お楽しみチェス1の記事一覧

お楽しみチェス(1)

「Chess Life」1989年9月号(1/4)

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お楽しみチェス

GMアンディー・ソルティス

秘密はどのくらい秘密か
チェスの一つのやり方はいつも謎のままだった
閉じたドアの向こうでは何が行なわれているのか

 チェスが実際に指さない人たちを魅了するのは間違いない。その理由の一端はチェスでは普通とされることの多くが、指さない人にとっては奇妙で謎めいているからだと思う。我々にとっては当たり前のこと、例えば封じ手、12歳の神童、目隠しチェス、郵便チェスなどはほかの人にとっては驚きの的である。

 しかしチェスのある奇妙なやり方は我々すべてにとっても謎のままである。それは「秘密の番勝負」である。

 いつ閉じたドアの向こうで最初の番勝負が行なわれたかを言うのは困難である。それはたぶん今でもまだ秘密だろう。しかし強豪選手たちはだいぶ前から極秘の番勝負を行なってきた。それは通常は実戦の練習をすることだったり布局の新構想を試すためである。

 そのような番勝負の最初の一つは別の理由で秘密にされてきた。1908年1月にフランク・マーシャルとダビド・ヤノフスキーは、ヤノフスキーの後援者だったレオナルドゥス・ナルドゥスのフランスの邸宅に短週間雲隠れした。二人がそこでしていたことは、イギリスの雑誌『ザ・フィールド』が試合の棋譜を掲載するまで世の中に知られなかった。その番勝負はヤノフスキーが5勝3分け2敗で勝った。

 ではなぜ秘密にされていたのか。自宅にフランスの記者が押し寄せるのをナルドゥスが望まなかったためだ。

 このことから秘密の別の基準が浮かび上がる。つまり「秘密はどのくらい秘密か」ということだ。番勝負の詳細が何も明かされていない場合もある。あるいはごくわずかの情報が明るみに出ていることもある。例えば1972年の世界選手権戦のあとアナトリー・カルポフがうわさを認めたところでは、ボビー・フィッシャーの挑戦を受けるボリス・スパスキーの準備に役立つように番勝負の相手をしていた。そのときカルポフが結果について言ったことは「負けなかった」ということだけだった。

 選手の中にはそのような番勝負の目的が勝敗を争うことではなく自分の長所と短所を見つけることなら、結果をもらすことは恥ずべきことではなくても公正でないと言う者がいる。公にすることは番勝負を中途で打ち切る根拠になるとみなされてきた。

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2014年09月08日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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お楽しみチェス(2)

「Chess Life」1989年9月号(2/4)

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お楽しみチェス

GMアンディー・ソルティス

秘密はどのくらい秘密か
チェスの一つのやり方はいつも謎のままだった
閉じたドアの向こうでは何が行なわれているのか
(続き)

2ナイト防御 [C58]
白 アーノルド・デンカー
黒 サミュエル・レシェフスキー
番勝負、ニューヨーク、1948年

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bc4 Nf6 4.Ng5 d5 5.exd5 Na5 6.Bb5+ c6 7.dxc6 bxc6 8.Qf3 Qc7 9.Bd3 h6 10.Ne4 Nd5 11.Nbc3 Nf4 12.O-O Be7 13.Ng3! g6 14.Re1 O-O

 現代の布局の本でこの試合は見かけたことがないだろう。それらの本のほとんどが 9.Ba4 しか載せず、黒が優勢になると解説している。今日の本に見つからない理由は、レシェフスキーを来たるべき世界選手権大会に向けて準備させる一連の練習試合の最初だったからだ。

15.Bf1 Ne6 16.d3 Nd4 17.Qd1 Kh7 18.Nce2 Ne6 19.Qd2! Bg5 20.Qc3 Bf6 21.f4! Nb7 22.f5 Ng5 23.Qd2 gxf5 24.h4

 旧現米国チャンピオンたちはここからひどい時間不足に陥り駒が乱れ飛んだ。

24…Qb6+ 25.d4 f4 26.hxg5 Bxg5 27.Ne4 Bh4 28.g3 Rg8 29.Kh1 Bf5 30.Bg2 Rg4! 31.dxe5 Rag8 32.Nxf4 Bxg3 33.Nxg3 Rh4+! 34.Nh3 Rxg3 35.Re3 Rxe3 36.Qxe3 Qxe3 37.Bxe3 Bxh3 38.Bf2 Bxg2+ 39.Kxg2 Re4 40.Rd1! Na5 41.Rd7 Kg6 42.Rxa7? Nc4 43.a4 Rxe5 44.b4 Ne3+ 45.Bxe3 Rxe3 46.Ra6 Rc3 47.b5 Rxc2+ 48.Kf3 Kf5 49.b6 Rc3+ 50.Ke2 Rb3 51.a5 Rb2+ 52.Kd3 h5 53.Ra7 h4 54.Rxf7+ Kg6 55.Rf1 h3 56.Rh1 h2 57.Kc3 黒投了

 デンカーがレシェフスキーに真剣勝負で勝ったのはこれが初めてだった。そして第2局のグリューンフェルト防御でも勝った。そしてそこで番勝負は中止になった。第3局が始まる前にホーラス・ランサム・ビゲローが『ニューヨークポスト』紙の自分のコラムに第1局の棋譜を載せて、デンカーの回想では気落ちしていたレシェフスキーが公表されたことを理由に番勝負を中止させたためだった。

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2014年09月15日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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お楽しみチェス(3)

「Chess Life」1989年9月号(3/4)

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お楽しみチェス

GMアンディー・ソルティス

秘密はどのくらい秘密か
チェスの一つのやり方はいつも謎のままだった
閉じたドアの向こうでは何が行なわれているのか
(続き)

 ミハイル・ボトビニクはある重大な大会に秘密の番勝負で準備していたことを公にされたときにあっさりと認めた。その大会とは1941年のソ連絶対選手権戦で、ビャチェスラーフ・ラゴージンとそれもラジオをつけながら秘密の番勝負を行なっていた。のちの世界チャンピオンは前のソ連選手権戦で雑音に悩まされたので同じ失敗をしたくなかったからだと説明した。

 ボトビニクは厳しい規律を課した実戦訓練の一部として秘密対局を用いていた。彼はソ連のさまざまな選手を相手に最終的には150局以上をこなし、その中にはイリヤ・カン、ワシリー・スミスロフ、ユーリ・アベルバッハそれにセミョン・フルマンが含まれていた。

スラブ防御交換戦法 [D13]
白 GMティグラン・ぺトロシアン
黒 GMミハイル・ボトビニク
練習試合、1952年

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nf3 d5 4.Nc3 c6 5.cxd5 cxd5 6.Bf4 Nc6 7.e3 Nh5!? 8.Bg5 Qb6 9.a3 h6 10.Bh4 g5 11.Bg3 Nxg3 12.hxg3 Bg7 13.Bd3 Qd8 14.Nh2 h5

 ボトビニクは盤上で 7…Nh5 によるナイトの捌きを思いつき、のちの対局のために取っておいた。番勝負での着想のいくつかは長年秘密のままだった。例えば1947年にキング翼ギャンビットの黒側の着想を試したのは、1948年に行なわれる世界選手権戦でパウル・ケレスかルーベン・ファインがキング翼ギャンビットを指してくるのを恐れていたからだった。

 しかしファインは1948年のその大会に参加しなかったし、ケレスは参加したがギャンビットをやってこなかった。だからボトビニクがラゴージン相手の練習試合で思いついた新手は、5年たった1952年のソ連選手権戦でダビド・ブロンシュテインを粉砕するまで世に知られなかった。

15.Rc1 Bd7 16.Nb5 Kf8 17.Nf1 g4 18.Nd2 e5 19.Qb3 exd4 20.Nxd4 Nxd4 21.exd4 Qe7+ 22.Kd1 Bxd4 23.Rc7 Bb6 24.Re1 Qd6 25.Rxb7 Rh6 26.Bb5 Be6 27.f4? gxf3e.p. 28.Nxf3 Rc8 29.Ne5 Qc5 30.Rxf7+ Kg8 31.Rf3 Qc1+ 32.Ke2 Rc2+ 33.Kf1 Qd2

 そして白は 34.Be2 Qd4 のあと …Qg1# の詰みがあるので投了した。

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2014年12月19日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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お楽しみチェス(4)

「Chess Life」1989年9月号(4/4)

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お楽しみチェス

GMアンディー・ソルティス

秘密はどのくらい秘密か
チェスの一つのやり方はいつも謎のままだった
閉じたドアの向こうでは何が行なわれているのか
(続き)

 今日では秘密の番勝負の結果はもっと容易に知られている。そして両対局者は経験から得るものがあることを期待しているかもしれない。例えば1979年のインターゾーナルの頃ヤン・ティマンがレフ・ポルガエフスキーとの秘密の番勝負に4½-3½で勝ち、これとは別にロベルト・ヒューブナーがブラスティミル・ホルトに3½-2½で勝ったことは周知の事実だった。

 このような番勝負で誰がより得しただろうか。それを言うのは難しい。しかしビクトル・コルチノイはアナトリー・カルポフと1971年にカルポフの家で行なった秘密の6番勝負でカルポフが一番学んだと思うと明らかにしている。

フランス防御タラシュ戦法 [C07]
白 GMアナトリー・カルポフ
黒 GMビクトル・コルチノイ
練習試合、レニングラード、1971年

1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nd2 c5 4.Ngf3 Nc6 5.exd5 exd5 6.Bb5 Bd6 7.dxc5 Qe7+ 8.Qe2 Bxc5 9.Nb3 Bb6?

 黒は 9…Qxe2+ から 10…Bb6 と改善できるけれども、コルチノイは二度とこの戦型を経験してみようとしなかった。

10.Ne5! Kf8!? 11.Bf4 Qf6 12.Bg3 h5 13.h4 Nge7 14.O-O-O Nxe5 15.Bxe5 Qxf2 16.Bxg7+ Kxg7 17.Qxe7 Bf5 18.Qe5+ f6 19.Qe7+ Kg6

20.Rd2! Be3 21.Rf1 Bxd2+ 22.Nxd2 Qd4 23.Rxf5!! Kxf5 24.Bd3+ Kf4 25.Qd6+ Qe5 26.Qb4+ d4 27.Ne4! Kf5?

 27…Kg4 ならまだ勝負のあやがあった。カルポフはコルチノイ戦の最も華麗な勝ち方かもしれない手で勝負を決めた。

28.Qxb7 Kg4 29.Be2+ Kxh4 30.g3+ Kh3 31.Nf2+ Kh2 32.Qh1+ Kxg3 33.Ne4+ Kf4 Qf3#

 当時世界最年少グランドマスターの一人だったカルポフは、スパスキーとの秘密番勝負のようなほかの対局も行なった。最近スパスキーとの番勝負のことを聞かれてカルポフは、終わったあとスパスキーはボビー・フィッシャーと対決する用意が順調にいっていると感じているようだったと語った。

 そしてあの番勝負の結果は秘密でない。

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2014年12月26日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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お楽しみチェス(5)

「Chess Life」1989年10月号(1/4)

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お楽しみチェス

GMアンディー・ソルティス

不意を突かれた世界チャンピオン
中央試合とフラフープ、
どちらも長いこと流行していないがそれでもやってみる価値はある

 それほど遠くない昔のソ連対アルゼンチン戦で指された次の試合を考えてみる。黒は当時スーパースターの地位に駆け上がる間際だったが、この大会をすいすいと駆け抜け称号を持つ選手を次から次へと負かしていた。最終的には13-2という驚異的な成績をあげたが、本局に関しては少しラッキーだった。

中央試合 [C22]
白 NMフアン・ハセ
黒 GMアナトリー・カルポフ
オリンピアード、スコピエ、1972年

1.e4 e5 2.d4!? exd4 3.Qxd4 Nc6 4.Qe3

 次に起こることを考えれば、将来の世界チャンピオンの定跡の知識はこのあたりで突然終わったと言っても差支えない。たぶん 4…Nf6 と指すのが正しいことは知っていただろうが、5.e5 Ng4 6.Qe4 で乱戦になるのが心配になったのだろう。(この戦型は第一次世界大戦以前に黒が優勢になると研究されていた。6..d5! 7.exd6e.p. Be6 そして 8.dxc7 Qd1+! 9.Kxd1 Nxf2+ または 8.Ba6 Qxd6 9.Bxb7 Qb4+!)

 しかしどうして手の込んだことをするのか?中央試合は駄目な布局ということになっているのだから、黒がここですることは何でもかんでも良いはずだ。そうじゃないか?

4…d6? 5.Nc3 Nf6 6.Bd2 Be7 7.O-O-O O-O 8.Qg3! a6 9.f4 b5 10.e5! Nd7 11.Nf3 Rb8

 明白な悪手もないのにカルポフはかなりはっきり不利になった。白は 12.Be3 またはもっと積極的な 12.h4 から 13.Ng5 で優勢を拡大できる。このあと白の指し方におかしなところはあったが、それでも最後の局面まで白が優勢だった。

12.Nd5 Nc5 13.Be3 Ne4 14.Qe1 f5 15.h3 Be6 16.Rg1 Kh8 17.g4 dxe5 18.Nxe7 Qxe7 19.Nxe5 Nxe5 20.fxe5 Rbd8 21.Bd3 Bd5 引き分け

 布局の恐竜にしては悪くなかった。かつて世界の一流選手たちによって用いられた名誉から急激に転落したシステムはほかに考えにくい。中央試合はミハイル・チゴーリンにとっては打って付けの戦法で、これを用いてよく積極的な攻撃態勢を構築した。そして傑出した大局観指法の選手の一人のゲーザ・マローツィもこれを用いていた。しかし今日では中央試合は布局定跡の32ドルの本の中でほとんど脚注程度の評価しかされていない。

 これはもっと評価されてよいかもしれない。何といっても白は3手目で、現代の解説者によって +/= 記号を与えられるような広さの優位を得ているのだから。

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2015年01月30日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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