h3 Na5 10.Bc2 c5

11.d4 Qc7 12.Nbd2 cxd4 13.cxd4 Nc6 14.Nb3 Bb7 15.Bg5 h6

16.Bh4 Nh5 17.d5 Nd8 18.Bxe7 Qxe7 19.Nfd4 Nf4 20.Nf5 Qf6

21.Re3 Kh7 22.a4 bxa4 23.Rxa4 Bc8 24.Rb4 Nb7 25.Rc3 g6

26.Ne3 a5 27.Rb6 Qd8 28.Nc4 Ra7 29.Nc1 Qg5 30.Rg3 Qe7

31.Ne2 Nxe2+ 32.Qxe2 Rd8 33.Ra3 Bd7 34.Qe3 Rc8 35.Bd3 Be8

36.b4 a4 37.Kh2 Raa8 38.Be2 Rc7 39.b5 Qd8 40.Ra2 Kg7 41.Rc6(封じ手)

41…Rb8 42.Rd2 h5 43.Rd1 Kg8 44.Kg1 Kh7 45.Qa3 Qe7

46.Qxa4 Nc5 47.Qc2 Bxc6 48.dxc6 Rxb5 49.Nxd6 Rb6 50.Bb5 Ne6

51.Ba4 Nd4 52.Qc5 Rbxc6 53.Bxc6 Rxc6 白時間切れ負け

ゲレルもペトロシアンに負けたので当面ケレスが首位に立つことになった。

(この章続く)

2010年03月23日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス布局の指し方[4]

第1章 展開と戦術(続き)

1.4 中原の支配

 展開に関連した最も重要な概念は盤上の中原の支配である。ナイトまたはビショップをまず空の盤の中原の4箇所の地点のいずれかに、次に(例えば)2段目の地点の1箇所に、最後に盤の端または隅の1箇所に置いて行ける地点の数を数えることにより、中原に置かれた駒がそうでない駒よりも多くの地点に利いていることが容易に分かる。この簡単な確認から駒は可能ならば中原の支配に役立つ地点に配置すべきであるという論理的な結論が得られる。そうすれば試合が進むにつれて中原を占拠しそれにより盤の大部分を支配することが可能になってくるだろう。

 ここで読者は「どの地点に駒を展開したらよいのか」という質問をしたくなるかもしれない。単純な答えで済むならばチェス布局についてのもっと上級の本の多くは要らなくなるだろう。白の用いることのできる展開の作戦は多種多様である。これらの作戦のそれぞれに対して黒にも色々な展開の仕方がある。特定の布局やその布局の中の戦法を生み出すのは両者の戦法の組み合わせによるものである。

 駒の展開のための一般的な原則を挙げるよりもナイトとビショップを特定の地点に展開する長所と短所を並べるほうが読者にとって大切だと思う。通常はクイーンとルークの展開は中盤の戦略に大きく関わっている。一般原則を一つだけなら挙げることができる。「試合の早い段階でクイーンを展開するな。」本書の中心となる章では読者はこの原則がよく当てはまる色々な局面に出くわすだろう。またすべての原則につきものの少数の反例にも出会うだろう。

(この章続く)

2010年03月22日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス布局の指し方

チェス世界選手権争奪史(159)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 今回の挑戦者決定競技会は10選手による2回戦総当たりだった。そして新しい工夫が盛り込まれて同じ国からの選手はできるだけ早い回から対戦しなければならないことになった。そのため最初の方の回戦からソ連選手同士が組み合わされた。第2回戦でスミスロフがゲレルから大きな勝ちを得た。

ニムゾインディアン防御
白 ゲレル
黒 スミスロフ

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.a3 Bxc3+ 5.bxc3 c5

6.e3 b6 7.Ne2 Nc6 8.Ng3 O-O 9.Bd3 Ba6 10.e4 Ne8

(本局の布局を以前に出てきたボトビニク対レシェフスキー戦(129)およびゲレル対エーべ戦(150)の布局と比べてみよ。)11.Be3 Na5 12.Qe2 Rc8 13.d5(13.Rc1!)

13…Qh4!(13…Nd6 14.e5 Ndxc4 15.Qh5 g6 16.Qh6 +/-)14.O-O Nd6 15.Rad1 f5 16.dxe6 dxe6 17.exf5 exf5 18.Qf3 Bb7 19.Qf4

19…Qf6(19…Qxf4 20.Bxf4 Ne4 21.f3 Nxg3 22.hxg3 Ba6 12.Rfe1 +/=)20.Bb1 Ne4

21.Rd7(21.Nxe4 fxe4 22.Qxf6 Rxf6 23.Rd7 Rf7 24.Rfd1 Bc6 =/+)21…Qc6 22.Rxb7!? Qxb7 23.Nxf5!

23…Rce8(23…Nxc3 24.Qh4!)24.Qg4 Kh8 25.Ng3 Nxg3 26.hxg3 Qf7 27.Qh4 h6

28.Bd3 Qf6 29.Qh5 Rd8 30.Be2 Qf5 31.Qh4 Qf6 32.Qh5 Nc6

33.g4 Qf7 34.Qh4 Ne7 35.Qh3 Ng6 36.Qh2 Nf4 37.Bf3 Qxc4

38.g5 Rd6 39.Rc1 Rg6 40.gxh6 Rxh6 41.Qg3 Qe4!(封じ手)

42.Qxf4(43.Bxe4 Ne2+ 44.Kf1 Nxg3+ 45.Ke1 Rh1+ 45.Kd2 Nxe4+ -+)42…Qxf4 43.Bxf4 Rxf4 44.Re1 Ra4 45.Re8+ Kh7 46.Be4+ g6

47.g4 Rxa3 48.Re6 Rxc3 49.Kg2 b5 50.f3 b4 51.g5 Rh5

52.Bxg6+ Kg7 53.Kg3 Rd4 54.Be8 b3 55.g6 Rd8 白時間切れ負け

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(158)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 スミスロフは1956年アムステルダムで開催された挑戦者決定競技会に優勝してたちまち再挑戦の権利を得た。規則の変更によりチューリヒでの上位選手のうち彼だけがそのままアムステルダムの競技会にシードされていた。残りの選手は1955年スウェーデンのイェーテボリで開催されたインターゾーナルから参加権を得なければならなかった。インターゾーナルにはいく人かの新顔がいた。その中の一人の18歳のボリス・スパスキーは第22回全ソ連選手権戦でゲレルとスミスロフに次いで同点3位に入賞してインターゾーナル出場権を得た。イェーテボリ大会に出た時にはアムステルダムでの世界ジュニア選手権戦に優勝した直後だった。サミュエル・レシェフスキーはシード選手の中で参加を辞退した唯一の選手だった。

 イェーテボリでの優勝者は15-5の成績のダビッド・ブロンシュテインで、世界選手権戦にまた挑む準備万端に見えた。彼に続いたのはケレス(13½点)、アルゼンチンの元世界ジュニアチャンピオンのオスカル・パンノ(13点)、ゲレルとサボ(共に12点)、アルゼンチンのエルマン・ピルニク、チェコスロバキアのミロスラフ・フィリップそれにスパスキー(いずれも11点)だった。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

上杉晋作くんのUSCLかく戦えり(6/7)


本を読みながら試合開始を待つFM上杉晋作(写真は全部上杉くんのお母さんの撮影)


FM上杉とIMエンクバット


初手を考えている三将のFM上杉

第6局(対ニュージャージー・ノックアウツ戦)
イギリス布局 [A34]
白 FM上杉晋作(2354)
黒 IMアルバート・カペングート(2379)
2009年10月14日

1.Nf3 Nf6 2.g3 c5 3.c4 d5 4.cxd5 Nxd5

5.Bg2 Nc6 6.Nc3 Nc7 7.O-O e5 8.d3 Be7

9.Be3 Be6 10.Rc1 Rc8 11.Nd2 Qd7 12.Qa4 Na6

13.Nc4 f6 14.Nb5 O-O 15.Nxa7 Nxa7 16.Qxd7 Bxd7

17.Bd5+ Kh8 18.Bxb7 Rc6 19.Bxc6 Nxc6 20.f4 Nd4

21.Rf2 Bg4 22.Kf1 exf4 23.Bxf4 Rd8 24.a3 g5

25.Be3 Kg7 26.Bxd4 Rxd4 27.Ne3 Bh3+ 28.Ke1 Kg6

29.Rc4 f5 30.Rxd4 cxd4 31.Nd5 Bd6 32.b4 Nc7

33.Nb6 f4 34.gxf4 Bxf4 35.a4 Kf6

36.Nc4 Ke6 37.b5 Kd5 38.e3 dxe3 白時間切れ負け

 画面を見て考えていれば残り時間が視野に入りますが、脇の盤を見ながらつい読みに熱中して残り時間を忘れてしまったそうです。IM相手にほとんど互角の局面だっただけに実にもったいなかったです。

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カテゴリ: チェス未来

チェス世界選手権争奪史(157)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 ボトビニクは見た目にも憔悴しているのが明らかだった。もしスミスロフが最終第24局に勝てば新チャンピオンになれるところだった。しかしその局はボトビニクの白番で、彼はすぐに隙のない局面を築きスミスロフにほとんど反撃の可能性を与えなかった。次の局面でスミスロフが引き分けを申し込みボトビニクが受諾した。形勢はチャンピオンの方がはるかに良かった。

 22…Ra6

 またしてもボトビニクは番勝負に勝つことができなかった。そしてやはりタイトルを保持した。西側の一部ではこれは世界チャンピオンに値するたくさんの選手がソ連にいることを誇示する共産主義の陰謀であるとのまことしやかな批評もあった。しかしもちろん根拠などなかった。いずれにしても次の世界選手権戦では決着がつくことになった。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

「ヒカルのチェス」(159)

「CHESS」2009年12月号(2/4)

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古豪対新鋭(続き)

ジェイコブ・アーガード

白 L.リュボエビッチ(2553)
黒 H.ナカムラ(2710)

第1回戦

1.d4 f5 2.g3 Nf6 3.Bg2 g6 4.c4 Bg7 5.Nc3 O-O

6.Rb1 Nc6 7.d5 Ne5 8.b3 d6 9.Nh3 Nh5

10.Qd2 Bd7 11.Bb2 c6 12.dxc6 bxc6 13.c5!? dxc5

14.Na4

 白は 14.Rd1! の方が少し良かったかもしれない。

14…c4 15.Nc5 Bc8 16.f4 Qxd2+ 17.Kxd2 Rd8+ 18.Kc1 Ng4 19.Bxc6 Rb8

20.bxc4

 20.Bxg7 Nxg7 21.bxc4 なら黒は 21…Rb6! で反撃に期待がもてる。

20…Rb6 21.Bb5 Bh6!?

 21…e5 で互角の形勢である。

22.Bc3 e5

23.Ba5

 白は 23.e3! と指した方が良かっただろう。

23…exf4 24.gxf4 Nxf4 25.Nxf4 Bxf4+ 26.Kb2 Re8 27.Bxb6 Rxe2+

28.Ka3?!

 ここは白キングにとってまずい位置だった。28.Kb3! の方が良さそうで以下は 28…axb6 29.Rbe1 Rd2 30.Re8+ Kf7 31.Rxc8 bxc5 32.Re1

でいい勝負である。しかし実戦は賭けるならほとんどが引き分けに乗るだろう。

28…axb6 29.Rbe1

 白は非常に直接的な手を選んだ。ここでは 29.Nd7!? もあった。

29…Rxe1 30.Rxe1 Ne3!

 明らかに白はこの手を見逃していてここからポーン損の収局に入らなければならない。

31.Nd3 Nc2+ 32.Kb3 Nxe1 33.Nxf4 Bb7

 収局の指し方の指針となる2大原則は次のとおりである。

 1)常に自分の最強の駒を働かせよ。この局面ではそれはキングである。そして

 2)受けに回っている時はポーンを交換せよ。勝とうとしている時は駒を交換せよ。

 以上の指針は過度に単純化してあり、収局のすべての領域に正確に当てはまらないのは確かであるが、それでも役に立つ一般化である。実際チェスの原則に価値を見出さない選手たちが認めたいとする場合よりもはるかに多くの場合において役に立つ。(もっとも原則の価値は原則に盲目的に従うべきであるということではないということは付け加えておかなければならない。明らかにこれはばかげている。むしろ原則は頭の片隅で小さなブザーとして用いることができる。これからやろうとしていることが何であれ認知された知恵に背くならば再考するようにという警告としてである。それに原則は具体的な戦略の方向性にも用いることができる。)

34.Nd5??

 これはひどい手で、リュボエビッチはずっと非常に創造性と想像力に富んだ選手だったがチェスのより古典的な原則は完全に理解したことがないことを示している。この手は黒に一組の駒を交換させるだけでなく、クイーン翼で反撃するのに用いることのできる貴重な手数も失う。この反撃は例えば一組のポーンを交換し、クイーン翼で2個のパスポーンを作り出すために1個のパスポーンを作ることにより、またはb6のポーンを攻撃することにより達成することができる。34.Kb4!? で Bd7 から Kb5 を狙うのは面白い考えである。しかし私は 34.c5! bxc5 35.Kc4

が最も自然な手順で白が反撃できると思う。駒を少し動かして次のあまり無理のない手順で白が引き分けに持ち込めることが分かった。35…Nf3 36.a4 Nxh2 37.Ne6!? Ng4 38.Nxc5 Bc8 39.a5 h5 40.Kd5 h4 41.Kd6 h3

42.Bc6 Nf2 43.Kc7 Ba6!? 44.Nxa6 Ne4 45.Nb4 h2 46.a6 h1=Q 47.a7

驚いたことに黒はこの局面から勝つことができない。

34…Bxd5 35.cxd5

 白は駒交換の見返りにパスポーンを1個得た。しかしそれは黒キングに近くて自分の指し手を正当化するほどの価値はない。

35…Kf7 36.d6 Nf3 37.Bc4+ Ke8 38.Bb5+

38…Kf7?

 これは時間に追われて安直に指した悪手である。黒は 38…Kd8! でかなり楽に勝っていた。黒がパスポーン3個を得る見返りに白には反撃がない。一例は 39.Kc4 Nxh2 40.Kd5 f4 41.Ke4 f3 42.Ke3 h5 43.Bd3 g5 44.Kf2 h4 45.Kg1 Ng4 46.Be4 Ne5

で黒の勝ちである。

39.Bc4+ Kf6 40.Bd5!

40…Ne5

 40…Nxh2?? はもう状況が違う。白は次の手順で勝利まっしぐらである。41.Kc4 f4 42.Kb5 f3 43.Kxb6 f2 44.Bc4

これで白ポーンがクイーンに昇格する。黒には他の手順もあるがどれもうまくいかない。

41.Kb4 Ne7

42.Bg8!

 白の受けは非常に正確である。42.Kb5? は 42…Ke5! ですぐに負けになる。なぜなら 43.Bg8 Kxd6 44.Bxh7 の時黒に 44…Ne5!

という手があるからである。要点は 45.Kxb6 f4 でこのfポーンがクイーンに昇格することにある。

42…f4 43.Kb5?

 これは悪手である。fポーンが強力すぎる。43.Kc3! の方が良かった。そうすればこのキングがセンターの近くに来て黒の有利さは勝つほどではなかったかもしれない。

43…f3 44.Bd5 f2 45.Bg2 Ke6 46.Kc6 Ne5+ 47.Kc7 g5

48.a4

 48.d7 Nxd7 49.Bh3+ Ke7 は浪費である。

48…h5 49.h3

49…g4?

 自分が優勢で相手に反撃策がない局面における中核となる戦略への助言は「急ぐな」である。その意味するところは決戦の前に自分の駒を最適な地点に配置せよということである。相手が何もすることができないならばこれをじっくり行なうことができる。この局面では白がほとんどすることがないので、キングとナイトを好所に置く前にポーンを動かし始めるのはかなり軽率である。49…h4? とすぐに突くのはうまくいかない。50.Bf1! Nf7 のあと白は 51.Kxb6 Kxd6 52.a5 で十分対抗できる。黒の駒は戦う準備ができていない。以上の理由から黒の勝つ手順は次のとおりである。49…Nd7!! 50.Kc6 白は他に適当な手がない。50…Nf6 ここで白の手は一つしかない。50.Kc7 は 50…Ne8+ でたちまち終わってしまう。51.Bf1 Ke5!

黒は陣容の改善を続ける。代わりに 51…g4 はまだ引き分けに終わる。51…h4 は勝てるが不必要に長く複雑な手順を要する。

 a)52.Kxb6 も考えておかなければならない。黒は次のように単純なやり方で勝負を決める。52…Kxd6 53.a5 Nd5+ 54.Kb7(54.Kb5 Ne3)54…Nc7 55.Kb6(55.a6 は 55…Nxa6 56.Kxa6 Kc5 で白キングが遮断されているので黒が自動的に勝つ。)55…g4

突かなければならないのはhポーンでなくこのポーンである。56.hxg4 hxg4 57.Kb7 g3 58.Kb6 Nd5+ 59.Kb7 Ne3 60.a6 g2! 61.Bxg2 Nxg2 62.a7 f1=Q 63.a8=Q Qb5+ 64.Ka7 Kc7

白キングは次の手で詰まされる。

 b)52.Bg2 h4!! 黒は決戦の用意を整えた。53.Bf1 g4 54.hxg4 Kf4

あとは …Kxg4 から …h3 で黒の勝ちになる。

50.hxg4 hxg4 51.Bf1

51…Nf7

 もはやどうやっても勝ちがない。51…Kd5 は 52.Bg2+ Kc5 53.d7 Nf7 54.d8=Q Nxd8 55.Kxd8

となって白はどちら側へ駆けつけなければならなくても丁度間に合って引き分けになる。また 51…g3 は 52.Bg2 Nf7 53.d7 Ke7 54.Bf1 で黒は進展を図ることができない。例えば 54…Ke6 55.Bg2 Ke5!? 56.Kxb6 Kd6 57.Bh3

で白は十分反撃の余地がある。

52.d7 Ke7 53.Bg2 g3 54.Bf1 Nd8 55.Bh3 Ne6+ 56.Bxe6 f1=Q 57.d8=Q+ Kxe6 58.Qd6+ Kf7 59.Qxg3 Qc4+ 60.Kxb6 Qxa4 1/2-1/2

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(この号続く)

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チェス世界選手権争奪史(156)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 しかし動じないボトビニクは次の2局を連勝して突き放した。そして第16局が終わってボトビニクが9-7とリードしていた。その後の3局が引き分けに終わった時ついにボトビニクが初めて番勝負で勝つように見えた。しかしスミスロフは第20局に勝って差を1点に縮め、そのあと2局引き分けが続いた後第23局にも勝って互角の成績にした。

逆キング翼インディアン
白 スミスロフ
黒 ボトビニク

1.e4 e6 2.d3 c5 3.Nd2 Nc6 4.g3 g6

5.Bg2 Bg7 6.Ngf3 Nge7 7.O-O O-O 8.c3 d6

9.a4 f5 10.Qb3 d5 11.exd5 exd5 12.Re1 f4

13.Nf1 Bg4 14.gxf4 Bxf3 15.Bxf3 Kh8 16.Bd2 Bh6

17.Re6 Bxf4 18.Rae1 Bxd2 19.Nxd2 Nf5 20.Bg2 Nh4

21.Qxd5 Nxg2 22.Qxg2 Qxd3 23.Ne4 Rf5? 24.Nd6 Rf3

25.Nxb7 Raf8 26.Nxc5 Qf5 27.Re8 Kg8 28.Rxf8+ 黒投了

(28…Kxf8 29.Ne6+ Kg8 30.Ng5 Rd3 31.Qxc6 Qxg5+ 32.Qg2

または 28…Qxf8 29.Ne6 Qf6 30.Ng5 Rf5 31.Re8+ Kg7 32.Ne6+

から 33.Qxc6)

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(155)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 スミスロフは第10局と第11局も勝ち、ひどい出だしだったにもかかわらず対戦成績を6-5とリードした。しかしボトビニクは第12局に勝って折り返し点で互角の成績に戻した。

 ボトビニクは番勝負の後半戦に入って息を吹き返し第13局に快勝した。しかし第14局は間違いなくスミスロフがこの選手権戦でみせた最高の試合になった。

キング翼インディアン防御
白 ボトビニク
黒 スミスロフ

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.g3 Bg7 4.Bg2 O-O 5.Nc3 d6

6.Nf3(ボトビニクは本局に明らかにショックを受けたようで今回の番勝負で他の3局はキング翼インディアン防御に対して当たり障りのない 6.e3 を指した)6…Nbd7 7.O-O e5 8.e4 c6

9.Be3(はるかによく指される 9.h3 については後の(184)で出てくる1960年のボトビニク対タリの世界選手権戦第6局を参照されたい。1941年の絶対選手権戦のボトビニク対リリエンタール戦では形がちょっと違っていたが-リリエンタールは 8…c6 でなく 8…Re8 と指した-ボトビニクは 9.h3 についてマスターより下の選手が自動的に指す手で、自分の主張するソビエト派の深い局面理解から出た手ではないと解説していた。本局で白が序盤から有利さを得たいなら 9.h3 がどうしても必要であることが実証された)9…Ng4 10.Bg5 Qb6!

11.h3 exd4! 12.Na4 Qa6 13.hxg4 b5

14.Nxd4(14.c5 dxc5 15.Nxc5 Nxc5 16.Be7 Ne6 =/+; 14.Be7 Re8 15.Bxd6 bxa4 16.Nxd4 Ne5 =/+)14…bxa4 15.Nxc6 Qxc6 16.e5 Qxc4 17.Bxa8 Nxe5 =/+

18.Rc1 Qb4 19.a3 Qxb2 20.Qxa4 Bb7

21.Rb1?(21.Bxb7 Qxb7 22.Rc3 Nf3+ 23.Rxf3 Qxf3 24.Be7 Rc8 25.Bxd6 で白がしのげるかもしれない)21…Nf3+ 22.Kh1 Bxa8! 23.Rxb2 Nxg4+ 24.Kh2 Nf3+ 25.Kh3 Bxb2 -/+

26.Qxa7 Be4 27.a4 Kg7 28.Rd1 Be5 29.Qe7 Rc8!

30.a5 Rc2 31.Kg2 Nd4+ 32.Kf1 Bf3 33.Rb1 Nc6 白投了

(白キングに対する決定的な攻撃の …Bd4 および/または …Ne5-…Nxg4 を防ぐ方法がない)

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

世界のチェス雑誌から(64)

「British Chess Magazine」2009年12月号(3/3)

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世界ジュニア選手権戦(続き)

解説 サム・コリンズ

世界ジュニア選手権戦
白 ダリウス・スビルツ
黒 セルゲイ・ジガルコ

オランダ防御石垣戦法 [A84]

 同点優勝のバシエ=ラグラーブと対照的にジガルコははるかに出たとこ勝負の棋風である。前者は主流手順を深く研究して対局に臨み全然負けそうな感じがない。しかし後者はあまり研究されていない局面を選び形勢不明のどちらが勝ってもおかしくない収局でしばしば勝っている。

1.d4 d5 2.c4 e6

 ジガルコは第10回戦でスラブの手順で同じ陣形を戦っている。2…c6 3.Nf3 e6 4.e3 Bd6 5.Bd3 f5

6.O-O Nf6 7.b3 Qe7 8.Bb2 O-O 9.Nc3 Ne4 10.Ne2 Nd7 11.Ne5

(白はこのようにして陣形を変えることにより、有利さを得ようとする試みをやめた)11…Nxe5 12.dxe5 Bc5 13.Bd4 Ba3!

(もちろん黒は黒枡ビショップの交換を避ける)14.Rb1 b6 15.Bb2 Bxb2 16.Rxb2 Bb7 17.f3 Nc5

18.Nd4 Rad8 19.b4 Nxd3 20.Qxd3 dxc4 21.Qxc4 Rd5!

(白に対角斜筋をしぶしぶ弱体化させる)22.f4 Rc8 23.Rd2 c5 24.bxc5 bxc5 25.Nb3 Rxd2 26.Nxd2 Bd5 27.Qc3 Qb7

(d5のビショップの威力で黒が優勢である)28.Nc4 Rb8 29.Rc1 h6 30.Qc2 Qa6 31.h3 Rb4

32.Nd6!(ここから恐怖の逆襲が始まる)32…Qa3?(32…Kh7 なら黒が優勢なままだった)33.Qxc5 Qxa2 34.Rc2 Rb2 35.Qc8+ Kh7 36.Ne8 Qb1+ 37.Kh2 Rb8

(ここから白は強制的に引き分けにできるが、たぶん時間切迫のためやりそこなった)38.Nf6+! Kg6(38…gxf6?? は 39.Rc7+ Kg6 40.Qd7 で白の勝ち)39.Qc7?? gxf6 40.exf6 Qb7 41.Qd6 Rc8 白投了

オルシェブスキー対ジガルコ、世界ジュニア選手権戦、2009年

3.Nc3 c6 4.e3 Bd6 5.Bd3 f5

 非常に人気のある石垣オランダ防御の陣形になった。白は単刀直入にe4の地点をめがけて指し進めるがうまくいくとは思われない。

6.Nge2 Nf6 7.f3 O-O 8.Qc2 Kh8 9.Bd2 Qe7 10.O-O

10…dxc4!

 この手はポーンの形を変える面白い決断である。10…Nbd7 は 11.c5 とされて白が都合のよい時にb5突きとe4突きを狙えるので不正確である。

11.Bxc4 Nbd7 12.Bd3 Nb6 13.e4 fxe4

14.Nxe4!

 14.fxe4 は陣形の広さを利用しようとする典型的な間違いである。石垣戦法の陣形で白がe4突きの準備をしたあとf6のナイトはg4の地点に来れるので非常に危険な存在になる。14…e5 15.dxe5 Bc5+ 16.Kh1 Ng4

で黒は白に対して危険な攻撃を始める。以前に白で非常に似た状況で負けたことがあるのでこのパターンは脳裏に焼きついている。

14…Nxe4 15.fxe4 Rxf1+ 16.Rxf1 e5 17.dxe5 Bxe5 18.Ng3 Qd6 19.Bc3 Be6

20.Nf5!?

 黒にけんかを売った形だがうまくいくとは思えない。20.Bxe5 Qxe5 ならほぼ互角だろうが黒が中央をしっかり支配しているので私なら黒を持ちたい。

20…Bxh2+ 21.Kh1 Bxf5 22.Rxf5

 白の双ビショップがよく利いているのでポーンの代償はある程度ある。しかしジガルコの受けは正確だった。

22…Nd7 23.Rf7? Ne5 24.Rxg7 Kxg7 25.Kxh2 Kg6 26.Bxe5 Qxe5+ 27.Kh1 Rd8

 黒は交換得の優位を難なく勝利に結びつける。

28.Be2 Kg7 29.Qb3 Qxe4 30.Qxb7+ Kh8 31.Qf7 Qh4+ 32.Kg1 Qd4+ 33.Kh1 Qxb2 34.Qe7 Qa1+ 35.Kh2 Qd4 36.Bd3 Qd6+ 0-1

 この試合は特に好局というほどではないがジガルコがこの大会で素晴らしい結果を得たのはこのような堅実で職人的な技巧のおかげである。

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(この号終わり)

2010年03月17日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス世界選手権争奪史(154)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 ところが第7局からスミスロフが自分を取り戻し始め、世界チャンピオンが引き分けの収局でへまをしたのに乗じてスミスロフがこの番勝負で初勝利をあげた。第8局は引き分けだったが第9局でスミスロフが2勝目をあげた。

フランス防御
白 スミスロフ
黒 ボトビニク

1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 Bb4

4.e5

 スミスロフは第7局で 4.a3 と指していたが第19局と第21局でもその手を指した。第7局は 4…Bxc3+ 5.bxc3 dxe4 6.Qg4 Nf6 7.Qxg7 Rg8 8.Qh6 c5 9.Ne2 Rg6

10.Qe3(第21局では 10.Qd2 と指した)10…Nc6 11.dxc5 Ng4 12.Qxe4 Qd1+ 13.Kxd1 Nxf2+ 14.Ke1 Nxe4 15.Nf4

と進んで白が良かった。

4…c5 5.a3 Ba5

 1957年の世界選手権戦の第14局でようやく断然一般的な 5…Bxc3+ が指された。その手の周辺については後で出てくるその番勝負の第20局の解説を参照されたい。

6.b4!

 アリョーヒンの示唆によるギャンビット。

6…cxd4

 代わりに 6…cxb4 も 7.Nb5 Nc6! で白からの圧迫が強いがこの戦型でも黒にそれなりの防御手段がある。

7.Qg4

 スミスロフは第1局と第3局で 7.Nb5 と指したが有利にならなかった。ちなみに第3局は 7…Bc7 8.f4 Ne7 9.Nf3 Bd7! 10.Nbxd4 Nc6 11.c3 Nxd4 12.cxd4 Nf5 =

と進んだ。

7…Ne7

 ボトビニクは長い間このポーン取らせる手を愛用していた(例えば後で出てくる1960年タリとの世界選手権戦第1局と比較されたい)。本譜の手の代わりに 7…Kf8 でも 8.Nb5 Bb6 9.Bd3 で黒も指せるが白に永続的な主導権がある。

8.bxa5!

 8.Qxg7 は 8…Rg8 9.Qxh7 Bc7 10.Nb5 a6 11.Nxd4 Bxe5 12.Ngf3 Qc7

となって黒が快調である(エストリン対ハシン、モスクワ選手権戦、1953年)。

8…dxc3 9.Qxg7 Rg8 10.Qxh7

10…Nd7

 1960年ライプツィヒ・オリンピアードでの有名なフィッシャー対タリ戦ではもっと攻撃的な 10…Nc6 が指された。その試合は 11.Nf3 Qc7 12.Bb5! Bd7 13.O-O O-O-O 14.Bg5? Nxe5!

15.Nxe5 Bxb5 16.Nxf7 Bxf1! 17.Nxd8 Rxg5 18.Nxe6 Rxg2+ ! 19.Kh1! Qe5 20.Rxf1 Qxe6 21.Kxg2 Qg4+

と進んで引き分けになった。

11.Nf3 Nf8

 先に 11…Qc7 として 12.Bf4 を余儀なくさせておく方が正確だった。実戦はこのビショップがもっと活動的なg5の地点に行った。

12.Qd3 Qxa5 13.h4 Bd7 14.Bg5 Rc8 15.Nd4!

15…Nf5

 15…Rc4 は 16.Qe3 Ra4(16…Nf5 17.Nxf5 Re4 18.Nd6#)17.Rb1 Rxa3 18.Nb5 +/- で白が良い。

16.Rb1 Rc4

 この手は交換損を伴う大胆だが本手でない手筋を誘発した。黒は穏やかに 16…b6 17.g4 Nxd4 18.Qxd4 Qxa3 19.Bd3 +/= と指した方が良かった。

17.Nxf5 exf5

 もちろん 17…Re4+ ?? は大悪手で 18.Qxe4 Rxg5(18…dxe4 19.Nd6#)19.Nd6+ で白の勝ちになる。

18.Rxb7

18…Re4+ ?

 黒は 18…Rxg5 hxg5 と切っておいてから 19…Re4+ と指さなければならなかったが白は受け切ることができる。スミスロフは 20.Be2 Ng6 21.Kf1 という手順をあげている。以下はⅠ21…Nf4 22.Rh8+ Ke7 23.Qb5

Ⅱ21…Bc6 22.Rb8+ Ke7 23.Qa6

「これで黒が収局をしのぐ可能性は非常に低い。」

19.Qxe4! dxe4 20.Rb8+ Bc8 21.Bb5+ Qxb5 22.Rxb5 Ne6 23.Bf6 Rxg2 24.h5 Ba6 25.h6 黒投了

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(153)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 1954年3月16日チャンピオンと新しい挑戦者はチャイコフスキーホールの壇上で対決のときを迎えた。この時までに両者は既に20局対戦していたが成績はボトビニクが12½-7½とリードしていた。しかしそれらの対局の多くはボトビニクが指し盛りでスミスロフがまだ非常に若かった時のものだった。今はボトビニクが43歳でスミスロフが33歳になっていた。この年齢差は長丁場の対戦で挑戦者に有利に働くと思われていた。

 しかしボトビニクはしょっぱなから圧倒した。第6局が終わってボトビニクの4½-1½となっていた。彼の指し回しはいつものように非常に独特で厳しかった。その一例が第2局である。

ニムゾインディアン防御
白 ボトビニク
黒 スミスロフ

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.e3 b6 5.Ne2 Ba6

6.a3 Be7 7.Nf4 d5 8.cxd5 Bxf1 9.Kxf1 exd5 10.g4 c6

11.g5 Nfd7 12.h4 Bd6 13.e4 dxe4 14.Nxe4 Bxf4 15.Bxf4 O-O

16.h5 Re8 17.Nd6 Re6 18.d5 Rxd6 19.Bxd6 Qxg5 20.Qf3 Qxd5

21.Qxd5 cxd5 22.Rc1 Na6 23.b4 h6 24.Rh3 Kh7 25.Rd3 Nf6

26.b5 Nc5 27.Bxc5 bxc5 28.Rxc5 Rb8 29.a4 Rb7 30.Rdc3 黒投了

(この章続く)

2010年03月16日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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チェス布局の指し方[3]

第1章 展開と戦術(続き)

1.3 ポーン中原

 中原の支配は試合の初期の段階では主に駒の役目だが実際に中原を占拠するのは通常はポーンにまかされている。ポーン中原の問題については二つの対照的な考え方がある。古典的な方法は中原のあたりにできるだけ多くのポーンを配置しどんな手段を用いてもそれらを支える考えを良しとするものである。だから古典派はキング翼インディアン防御の多くの戦型で白のポーン中原を好んでいる。1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4

 図2(黒番)

白のポーンはc5、d5、e5およびf5の地点を支配している。しかしそれらは見かけのように本当に堂々たるものなのだろうか。

 特定の定跡や戦法に特有のポーンの形は多数ありマスターの実戦に何千回も現われている。壮大なポーン中原の別の例はグリューンフェルト防御の交換戦法に現れる。1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 d5 4.cxd5 Nxd5 5.e4 Nxc3 6.bxc3

 図3(黒番)

 これらの二つの局面に共通しているのは、白ポーンが中原で強大な勢力を誇っていて黒が白の中原の支配に挑むのは極めて難しそうに見えるということである。それでもこの課題全体に対する二つ目の手法をもたらしたのは白のポーン中原の土台を突き崩すという行為であり、それが超現代派のやり方である。

 超現代派はブレーヤー、レーティおよびニムゾビッチによって創始され、その考え方は後で土台を崩し(できれば)壊滅させる方策が可能ならば相手に強大なポーンの壁を作らせてもよいというものであった。したがって上図のグリューンフェルト防御の局面では黒は早期に …c5 で白の中原に挑み白のd4の地点に争点を作り出すのである。そうすると白のdポーンは急に弱体化し黒のフィアンケットされたビショップの逆鱗に触れるのである。キング翼インディアン防御における白のポーン中原に対処するため黒の用いる手法は該当する第12章で説明する。

 最も強い中原ポーンの形はdポーンとeポーンが4段目に並んだ形であると認識するのは難しいことではない。これにより二つのポーンは盤上の敵側に属する4箇所の中央の地点を支配する。しかしd4とe4にポーンを維持するのは無理になることがよくある。例えばフランス防御では 1.e4 e6 2.d4 d5 のあと白のeポーンが当たりになっていてほとんどの戦法ではe5に進むことになる。それから黒は二とおりの方法で白の中原ポーンの構造を崩す作業に着手することができる。つまり …f6 によって前からと …c5 によって後ろから攻撃することができる。どちらの手法もフランス防御の章(第7章)で説明される。しかしここで一つの具体的な戦法を簡単に見ておこう。1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 Nf6 4.e5 Nfd7 5.Nce2 c5

白の根元のポーンが攻撃されている。そこで 6.c3 Nc6 7.f4 b5 8.Nf3 b4

 図4(白番)

白の連鎖ポーンがまた根元付近で攻撃を受けている。

 黒の着想は …bxc3 に次いで …cxd4 と2回ポーンを交換することである。そうすれば白の連鎖ポーンの根元が上ずって黒駒からの攻撃にもっと弱くなる。連鎖ポーンの根元を攻めるこの戦略は色々な局面で役に立つ。原則は連鎖ポーンの根元が上ずると弱体化するということである。

(この章続く)

2010年03月15日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス布局の指し方

チェス世界選手権争奪史(152)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第2巡目に入ってケレスは力強く巻き返し始めた。第21回戦でスミスロフがコトフに負けた時上位選手たちの成績はレシェフスキーとスミスロフが12½点、ブロンシュテインが12点そしてケレスが11½点だった。第22回戦でレシェフスキーがボレスラフスキーを、スミスロフがゲレルをそれぞれ負かしたがブロンシュテインとケレスは共に引き分けにしかできなかった。第23回戦はスミスロフが手空き番で、レシェフスキーがコトフに負けて後退し、引き分けのブロンシュテインとゲレルに勝ったケレスが並んだ。第24回戦でケレスがスミスロフに立ち向かった。

イギリス布局
白 ケレス
黒 スミスロフ

1.c4 Nf6 2.Nc3 e6 3.Nf3 c5 4.e3 Be7

5.b3 O-O 6.Bb2 b6 7.d4 cxd4 8.exd4 d5

9.Bd3 Nc6 10.O-O Bb7 11.Rc1 Rc8

12.Re1

 ケレスは布局でスミスロフに何も難しい問題を突きつけようとしなかった。その結果局面は互角の形勢である。白の陣形の広さによるわずかな優勢は中原の不安定さで打ち消されている。スミスロフは実戦の手の代わりに 12.Qe2 から 13.Rfd1 を推奨し、次のように黒がdポーンを取るのは危険すぎると指摘している。12.Qe2 dxc4 13.bxc4 Nxd4 14.Nxd4 Qxd4 15.Nd5 Qc5 16.Bxf6! gxf6 17.Bxh7+ Kxh7 18.Qh5+ Kg8 19.Rc3

これで白の攻撃が決まって勝ちになる[訳注 19…Qxd5 20.cxd5 Rxc3 で互角なので正着は 19.Qg4+ Kh8 20.Rc3]。または 12.Qe2 Nb4 13.Bb1 dxc4 14.bxc4 Bxf3 15.gxf3 Qxd4 16.Ne4 Qd7 17.Nxf6+ gxf6 18.Kh1

でやはり白の攻撃が決まって勝ちになる。

12…Nb4 13.Bf1 Ne4 14.a3 Nxc3 15.Rxc3 Nc6 16.Ne5 Nxe5

17.Rxe5

 白は 17.dxe5 dxc4 18.Bxc4 Qxd1 19.Rxd1 Rfd8 と単純化した方が安全でたぶん引き分けになるだろう。この試合の自戦解説でケレスは「引き分けでもまだ優勝の可能性は消えなかった」ので指しすぎたことに対して自分を責めていた。

17…Bf6 18.Rh5

 この手の狙いは 19.Rxh7! Kxh7 20.Qh5+ Kg8 21.Rh3 Bh4 22.Rxh4 f5 23.Qh7+ と猛攻することである。

18…g6 19.Rch3

19…dxc4!

 19…gxh5 は 20.Qxh5 Re8 21.a4!

で白の攻撃が収まらない。ここで 21…dxc4 は 22.Qxh7+ Kf8 23.Ba3+ Re7 24.Rg3 +/- である。また 21…Qd6 は 22.c5

で、このあと三通りの変化が考えられる。
Ⅰ22…bxc5 23.Qh6 Bg7 24.Qxh7+ Kf8 25.dxc5

Ⅱ22…Qd8 23.c6 Rxc6 24.Ba3 Rd6 25.Qh6 Bxd4 26.Bd3

Ⅲ22…Qf4 23.Qxh7+ Kf8 24.Ba3 bxc5 25.Bxc5+ Re7 26.Rg3 Ke8 27.Bb5+[訳注 27…Kd8 または 27…Bc6 で黒が優勢なのでそもそも 22.Qh6 とするしかなくそれで白が少し優勢です]

いずれも白の攻撃が決まって勝ちになる。

20.Rxh7

 20.Qg4 は 20…c3! 21.Bxc3 Rxc3 22.Rxc3 Qxd4 23.Qxd4 Bxd4 24.Rc7 gxh5 25.Rxb7

で黒の有利な収局になる。

20…c3 21.Qc1

21…Qxd4!

 もちろん 21…cxb2 は 22.Qh6 Qxd4 23.Rh8+ Bxh8 24.Qh7# でだめである。しかし本譜は白の攻撃が頓挫し黒の楽勝になる。

22.Qh6 Rfd8 23.Bc1 Bg7 24.Qg5 Qf6 25.Qg4 c2 26.Be2 Rd4 27.f4 Rd1+ 28.Bxd1 Qd4+ 白投了

 スミスロフは次の第25回戦でもレシェフスキーを破りそのまま楽に逃げ切った。最終成績はスミスロフが18点、ブロンシュテイン、ケレスおよびレシェフスキーがみな16点、ペトロシアンが15点だった。レシェフスキーの同点2位はそれからの約20年間世界選手権で米国人の最高の成績となった。

(この章続く)

2010年03月15日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(151)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 この大会は2回戦総当たりで、第1巡が終わった時の成績はスミスロフ9½-4½、レシェフスキーとブロンシュテイン8½-5½、エーべとペトロシアン7½-6½、タイマノフとなんとあのケレスが7-7だった。そしてインターゾーナルで無敵の活躍だったコトフは不調だった。しかし第1巡目の終わりのアベルバッハ戦で豪快な手筋を決めた。次の局面で

コトフは 30…Qxh3+! とクイーンを切っていった。その後は次のようになった。31.Kxh3 Rh6+ 32.Kg4 Nf6+ 33.Kf5 Nd7 34.Rg5 Rf8+

35.Kg4 Nf6+ 36.Kf5 Ng8+ 37.Kg4 Nf6+ 38.Kf5 Nxd5+

39.Kg4 Nf6+ 40.Kf5 Ng8+ 41.Kg4 Nf6+ 42.Kf5 Ng8+ 43.Kg4 Bxg5

44.Kxg5 Rf7 45.Bh4 Rg6+ 46.Kh5 Rfg7 47.Bg5 Rxg5+

48.Kh4 Nf6 49.Ng3 Rxg3 50.Qxd6 R3g6 51.Qb8+ Rg8 白投了

(この章続く)

2010年03月14日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

上杉晋作くんのUSCLかく戦えり(5/7)


三将戦で対局中のFM上杉晋作(写真は全部上杉くんのお母さんの撮影)


FM上杉の試合を見つめるGMクリッツ


FM上杉と大会管理人のチャン


他の試合を見て回るFM上杉、奥は熟考中のハリス

第5局(対ニューヨーク・ナイツ(Knights)戦)
シチリア防御/スベシュニコフ戦法 [B33]
白 NMマット・ハーマン(2275)
黒 FM上杉晋作(2354)
2009年10月5日

 上杉くんが完璧な指し回しで完勝しました(「NM」は「国内マスター(National Master)」のこと)。

1.e4 c5 2.Nf3 Nc6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 e5 6.Ndb5 d6 7.Bg5 a6 8.Na3 b5

9.Nd5 Be7 10.Bxf6 Bxf6 11.c3 Bg5 12.Nc2 O-O

13.a4 bxa4 14.Rxa4 a5 15.Bc4 Bd7 16.b3 Ne7

17.Nxe7+ Qxe7 18.Ra2 Bc6 19.f3 Kh8 20.O-O f5

21.exf5 d5 22.Bd3 Qc5+ 23.Kh1 Qxc3 24.Ra3 Qc5

25.Re1 e4 26.fxe4 dxe4 27.Bxe4 Bxe4 28.Rxe4 Rad8

29.Qb1 Rd2 30.Ra2 Qd5 31.Ne3 Bxe3 32.Rxd2 Qxd2 0-1

2010年03月13日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス未来

チェス世界選手権争奪史(150)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 1952年ストックホルムで開催された第2回インターゾーナル競技会は上位5人をソ連選手が独占して終わった。コトフが同点2位のペトロシアンとタイマノフに3½点差をつけて生涯最高の成績で優勝し、ゲレルが4位、アベルバッハがユーゴスラビアのグリゴリッチ、ハンガリーのサボ、スウェーデンのストールベルグと共に同点5位だった。

 そして1953年チューリヒでの挑戦者決定競技会の始まりにおいてロシア勢に太刀打ちできるのは米国のサミュエル・レシェフスキーだけであるのは明らかだった。実際そのとおりになったが第2回戦でベテランのマックス・エーべはおそらくこの大会で最高の試合と考えられる試合で健在ぶりを見せつけた。

ニムゾインディアン防御
白 ゲレル
黒 エーべ

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.e3 c5 5.a3 Bxc3+ 6.bxc3 b6

7.Bd3 Bb7 8.f3 Nc6 9.Ne2 O-O 10.O-O Na5 11.e4 Ne8

(この試合の布局を以前に出てきたボトビニク対レシェフスキー戦、および後で出てくるゲレル対スミスロフ戦の布局と比較してみよ)12.Ng3 cxd4 13.cxd4 Rc8 14.f4 Nxc4 15.f5 f6

16.Rf4 b5! 17.Rh4 Qb6 18.e5 Nxe5 19.fxe6 Nxd3

20.Qxd3 Qxe6 21.Qxh7+ Kf7 22.Bh6 Rh8! 23.Qxh8 Rc2

24.Rc1(24.d5! Qb6+ 25.Kh1 Qf2 26.Rg1 Bxd5 27.Re4!

で形勢不明だった)24…Rxg2+ 25.Kf1 Qb3 26.Ke1 Qf3 白投了

(この章続く)

2010年03月13日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

「ヒカルのチェス」(158)

「CHESS」2009年12月号(1/4)

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 表紙について

 12月8-15日オリンピアで開催されるロンドン・チェスクラシックの用意がすべて整った。

 選手の似顔絵は(左から右へ、上から下へ)ニー・フワ、ウラジミル・クラムニク、デイビド・ハウエル、マグヌス・カールセン、ルーク・マクシェーン、ナイジェル・ショート、ミッキー・アダムズそれにヒカル・ナカムラである。彼らの大部分は最近の本誌で取り上げてきた。

 だから本誌の読者は何が期待できるか分かるはずである。戦術もあれば戦略もある。

 そして特別ボーナスとしてあの伝説のビクトル・コルチノイが名誉ゲストとして出席する。

大人10ポンド
16歳未満の小人は無料

ロンドン・チェスクラシック
オリンピア 2009年12月8-15日

 ロンドンで25年ぶりの最強チェス大会

8選手による総当たり

マグヌス・カールセン世界第3位・ウラジミル・クラムニク元世界チャンピオン・ヒカル・ナカムラ「H爆弾」の米国チャンピオン・ニー・フワ中国

ナイジェル・ショート英国第1位・マイケル・アダムズ英国第2位・デイビド・ハウエル英国第3位・ルーク・マクシェーン英国第4位

 世界一流の4選手が英国の4強グランドマスターと対戦

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古豪対新鋭

ジェイコブ・アーガード

古豪対新鋭 2009年8月20-31日、アムステルダム

    ヤン・スメーツ ファビアノ・カルアナ ダニエル・ステルワヘン ホウ・イーファン ヒカル・ナカムラ 古豪組計
1 ペテル・ハイネ・ニールセン ½ 1 ½ ½ 1 ½ ½ 1 ½ ½
2 ピョートル・スビドレル ½ ½ ½ 0 ½ ½ 1 ½ 1 1 6
3 リュボミル・リュボエビッチ 0 ½ ½ ½ 1 0 1 ½ ½ 1
4 アレクサンドル・ベリヤフスキー 0 0 ½ 1 1 ½ 0 1 0 1 5
5 ルーク・ファン・ベリ ½ ½ ½ ½ ½ 0 ½ ½ ½ ½
  新鋭組計 6 5  

最終結果 古豪 27½ - 新鋭 22½

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(この号続く)

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カテゴリ: ヒカルのチェス

チェス世界選手権争奪史(149)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 スミスロフはもの静かで控えめな人柄だったが多くの魅力を兼ね備え皮肉をこめたユーモアも持っていた。イギリスの国際マスターのハリー・ゴロンベックは三回のボトビニク対スミスロフの世界選手権戦すべてで審判を務めたが1954年のある出来事を次のように詳述している。

 『試合が指しかけになった後、オペラを見に行きたいので両選手が1回の対局で試合を終わらせることを期待していた、せめて明日試合が長引かないといいとスミスロフに言った。「何というオペラだ」と彼は聞き返した。「グリンカの『ルスランとリュドミラ』だ」と私が答えた。さらにスミスロフが言った。「音楽はいいんだがオペラとしてはあまり大したことがない。いいかい、ニコライ1世皇帝は部下を処罰したい時に彼らを『ルスランとリュドミラ』を見に行かせたんだ。だからここにいて試合を観戦していた方がいい。」』[ハリー・ゴロンベック著『1954年世界選手権戦』]

 スミスロフは作局の審査員の資格も持っていた。チェスでの活躍が華々しくてオペラのテノール歌手としての名声を求めることができなかった。時々冗談めかして音楽を職業にチェスを趣味にしなかったことを悔やんでいると言っていた。歌の世界選手権なら獲得してすぐにそれを失うことはないからである。

 第19回全ソ連選手権戦(ゾーナルも兼ねていた)では若い選手たちが大活躍した。優勝のケレスに続いてチグラン・ペトロシアン(1929年生まれ)とエフィム・ゲレル(1925年生まれ)が同点2位に入り、スミスロフが4位、ボトビニクが5位、ユーリー・アベルバッハ(1922年生まれ)とマルク・タイマノフ(1926年生まれ)が同点6位だった。彼らの中で挑戦者決定競技会にシードされていない者がインターゾーナルに進出した。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(148)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 ブロンシュテインに代わってもうおなじみになった人物は当然のボトビニクと共に次の十年間に世界選手権の戦いを席巻することになった。それはワシリー・スミスロフである。彼はその間にボトビニクと世界選手権戦を三度戦い最初の1954年には引き分け二回目の1957年には勝ち三回目の1958年には負けた。この期間においてスミスロフは番勝負においてはボトビニクと完全に互角であることを実証した。三度の対決の通算成績はスミスロフの18勝17敗31分だった。

 ワシリー・ワシリエビッチ・スミスロフは1921年3月24日にモスクワで生まれた。そして6歳頃にチェス好きだった父親からチェスを学んだ。14歳の時に初めて大会に参加しその後順調に上達した。17歳だった1938年にモスクワ選手権戦で同点優勝した。1940年には第12回全ソ連選手権戦で、同点優勝したボンダレフスキーとリリエンタールに半点差で3位になりケレス、ボトビニクおよびボレスラフスキーよりも上位に入った。翌年のいわゆる絶対選手権戦では3位だった。彼はしだいに収局の巨匠としての評価を勝ち得た。そしてレベンフィッシュと協同でルーク+ポーン収局の決定版的な本を書いた。

 1948年世界選手権競技会で2位になった後彼はもちろんタイトル挑戦の有力候補とみなされた。そして以降の年月における彼の成績はこの見方を十分に裏付けた。1950年ブダペストで同点優勝したブロンシュテインとボレスラフスキーに次いで3位に終わったのはほとんど満足できるものでなかった。しかし1953年チューリヒで開催予定の次の挑戦者決定競技会への参加権を獲得した。

(この章続く)

2010年03月11日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

世界のチェス雑誌から(63)

「British Chess Magazine」2009年12月号(2/3)

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世界ジュニア選手権戦(続き)

解説 サム・コリンズ

世界ジュニア選手権戦
白 レイ・ロブソン
黒 マクシム・バシエ=ラグラーブ

シチリア防御ナイドルフ戦法 [B96]

 世界ジュニア選手権は最上位10選手の平均年齢が下がってきているのでますます奇妙な大会になっている。私が最後に参加したのは2002年のゴアでの大会で、優勝はレボン・アロニアンだった。彼がタイトル獲得で得た自信は最高峰への躍進の大きな刺激となったと言えるかもしれない。

 サッカーファンなら現在アイルランドの選手がフランス人をほめることがどんなに難しいか分かるだろうが、この大会でバシエ=ラグラーブの戦いぶりが素晴らしかったことは言っておかなければならない。

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6

 白は一直線に最も激しい主流戦法を目指している。ナイドルフとグリューンフェルトは彼の黒番の時の基盤となる防御である。

6.Bg5

 この手は以前は白の疑問とされてきた局面でコンピュータプログラムが詰みを発見し始めて近年復活してきた。

6…e6 7.f4

7…Qc7

 バシエ=ラグラーブは次の回戦のオルシェウスキー戦で白でこの局面になった。そして 7…Qb6 に対して 8.Qd3 という面白い手を指した。これは少し変わった毒入りポーン戦法で、ラジャーボフがラウソンをつぶしたことがある。バシエ=ラグラーブの試合は次のように進んだ。8…Nc6(売られたけんかを …Nc6 ではぐらかすのは黒が …Qb6 と指した後いつもある手だが、一貫性の点からいうとなぜクイーンをb6に進めたのにポーンを取るのを止めるのか理解しがたい)9.Bxf6 gxf6 10.Nb3 Bd7 11.O-O-O O-O-O 12.Be2

12…Rg8(12…h5 が Bh5 を防ぐ受けの常套手段である。たぶん黒は Qh3 でhポーンに電撃攻撃をかけられるのを気にしたのであろう。通常ならこの役割はルークがになうが3段目に上がるのに手数がかかる。いぜれにせよバシエ=ラグラーブはここからキング翼に圧力をかけるお手本を見せてくれる)13.Qh3 Na5 14.Kb1 Nxb3 15.axb3 Rg7 16.f5 Qa5 17.Rhf1 Be7 18.Rf4 Rdg8 19.g3 Kb8 20.Rh4 Rh8 21.Bc4!

スヘーファニンゲンの陣形でe6の地点が崩壊すれば黒が負けになる。オルシェウスキーは2ポーンを与えて交換得をする変化に行くが白は中央を制圧して一方的な試合にしてしまう。21…Qd8 22.fxe6 fxe6 23.Bxe6 f5 24.Rh6 Bg5 25.Bxd7 Bxh6 26.Bxf5

(ここではもう黒の敗勢だと思うがそれでも受けには問題が多い)26…Qf6 27.Nd5 Qg5 28.Nf4 Re7 29.Rxd6 Bg7 30.Rd5 Qf6 31.Nd3 Qb6 32.Qh4 Rc7 33.Qf4 Ka7 34.Qf2 Qxf2 35.Nxf2 h6 36.Nd3 1-0

8.Qf3 b5 9.Bxf6 gxf6 10.a3

10…Nc6

 アリスメンディとモレノがギャンビット社から出した『ナイドルフの完全理解』という好著で(2004年に出版されたので今では少し古くなっているが、そもそもすべてのナイドルフ本は発売される時には古くなっているものである)著者たちはこの局面で 10…Bb7 を推奨していた。バシエ=ラグラーブは意欲的な構想を描いていてキングとクイーンで中央のすべての要所を確保することを目指している。

11.Nxc6 Qxc6 12.f5 Qc5

13.O-O-O

 13.fxe6 fxe6 14.Qxf6 Rg8 は黒に十分な代償がある。このあと黒は次のように自信のある収局に持ち込むことができる。15.O-O-O Qe3+(15…Bg7 はもっと意欲的である)16.Kb1 Be7 17.Qd4 Qxd4 18.Rxd4 Bd7

これで白は黒の双ビショップ、よく利いている駒および良い陣形に対してポーン得を活用する可能性がほとんどない。

13…Bb7 14.Be2 h5

15.Kb1

 15.fxe6 Qg5+ 16.Kb1 fxe6 は黒が良さそうだが白も 17.Qf2 からb6の地点に侵入するロブソンの捌きを試みることができる。

15…Ke7

 黒はキングの不安をものともせず中央の要塞を確保した。もちろんキング翼へのキャッスリングは問題外なので黒の選択肢はこの手かクイーン翼へのキャッスリング(適当な準備のあとで)に限られている。

16.Rhf1 Qe5 17.fxe6

 何でここでポーンを交換しなければならなかったのか私には分からない。

17…fxe6 18.Qf2 Rd8 19.Qb6 Rd7

 ロブソンはこれから中央の崩壊と引き換えにクイーン翼に侵入しようとする。

20.Nxb5

20…Bxe4!?

 これは黒の勝負手である。20…axb5 は 21.Bxb5 Bxe4 22.Bxd7 Kxd7

となってちょっと見には黒が圧倒的に良さそうに見える。しかし白は次のようにさらに駒を捨てて敵が陣容を固めるのを防ぐことができる。23.Rd4! Ke8(23…f5?? 24.Qa7+ Ke8 25.Rb4、23…d5 は 24.Ra4 で白の勝勢になる)24.Rxe4!!(24.Qa7 は 24…d5 ではっきりしない)24…Qxe4 25.Rxf6

これで白は十分チェックの千日手にできる。

21.Nd4 Rb7 22.Qxa6 Bg7

 黒陣は威容を誇っているが問題はポーン損をはね返せるかである。私はできると思う。

23.Rfe1

 23.Bf3 は怪物ビショップとの交換を狙う筋の通った手である。23…Rhb8 24.b4 Rb6 25.Qa7+ R6b7 26.Qa4 となれば白の24手目の変化手順よりも優っている。もっとも白陣が十分強固であるとは思われない。

23…Rhb8

24.Bb5??

 ロブソンはコンピュータを使っても難解な局面で自爆してしまった。24.b4 Rb6 25.Qa7+ R6b7 のあと 26.Qa4 は 26…Rc7 で白キングが強い圧力にさらされるので白は同じ手を繰り返すのが良い。

24…Rxb5

 黒の応手は単刀直入である。黒はジェイコブ・アーガードがよく言うようにクイーンの代わりにトラック1台分のおもちゃを手に入れる。

25.Nc6+ Bxc6 26.Rxe5 Rxb2+ 27.Ka1 R2b6

28.Qd3

 e6のポーンを取っておく方がまだやる気のある手だが勝敗は変わらない。

28…dxe5 29.Qd6+ Kf7 30.g4 hxg4 31.Qc7+ Kg6 32.h4 gxh3e.p. 33.Rg1+ Bg2 0-1

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(この号続く)

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カテゴリ: 世界のチェス雑誌から

チェス世界選手権争奪史(147)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 ダビッド・ブロンシュテインはボトビニクとの世界選手権戦が引き分けに終わった時まだ24歳にすぎなかった。だから当時は(何でも確実だというものがあるならば)彼がいつの日か世界チャンピオンになるのは確かなように思われた。たぶん早ければ1954年にも。その年は次の周期の競技会(1951年の世界選手権戦が行われている時既に進行中だった)で次の挑戦者が決まることになっていた。批評家たちによれば彼がしなければならないことは収局を研究することだけだった。それが微に入り細を穿ってボトビニクの見つけることのできた彼の防備の唯一の弱点だった。そしてブロンシュテインは遅かれ早かれタイトルを奪取しそれから長期に渡って世界のチェス界を席巻するだろうと目されていた。

 しかし彼は二度と世界選手権を脅かすことはなかったし世界選手権戦を戦うことさえなかった。1953年チューリヒでの挑戦者決定競技会では同点2位だった。1956年のアムステルダムでは同点3位だった。1958年ポルトロシュでのインターゾーナルでは最終戦で負けるはずのない格下の相手に負けて次の挑戦者決定競技会に進むことさえできなかった。彼は長い棋歴の間に数多くの素晴らしい試合で現代チェスを豊かにしてきた。ある意味ではグランドマスターの中で最も想像力が豊かである。しかし彼の世界王座への探求は挫折と失望によって運命づけられていた。

(この章続く

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(146)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 ボトビニクは第19回戦でまたリードを奪った。そして第20回戦でも引き分けでそれを維持した。それからブロンシュテインが2連勝し、新世界チャンピオンになるには残りあと2局を指し分ければよいだけになった。しかしボトビニクは第23局で素晴らしい指し回しを見せた。白が57手目を指した次の局面ではボトビニクの双ビショップが盤上を席巻している。

ここでブロンシュテインは観戦者のほとんどが驚いたことに投了した。確かに 57…Nc6 58.Bxd5 Nd6 59.Bf3 Kf5 60.Bc1! b5 61.Bxc6 bxc6 62.a5

と進めば白の勝ちは容易である。しかし途中 59…b5(ウィンターとウェードの推奨)

と指せばまだはっきりしなかったかもしれない。いずれにしても引き分けならば世界選手権獲得が確実になる立場の者ならばもう少し指してみてもよかったと考えられる。

 最終の第24回戦でブロンシュテインは序盤から全力で臨んだ。2ポーンを犠牲にしたがあまり攻撃の成果があがらなかった。22手目でボトビニクが引き分けを提案した時勝つ可能性はボトビニクの方にだけあった。そしてブロンシュテインはそれを受諾した。これで世界選手権戦のうちで多分最も面白かった番勝負は引き分けの結果に終わった。そしてボトビニクがタイトルを保持した。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス布局の指し方[2]

第1章 展開と戦術(続き)

1.2 主導権

 「主導権」という用語はチェスの本で繰り返し用いられる。この言葉が何を意味しなぜそんなに重要なのかを考えてみよう。試合の始まりでは白が手番なので優位に立っている。手番の優位はよくテニスのサーブの優位にたとえられてきた。しかしトップクラスのテニスでサーブがほぼ90%の割合でゲームポイントを得るのに対して、白の優位はマスターの試合で約32%の勝ちにしか結びつかない(黒の勝ちは大体22%で引き分けは46%である)。これらの数字により白の平均的な有利さはほぼ55対45と表される。

 主導権の一つの明白な特性は黒が白と同じ手を不正でない限り指していくといずれ白が圧倒的に優勢になるということである。もう少しわざとらしくない議論をすると対称な局面はほとんどの場合手番の方が有利である。この法則の唯一の例外は収局で起こるがここでは採り上げない。

 対称な局面を続けるのは望ましくないので黒は通常は最初の2手のうちに対称を解消する。黒の手はどれも白の展開の作戦に対し何らかの対処をすべきである。もし黒の布局の戦略が成功すればば白の主導権を無効にするか、もっとうまくいけば白から主導権を奪い取ることになる。もし黒が失敗すれば白は主導権を生かして攻撃を加え戦力を得するかはっきりした大局上の優位を得ることになる。

 どちらに主導権があるかはどうしたら分かるのだろうか。この問題は見かけほど単純でない。というのはよく主導権を一連の簡単にかわせる狙いと混同している選手が多いからである。実際は経験を積んだ選手だけが主導権が架空(一時的)なのか本当なのかを判断できるのである。

 主導権そのものは具体的な有利ではない。その価値は他の種類の有利と引き換えにできることにある。例えば戦力、攻撃または有利な収局とである。布局の原則について説明している時に有利な収局のことにまで議論が及ぶのはおそらく読者にとって理屈に合わないと思われることだろう。しかしチェスの布局の本に「・・・で収局は黒が有利である」というような文章が見られるのはきわめて普通のことである。実際ルイロペスの交換戦法は白が主導権を用いて早くも4手目から有利な収局を目指す好例である(5.3を参照)。

 主導権をめぐる戦いは布局での基本的な主題の一つである。白は1手の優位(つまり先手)を持って指し始め戦力を展開している間にこの優位を維持しさらには増大するように努める。したがって駒を好所に展開するのみならずできるだけ迅速に展開するのは最も大切である。チェス布局の科学的な研究がまだ始まっていなかった19世紀には展開の速度は非常に重要であると広くみなされていたので選手たちは大きな主導権を得るために喜んで戦力を犠牲にしていた。ムツィオ・ギャンビット(3.1を参照)はこの主題に沿った例である。白はまずポーン、次にナイトを犠牲にして展開に大差をつける。

 先手を正しく用い駒を迅速に展開し大切な主導権を敵に渡さないようにしたい人のための指針となる一般原則は一つしかない。布局では同じ駒を2度動かすな。これはがんじがらめの規則というよりも一つの原則である。その理由は簡単に分かる。それはもし既に動かした駒をまた動かせば他の駒を動かすのに使えたはずの手を無駄にしたことになるからである。もちろんこの原則には例外も数多い。ある駒が当たりになっていればその駒を動かさなければならないかもしれない。当たりにしている駒が初めて動いた駒ならば、敵の展開がそれによって促進されこちらの当たりにされた駒は動かしても展開に役立たないのでこちらの手損になるかもしれない。一方当たりにしている駒が既に動いたことのある駒ならば、こちらの手損にならないかもしれない。

(この章続く)

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カテゴリ: チェス布局の指し方

チェス世界選手権争奪史(145)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第18局は恐らくこの番勝負で最も複雑で難解な一局だった。そして結果(引き分け)も十分うなずけるものだった。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 ブロンシュテイン
黒 ボトビニク

1.d4 d5 2.c4 c6 3.Nc3 Nf6 4.Nf3 e6 5.e3 a6

 黒がメラン・システム(5…Nbd7 6.Bd3 dxc4)を望まないならばそれを避ける手段は 5…Bb4(ロミ戦法)、5…Be7、5…Ne4 それに本譜の手という具合にいろいろある。

6.Bd3

 白の通常の手は 6.c5 で、1948年世界選手権競技会でのレシェフスキー対ケレス戦は次のように進んだ。6.c5 Nbd7 7.b4 a5! 8.b5 e5 9.Qa4 Qc7 10.Ba3 e4 11.Nd2 Be7(11…g6! 12.Be2 Bh6 =)12.Be2 h5 13.b6 Qd8 14.h3 Nf8 15.O-O-O +/=

6…b5 7.b3 Nbd7 8.O-O Bb7 9.c5

9…Be7

 この形で狙い筋の 9…e5 は次の手順で悪い。10.dxe5 Ng4 11.e6 fxe6 12.Nd4 Nxc5 13.Qxg4 Nxd3 14.Qxe6+ Qe7 15.Qf5 +/=

10.a3 a5 11.Bb2 O-O 12.Qc2 g6 13.b4 axb4 14.axb4 Qc7 15.Rae1 Rfe8

16.Ne2

 もっと積極的に 16.Ne5 と跳ねることもでき 16…Nxe5 17.dxe5 Qxe5 なら 18.Ne4 で白の駒得になる。

16…Bf8 17.h3

 白は 17…e5 18.dxe5 Ng4 を防いだ。

17…Bg7 18.Ne5 Nf8 19.f3 N6d7 20.f4 f6 21.Nf3 Re7 22.Nc3 f5

 これで両者とも少なくとも当面はeポーンを突くのをあきらめた。そして注意を素通しのa列に向けている。

23.Ra1 Ree8 24.Ne5 Rxa1 25.Rxa1 Ra8 26.Qb1

26…Qc8

 黒が 26…Qb8 と指していれば同じように白が駒を捨ててきても次のように効果が薄かった。27.Bxb5 Nxe5 28.fxe5 cxb5 29.Nxb5 Ba6 これでポーンがせき止められている。

27.Bxb5! Nxe5 28.fxe5

28…Bh6

 代わりに 28…cxb5 29.Nxb5 Ba6 とは指せない。なぜなら白に 30.Nd6(クイーン当たりの先手)30…Qb8 31.b5 +/- という手があるからである。

29.Bc1 cxb5 30.Nxb5 Nd7 31.Nd6 Rxa1 32.Qxa1 Qa8

33.Qc3

 白はすぐに 33.Qb2 とする方が良かった。

33…Bf8 34.b5 Bxd6 35.exd6 Qa4

36.Qb2

 ここでは単純に 36.c6 Qxb5 37.cxb7 Qxb7 38.Qa5 とすれば白が優勢だった。

36…Kf7 37.Kh2

37…h6

 黒は白の次の手を見落としていた。代わりに 37…Nf6 なら 38.Bd2 Ke8 39.Qb4 Qxb4 40.Bxb4 Kd7 で問題なく守ることができた。

38.e4!

38…f4

 代わりに 38…fxe4 なら 39.Bxh6、38…dxe4 なら 39.d5! である。白は急に敵キングを激しく攻める立場になった。本譜の黒の応手の主眼点は 39.Bxf4 なら 39…g5 40.Be3 dxe4 とできることにある。

39.e5 g5 40.Qe2 Kg7

41.Qd3

 この手が封じ手だったが次のように 41.c6 の方が良かった。41…Bxc6 42.bxc6 Qxc6 43.Bxf4! gxf4 44.Qg4+ Kf7 45.Qxf4+ Kg7 46.Qg4+ Kf7 47.Qh4!(47.Qh5+ Kg7 48.Qe8 Nxe5!)47…Nf8 48.Qxh6

しかし帰宅して真っ先に調べたわけでもないそのような思い切った手段をブロンシュテインが躊躇(ちゅうちょ)したのは確かに理解できる。

41…Nb8! 42.h4 Qc4 43.Qh3!

43…Qxb5!

 この手は次の変化よりはるかに良い手である。43…Qxc1 44.hxg5 hxg5 45.Qxe6 Qe3 46.Qf6+ Kh7 47.Qxg5 Qg3+ 48.Qxg3 fxg3+ 49.Kxg3

これは白ポーンが止まらない。

44.hxg5 hxg5 45.Qxe6 Qd3!

 あとはもう引き分けにしかならない。

46.Qf6+ Kh7 47.Qf7+ Kh8 48.Qf6+ Kh7 49.Bxf4 gxf4 50.Qf7+ Kh8

51.Qe8+ Kg7 52.Qe7+ Kh8 53.Qe8+ Kg7 54.Qe7+ Kh8 55.Qf8+ Kh7 56.Qf7+ Kh8 57.Qxb7 Qg3+ 58.Kh1 1/2-1/2

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

上杉晋作くんのUSCLかく戦えり(4/7)


三将のFM上杉晋作(上杉くんのお母さんの撮った写真)


FM上杉の試合を覗きに来たGMクリッツ、奥で対局中はハリスとGMエレンバーグ(上杉くんのお母さんの撮った写真)

第4局(対ボストン・ブリッツ戦)
キング翼インディアン防御/フィアンケット戦法 [E62]
白 FM上杉晋作(2354)
黒 SMマーク・エッサーマン(2461)
2009年9月28日

 上杉くんが格上相手のポーン損収局を頑張り抜き引き分けにしてしまいました。(「SM」は「シニアマスター」のことで米国チェス連盟のレイティング2400以上の選手の称号)

1.Nf3 Nf6 2.g3 g6 3.Bg2 Bg7 4.O-O O-O 5.c4 d6 6.d4 Nc6

7.d5 Na5 8.Nfd2 c6 9.Nc3 cxd5 10.cxd5 Bd7 11.Nb3 Nc4

12.Nd2 Rc8 13.Nxc4 Rxc4 14.Qb3 Qc7 15.Be3 Rc8 16.Rfc1 b5

17.h3 Qb7 18.a4 b4 19.Na2 Rxc1+ 20.Rxc1 a5 21.Kh2 Rxc1 22.Nxc1 Qc8

23.Nd3 Bf5 24.Qd1 Be4 25.Bxe4 Nxe4 26.Qc1 Qxc1 27.Bxc1 Nf6

28.Nf4 Nd7 29.Nd3 Nb6 30.b3 Nxd5 31.e4 Nc3 32.Be3 Nxe4

33.Bb6 Nd2 34.Bxa5 Nxb3 35.Bxb4 Bd4 36.Kg2 Kf8 37.Kf3 Ke8

38.Ke4 Ba7 39.Kd5 Kd7 40.Kc4 Nd4 41.f4 Kc6 42.Bc3 Ne2

43.Nb4+ Kb7 44.Be1 e6 45.a5 Ng1 46.a6+ Kc7 47.Kb5 Nf3

48.Bc3 Bd4 49.Kc4 Bxc3 50.Kxc3 Ng1 51.a7 Kb7 52.Nc6 Ne2+ 53.Kd3 Nxg3

54.Nd8+ Kxa7 55.Nxf7 Nf5 56.Ng5 Kb6 57.Nxh7 Kc6 58.Nf8 Kd5 1/2-1/2

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カテゴリ: チェス未来

チェス世界選手権争奪史(144)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 しかし第12局でブロンシュテインがポーンの犠牲を生かせなくてボトビニクがすぐに突き放した。次の4局は引き分けだった。そして第17局で挑戦者がまた追いついた。

ニムゾインディアン防御
白 ボトビニク
黒 ブロンシュテイン

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.e3 b6 5.Ne2 Ba6

6.a3 Be7 7.Ng3 d5 8.cxd5 Bxf1 9.Nxf1 exd5 10.Ng3 Qd7

11.Qf3 Nc6 12.O-O g6 13.Bd2 O-O 14.Nce2 h5 15.Rfc1 h4

16.Nf1 Ne4 17.Nf4 a5 18.Rc2

18…Bd8(18…Nd8 19.Rxc7! Qxc7 20.Nxd5 Nxd2 21.Nxd2 Qd6 22.Nxe7+ Qxe7 23.Qxa8 +/-

19.Be1 Ne7 20.Qe2 Nd6 21.f3 g5 22.Nd3 Qe6 23.a4 Ng6

24.h3 f5 25.Bc3 Bf6 26.Re1 Rae8 27.Qd1 Rf7 28.b3 Rfe7 29.Bb2 f4

30.Ne5(30.exf4 Qxe1 31.Nxe1 Rxe1 32.Qd2 Nxf4 -/+)30…Bxe5 31.dxe5 Nf7 32.exf4 Nxf4 33.Nh2 c5 34.Ng4 d4 35.Nf6+ ? Qxf6 白投了

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス世界選手権争奪史(143)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第10局も引き分けだったが第11局でブロンシュテインはこの番勝負で最高の出来と考えられる指し回しで対戦成績を互角に戻した。

クイーン翼インディアン防御
白 ボトビニク
黒 ブロンシュテイン

1.d4 e6 2.Nf3 Nf6 3.c4 b6 4.g3 Bb7 5.Bg2 Be7 6.O-O O-O 7.b3

 はるかに一般的な 7.Nc3 が白にほとんど有利をもたらさないことは今では広く受け入れられている。もちろん実戦の手もあまり有利にならない。

7…d5

 7…c5 も次のように良い手である。8.Bb2 cxd4 9.Qxd4 Nc6 10.Qf4 d5 11.Rd1 Qc8 12.Nc3 dxc4 13.Qxc4 Nb4 =

(パッハマンの分析)

8.cxd5

 8.Ne5 もあり次のような前例がある。8…c5 9.dxc5 bxc5 10.cxd5 exd5 11.Nc3 Nbd7 12.Nd3 Nb6 13.a4 a5 14.Ba3 Rc8 =

(エーべ対アリョーヒン、世界選手権戦、1937年)

8…exd5 9.Bb2 Nbd7 10.Nc3 Re8

11.Ne5
 11.Rc1 は 11…c6 で陣形がより柔軟なために次のように既に黒の方が少し優勢である。12.Qd2 Ne4 13.Qc2 Nxc3 14.Bxc3 Bd6 15.Rfe1 Nf6 16.Nd2 Bf8 17.Bb2 Rc8 18.Qd3 Rc7 19.Rcd1 g6 =/+

(レベンフィッシュ対ボトビニク、番勝負第1局、1937年)

11…Bf8

12.Rc1

 12.Nd3 や 12.f4 の方が安全な手だが白は何も得られない。それがこのポーンを犠牲にしようとする手の主眼だが本手ではない。

12…Nxe5 13.dxe5 Rxe5 14.Nb5 Re7 15.Bxf6 gxf6

16.e4

 この2回目のポーン捨ては1回目の顔を立てるために必要である。16.Nd4 は 16…Qd7 17.Qd3 c5 18.Nf5 Re5 19.Bh3 Qc6 で明らかに黒が優勢である。

16…dxe4 17.Qg4+ Bg7 18.Rfd1

18…Qf8!

 18…Qc8 は 19.Qf4 で白が 20.Nxc7 と Nd6-f5 の捌きを狙ってくる。

19.Nd4

 Nxc7 または Rxc7 でポーンを取り返せば白は持ちこたえる可能性がある。しかしそれは白がそもそもこの変化に飛び込んだ意図とはほとんど相容れない。

19…Bc8 20.Qh4 f5

21.Nc6

 21.Bh3 には黒は 21…Bxd4 22.Rxd4 Be6 と応じそれでも 23.Qg5+ と来れば 23…Qg7 と合わせる。

21…Re8 22.Bh3 Bh6 23.Rc2 e3! 24.fxe3 Bxe3+ 25.Kh1 Be6

 狙いは 26…Qh6 によるクイーン交換である(27.Ne7+ Rxe7 28.Qxe7 Qxh3)。

26.Bg2 a5 27.Bf3 Kh8 28.Nd4 Rad8

29.Rxc7

 29.Qf6+ Qg7 30.Qxg7+ Kxg7 31.Nxe6+ fxe6 32.Rxc7+ Kg6 33.Re1 の後の収局は引き分けの可能性がいくらかある。

29…Bd5!

30.Re1

 ケレスとトルシュの研究によると 30.Bxd5 Rxd5 31.Rd3 Rd6 で 32…Re4 と 32…Rh6 を狙うのも[訳注 32.Nxf5 Rxd3 33.Qf6+ Kg8 34.Re7 でほぼ互角なので正着は 31…Bh6]、30.Rf1 Qd6 31.Nxf5 Bxf3+ 32.Rxf3 Qd1+ 33.Kg2 Rd2+ 34.Kh3 Rxh2+ 35.Kxh2 Qg1+ 36.Kh3 Qh1+ 37.Kg4 Rg8+ 38.Kh5 Rg5+

も黒の勝ちになる。

30…Qd6 31.Rc2 Re4 32.Bxe4 Bxe4+ 33.Qxe4 fxe4 34.Nf5 Qb4

35.Rxe3 Rd1+ 36.Kg2 Rd2+ 37.Rxd2 Qxd2+ 38.Kh3 Qf2! 39.Kg4 f6! 黒投了

(この章続く)

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カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

「ヒカルのチェス」(157)

「64」2009年8月号(2/2)

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米国選手権戦(続き)

GMアレクサンドル・オニシュク

白 H.ナカムラ
黒 B.アコビアン
フランス防御 [C11]

1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 Nf6 4.e5 Nfd7 5.f4 c5 6.Nf3 Nc6 7.Be3 a6 8.Qd2 b5 9.h4

 このポーン突きは一流の選手たちも早くから用いたがそれでもなかなか見られる手ではない。

9…cxd4 10.Nxd4 Nxd4 11.Bxd4 Bc5 12.h5 Qb6 13.O-O-O

13…O-O

 実戦の進行から考えれば黒は 13…Bxd4 14.Qxd4 Qxd4 15.Rxd4 と指した方が良かった。ここで 15…f6 16.exf6 Nxf6

も考えられる。遠くまで進んだh5のポーンは強い存在になるかもしれないし弱点になるかもしれない。

15.Bxc5 Nxc5 16.f5!

15…Qc7

 黒は他にどうしようもなかった。白には次のように黒キングの詰みを狙う二通りの攻撃策がある。15…b4 16.Na4 Nxa4 17.f6 または 15…h6 16.f6 b4 17.Na4 Nxa4 18.Rh4!

16.Re1

 この落ち着いた手はすべての狙いを保留している。

16…exf5 17.h6 g6 18.Nxd5 Qd8 19.Nf6+ Kh8 20.Qb4 Ne6 21.Rh3

 このルークの転進はみごとである。素晴らしいナイトと黒陣の多くの弱点のおかげで形勢は白がはっきり優勢である。

21…Bb7 22.Rd1 Qc7 23.Rd6

23…Be4

 客観的にはこの手は悪手である。しかしアコビアンはf6のナイトが単純に我慢できなくなった。23…Qc5 が最も論理にかなった手だがそのあと黒は次のようにあまり望ましくない収局になる。25.Qxc5 Nxc5 26.Rc3 Ne4(25…Rfc8 なら 26.g3)27.Rc7 Nxd6 28.exd6

24.Nxe4 fxe4 25.Qxe4 Rad8 26.Rhd3 Qe7 27.Qe3

 白は駒を組み換えた。白はポーン得で、駒の働きも良く、防御も万全である。

27…Kg8 28.Rxa6 Rxd3 29.Bxd3 Qb7 30.Rd6 Qxg2 31.Bxb5 g5 32.Rd1 Qh2 33.a4 Qxh6

34.a5 Qh2 35.Bd7 Nf4 36.b4 Kg7 37.a6 Qg2 38.b5 Rd8 39.Kb2 Qa8 40.Bc6 黒投了

 ナカムラに特有な自由奔放な指し回しの力強い試合だった。

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(この号終わり)

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チェス世界選手権争奪史(142)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第8局は引き分けになり第9局も同じだった。しかし第8局は布局がよく言われる「教科書」どおりに中盤まで良く知られた手順をたどったのに対し、第9局の布局はたたき合いとしか形容できなかった。

オランダ防御
白 ボトビニク
黒 ブロンシュテイン

1.d4 e6 2.c4 f5 3.g3 Nf6 4.Bg2 Be7 5.Nc3 O-O

6.d5(6.e3 なら 6…d6 でも 6…d5 でも互角の形勢になる。第1局で白番のボトビニクは 6.e3 と指し以下 6…d6 7.Nge2 c6 8.O-O e5 9.d5 Qe8 10.e4

と進み、ここで実戦の 10…Qh5 でなく 10…Na6! と指していれば黒が良かった。第22局はブロンシュテインの白番で 6.e3 d5 7.Nge2 c6 8.b3 Ne4! 9.O-O Nd7 10.Bb2 Ndf6 11.Qd3 g5!?

と進み難しい戦いになった。)6…Bb4! 7.Bd2 e5 8.e3 d6 9.Nge2 a6 10.Qc2 Qe8 =

11.f3(この手は明らかに e4 の準備であると共に …Ng4 や …Ne4 を防いでいる。11.O-O の方が良いとよく推奨されるが、あとになっても f3-e4 と指さなくても決まってそのあと白がどう指すかのヒントがない。)11…b5! 12.Qb3(12.cxb5 axb5 13.Qb3 Na6!)12…Bc5 13.cxb5

13…Bd7(この手も完全に成立するが 13…axb5 14.Qxb5-14.Nxb5 Qf7 15.Nbc3 c6-14…Qxb5 15.Nxb5 Nxd5 も同様である。)14.Na4!(14.bxa6 Nxa6 15.O-O f4 16.gxf4 exf4 17.Nxf4 Bxe3+ -+)

14…Ba7?(14…axb5! 15.Nxc5 dxc5 16.O-O! c4 17.Qc2 Nxd5 18.e4 fxe4 19.f4!

これでほぼいい勝負である。白はポーン損の代わりに攻勢に立っている。)15.b6

15…Bxa4(15…cxb6 16.Nxb6 Bxb6 17.Qxb6 Nxd5 18.Qxd6 は白がたった1ポーン得である。本譜の手は黒がルークの丸損になる。)16.b7 Bxb3 17.bxa8=Q Bb6 18.axb3 Qb5 19.Nc3 Qxb3

20.Rxa6(この手は必要なかった。20.O-O Qxb2 21.Ra2 Qb3 22.Rb1 Qc4 23.Bf1 で黒は完全なルーク損で投了する必要があるだろう。ある解説者が言ったように「さもないと面目をなくす」。しかし本譜の手でもまだ勝ちがある。)20…Nxa6 21.Qxa6 Nxd5

22.Qa4?(22.Nxd5! Qxd5 23.Ke2 f4 24.Qd3 +/-)22…Qxa4 23.Nxa4 Bxe3 24.Bf1?(24.Nc3!)24…Ra8

25.b3(25.Bc4 Rxa4! 26.Bxd5+ Kf8 で黒には 27…Ra1+ と 27…Bxd2+ 28.Kxd2 Rd4+ の二つの狙いがある[訳注 27.Bb3 で両方受かります]。本譜は黒が駒損の代償を完全に得てほぼ互角の収局である。)25…Bxd2+ 26.Kxd2 Kf8 27.Bd3 g6 28.Rc1 Rb8 29.Nc3 Nb4

30.Be2 Ra8 31.Na4 c6 32.Rc4 Rb8 33.Bd1 Ke7 34.Nb2 d5 35.Rh4 h5

36.g4 hxg4 37.fxg4 f4 38.g5 Rf8 39.Rh7+ Kd6 40.Rg7 e4 41.Rxg6+ Ke5

ここで指しかけになったが両選手は再開せずに引き分けに合意した。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(141)

第7章 ボトビニク時代(続き)

 第6局でブロンシュテインはまた主導権を握った。しかしボトビニクの防御手段は持ちこたえるのに適切だった。そのあと引き分けが明らかな局面になったがブロンシュテインはチェス史に残るポカを犯した。

 この局面でブロンシュテインは 57.Kc2?? と指したがボトビニクの 57…Kg3! を見て自分の誤りに気づき投了した。以下は 58.Ne6 e2 59.Kd2 Kf2 または 58.Kd1 Kf2 でポーンがクイーンに昇格する。半点を逃がしたことに明らかに動揺したブロンシュテインは第7局で精彩を欠きチャンピオンがリードを奪った。

(この章続く)

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世界のチェス雑誌から(62)

「British Chess Magazine」2009年12月号(1/3)

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世界ジュニア選手権戦

ジョン・ソーンダーズが大会の模様を報告しサム・コリンズが棋譜を解説する。

 今年の世界ジュニア(20歳以下)選手権戦の開催地は開会間近になってマルデルプラタからプエルト・マドリンに変更された。どちらもアルゼンチンの都市だが前者が首都に非常に近いのに対し後者は非常に遠い。ブエノスアイレスから900マイル(約1440キロ)ほど南にありほとんどの参加者にとってはさらに移動が必要だった。プエルト・マドリンは1860年代にパタゴニアに移住したウェールズ人たちによって建設された(「マドリン」とは古いウェールズ語で「狐」の意味である)。そしてまだウェールズと多くの関連がある。例えば地元の旗はアルゼンチンの水色と白色の縞の背景に赤いドラゴンが載っている。

 迷信深い人は父親がウェールズの血筋を引くデービド・ハウエルにとってこのようなことは吉兆だとみるかもしれない。昨年は勝てばこの名高いタイトルを勝ち取る二人目の英国人になる最終戦で破れた。しかし今年の選手権はもっと厳しいものになることが予想された。それは他の参加者をはるかにしのぐ最高レイティング2718の選手のマクシム・バシエ=ラグラーブの存在や、カールセンのように年齢制限のないタイトルにもうすぐ照準を定めようとしている者がいるためだった。有利な点はハウエルに2700超のレイティングのナイジェル・ショートが道中の協力者として付き添ったことだった。

 ハウエルの出だしは着実で2連勝の後4引き分けだった。それからもう2勝して首位へ近づいた。この時点で上位の成績はバシエ=ラグラーブとジカルコが6½/8で首位を並走し、ハウエル、イトゥリサガ、リー・チャオそしてポポフが6点で続いていた。第9回戦でハウエルはバシエ=ラグラーブと黒で対戦した。この重大な試合でハウエルはフランス選手のルイロペスに対して珍しいバード防御(3…Nd4)を用いた。しかしこの試みは裏目に出た。たちまち守勢に追い込まれて負けた。この敗戦にがっかりしたハウエルは次の2局も落として優勝争いから完全に脱落した。もっともその後の2局を勝って大会を終えた。

 バシエ=ラグラーブは堂々と進撃していったがねばり強いベラルーシ選手のセルゲイ・ジガルコをどうしても振り切ることができなかった。両者の成績は10½/13という非常に立派なもので実効レイティングは2800に近かった。順位判定の結果バシエ=ラグラーブの優勝と決まった。ハウエルには必ず来年がある。トニー・マイルズの1974年世界ジュニア選手権優勝の再現の可能性がもう1回残っている。

世界ジュニア選手権戦
プエルト・マドリン 2009年10月22日-11月3日
スイス式13回戦

1 マクシム・バシエ=ラグラーブ g フランス 2718 10½
2 セルゲイ・ジガルコ g ベラルーシ 2646 10½
3 ミハル・オルシェブスキー g ポーランド 2544 9
4 イワン・ポポフ g ロシア 2582 9
5 アレックス・レンダーマン m 米国 2542 9
6 ドミトリ・アンドレイキン g ロシア 2649
7 ユー・ヤンイー g 中国 2509
8 アベティク・グリゴリヤン g アルメニア 2515
9 ギオルギ・マルグベラシビリ m グルジア 2509
10 エドワルド・イトゥリサガ g ベトナム 2605 8
11 マクシム・ロートシュテイン g イスラエル 2623 8
12 リー・チャオ・B g 中国 2617 8
13 デービド・ハウエル g 英国 2624 8
14 ファルコ・ビンドリヒ g ドイツ 2516 8
15 ダニエーレ・ボカトゥーロ m イタリア 2510 8
16 ヨアン=ツリスティアン・チリラ g ルーマニア 2504 8
17 エムレ・カン m トルコ 2455 8

世界女子ジュニア選手権戦

1 スワミナータン・ソウミャ wg インド 2297
2 デイシ・コリ・テッヨ wm ペルー 2361
3 ベトゥル・セムレ・イルディズ wm トルコ 2224
4 シャオウェン・チャン wm 中国 2391 9
5 ミランダ・ミカゼ wm グルジア 2317

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(この号続く)

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チェス世界選手権争奪史(140)

第7章 ボトビニク時代

 FIDE主催の世界選手権戦として行われる初めての番勝負は1951年3月15日からモスクワのチャイコフスキー・ホールで始まった。これは巨大なコンサートホールだが満員になった。最初に12½を挙げた方が勝利者となる。24局終わっても互角ならばもちろんチャンピオンがタイトルを維持する。試合は金曜日、日曜日、火曜日に行なわれ、指しかけの試合の続きは翌日に行なわれる。持ち時間は最初の40手が2時間30分で以降は16手につき1時間である。

 番勝負を前にしてほとんどの人の関心の的の一つは「ボトビニクは番勝負でどんな結果を残すのだろうか」ということだった。彼はこれまでの2回の番勝負に勝ったことがなかったのだった。1933年のフロール戦、および1937年のレベンフィッシュ戦とも指し分けだった。しかしもちろん破れてもいなかった。ブロンシュテインはボレスラフスキーとの唯一の番勝負に勝っていた。そして二人とも互角の条件であることがすぐに明らかになった。最初の4局は引き分けだった。第5局でブロンシュテインが先勝した。

ニムゾインディアン防御
白 ボトビニク
黒 ブロンシュテイン

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nc3 Bb4 4.e3 O-O 5.Bd3 c5

6.Nf3 b6 7.O-O Bb7 8.Na4 cxd4 9.a3 Be7 10.exd4 Qc7

11.b4 Ng4 12.g3 f5 13.Nc3 a6 14.Re1 Nc6 15.Bf1 Nd8

16.Bf4 Bd6 17.Bxd6 Qxd6 18.Bg2 Nf7 19.c5 Qc7 20.Rac1 Rae8

21.Na4 b5 22.Nc3 f4 23.d5 fxg3 24.fxg3 exd5 25.Qd4 Nf6

26.Nh4 Re5 27.Rxe5 Qxe5 28.Qxe5 Nxe5 29.Nf5 Nc4 30.Rd1 Kh8

31.Re1 Nxa3 32.Nd6 Bc6 33.Ra1 Nc2 34.Rxa6 d4 35.Ncxb5 Bxg2

36.Kxg2 Ng4 37.Nf5 d3 38.Rd6 Rxf5 39.Rxd7 Nge3+ 黒投了

あと1手で詰む。

(この章続く)

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チェス世界選手権争奪史(139)

第6章 1948年の世界選手権競技会(続き)

 競技会の第2巡でボレスラフスキーは好調を持続したがケレスは勢いを失った。そしてコトフとの試合で乱戦の中で一度失着を出して思いがけない負けを喫した時脱落したことが明らかになった。最終戦でボレスラフスキーは早々と引き分けにして少なくとも同点1位が確定した。ケレスと対戦中のブロンシュテインだけが彼に並ぶ可能性があった。

ルイロペス
白 ブロンシュテイン
黒 ケレス

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 a6 4.Ba4 Nf6 5.O-O Be7 6.Re1 b5 7.Bb3 O-O 8.d4

 この手にはほとんど独自性がない。ここで指せばマーシャル・ギャンビット(8.c3 d5)を避けるいくつかの手段の一つにはなっている。しかしケレスは一度もマーシャル・ギャンビットを指したことがない。

8…d6

 8…Nxd4? は悪手で 9.Bxf7+ ! Kh8(9…Rxf7 10.Nxe5 Nc6 11.Nxf7 Kxf7 12.e5 Ne8 13.Qh5+ Kg8 14.Re3 +/-)

10.Nxe5 +/= となる。

9.c3 Bg4

 白が 8.c3 と指していたら 8…d6 のあともちろん 9.h3 で釘付けを防ぐ選択肢があった。白が永続的な主導権を維持するために 9.h3 と一手かける必要があるのかどうかは、それほど多く取り上げられるわけではないが、まだ結論の出ていない問題である。

10.h3

 白にはいくつか選択肢がある。Ⅰ10.d5 Na5 11.Bc2 c6 12.dxc6 Qc7! 13.Nbd2 Nxc6 14.Nf1 Rad8 15.h3 Be6 16.Ng5 d5! でねじりあいになる。

Ⅱ10.a4 Qd7! 11.d5 Na5 12.Bc2 c6 13.dxc6 Nxc6 14.h3 Bh5 15.Nbd2 Rac8! 16.Qe2 Nd4! で黒が優勢である。

Ⅲ10.Be3 は後で出てくる1962年ストックホルムでのフィッシャー対コルチノイ戦を参照。

10…Bxf3

11.Qxf3!?

 この手は新手だった。11.gxf3 は 11…Na5 12.Bc2 Nh5 13.f4! Nxf4 14.Bxf4 exf4 15.Qg4 Bh4 16.Qxf4 Qg5+

となって白が戦いに持ち込む機会のない局面になる(ボレスラフスキー対フロール、第17回全ソ連選手権戦、1949年)。

11…exd4 12.Qd1! dxc3 13.Nxc3 Na5 14.Bc2 Re8 15.f4 b4!

16.Nd5

 16.Ne2 は弱気の手で 16…d5 17.e5 Ne4 18.Bxe4 dxe4 19.Ng3 Bh4 =/+

16…Nxd5 17.Qxd5 c6 18.Qd3 g6 19.Kh1 Bf8 20.Rf1

20…Bg7?

 ボトビニクによると 20…d5! 21.e5 Nc4 22.b3 Na3 23.Bxa3 bxa3

で黒が少し優勢だった。

21.Bd2

21…c5

 ここでも 21…d5(22.Bxb4 Nc4)の方が戦える態勢だった。本譜の手で黒は …Nc6-d4 と捌くつもりである。

22.Ba4!

 その 22…Nc6 を防いだ。

22…Rf8 23.Rab1 Qb6 24.f5! Bd4 25.Qg3 Nc4 26.Bh6

26…Bg7

 26…Rfd8 には 27.Bb3! が強手で 27…Ne5 28.fxg6 hxg6 29.Rxf7!

で勝勢である。途中 27…d5 なら 28.Bxc4! dxc4 29.e5 から e6 となる[訳注 29…Qc7 で受かるようです]。黒の最善の受けは 26…Nxb2 で、一つの変化は 27.fxg6 hxg6(27…Nxa4 28.Rxf7!)28.Bb3 c4 29.Rxb2 Bxb2 30.Bxc4 d5 31.Bxd5 Rad8 32.Bxf8 Rxf8 33.Qb3 Be5 34.Bxf7+ Kg7

で白の1ポーン得はほとんど意味がない(クモッホの分析)。

27.Bxg7 Kxg7 28.f6+ Kh8 29.Qg5!

29…b3

 29…Qd8 なら白は 30.Rf4 Rg8 31.Rh4 Qf8 32.Rh6 から Qh4 で勝つ。

30.axb3 Qb4

31.bxc4

 31.Rf4 は 31…Qd2! でだめである[訳注 32.bxc4 または 32.Qh6 で白の勝勢のようです]。

31…Qxa4 32.Rf4 Qc2 33.Qh6! 黒投了

 4手詰みである。

 1950年コペンハーゲンでのFIDE総会でボレスラフスキーとブロンシュテインの12番勝負で優勝決定戦を行なうことが決められた。12局戦って同点ならばさらに2試合行ない、必要ならばさらにどちらかが最初に勝つまで1試合ずつ行なうことになった。息詰まるような14試合のあとブロンシュテインがボトビニクの最初の公式挑戦者として名乗りをあげた(最終結果はブロンシュテインの3勝2敗9分)。挑戦試合は翌年モスクワで24番勝負で行なわれることになった。

(この章終わり)

2010年03月02日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: チェス世界選手権争奪史

チェス布局の指し方[1]

第1章 展開と戦術

 チェスの布局は1局の中で白と黒が来るべき中盤戦の戦いのためにできるだけ有利に自分の駒を配置しようとする段階である。

1.1 展開

 駒を元の位置から前進させる過程は展開と呼ばれる。

 駒をどの地点に配置(または展開)するのが一番良いかを決める時には色々な要素を考慮しなければならない。駒をある地点に展開する唯一の理由が見え見えの戦術的な狙いのためというのは良い考えでないのが普通である。その狙いが相手の応手によって無効になってしまうと展開した駒は見当違いの地点にいることになり何の役にも立たない。一つの簡単な例はまったくの初心者がよく指す手である。1.e4 e5 の後 2.Qh5 は 3.Qxe5+ を狙った露骨な手であり、少し高級な 3.Bc4 から 4.Qxf7#(学者の詰み)の着想もある。黒は 2.Qh5 に対して 2…Nc6 と応じる(第1図)。

 図1(白番)

これでe5のポーンは守られていて黒は 3…Nf6 または 3…g6 から 4…Bg7 で白クイーンを当たりにして自分の展開を加速させることができる。

 対照的に、狙いを持ちながら駒を効果的な地点に展開するのは通常良い指し方である。このようにすれば相手はこちらの狙いに手をかけなければならないので「手得」(1手余計に指せること)するかもしれない。相手の応手が展開に役立たないならばこちらの直前の手はただで指せたことになる。だから「1手得をした」ことになる。相手の応手も展開にあたる手ならば何も得しなかったことになる。なぜなら両者とも1手ずつ展開の手を指したからである。しかしこの応酬でどちらも失ったものは何もない。

 例えば次の手順を考えてみよう。1.e4 Nf6(アリョーヒン防御)2.e5 Nd5 ここで白は 3.Bc4 と指せば黒のナイトに当たっているのでただで展開できるように思えるかもしれない。しかし黒が 3…Nb6 と引くと今度は白のビショップが当たりになっていて、3手目で「手得」した1手はビショップを引く4手目(4.Bb3 または 4.Be2)で返さなければならない。

(この章続く)

チェス世界選手権争奪史(138)

第6章 1948年の世界選手権競技会(続き)

 第1巡が終わったところでボレスラフスキーが6-3で首位にたちケレスに½点差をつけていた。若いブロンシュテインはスミスロフ戦の負けにより遅れをとっていた。

クイーン翼ギャンビット拒否
白 スミスロフ
黒 ブロンシュテイン

1.d4 d5 2.c4 c6 3.Nf3 Nf6 4.Nc3 e6 5.Bg5(この反メランギャンビットは1945年の米国対ソ連無線チェス対抗戦でボトビニクがアーノルド・デンカーに勝った有名な試合により流行した。11手目の解説を参照。)5…dxc4

6.e4(1951年の世界選手権戦第24局で白番のブロンシュテインはボトビニクに対し 6.a4 と指し次のように進んだ。6…Bb4 7.e4 c5 8.Bxc4 cxd4 9.Nxd4 h6(?) 10.Be3! Nxe4 11.O-O Nf6 12.Qf3 +/=

6…b5 7.e5 h6 8.Bh4 g5

9.Nxg5(局面は既に非常に難解になっている。実戦の手に加えて白には 9.exf6 と取る手もあり以下は 9…gxh4 10.Ne5! Qxf6 11.Be2 Nd7!

12.O-O-12.Nxc6 は 12…Bb7 13.Bf3 a6 14.O-O Bg7 で黒が優勢である-12…Nxe5 13.dxe5 Qxe5 14.Bf3 Qc7! =/+

また 9.Bg3 は 9…Nd5! 10.Nd2 Nd7 11.Nde4 Qa5 -/=

9…hxg5 10.Bxg5 Nbd7

11.g3(デンカー対ボトビニク戦は次のように進んだ。11.exf6 Bb7 12.Be2 Qb6 13.O-O O-O-O 14.a4 b4 15.Ne4 c5! 16.Qb1 Qc7 =/+

11…Bb7 12.Bg2

12…Rg8(1948年第16回全ソ連選手権戦のリリエンタール対コトフ戦では 12…Qb6 13.exf6 c5 14.dxc5 Bxc5 15.O-O O-O-O 16.Qe2 Bd4

と進みほぼ互角の形勢だった。ブロンシュテインの指した手は改良になっていない。)13.Bxf6 Nxf6 14.exf6 Qxf6 15.a4!

15…b4 16.Ne4 Qf5 17.Qe2 O-O-O 18.Qxc4 Bg7 19.Qxb4 Bxd4 20.O-O Qe5!

21.Kh1 a5 22.Qc4 Rh8

23.Rfe1(23.Rac1! Rd5 24.Nc3 Rc5 25.Qe2 Bxc3 26.Qxe5 +/=



23…Qh5?(23…Bxf2! 24.Nxf2 Qxg3 25.Ng4 Rdg8 26.Bxc6 Rxg4 27.Bxb7+ Kb8! 28.Qc8+! Rxc8 29.hxg3 Kxb7 30.Re3 Rc2 =/+

24.h4 Qg4 25.Qe2!

25…Qxe2 26.Rxe2 Kc7 27.Rc1 Rd5 28.Nc3 Rc5 29.Rec2 Kb6 30.Ne4 Rxc2 31.Rxc2 Rd8 32.Nd2!

32…Kc7 33.Nc4 Ra8 34.f4 f6 35.Kh2 e5 36.fxe5 fxe5 37.Be4

37…Bc8(37…c5 38.Bxb7 Kxb7 39.Kg2 +/-)38.Na3 Bd7 39.Nb5+ Kb6 40.Nxd4 exd4 41.Rc4 Rb8 42.b4!

42…Re8 43.bxa5+! Kc7 44.Rxd4 c5 45.Rc4 Bc6 46.Bxc6 Kxc6

47.h5 Kd5 48.Rc1 Re4 49.Kh3 Rxa4 50.h6 Rxa5 51.h7 Ra8 52.Kg4 Rh8 53.Rh1 c4 54.Kg5 c3 55.Kg6 c2 黒投了

(この章続く)

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