ヒカルのチェス3の記事一覧

「ヒカルのチェス」(251)

「Chess Life」2011年9月号(3/6)

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宿敵(続き)

見せ場と試合解説(マスターチェス7000を援用)(続き)

 次も2004年でワールドオープンでの面白い収局である。白番のナカムラが45手目を指すところである。

 44…b3

 二つの交換得にもかかわらず中央の黒駒が強力で黒ポーンも進攻しているので白が守勢である。まもなく白は陣形を改善する機会を逃し結局かろうじて引き分けに持ち込むことができた。

46.g4 hxg3e.p. 47.Kxg3

 46.h4! とパスポーンを突き進め黒に心配の種を与える方が強手だった。46…Nf5 なら 47.Kg4 で白の展望の方が少し良い。

46…Nd5 47.Kf3 Kb4 48.Ke4 c3! 49.bxc3+ Nxc3+ 50.Kd3 Nxa4 51.Rc4+ Ka3

52.Rxd4

 代わりに 52.Rxa4+ と取っても互角の局面である。

52…exd4 53.Kxd4 b2 54.Rxb2 合意の引き分け

 このあとの想定手順は 54…Nxb2 55.h4 Kb4 56.h5 Nc4 57.h6 Nd6 58.h7 Nf7 59.Ke3 Kb3 60.Kf4 a5 61.Kf5 a4 62.Kf6 Nh8 63.Kg7 a3 64.Kxh8 a2 65.Kg8

 2004年終わりの時点でシャバロフが3試合中唯一の勝ち星をあげ2点だった。それ以来引き分けはない!

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(この号続く)

2012年01月13日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(252)

「Chess Life」2011年9月号(4/6)

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宿敵(続き)

見せ場と試合解説(マスターチェス7000を援用)(続き)

 次の試合はシャバロフ戦でのナカムラの最もみごとな勝利である。舞台は2005年フォックスウッズオープンで、ナカムラが9戦し7½点で優勝した。

 白番のナカムラが21手目を指すところである。

 20…g5

 ナカムラは驚愕の 21.f4! を指した。黒にg列の開通をけしかけて白クイーンがキング翼に転回できるようにし、e1-h4の斜筋にビショップの引き場所も用意している。21…gxh4 と取ってくれば 22.Rxg8+ Nxg8 23.Qg2 Ng6 24.Bxf7

で決まる。シャバロフは 21…Ng6 と指し白は 22.Be1 と引いて黒クイーンへの直射攻撃と単に 23.fxg5 と取る手を狙った。試合は次のように進んで終わった。

22…Nxf4 23.Nd5! Qxe1+ 24.Rxe1 cxd5 25.exd5 Bb4 26.Rf1 Rge8 27.a3 Bd6 28.Qf5 N6h5 29.Rgg1 Kg7 30.h4 黒投了

「ヒカルはコンピュータのようだ・・・彼の読みには誤りがほとんどない。」-アレグザンダー・シャバロフ

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(この号続く)

2012年01月20日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(253)

「Chess Life」2011年9月号(5/6)

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宿敵(続き)

見せ場と試合解説(マスターチェス7000を援用)(続き)

 2005年以降の対戦成績は2-2でまったく互角である。2007年には3回対戦し3回とも黒が勝った。そのうちの2勝はシャバロフである。その2局をちょっと見てみよう。

 最初の対戦は4月のフォックスウッズ・オープンだった。この大会の優勝者はGMガータ・カームスキーだった。彼は9戦して7点をあげた4人のうちの一人で、GMズビアド・イゾリアとのブリッツによる優勝決定戦を制した。この大会で印象深いのは米国のジェシー・クラーイがナカムラとシャバロフに勝ち最後のグランドマスター基準を達成したことである。

 シャバロフが黒番の第4回戦で26手目でクイーンなしの面白い中盤戦になった。白の手番である。2007年7月号でシャバロフが全局を解説している。ここでは引用した彼の解説の部分を(シャ)で示してある。

 白の手番

 黒は双ビショップを持っているがすぐにはキャッスリングできない。白は次の手で正しく黒のビショップをg4の地点に来させないようにした。

27.f5!

 黒は白にe列を素通しにさせるf5でのポーン交換はしないで次のように指した。

27…Bd7

 ここでナカムラは単刀直入に 28.fxg6 fxg6 29.Rd6 でgポーンを当たりにしてポーン得することができた。29…Rg8 なら参考になる戦術があり 30.Nf4 Bc7 31.Rxg6 Rxg6 32.Nxg6 Kf7(ナイトを捕まえたようだが)に 33.Nf4! Bxf4 34.Rf1

でビショップを釘付けにしてポーン得のままになる。しかし黒は単に 29…Bg4 30.Rxg6 Rd8 で強い圧力をかけることができた。だから白が誘惑をこらえたのは賢明だった。そして次のように進んだ。

28.Nf4

 ここでは 28.Na4 という強手があった。28…Bf2 なら 29.Rh1 gxf5 30.Rdf1 で問題ないし 28…Bc7 でも 29.Nc5 でよい。

28…Bc7 29.Nce2

 ここは 29.Rf1 の方が優った。実戦のナイトの配置変えは黒に余裕を与えた。

29…Rg8 30.Nd3 b6

 この手はナイトをc5の地点に来させないようにしている。形勢は黒が優勢である。

31.Nef4 O-O-O 32.b4 Kb7 33.a3

 g6の地点でポーン同士を交換する方が一貫性がある。

33…Bc8 34.Kc2 gxf5 35.e5 Rd4!

 (シャ)『今や主導権は完全に黒の方にある。』

36.Re3 Rgd8 37.Rh1 a5!?

 (シャ)『白がポカも出さずあっさり負けもしないことにいらだって黒は少しポーンを与えて自分のビショップの動きを良くすることにした。』これはGMシャバロフによる洞察力の鋭い解説で、たぶん白の時間切迫によって影響された決断である。代わりに危険性の少ない強手は 37…Rc4+ から …Re4 である。

38.bxa5 b5

 38…c5 の方が強制力がある。

39.Nxh5 f4

 39…Bxa5 の方が簡明だった。

40.Ndxf4?

 (シャ)『どちらのナイトでポーンを取るかを決める時にヒカルは40秒ほど残っていた。そして今回は直感が誤っていた。正しい受けは直感とは相容れない 40.Nhxf4! だった。』シャバロフはさらにフリッツの分析によると 40…Bf5 41.Rf1 c5 42.Kc1! Bxd3 43.Rxd3 Rxd3 44.Nxd3 Rxd3 45.Rxf7

で互角であると言っている。そしてこうも付け加えている。(シャ)『対局中は Kc1 に気がつかなかった。これは典型的なコンピュータの手である。』しかし 42.Kc1 のあと黒はd3のナイトを取る必要はない。42…Rc4+ 43.Kb2 Bxa5 と指すことができまだ黒が優勢である。実戦は次のようにして終わった。

40…Bf5+ 41.Kb3 c5 42.Rc1 c4+ 43.Kb2 Bxa5 44.Ne2 Rd2+ 白投了

 (シャ)『45.Ka1 Bb6 の後白は大きな駒損をきっする。』

「近年はチェスだけに集中している。ずっと真剣になり始めたのは2007年で、それから成績の上昇傾向が始まった。」-ヒカル・ナカムラ

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(この号続く)

2012年01月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(254)

「Chess Life」2011年9月号(6/6)

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宿敵(続き)

見せ場と試合解説(マスターチェス7000を援用)(続き)

 米国選手権戦が翌月オクラホマ市で開催された。名局賞が9回戦の各回戦ごとに与えられ、シャバロフは第4回戦のナカムラ戦の勝利でそれを得た。これはシャバロフにとって制覇へのはずみとなり、(5-0の出だしから)7-2の成績で単独優勝した。次の局面はその対戦からで、白番のナカムラが33手目を指すところである。

 白の手番

 黒がこの試合で名局賞をもらったことは上述のとおりだが、実際このあと6手しか続かなかった。しかし私が最初にこの局面を見たとき、黒が本当にここでそんなに優勢なのかといぶかった。1972年のフィッシャー対スパスキー戦以来私は局面を分析し解説を並べてみるということを行なってきた。それで分かってきたことは解説で指摘されるべき手が指摘されていない、または指摘があっても不十分であることが実に多いということである。時には逃した機会が言及されていないので挙げられている主要な変化に論争の余地があると感じられることがある。例えばこの試合についてはオンラインで二通りの解説を見たことがある。そしてどちらもこれから私が示す変化を解説していなかった。そうするのはあら捜しをするためでなく、手段に富んだ受けの手を見て欲しいからである。GMロバート・バーンの言葉を引用すれば「ラスカーやシュタイニッツのみごとな受けは私を奮い立たせた。」

 試合は次のように続いた。

33.Rxf7 exd3 34.Rf1

 34.Rf2 の方が実戦に現われた戦術を阻止するのでもっと頑強な受けである。もっともそれでも黒が優勢である。34.Rxd7 は 34…d2 で黒の勝ちになる。

34…Rc4 35.Nc6

 35.Nf3 の方が強硬な受けだった。

35…d2 36.Ne7+ Kg7 37.Rd1 Kf7!

 ナイトが逃げれば …Bf5+ がある。

38.b3 Rc1+ 白投了

 これで黒の駒得になる。

 最初の図の局面に戻って白の最善手の 33.Rdd1 を検討してみよう。この手はどちらの解説でも取り上げられていたが私の考えでは不十分である。次の(A)と(B)はそれぞれの解説である。

 (A)33.Rdd1 Rxf1 34.Rxf1 Rc4 35.Nc6

35…Bxc6(35…e3 なら黒が優勢だが 36.b3 で白にもまだ引き分けの可能性がある)36.b3 Rc5 37.bxc6 Rxc6 38.Rf6! Kg7 39.Re6


これで白がポーンを取り戻す。

 (B)33.Rdd1 Rxf1 34.Rxf1 d5 35.Rc1

これは形勢互角である。白のナイトは理想的な地点にいて動くつもりはない。

 両者の最善の手順を見つけて局面の正しい評価に至ることは、私にとってチェスの一番の楽しみである。なぜならそれによって両対局者と解説者の読みと見落としの両方の評価が増すからである。

 宿敵関係はこれでシャバロフが2ヶ月で黒でナカムラを2回負かし2点リードした。しかしそのあとナカムラは2007年9月のマイアミオープンと2009年米国選手権戦でシチリア防御の戦型の2局を勝った。

 その2局は前述の中盤戦と収局の局面というより、難解な布局の戦法の分析になるのでこの記事の範囲を越えている。関心のある読者は http://www.chessgames.com で(他のサイトでもかまわないが)その2局を見つけるとよい。

「私が指したあと局面がもっと複雑化すればそれは試合が良い方向に向かっているということである。」-アレグザンダー・シャバロフ

対戦結果のまとめ 2004年から2009年まで8局対戦し両者とも3勝ずつあげ2局引き分けている。色別の結果も同じである。ナカムラは8局中5回白番だった。しかしナカムラは2010年の対戦で勝ち1点リードした。

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(この号終わり)

2012年02月03日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(255)

「Chess Life」2011年11月号(1/2)

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2011年米国オープン
レンダーマンが決定戦を制して優勝

オランダ防御 (A85)
FMカジム・グラマーリ (2438)
GMヒカル・ナカムラ (2848)
第112回米国オープン、第5回戦

1.d4 f5 2.c4 Nf6 3.Nc3 g6 4.h4 d6 5.h5!?

 西半球で最高のレイティングを持つ選手に対してやる気満々の指し方である。この戦法は「いす取り遊び戦法」として知られていると聞かされたが、私が当初考えていたよりも危険なようである。

5…Nxh5 Rxh5

 この手は過去5年間で80%というとんでもない勝率をあげている。誰か知っていた?

6…gxh5 7.e4

7…c6

 ユディット・ポルガーは2010年メキシコ国立自治大学での4強快速戦でトパロフを相手に 7…Be6 と指した。その試合は彼女が勝ったけれども、布局のあとの局面はあまり威張れたものではなかった。8.Be2 Bf7 9.Bxh5 Bxh5 10.Qxh5+ Kd7 11.Nf3 Qe8

これは快速戦だったけれどもトパロフがなぜf5のポーンを取って Qb5 と指さずに 12.Qh3 と指したのかまったく理解に苦しむ。

8.Qxh5+ Kd7 9.Qxf5+ Kc7 10.Qa5+ b6 11.Qa3

 この手は新手である。それまでの白はクイーンを他の地点に動かしていた。白は戦力損だけれども交換損の代償は明々白々である。白は中央が好形でポーンが1個多く、黒はキングが万全でない。

11…e5 12.Be3

 12.d5 で …c6-c5 突きを誘うのも一つの手段で、12…c5 13.Be3 Kb7 14.O-O-O のあと黒がクイーン翼の駒をどのように配置するのかは判然としない。

12…exd4 13.Bxd4 Rg8 14.O-O-O Kb7 15.g3 h5 16.Be3 Qf6 17.Qb3 Be6 18.Nge2

 黒はなんとか駒の一部を出すことができた。しかし困難はまだ残っている。白は駒を調和よく展開しd列に強い圧力をかけていて、まもなくヒカルのキングに襲いかかる用意ができている。

18…Nd7 19.Nd4 Bh6 20.Bxh6 Qxh6+ 21.Kb1 Ne5?!

 この試合はしょせん快速戦である。ヒカルが何を見損じたかかいもく分からないが、白の当然の応手のあとナイトが退却を余儀なくされる。

22.f4 Nd7 23.Nxc6!?

 ジョージアのFMは大胆にもナイトを切ってきた。ジョージアはアトランタのある州の方で(いつもと違って)国名の方ではない。23.Qa4 は 23…Rac8 24.f5(もうちょっと思い切った手は 24.Ndb5 cxb5 25.Nxb5 a5 26.Nxd6+ Kc7)24…Nc5(24…Bf7? は 25.Ndb5 で試合終了)25.Qa3 Bd7 26.b4

で大乱戦だがともかくも白が有利のはずである。

23…Nc5!

 これは実戦的な好判断である。黒はナイトには触らないで代わりに自分の駒を戦線に出して白の戦力を自分のキングから追い払うことに専念している。23…Kxc6(白に手段が豊富にあるときには切ってきた駒は取りにくい)24.f5(24.Nb5!? Nc5 25.Rxd6+ Kb7 26.Qd1 という攻撃も成立するようである)24…Nc5(24…Rxg3 25.Qa4+ Kb7 26.Rxd6 Rc8 27.fxe6 Nc5 28.Qd1

も可能で、白は駒割は互角になったが自陣が少し散漫になっている)25.Qc2!(コンピュータの好手)25…Bf7 26.b4

白の猛攻が続く。

24.Na5+ Kc8

 24…Kb8 25.Nc6+ はたぶんヒカルの読み筋ではない。

25.Qb5 Bd7

 そしてカジムはここで妙手を見逃した。

26.Nc6

 その妙手とは 26.Bh3!! である。26…Bxh3 27.Qc6+ Kb8 28.Rxd6 Qg7 29.Qd5!

黒はほとんどが Nc6 から生じる無数の狙いに対してまったく防ぎようがない。白にとって楽しい局面である。29…Rc8 30.Nc6+ Rxc6 31.Qxc6 Bd7 32.Qd5 Qxg3 33.Qe5 Kb7 34.b4

これで白が優勢のはずである。どの程度の優勢かは別の問題である。

26…Rxg3 27.Nd5 Qe6 28.b4 Qxe4+

29.Kc1??

 これは時間に追われての悪手ではないかと思う。カジムは手に汗を握るようなチェスを指してきた。しかしヒカルは手段を尽くして受け、相手の悪手を咎めるのに容赦しない。正着を見つけるのは非常に困難だった。29.Kb2 Kb7(29…Qe8! は闇試合に突入する。コンピュータは引き分けになると言うが両対局者ともおそらく残り5分未満[または少なくともカジムはそうだった]と考えられる。30.Nf6 Qe3[30…Bxc6 は 31.Nxe8 Bxb5 32.Nxd6+ Kb8 33.Nxb5

となって、黒のa8のルークがひどいので白は悪いわけがない]31.Nxd7 Qf2+ 32.Kb1 Ra3 33.Nxa7+ R3xa7[33…R8xa7 は 34.Nxb6+ Kd8 35.Rxd6+ Ke7 36.Nd5+! Kf7{36…Kxd6 は 37.bxc5+ Qxc5 38.Qe8

となって、チェスソフトのハウディニによれば明らかに引き分けである。すごい。}37.Rf6+ Kg7 38.Rg6+!! Kh7 39.Rh6+ Kxh6 40.Qc6+ Kh7 41.Nf6+ Kg7 42.Nxh5+

となって、黒はこの奇妙な永久チェックから逃れられない]34.Nxb6+ Kd8 35.a3! Rxa3 36.Rxd6+ Ke7 37.Rd7+ Nxd7 38.Qxd7+ Kf6 39.Qd6+

となって永久チェックがかかる)30.Na5+ Kb8(最善手は 30…Kc8 31.Nc6 で引き分けになる)31.Nc6+ Bxc6 32.Qxc6

黒は有効なチェックがないので負けになる。

29…Kb7 30.bxc5 Bxc6 31,Qb2 dxc5 白投了

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(この号続く)

2012年02月10日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(256)

「Chess Life」2011年11月号(2/2)

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2011年米国オープン
レンダーマンが決定戦を制して優勝
(続き)

ナカムラの真骨頂

 GMティムール・ガレエフが、最もわくわくさせる選手の一人による最もわくわくさせる試合の一つを解説する。

オランダ防御/レニングラードシステム (A87)
GMキダムビ・スンダララヤン(2530)
GMヒカル・ナカムラ (2848)
第112回米国オープン、第8回戦

 ナカムラが米国オープンで指した試合の中で特に精力的な1局である。

1.d4 f5 2.g3 Nf6 3.Bg2 g6 4.Nf3 Bg7 5.O-O O-O 6.b3 d6 7.Bb2 c6 8.c4 Qc7 9.Nbd2 Re8 10.Qc2 Na6

 これはレニングラードシステムでもかなり普通の局面である。両者とも調和のとれた展開をしている。黒は中央で …e7-e5 と突く用意ができている。

11.a3

 中央での仕掛けを防ぐ 11.c5 が機敏な先受けだが、白枡を弱めることにもなる。黒には次のように効果的な応手がある。11…Nb4! これでこのナイトが戦いに加われる。(11…Be6 は 12.a3 でこのナイトが身動きできない)12.Qc4+ Nbd5 13.Rac1 Kh8 この手の意味は白枡ビショップを展開したときに Nf3-g5 と来られてもg8の地点に引けるようにすることである。

11…e5 12.c5 e4!

 急に黒陣が広くなり駒が中央の最適な地点に着き始める

13.cxd6 Qxd6 14.Ne5 Be6 15.b4 Bd5 16.Ndc4 Qe6

 白がb2とg2に不良ビショップをかかえているので黒の優勢は確実である。白は防御においてはe5の地点に好形のナイトが陣取っている。黒はそれを見逃さずすぐに行動をおこす。

17.Bc1 Ng4! 18.Nxg4 Bxc4 19.Ne5 Bb3 20.Qc3 Ba4

 黒は白の中原を崩し、ここから自分のナイトを …Nc7-d5 で好所につかせる用意ができた。

21.g4?

 変化を考えるまでもなくこの手が良い手であるはずがないことは明らかである。白の駒はこの時点でまとまりがない。白は局面を開放に向かわせるがキング翼の防御をがたがたにする。白にとってもっと考えるべきことは世界最高の戦術派選手の一人と対戦しているということだった。ヒカルは現在の状況を気に入っていたはずだ。

21…fxg4 22.Bxe4 Nc7

 これは堅実で理にかなった着想である。攻撃を仕掛ける前に陣形を引き締めた。

23.f4?!

 白は見込みのない戦略を続けている。

23…gxf3e.p. 24.Qxf3 Nb5 25.Bb2 Nxd4

 黒は単純で理にかなった戦術でポーン得になった。

26.Bxd4 Bxe5 27.Bxe5 Qxe5 28.Qf7+ Kh8 29.Bd3 Re7 30.Qf6+ Qxf6 31.Rxf6 Rd8

 ヒカルは卓越した技量を見せつけ、少しある技術上の困難を克服して優勢を勝利に導く。

32.Raf1 Kg7 33.Bc4 Rdd7 34.Be6 Rd1 35.Bc4 Rxf1+ 36.Rxf1 a6!

 黒は …Bb5 を準備した。そうなれば白のe2とa3の弱点につけ込むのが容易になる。

37.Rf4 Bc2

 ヒカルはどういうわけか考えを変えた。

 38.Kf2 Be4 39.Ke3 Bd5+ 40.Kd3 g5 41.Rd4 Bxc4+ 42.Rxc4 Rd7+ 43.Ke3 h5 44.Kf3 Kf6 45.h3 Rd5 46.Rc3 Ke6 47.Re3+ Kd6

 両者のキングとルークが、攻撃または防御のためにどちらの翼に行けばもっと役に立つか決めるために見計らっている。黒は動きやすさのせいで狙いを作り出せるので明らかに局面を支配するようになる。

48.Re8 Rf5+ 49.Ke4 Rf4+ 50.Kd3 Rh4

 この巧妙な戦術で白がまた守勢になる。

51.Re3 a5!

 敵陣に二つ目の弱点を作った。

52.Kc3 axb4+ 53.axb4 b5 54.Rg3 Rc4+ 55.Kd2 Rxb4

 連結パスポーンで楽勝が約束される。

56.Rxg5 Rh4 57.Rg3 Kc5 58.Kd3 Rd4+ 59.Kc3 b4+ 60.Kb3 Kb5 61.Rg5+ c5 62.Rxh5 Re4 63.h4 Re3+ 64.Kc2 Rxe2+ 65.Kd3 Rh2 66.Rh8 c4+ 67.Kd4 c3 68.h5 c2 69.Rc8 b3 白投了

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(この号終わり)

2012年02月17日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(257)

「Chess」2011年11月号(1/1)

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サンパウロ/ビルバオ

ビルバオ 第6回戦
V.イワンチュク – H.ナカムラ

 この局面で両選手とも残り17手で既に時間に追われていた。

23.g5 Nh7

 23…Nxe4 は 24.Nxe4 Bxe4 25.Qxe4 Rac8 となって黒の難局のように見えるが、実際は持ちこたえているようである。

24.f6!? Ng6 25.fxg7+ Rxg7 26.Qxh6 Rd8 27.Bxg6 fxg6 28.Rf6 Qc8 29.Rh4 Bf7 30.Nd3

30…Kg8?

 30…Rxd3!? なら 31.cxd3 Qxc3 32.Bb4 Qxd3 となって黒が引き分けに逃げ込めそうである。

31.Bd6!

 イワンチュクがついにg7のルークを標的にして唯一の勝ち筋を見つけた。

31…e4?

 31…Re8 が最善の受けで、見えすいたわなに 32.Bxe5? と引っかかってくれれば 32…Rxe5 33.Nxe5 Qc5+ でe5のナイトが取れる。

32.Be5

 これで黒は見込みがなくなった。

32…Rd5 33.Rc6! Qf8

34.Bxg7

 自分にこれが見つけられるならイワンチュクも見つけると思うだろう。それが 34.Rc8! で、致命的なそらしである。しかし本譜の手でもやはり勝ちになる。

34…Qxg7 35.Rxe4 Rxg5+

36.Qxg5

 取るしかないが勝ちは変わりない。

36…Nxg5 37.Rc8+ Be8

 37…Qf8 なら 38.Rxf8+ Kxf8 39.Rg4 となって、この収局は黒が負ける。

38.Rcxd8+ Kh7 39.Rh4+ 1-0

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(この号終わり)

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「ヒカルのチェス」(258)

「Chess Life」2011年12月号(1/4)

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グランドスラム大会

カールセンが2011年大会で優勝

ナカムラがオレンジジュース一杯で可能性をつぶす

GMイアン・ロジャーズ


GMヒカル・ナカムラ「チェスで大切なのは楽しむこととわくわくするチェスを指すことだ。人は永遠に生きられないのでどの試合でも何か新しいことと創造的なことをするようにしている。」

 マグヌス・カールセンが決定戦でワシリー・イワンチュクを破り2011年グランドスラムチャンピオンになった。ヒカル・ナカムラはたったジュース一杯の差で同点3位になった。

 2011年グランドスラム最終戦は超一流6選手による2回戦総当たりの大会で、ブラジルのサンパウロとスペインのビルバオに分かれて開催された。第6回戦が終わったところで世界チャンピオンのビスワーナターン・アーナンドも世界第1位のカールセンもそしてナカムラも逃げ切りを図る首位のワシリー・イワンチュクにとても追いつけそうになかった。

 サッカーの得点方式(ビルバオ方式、勝ちは3点、引き分けは1点、負けは0点)が用いられていてイワンチュクは他の選手に6点(2勝)差をつけ、カールセンを除く全員に勝っていた。

 折り返し点でのブラジルからスペインへの試合会場の移動はきっと若い選手を利すると予想されていた。しかし42歳のイワンチュクはビルバオでの初戦で23歳のナカムラをきっちり負かし、サンパウロで拳銃強盗にあった痛手からも回復しているように思われた。

 しかしここがイワンチュクの絶頂だった。最下位のパコ・バリェホに負け、そのあとはカールセンとナカムラに差を詰められてきた。

 最終戦の前の回で衝撃的に大会の帰趨(きすう)が決まった。まず、アーナンドが世界第3位のレボン・アロニアンに2時間で惨敗した。これで世界チャンピオンの優勝の可能性がなくなった。

 次にカールセンは大会前半で早々とバリェホに番狂わせの負けを喫したあとまなじりを決してやっていかなければならなくなっていたが、イワンチュクを粉砕して彼と並んだ。

 ナカムラは前の回でアロニアンに勝っていたが、第1巡でかなり頑張ったようにバリェホを負かすことができれば首位に並ぶこともできたはずだった。

 不安定な序盤のあとナカムラ(黒番)は1ポーン得になった。そしてそれからたぶん生涯で最悪の愚行をしでかした。

 40.Ra1

 局面は極度の時間不足に陥っていたバリェホがちょうどルークをa1に引いたところで、5秒しか残っていなかった。

 ここでナカムラはスウェーデン人審判のアニル・スレンデルの方を見上げて「40手になったか?」と聞いた。審判はどちらにしろナカムラに教えることは許されないので何も言わなかった。もっとも彼は無意識にナカムラにとってうなづいたように解釈できる体の動きをした。

 規定手数に達したと納得したナカムラはオレンジジュースをコップに注ぎに行った。しかし彼が席を離れている間に45秒の残り時間は刻々と過ぎてなくなりバリェホの勝ちになった。

1-0 黒の時間切れ

 当然ナカムラは非常にあわてて正式な抗議を行なったが、すぐに大会の技術主任のフアン・カルロス・フェルナンデスによって却下された。

 ナカムラはあとでこれは今までで最も手痛い負けだとツイッターに書いた。ポーン得を勝ちに結び付けていたら最終戦を前に首位に並んでいただろう。しかしこれは自分の責任であることも認めていた。

 ナカムラが審判に聞いた時点でバリェホの時計は既に2番目の持ち時間を刻んで1時間15秒を示していた(バリェホが40手指したことを意味していた)。一方ナカムラの時計はまだ秒を刻んでいて1時間が追加されていなかった(ナカムラがまだ40手に達していないことを意味していた)。ナカムラが審判でなく両方の時計を見ていたら規定手数に達するためにもう1手指さなければならないことが容易に分かって、40…R1d7 から 41…Kg7 と指していただろう。それなら勝つ可能性があった。

 イワンチュクはアインシュタインの逸話で9回戦の記者会見を締めくくった。ナカムラは今日でもアインシュタインの引用が当てはまると分かるかもしれない。「無限なものは二つある。それは宇宙と人間の愚かさである。そして私は宇宙についてはあまり自信がない。」

グランドスラム最終戦
サンパウロ/ビルバオ
最終成績(勝ちは3点、引き分けは1点)
=1位 カールセン(ノルウェー)、イワンチュク(ウクライナ)15点
=3位 ナカムラ(米国)、アーナンド(インド)、アロニアン(アルメニア)12点
6位 バリェホ(スペイン)10点

グランドスラムとは何か
 グランドスラムは毎年開催される最強のグランドマスター大会のいくつかの協力で行なわれる企画である。
 2010-11年はベイクアーンゼー、リナレス、南京それにバズナが該当した。各大会の優勝者と主催者推薦の2名がサンパウロ/ビルバオに進出した。ただし2年連続してカールセンが複数のグランドスラム大会に優勝したので選出が混乱した。(リナレスでの「チェスのウィンブルドン」がスペインの経済危機によりキャンセルされたことが主催者の困難に輪をかけた。)
 ナカムラは世界の最強選手のほとんどを抑えて1月にベイクアーンゼーで優勝したことによりグランドスラム最終戦に進出した。

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(この号続く)

2012年03月02日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(259)

「Chess Life」2011年12月号(2/4)

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グランドスラム大会(続き)

 ナカムラの一番の好局は世界第3位とのマラソン収局の勝利だった。カパブランカにも匹敵する収局の技術だった。

グランドスラム最終戦、ビルバオ 第8回戦
クイーン翼ギャンビット拒否/準スラブ防御 [D31]
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2753、米国)
GMレボン・アロニアン(FIDE2807、アルメニア)

1.d4 d5 2.c4 e6 3.Nc3 Be7 4.cxd5 exd5 5.Bf4 c6 6.e3 Bf5 7.g4!?

 この積極果敢な手はボトビニクが1963年のペトロシアンとの世界選手権戦(防衛できなかったが)で採用してはやらせた。

7…Be6 8.h4 Nd7

 8…Bxh4?! は 9.Qb3 で黒が受け方に困る。

9.h5 Nh6 10.Be2 Nb6 11.Nh3 g5! 12.hxg6e.p. hxg6

13.Bg3?!

 ナカムラは対局後「布局はなんとも言えない。我々が独自の手を指し始めたのは20手を過ぎてからだった」と語ったが、実際は不注意な手順のために(13.f3 と指さなければならず 13…Bh4+ は14.Kd2 で怖くない)アロニアンに一撃が生じていたことに気づいていなかった。

13…Qd7?

 13…Nxg4! 14.Bxg4 Qd7! なら黒のポーン得になり白が代償を得るのに苦労しただろう。

14.Nf4 O-O-O 15.Nxe6 Qxe6 16.Rg1 Bd6 17.Qc2 Bxg3 18.Rxg3 f5 19.O-O-O! Nxg4 20.Bxg4 fxg4 21.Rdg1 Rh4 22.Qe2 Rf8 23.Nd1! Rf4! 24.Kd2!

 「布局からほとんどすぐに非常に奇妙な収局になった。Kd2-e1 は非常に変な動きだが悪い手ではない」とナカムラは言った。

24…Nc4+ 25.Ke1 Rf3 26.Rxf3 gxf3 27.Qxf3

27…Qf5?!

 ナカムラは「27…Qf5 の前までは黒の指せる局勢だった。コンピュータはたぶんまだ引き分けになると言うだろう。しかし人間には指すのがとても難しい」と言った。「重要な問題は代わりに 27…Qe7 と指せるかどうかということだ。28.Rxg6 Qb4+ 29.Nc3 のあと 29…Qxb2 と取れないので白がいいと思う。というのは 30.Rg8+ Kc7 31.Qg3+! で黒は 31…Kb6 が 32.Na4+ のために指せないからだ。しかし 28…Qb4+ の代わりに 28…Rxd4 が非常に面白い手だ。」[のちの分析で 29.Qg3! で白の勝ちになることが分かった-I.ロジャーズ]

 27…Qe7 が成立しないとなればアロニアンは 27…Nd6 に甘んじるべきだった。それならgポーンは当分は安全である。

28.Qg3 Rh6 29.b3! Nb6 30.Qg4!

 アロニアンは「この局面にすべきではなかった」と認めた。「30.Qg4 を見落としていた。しかし勝負の流れが変わってポカに戸惑っているときにはそういうことが起こるものだ。」

30…Nd7 31.Qxf5 gxf5 32.Nc3 Nf6 33.Ne2 Ng4 34.Nf4 Rh2 35.Nd3

 白にとってほとんど申し分のない収局である。白はゆっくりと陣形を改善していくことができ、黒はその間何もできない。f2の地点に対する黒の圧力は厄介だが、白は最終的にはキングをg3に置いて f2-f3 突きを狙うことにより黒ルークを退却させることができる。

35…Kd8

 黒は陣地を少し広げるためおよび/または白が進出してきたときポーンを交換するために 35…a5 と突くことが必要だった。

36.b4! Ke7 37.a4 b6 38.Ke2 Kd6 39.Kf3

39…a5?

 黒は時間切迫であわてた。これで白駒がc5の地点を使えるようになる。「引き分けのはずだった」とアロニアンは認めた。「しかし悪手をたくさん指して困惑していたので立ち直れなかった。そんな日もあると思う。」

40.bxa5 bxa5 41.Kg3! Kc7?! 42.Rc1

 これにより何も台無しになってはいないが 42.f3! Rd2 43.fxg4 Rxd3 44.g5!! Rxe3+ 45.Kf4

なら非常に速い勝ち方だった。

42…Rh7 43.Kf4 Re7

44.Rc2

 「あわてない」がこの試合のナカムラの方針である。44.Kxf5? Nxf2! がアロニアンの期待している類の事故である。

44…Re4+ 45.Kg5 Re8 46.Rb2

 白はまたしても冷静である。46.Kxf5 Rxe3!? 47.Ne5! Nxe5 48.fxe3 Nc4

でも白の勝ちには違いないが遅いかもしれない。

46…Rf8 47.Nc5 Kc8 48.Kf4 Rh8 49.f3

49…Nh2

 どうにでもしてくれという手だが、49…Nh6 は 50.Rh2 でルークとナイトが身動きが取れずその他の手ならfポーンがただで落ちる。

50.Rf2! Rh3 51.Nb3 Kc7 52.Nxa5 Kb6 53.Nb3 Ka6 54.Nc1 Ka5 55.Ne2 Kxa4 56.Ng1 Rh6 57.Kg3 Ng4 58.fxg4 fxg4

59.Rf5

 要注意!59.Kxg4? は 59…Rg6+ でやはり事故になる。

59…Rh1

 多くの観戦者はここでアロニアンの投了を期待していた。しかし翌日が休養日なので世界第3位は起こりそうもない大逆転を追求しても何も失うものはないと決めた。

60.Kg2 Rh4 61.Ne2 Kb5 62.Nf4 Rh8 63.Kg3 Rg8 64.Re5 Kc4 65.Re6 Kb5 66.Re7 Kb4 67.Nd3+ Kc3 68.Ne5 c5 69.dxc5 d4

 アロニアンの終わりの方の手は投了前の自爆に見える。しかし有名なアロニアンの見せかけに引っかからないようにナカムラが腰を落ち着けて10分考えたのは立派だった。

70.exd4 Kxd4 71.Nd7!

 71.c6? は 71…Kd5 72.c7 Rc8! で信じられないようなルーク+ナイト対ルークの引き分けの収局になる。

71…Rd8 72.c6

 72.Re6! Rxd7(72…Kd5 なら 73.Rd6+)73.Rd6+ の方がスマートな勝ち方だった。

72…Rc8

73.Re6!

 勝つにはこの手しかない。73.Ne5? は 73…Kd5! と応じられて急に …Kd6 が止められなくなる。例えば 74.Kf4 なら 74…Rf8+! 75.Kxg4 Kd6 である。

73…Rc7 74.Rd6+ Kc4 75.Kxg4 Kb5 76.Ne5

 ここまでくればあとは簡単である。

76…Rh7 77.Rd7 Rh8 78.Kf5 Kb6 79.Ke6 黒投了

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(この号続く)

2012年03月09日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(260)

「Chess Life」2011年12月号(3/4)

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グランドスラム大会(続き)

 イワンチュクの第6回戦でのナカムラ戦勝利は盤上と盤外の両方の意味で大会での驚嘆の出来事だった。

 不振に陥っても仕方がないのはイワンチュクだった。彼と妻はブラジルで空港行きのタクシーに乗りこんだときに銃を持った二人組みに金品を強奪されるという災難にあって遅れてビルバオに到着していた。

 イワンチュクは愛用の木製のチェス盤駒を取られたことを残念がったがそれ以外は動じていないようで「考えてみれば特に貴重なものは何もなかった」と言った(パスポートの入ったハンドバッグを取られた妻のオクサナはそうでもなかったようだった)。

 イワンチュクのナカムラとの試合はゆっくり進んで-きっと時差ぼけの影響だろう-すぐに二人とも時間に追われだした。ナカムラは弾丸チェス(持ち時間1分のチェス)で世界の第一人者と目されているのでこれは彼の思うつぼと思われたが、どたばたの中でイワンチュクに完全に圧倒された。イワンチュクは最後の10手を30秒で指しどの手も正確だった。ナカムラは「ああいうふうに終わったのは非常に残念だった」と言った。「二人ともポカを出さないようにしていたところで時間に追いまくられた。」

グランドスラム最終戦、ビルバオ 第6回戦
シチリア防御/カン戦法 [B43]
GMワシリー・イワンチュク(FIDE2765、ウクライナ)
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2753、米国)

1.e4 c5 2.Nf3 e6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 a6 5.Nc3 Qc7 6.Bd3 Nf6 7.f4!?

 白の最後の3手は個々には自然だが変わった構えで、ナカムラはすぐにつけ込もうとする。7.O-O なら普通である。

7…Bb4

8.Nb3!?

 イワンチュクが即興で指しているのは時間の使い方から明らかで、既に30分も使っていた(ナカムラもすぐに追いつくことになる)。本譜の手が普通でないのは(例えば 8.Bd2 なら普通)ポーンの犠牲を伴っているからではなく、白が普通はシチリア防御の 4…Qb6 5.Nb3 Qc7 という手順を経由してこの局面に至るからで、白が1手遅れている。

8…Bxc3+ 9.bxc3 d6 10.Ba3!

10…O-O

 10…Qxc3+ は危険すぎる。11.Qd2! Qc7(11…Qxd2+ は 12.Nxd2 d5 13.exd5 exd5 14.O-O で、a3のビショップが大威張りになる)12.O-O となって、ポーンの代償がいっぱいある。

11.Qd2

 なぜイワンチュクがここでcポーンを助けたかはまったく見当がつかない。というのは 11.O-O のあと白はすぐに Rf3 で間接的にこのポーンを守れるからである。しかしイワンチュクは満足していた。彼はあとで「布局はうまくいって攻撃の見通しが立った」と説明した。

11…Rd8 12.O-O Nc6 13.Rf3 b5 14.Rg3 Kh8 15.Rf1 Bb7 16.f5 Rg8 17.Qg5

17…e5?!

 イワンチュクはこの手に疑問を呈した。この手で自分の攻撃に歯止めがかからなくなったと考えている。彼の考えでは 17…exf5 18.Rxf5 で黒が指せるが、一番気にしていたのは 17…Ne5! だった。例えば 18.fxe6 なら 18…Nxe4! 19.Bxe4 Bxe4 となって彼は白がどう指したらよいか分からなかった。

18.Qh4 Ne7

 18…Nb8!? から …Nbd7 を目指すのは 19.Rh3 Nbd7 20.g4 で致命的に遅いように見える。しかしここで黒には 20…g5!!

という驚くべき(コンピュータの)手段がある。21.fxg6e.p. Rxg6 となれば 22.g5 には 22…Rxg5+ 23.Qxg5 Rg8 と応じることができる。

19.Rh3 d5

20.Nc5

 イワンチュクは中央で持ちこたえることができれば攻めきることができると確信していた。もっともはめ手含みの 20.Rff3!? で 20…dxe4 21.Qxh7+!! Nxh7 22.Rxh7+ Kxh7 23.Rh3# を期待するのはもっと直接的で、20…Rgc8 には実戦のように 21.Bxe7 Qxe7 22.g4 と応じる意図である。

 ケビン・スプラゲット推奨の 20.Bc1!? もかなり有望そうである。例えば 20…dxe4(20…Rgc8 には 21.g4! が強手で …h7-h6 という受けはc1のビショップために不可能になる)21.Bg5 Ned5 22.Bxe4 となれば黒はあっさりやられる。

20…dxe4 21.Bxe4 Bd5 22.g4!

22…h6

 ナカムラはこの手に残り時間の半分ほどを費やした。この手は1ポーンを犠牲にして白の攻撃を食い止める。22…Qb6 で 23.g5? Bxe4 24.gxf6 gxf6+ を期待するのは 23.Rf2 がぴったりした受けになる。

23.g5 Nh7 24.f6 Ng6 25.fxg7+ Rxg7 26.Qxh6 Rd8

 ここまででナカムラはブリッツ指しが始まっていたが、攻撃の第1波をしのぎ相応の反撃の機会があると当然ながら満足していた。しかしイワンチュクは最後の熟考をし、ナカムラを減速させる独創的な作戦を考え出した。

27.Bxg6 fxg6 28.Rf6! Qc8 29.Rh4! Bf7 30.Nd3

30…Kg8?

 ナカムラ「30…Rxd3! と取るつもりだったが 31.cxd3 Qxc3 32.Bb4 Qc1+ のあと白が 33.Kf2!(33.Rf1 は 33…Qe3+ で引き分けにしかならない)と指せると考えた。しかしもちろんこう指すべきだった。」

31.Bd6! e4

 31…Re8 の方がまだ見込みがあった。32.Bxe5? なら 32…Rxe5! 33.Nxe5 Qc5+ で良いが、32.Nxe5! なら白が優勢である。例えば 32…Qxc3 Qxg7+! でクイーンの代わりに望外に多くの駒が取れる。

32.Be5! Rd5 33.Rc6 Qf8

34.Bxg7

 早く詰ませる 34.Rc8! のような華麗な手を気にかける時間はなかった。

34…Qxg7 35.Rxe4 Rxg5+!

 いちかばちかの手でイワンチュクにはショックだったかもしれない。もっとも彼がクイーンを「捨てて」もまだ勝っていると読む間に時間切れになるほど長くはなかった。

36.Qxg5! Nxg5 37.Rc8+ Be8 38.Rcxe8+ Kh7 39.Rh4+ 黒時間切れ負け

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(この号続く)

2012年03月16日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(261)

「Chess Life」2011年12月号(4/4)

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グランドスラム大会(続き)

 ナカムラは世界チャンピオンをあと一歩のところまで追い詰めた。

グランドスラム最終戦、サンパウロ 第2回戦
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2753、米国)
GMビスワーナターン・アーナンド(FIDE2817、インド)

 24…Bxe5

25.Bxe5?

 ナカムラは手拍子でこの手を指しすぐに後悔した。彼は「5手前に 25.Bc6! は 25…Bd4 のためにうまくいかないと読んでいた。しかし 26.Bc7! を見落としていた」と認めた。「25…Bxg3 なら 26.hxg3 で完全に勝ちだった。」アーナンドはそれほど納得はしていなかった。もっとも 26…b4 27.Rxd7+ Rxd7 28.Qxd7+ Kf6 29.Ba4!

なら難しい受けが長く続いただろうと認めた。

 コンピュータの分析は人間では考えもつかない 25.Bc6 Kf6 26.Rxd7 Rxd7 27.Bxd7 Bxb2!!?

で黒がしのげるかもしれないと指摘した。28.Be8 には 28…Qe7 29.Qxb5 Bd4 と応じることができ 30.Qxc4 には 30…Bxf2+ が用意の手で、駒得だがポーンが片側だけにある収局なので白がおそらく勝てないだろう。

25…Qxe5 26.Bc6 Kf6 27.Bxd7 Qxb2

28.Rf1

 白はこの巧妙な手でまだ勝とうとしている。最下段の狙いとd列での釘付けのために白は得している駒をすぐには活用できない。28.h4 は 28…Qe5 で黒を安心させる。

28…c3 29.Qc7 Ra8

 アーナンドは 29…Rxd7 30.Qxd7 c2 31.Qd2 b4 32.f4

を掘り下げることに興味がなかった。「そのとき 32…g4 は 33.f5 でh6のポーンが浮いているので黒が危険そうである」とナカムラは言っていた。彼は「しかし 32…Kg6! で黒が大丈夫かもしれないと思った」と付け加えたがそれで正しいようである。

30.Bxe6!

 ナカムラがこの手を指したときアーナンドの顔にかすかな恐怖の色が浮かんだ。しかしすぐに落ち着きを取り戻した。

30…fxe6 31.f4

31…Ra1!

 このときまでにアーナンドはポーカーフェースに戻っていた。この手に費やした5分のほとんどは虚空を見つめていた。アーナンドは「31…g4!? と指すこともできると思った」とあとで説明した。「32.Qe5+ Ke7 33.f5 には 33…Ra1 がありそのあとキングをクイーン翼に逃がす。この方が安全だったようだ。完全に安全ではないが十分安全だ。勝つ手は分からなかった。単独のクイーンでは詰ませる手段がないと思った。もっともちょっと不安だった。」

32.fxg5+ Kxg5 33.Qg7+ Kh5

 今度は時間が刻々と減っていく間に感情を露わにするのはナカムラの番だった。絶好のチャンスをだめにした自分に対する失望と憤慨の混ぜ合わさったものだった。

34.Qf7+ Kg5

35.Qf6+

 アーナンドは「h4+ と突いてクイーンをg6に引ける手順は読んだ」と言った。「しかしそれでも Kh2 のとき …Rxf1 と取っておいて g3 はgポーンが釘付けになっているので突けない。」

35…Kh5 36.Qf7+ Kg5 37.Qg7+ Kh5 38.Qf7+ 引き分け

 そしてナカムラの残り時間がゼロになる6秒前に両対局者が引き分けの握手をした。「優勢な局面になるのはいいが、結局のところ問題はその結果だ」と落胆したナカムラは終局後言った。「もっとうまく指せる。」

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(この号終わり)

2012年03月23日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(262)

「Chess」2012年1月号(1/7)

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ミハイル・タリ記念大会

記 スティーブ・ギディンズ

 最終戦に入るときアロニアンは単独首位だった。カールセンに半点差をつけていて、二人とも最終局は黒番だった。アロニアンは「無名の男」こと「ネポ」と順当に引き分けた。一方カールセンが黒でナカムラを負かすことはほとんど予想されていなかった。しかしノルウェー選手はこの1年は米国選手にとって「天敵」のようになっていて、順当に予想を覆した。


終局が間近で(大会も)、ボデーランゲージからどういうことなのかが容易に想像がつく。カールセンは非常にリラックスしてナカムラは投了も考えている。

第9回戦
H.ナカムラ – M.カールセン
后印防御

1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nf3 b6

 「勝ちを目指して指す必要があった。クイーン翼インディアンは勝つために指すのには変な方法だが、少なくともクイーン翼ギャンビットよりは少し引き分けになりにくい。」(カールセン)

4.g3 Ba6 5.Qc2 Bb4+ 6.Bd2 Be7 7.Bg2

 「二人とも布局で何をやっているのかあまり分かっていなかったのではないか思う。」(カールセン)

7…c6 8.O-O d5 9.Ne5 Nfd7 10.cxd5 cxd5 11.Bf4 Nxe5 12.dxe5

 「これはある定跡手順に非常によく似ている。それは白が優勢とされているが対局中はとてもそう思えなかった。」(カールセン)

12…O-O 13.Rd1

 「ここでのまやかしの一つはもし 13.Nc3 なら 13…Nc6 14.Nxd5 Nd4 15.Nxe7+ Qxe7 でほぼ互角になることである。」(カールセン)16.Qa4 Nxe2+ 17.Kh1 Nxf4 18.Bxa8 Bxf1 19.Qxf4

「黒の方が少し良いかもしれない。」(カールセン)

13…Bb7

 これが最善手のようである。カールセンは 13…Nd7 を避けた。「とんでもない読み間違をしていなければ 13…Nd7 は 14.e4 Rc8 15.Nc3 d4 16.Rxd4 となって明らかに白が少し優勢な定跡手順のようになる。」(カールセン)

14.Nd2

 14.e4 は 14…d4 15.Nd2 d3 16.Qc3 Na6 となって「黒がうまくやっているように見える。」(カールセン)

14…Nc6

15.Nf3?

 「15.Nf3 が単なるポカなのかわざとポーンを見捨てたのか確信はなかったが、どちらにしても白は単に 15.h4 と指した方が良かったと思う。もっとも黒が比較的楽だと思う。」(カールセン)

15…g5!

 「自分が何か見落としているのかまたあまり確信がなかった。それでも 15…g5 と指さなければ自分のチェスが指せないと考えていた。だからそうやるしかなかった。実際白がどのように確かな代償を得ることができるのか分からない。」(カールセン)

16.Be3 g4 17.Nd4 Nxe5 18.Bh6 Re8 19.e4 Bc5

 「19…Bc5 が必要だったかは分からないが非常に魅力的な手だった。ここでは白は互角にしようとだけしている。」(カールセン)

20.Nb3

 20.exd5 は 20…Qf6 21.Bf4 Bxd5 22.Bxd5 exd5 で黒が良い。

20…Rc8

 20…Qf6 には 21.Nxc5 bxc5 22.Bf4 dxe4 23.Bxe4 Nf3+ 24.Kg2 Bxe4 25.Qxe4

「で白がほぼ問題ないと思う。」(カールセン)フリッツはそれでも 25…Qxb2 で黒の方が良いとしている。

21.Nxc5

 「この手は悪い。白はd5の方を取るべきだった。」(カールセン)しかし 21.exd5 のあとフリッツは 21…Bd6! 22.Qd2 exd5 23.Bxd5 Nf3+ 24.Bxf3 Bxf3

という返し技で黒が優勢になると指摘した。25.Qxd6?? には 25…Re1+! が要点である。

21…Rxc5 22.Qa4 Bc6 23.Qd4 Qf6 24.Bf4 dxe4 25.Bxe4

 「もちろんここではもう黒がほとんど勝勢である。」(カールセン)

25…Nf3+

 25…Bxe4 なら 26.Qxe4 Nf3+ 27.Kg2 Qf5 となる。「しかしf3の地点にナイトよりもビショップを残す方が良いと思った。」(カールセン)

26.Bxf3 Qxd4

 26…e5 は「白が間違えてくれれば面白いことになる。」(カールセン)しかし 26.Bxc6 exd4 27.Bxe8 で白が優勢である。「これがなければ 26…e5 は非常に良い手になるところだった。」(カールセン)

27.Rxd4 Bxf3 28.Rd7

 「黒はもう技術的に勝ちである。」(カールセン)

28…Rd5

 「この手はそれほど自信がなかった。」(カールセン)しかしあとで彼は「28…Rd5 でほぼ一本道で勝ちだと思った」と言った。28…e5 は 29.Be3 Rd5 30.Rxd5 Bxd5 となり「黒が勝勢だと思う」(カールセン)

29.Rxd5 exd5

 異色ビショップはどうなのか?「こちらがポーン得で主導権もある。もちろん異色ビショップは問題だが白は持ちこたえられないと思った。」(カールセン)

30.Be3 Re4 31.Re1 d4 32.Bd2 Rxe1+ 33.Bxe1 Be2

 ルーク同士の交換は少し怖そうだ。つまりパスポーンが1個しかなくもう1個も作れそうにないので、純粋の異色ビショップ収局のように引き分けになりそうだからである。しかしカールセンが指摘したように「白キングは閉じ込められている」ので白の困難に輪をかけている。

34.f4

 「これしかチャンスはない。」

34…gxf3e.p. 35.Bf2 d3 36.Be1 Kg7 37.Kf2 Kf6 38.Ke3 Kf5

39.h3

 カールセンによるとこう指す必要がある。39.h4 は 39…Kg4 40.Kf2 Bd1 41.Bd2 Bc2 42.Bf4 Bb1 43.a3 b5 44.Bd2 Bc2 45.Be3 a6 46.Bd2 Bb3 47.Bf4 Bd5 48.Bd2 Be4 49.Be3 Kf5

となって黒キングがクイーン翼に侵入する。「それで勝勢だと思った。」(カールセン)

39…h5 40.Bd2 Bf1 41.Be1

 41.h4 は黒キングをg4の地点に侵入させる。また 41.Kxf3 は 41…Bxh3 42.Ke3 Bf1 43.Kf2 Be2

となって「黒にとってまったく自明である。」(カールセン)44.Ke3 Kg4 45.Kf2「白の助かる可能性は全然ない。」(カールセン)

41…Bxh3 42.Kxd3

 42.Kxf3 は 42…Bf1 43.Bd2 Be2+ 44.Kf2 Kg4 となって前の変化と同様である。

42…Bf1+ 43.Ke3 Kg4 44.Kf2 Bb5

 「クイーン翼のポーンはどれも交換させたくなかった。」(カールセン)

45.Bc3 Bc6 46.Be5 b5 47.Bb8 a6 48.Bc7 f5 49.b3?!

 「黒にとっては完全に自明になった。」(カールセン)しかしいずれにしてもここでは白にしのぎはない。49.a3 は 49…Bd7 50.Bd6 f4! 51.gxf4 Bf5!

となってhポーンで勝負がつく。例えば 52.Bc5 Kxf4 53.Kg1 h4 54.Bf2 h3 55.Kh2 Ke4 56.Kg3 Bg4

で白の負けになる。

49…Bd5 50.Bd6 f4!

 これは前と同じ狙い筋である。hポーンをパスポーンにするのは堤を崩す蟻の穴である。

51.gxf4 h4 52.f5 Kxf5 53.Ke3

 53.a4 は 53…Bxb3 54.axb5 axb5 55.Kxf3 Bd5+ となって2ポーンの間隔が広すぎる。

53…Kg4 54.Kf2 h3 55.Ke3 Be4 56.Kf2 Bb1 57.a3

 57.a4 なら 57…b4 58.a5 Be4 59.Kg1 Bd5 で黒の勝ちになる。

57…Ba2 58.b4 Bf7 0-1

 黒キングはクイーン翼に進軍してa3のポーンを取ることができる。

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(この号続く)

2012年03月30日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(263)

「Chess」2012年1月号(2/7)

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ミハイル・タリ記念大会(続き)

 ナカムラの最下位は彼の大望にとって大きな打撃だった。際立っていたのは3敗のどれも白番だったことだ。一流選手には予想できないことで、特にカスパロフと研究しているからにはなおさらだった。そもそも彼の布局の指し方は時に奇異に見えることがあった。

第7回戦
H.ナカムラ – V.イワンチュク
グリューンフェルト防御

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 d5 4.Bf4 Bg7 5.e3 O-O 6.Rc1 dxc4 7.Bxc4 Nbd7

8.Nb5

 ナカムラのこの着想は非常に異様である。イワンチュクの記憶によると2002年快速でのカルポフ対カスパロフ戦では 8.Nf3 が指されている。

8…c6 9.Bc7

 9.Nc7 は 9…Rb8 10.Bxf7+ Rxf7 11.Ne6 Qa5+ で黒の勝ちになる。

9…Qe8 10.Nc3 e5

11.dxe5

 白はおそらく 11.Bd6 と指すべきだった。それがビショップのc7出撃の顔を立てる唯一の手のようである。11…exd4 12.Bxf8 のあと 12…Kxf8 13.Qxd4 Ne4 14.Qd1 が対局後イワンチュクの示した手だった。11.Nf3 は 11…exd4 12.Nxd4 Ne5 13.Bb3 Qe7 で黒が非常に指しやすい。イワンチュクの 12…Kxf8 の代わりに 12…dxc3 と指すこともでき 13.Bxg7 cxb2 14.Rb1 Kxg7 15.Rxb2 となればほぼ互角である。また 12…Qxf8 なら 13.Qxd4 Nc5 14.Qh4 b5 15.Be2 b4 16.Nd1 Nce4(マルコム・ペイン説)で黒が有望そうに見える。

11…Nxe5 12.Be2 Bf5 13.Nf3 Nxf3+

 13…Ne4 と指すこともできる。

14.Bxf3 Rc8 15.Bg3 Ne4

16.Bxe4

 16.Nxe4 と取るのは 16…Bxe4 17.Bxe4 Qxe4 18.O-O Rfd8 となって黒のビショップの方が白のビショップより断然優っている。

16…Bxe4 17.O-O Rd8

 双ビショップとクイーン翼の多数派ポーンにより黒がはっきり優勢である。

18.Qa4 Bd3 19.Rfd1 b5!?

 この手は白を大きく圧迫することになり面白い。

20.Qa5

 黒の読み筋は 20.Qxa7 b4 21.Na4 Bc2 22.Rxd8 Qxd8 23.b3 Qd2 24.Rf1 Bd3 25.Qd7 Bc3

という変化にあり、黒の勝勢になる。

20…Rd7 21.Rd2 Qe7

 21…Qd8 でも 22.Qxd8 Rfxd8 23.Rcd1 Bf5 24.Rxd7 Rxd7 25.Rxd7 Bxd7 26.Bd6 a5

でやはり黒が明らかに優勢である。

22.Rcd1 Rfd8 23.a3 h5 24.h3 h4

25.Bh2

 25.Bc7 なら 25…Rxc7 26.Rxd3 Rxd3 27.Rxd3 Rd7 28.Rxd7 Qxd7 で実戦と似た局面になる。

25…Kh7

 このあたりではどちらも残り時間が数分程度になっていた。

26.Bc7

 26.e4 なら 26…Bh6 27.f4 g5 が面白い手で黒が優勢である。

26…Rxc7 27.Rxd3 Rxd3 28.Rxd3

28…Bf6

 イワンチュクは 28…Rd7 29.Rxd7 Qxd7 30.Qb4 が気に入らなかったが、30…Qd2 31.Qxh4+ Kg8 32.Ne4 Qd1+ 33.Kh2 Be5+ 34.g3 Bxb2 35.Qe7 Qd5

となれば黒がやはり優勢である。

29.Rd2?!

 ここは 29.Qb4 Qxb4 30.axb4 に賭けてみるしかなかったが時間切迫時には手を決めすぎるということもある(ハンガリーのGMの故ギデオン・バルツァは時間が少ないときには絶対駒を交換するなとつねづね言っていた)。29.Nd1 Rd7 30.Qd2 はここでの受け方を示唆したヤッサー・セイラワンの手だが、30…Rxd3 31.Qxd3 Kg7 で黒が優勢を保持する。

29…Rd7 30.Rc2

 この手は完全に悪手のように見えるが、ここではもう白陣はどうしようもなくなっていて、他の手も大同小異のようである。

30…Qe6 31.Qb4 a5!

32.Qf4

 32.Qxa5 なら 32…Qb3 33.Re2 Rd3 34.Ne4 Be5! で黒が勝つ。また 32.Qg4 なら 32…Qxg4 33.hxg4 でよい。

32…Kg7 33.Rc1 a4

 もう明らかに勝勢なのでイワンチュクは残りについては何も語らなかった。黒の自家薬篭中の物になっている。

34.Qb4 Rd3 35.Rc2 Qb3

 黒はもう終わりまで読みきっている。

36.Qxb3 axb3 37.Rc1 Bxc3 38.bxc3 c5

 黒は華麗な方の終局を目指した。38…b2 39.Rb1 Rd2 でも黒の勝ちである。

39.Kf1 c4 40.Ke2 Rxc3 0-1

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(この号続く)

2012年04月06日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(264)

「Chess」2012年1月号(3/7)

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第3回ロンドンチェスクラシック

クラムニクが優勝、ナカムラとマクシェーンが活躍


大会前の記者会見で勢ぞろいした出場者。左から右へデイビド・ハウエル、ルーク・マクシェーン、ミッキー・アダムズ、レボン・アロニアン、ビシー・アーナンド、マルコム・ペイン(大会委員長)、マグヌス・カールセン、ウラジーミル・クラムニク、ヒカル・ナカムラ、ナイジェル・ショート

剣によって生きる

ヒカル・ナカムラ
成績 2位
国 米国
年齢 24歳
レイティング 2758
開始順位 5位


ナカムラの「剣によって生き剣によって死ぬ」戦略は功を奏した

 ヒカル・ナカムラはコーチのガリー・カスパロフと決別したようだといううわさが飛び交う中、大会にやって来た。この師弟関係は前回のこの大会での出会いの結果出来上がった。もっともタタ製鉄ベイクアーンゼー大会での初優勝のあと数ヶ月たつまで公表されなかった。

 性格および/または研究手法の不一致を疑うべきだろう。カスパロフは自分を政治的には反体制派、チェス界では反逆児とみなしているかもしれない。しかし自分のチェスの教育に関しては彼は本流たるソ連のチェス体制の申し子であり、厳格な監督に違いない。

 カスパロフの最も傑出した才能の一つは猛烈な研究をやってのける能力である。それ自体感受性の強い年齢のときにソ連チェスの創始者のミハイル・ボトビニクの薫陶を受けた結果である。彼が1年ほどマグヌス・カールセンのコーチを務めたがやはり解消になったのも何かを示唆しているのかもしれない。正確な理由は分からないし友好的な解消だったようだが、カスパロフの推奨する研究体制がカールセンには厳格すぎたのかもしれない。カールセンは研究を自室よりも実戦で行なう方が好きである。

 似たようなことがカスパロフとナカムラの師弟関係にも起こったようで、青年のナカムラはロンドン大会の解説室で内情をかなり漏らした。ダニエル・キングとの話でナカムラはカスパロフとの研究は布局の準備では有益だったが他の面ではそうでもなかったと語った。中盤と収局についてはナカムラは「彼よりもうまい選手が他にいることは確実だが、彼は布局から優勢を得ることができてそれが彼の主たる強みになっていた」と言った。

 しかしこれらの盤外の問題はいずれもナカムラの試合に影響しなかったようである。それどころか今大会でこれまでよりも良い成績をあげた。4勝のうち2勝は2800台の首で、そのうちの一つは世界チャンピオンのビシー・アーナンドだった。彼は何十年ぶりかで現世界チャンピオンを破った米国選手になった。唯一の玉にきずは今や常習化したマグヌス・カールセン戦の負けだった。しかしこの傾向もフィッシャーがついにはスパスキーとの相性の悪さを解決したようにいつか変わるかもしれない。米国は彼のことを誇りにしてよいし、大西洋の向こうの有力者たちは彼の世界選手権への道を容易にする方法について真剣に考え始めなければならない。一つの方法としては、挑戦者決定競技会の主催国は出場者を一人選ぶ権利があるので次のその大会を招致することである。

 ナカムラはレボン・アロニアンとの第2回戦で初勝利をあげた。試合は布局から難解な戦いになった。アロニアンは交換損をして2ポーンを得た。見方によっては優勢だが磐石とはほど遠かった。そしてまもなくアルメニアのGMは優勢を確実なものにしようとして時間をほとんど使い切り、それの方が重要な要因になった。

 ナカムラはまず余分のポーンをせき止めついにはポーン損を1個に減らした。そして制限時間になるまでのどたばたでアロニアンの残りのパスポーンも包囲した。

 ヒカルは第3回戦でカールセンに負けたあとは非常に落ち込んでいた。しかし巻き返しの第一弾は解説室に顔を出すことだった。それはスポーツマンらしい行為で観戦者に高く評価された。翌日黒番でビシー・アーナンドを破ったあとほのめかしたようにこの時点で試合の作戦を変えたことがうかがえる。状況を考えればこれは快挙と呼べるものである。対戦相手は4戦連続となる2800超だった(大会でこうなったのは二人目にすぎない。モスクワの大会でのイワンチュクが最初である)。そして今回の相手は世界チャンピオンだった。

 ヒカルの最初の勇気の見せ所は王印防御を持ち出すことだった。試合は主流手順のクラシカルの戦型になった。これはお互い反対翼で攻撃することになる。黒の観点からは問題は白がしばしば中央も支配することで、ここでもそうなった。黒はキング翼でポーンが強圧的になったにもかかわらず、白駒が空所を占拠するので黒駒は自陣の1、2段目にへばりつくことが多かった。ヒカルの対局後のツイートは巧みに要約していた。「剣によって生きる者は剣によって死ぬ。心臓麻痺で死ぬ前に王印防御のこのような試合を何局指せるのだろうか」王印防御を指す選手みんなにかかわることだ。

 ビシー・アーナンドはすぐに大優勢になった。しかし王印防御のこの戦型の局面は制御が難しいことで定評がある。白が指し手を1手誤ると黒を監獄から出してしまう。それだけでなくその結果の局面の要素には黒の有利となるものが多い。これはギャンブラーの布局だが実戦では勝ち目は悪くない。黒の観点から見てナカムラは次のように総括した。「攻撃してうまくいくものならばうまくいくし、うまくいかないものならばひどい負け方をして愚か者のように見える。正着を見つける負担はすべてビシーの方にある。」

 とうとうビシーは間違えて形勢は逆転した。黒が勝つのはまだ非常に困難だったがヒカルはやるべきことに専念し得点をもぎ取った。4人の2800超との4日間の頂上対戦はようやく終わり1点勝ち越した。彼は見るからに高揚していて、前日に逆境時の彼の勇気と誠実さにひかれた解説室の観戦者たちは彼を大歓迎した。「昨日マグヌスに負けたあとこんな気分になっていた。何かわくわくするようなのを指してみたい気がして、勝とうが負けようが全然気にしなかった。だから運にまかせてやってみた。」この感情の決断を打ち明けるヒカルはとても好感が持てた。彼は選手の中の選手だ。

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(この号続く)

「ヒカルのチェス」(265)

「Chess」2012年1月号(4/7)

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第3回ロンドンチェスクラシック(続き)


アーナンド(右)対ナカムラ戦はおそらく大会随一の面白い試合だった

第4回戦
V.アーナンド – H.ナカムラ
王印防御

1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4 d6 5.Nf3 O-O 6.Be2 e5 7.O-O Nc6 8.d5 Ne7 9.b4 Ne8 10.c5 f5 11.Nd2 Nf6 12.a4

12…g5

 この手は手損になるので 12…f4 か 12…Rf7 の方が普通である。

13.Nc4 h6

 前手が誤りである理由は黒がここで 13…h6 と指さなければならないからで、…h7-h5 と1手で突きたいところを2手かけて突くことになる。

14.f3 f4 15.Ba3 Ng6 16.b5

16…dxc5

 王印防御のここでの通常の手は連鎖ポーンの土台を守る 16…Ne8 であり、c5のポーンをとるのは大きな譲歩である。16…Ne8 のあと1963年のスミスロフ対チョクルテア戦では 17.a5 Rf7 18.b6 axb6 19.axb6 cxb6 20.Nxb6 Rb8 21.Nb5 から引き分けに終わった。

17.Bxc5 Rf7 18.a5 h5 19.b6

 白の作戦はクイーン翼の黒枡をすべて軟弱にしてそこを侵入の乗降口にすることである。

19…g4 20.Nb5 cxb6 21.axb6 g3

22.Kh1

 「これらの戦型はすべて非常に似かよっている。あいにくこちらが1手損で大きな違いになっている。」(ナカムラ)22.h3 でキング翼が安全になるように見えるが、実際は黒がビショップをh3で切って白の防御を崩すことになりがちである。

22…Bf8 23.d6

 これで白はc7とd5の二つの重要な地点を確保した。

23…a6 24.Nc7 Rb8 25.Na5 Kh8 26.Bc4 Rg7

 ここでチェスエンジンは白が +1.50 くらいで優勢だと言ってくるだろう。ということはアーナンドが勝勢なのか?これは正しくもあり正しくもない。サッカーの試合で一方のチームがハーフタイムで1-0または2-0とリードしているようなものである。しかしサッカーを見ている者なら誰でもそのような不利から逆転勝ちになることが多いことを知っているだろう。開放的で攻撃的な試合なら特にそうである。ここでもサッカーの試合のようだとだけ言っておこう。

27.Ne6

 コンピュータはa1のルークをa2からd2へ捌きたがる。たぶんその方が良かった。

27…Bxe6 28.Bxe6 gxh2 29.Nc4?

 アーナンドの着手が乱れ始めて、ナカムラにわずかな希望が出てきた。

29…Qe8!

30.Bd5

 30.Bh3? は 30…Qb5! でc列の浮いている2駒が当たりになるので良くない。しかしd5の地点では黒ポーンが …h4-h3 と進んでくるのをビショップがもう見張っていない。

30…h4 31.Rf2 h3

 黒のキング翼攻撃が機能し始めた。

32.gxh3 Rc8 33.Ra5 Nh4

 まだ大したことはないが局面は王印防御派の理想形になり始めている。黒はg列を完全に支配している。

34.Kxh2 Nd7

 これは奇妙なナイト引きで、ナカムラも状況の理解に苦労していることを示している。

35.Bb4 Rg3 36.Qf1 Qh5 37.Ra3

37…a5

 黒はすぐに突っかけていったが、巧妙な 37…Nxb6! もあった。38.Nxb6 なら 38…Rc1!! が派手なそらしの手筋で 39.Qxc1 Nxf3+ のあと2手で詰む。しかし白はb6のナイトを取る必要はなく戦いはまだまだ続く。

38.Be1 Rxc4 39.Bxc4 Bxd6

40.Rxa5?

 よくあるように制限時間前の最後の手が形勢の転換点になった。人間が絶対の最善手を見つけることが難しい局面で、コンピュータは 40.Rd3! Bc5 41.Be6! を示した。白の反撃は強力である。例えば 41…Bxf2 なら 42.Bxf2 で 42…Nxf3+? でも 43.Kh1! で黒の負けになる。

40…Bc5 41.Be2

 白は徹底抗戦の構えである。

41…Bxb6 42.Rb5 Bd4

 ここらあたりでカールセンは白の駄目そうな局面だと言っていた。

43.Bd1

 43.Rxb7 は 43…Nc5 44.Rb8+ Kh7 45.Kh1 となってここでコンピュータの 45…Nd3! が強烈である。46.Bxd3 なら 46…Bxf2 で黒駒がf3の地点に侵入する。

43…Bxf2 44.Bxf2 Nxf3+ 45.Bxf3 Qxf3 46.Rb1 Rg6 47.Rxb7 Nf6 48.Rb8+ Kh7 49.Rb7+ Kh6 0-1

 独りぼっちのルークが白の動かせる最後の駒だがほとんど何もできない。50.Rb6 なら 50…Nxe4 51.Rxg6+ Kxg6 52.Qg1+ Kh5 53.Bb6 Ng5 54.Qg2 e4 となって白の連結パスポーンで勝負がつく。解説者も観戦者も十分に堪能した熱戦だった。

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(この号続く)

2012年04月20日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(266)

「Chess」2012年1月号(5/7)

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第3回ロンドンチェスクラシック(続き)

 次の回戦では元気を取り戻したナカムラがデイビド・ハウエルと対戦した。ハウエルはうまく防戦したが26手目で失着を出した。ナカムラが余裕しゃくしゃくで指しイギリスのグランドマスターにいつもの時間切迫で自滅させた感じだった。

第5回戦
H.ナカムラ – D.ハウエル
イギリス布局

1.c4 e5 2.Nc3 Nf6 3.g3 Bb4 4.Nf3 Bxc3 5.bxc3 Nc6 6.Bg2 O-O 7.O-O Re8 8.d3 e4 9.Nd4 exd3 10.exd3 Nxd4 11.cxd4 d5 12.Be3

12…h6

 定跡からはずれた。12…Be6 はイギリスのIMのマイク・バズマンが1966年にヘースティングズでミハイル・ボトビニク相手に指した。12…Bf5 はごく最近ウェズリー・ソーが指した。

13.h3 b6

 結果論だがこの手は最善でないかもしれない。

14.Rc1 Qd7 15.Bf4 Bb7 16.Be5 Nh7 17.c5

 この手の結果として黒のビショップが対角斜筋で使えなくなった。当面は白のビショップも同じだが米国選手はすぐに解決策を見つけた。

17…Rac8 18.h4 Nf8 19.Kh2 bxc5

 19…Ne6 は 20.Qg4 で白がキング翼に圧力をかけてくる。

20.Bh3 Ne6 21.Rxc5 f6 22.Bf4 Qd8 23.Ra5

23…c5

 黒が 23…Ra8 24.Be3 c6 25.Qa4 のように指さなかったのは黒の陣形が発展性に乏しく白が主導権を保持するからだと思われる。ハウエルはもっと大胆な方を好んだ。

24.Rxa7 Qb6 25.Ra4 Nxd4!? 26.Qh5!?

 26.Bxc8 Bxc8 は黒に有益な交換損で、白のキング翼の弱体化した白枡につけ込むことになる。両選手とも戦力のことよりも攻撃の機会をつかむことしか眼中になかった。

26…Qc6?

 26…f5! と突いて白枡ビショップの利きを止め弱いg6の地点への侵入を防ぐ方がずっと良さそうに見える。27.Rxd4!? cxd4 28.Bxf5 とやってくるかもしれないが 28…Ra8 と受けておけば白がどのように攻撃を遂行できるのかあまり判然としない。

27.Rb1 Ra8 28.Rxa8 Rxa8

29.Bg2

 コンピュータは両選手が見落としたのも無理もない 29.Re1!! という妙手を見つけ出した。要点はこのルークがe7の地点に来て詰みに一役買うのを止める有効な手段がないということである。変化は色々あるがどれも最後には黒が完全に負けになる。例えば 29…Kf8 は 30.Bxh6! Qd6 31.Bf4 Qd8 のあと驚愕の妙手の 32.Re6!! で終わりとなる。しかし人間がこの手順を見逃したからといって誰も責められないだろう。

29…Ne6?

 いずれにしても白が優勢だがこれは白に華麗な戦術で決められた。まだしも 29…Rd8 だった。

30.Rxb7 Qxb7 31.Bxd5 Qc8 32.Bxh6!

32…Ra6

 32…gxh6 なら 33.Qg6+ Kh8 34.Qxh6+ ですぐに白が勝つ。

33.Be3 Rd6

 33…Ra3 なら 34.Qf5 Kf7 35.Bxc5 Ra5 36.d4 で白の勝ちになる。

34.Bxc5!

34…Rxd5

 34…Qxc5 は 35.Bxe6+ でクイーンが取られる。

35.Qxd5 Kf7 36.Be3 Qa6 37.Qc4 Qa8 38.d4 1-0

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(この号続く)

2012年04月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(267)

「Chess」2012年1月号(6/7)

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第3回ロンドンチェスクラシック(続き)

 「こちらにツキが回りそうだと相手が思うなら相手はあまりうまくプレーできなくなる。順調なときは金を思い切って使うべきだ。」スチュアート・ルーベンは本号の別の所でポーカーについてこう書いている。ヒカル・ナカムラも最終戦の対ミッキー・アダムズ戦でほぼ同様のことがチェスに当てはまることを示した。イギリスのナンバーワンは悲惨な大会になっていて、最終戦のために席に着いたときたぶん唯一の楽しみはクリスマス休日だった。

 そしてナカムラはキング翼ギャンビットを指した。この時代遅れの布局が大会で前に現れたとき(ショート対マクシェーン戦)のように、最初の元気よさはヒカルがキングをh1にしまい反撃のc4突きを許したときにはすぐに慎重さに変わった。海賊のように派手な戦いが続き白はクイーン翼でポーンによる襲撃をかけアダムズは白のキング翼に両ビショップのにらみを利かせた。

 試合を終えたスーパーGMたちにガリー・カスパロフや昔の達人たちも加わってVIPルームでの観戦は素晴しい体験となった。GMのジュリアン・ホッジソンとスチュアート・コンケストがそこでの解説者だったが一度だけ観戦者にまんまとしてやられた。黒はほとんどの間試合を支配していたようだが最後には振り子が大きく白の方に傾いた。風向きが変わったことに最初に気づいたのはガリー・カスパロフだった。「38.Rfe1 で白の方が良さそうだ。」ポカが出て白が順当に勝利を収め、ナカムラが単独2位になり不運なアダムズが最下位に沈んだ。それでも最終戦の観戦者にチェスの醍醐味を与えてくれた両対局者には感謝したい。

第9回戦
H.ナカムラ – M.アダムズ
キング翼ギャンビット

1.e4 e5 2.f4

 意外な手だが、ヒカルが快速戦や米国内の小さな大会で指すことは知られている。「ナイジェル・ショートに啓示を受けた。そしてチャンスにかけてみたくなった。」(ナカムラ)ここでGMクリス・ウォードが言葉をさしはさんだ。「教えてもらえますか。他のコーチたちの勧める布局の中にあまり面白くないものが一つ、二つあるのでこれからはショートの布局のように指すんですか?」クリスが「他のコーチたち」と「ショート」という言葉をわざと強調したのは、ナカムラがガリー・カスパロフの指導を受けていることを冗談ぽく揶揄(やゆ)したからだった。事情通の観戦者たちはこの言い方に気づいて笑い、ナカムラも苦笑いした。「昨日はマグヌスに、今日はショートにならった。」

2…exf4 3.Nf3 d5 4.exd5 Nf6 5.Bc4

 これはGMジョー・ギャラガー(正真正銘のイギリス人だが今はスイス在住である)の得意とする手である。

5…Nxd5 6.O-O Be6 7.Bb3 c5

 この手が最善手で 7.Bb3 を悪手にさせようとする。(ナカムラ)

8.Kh1

 「8.Kh1 は悪手に違いないが乱戦に持ち込もうとした。8.d4 cxd4 9.Qxd4 Nc6 10.Ba4 Rc8 はどう指したらよいのかわからなかった。」(ナカムラ)

8…Nc6 9.d4 c4

10.Ba4

 10.Bxc4 は 10…Ne3 11.Bxe3 Bxc4 12.Bxf4 Bxf1 13.Qxf1 Bd6 で1ポーンを得ての交換損になる。

10…Bd6 11.b3 c3

 11…cxb3 12.axb3 は白がすぐに c4 と突いてf4ポーンの主要な守り手を脅かすことができるのであまり良くない。f4ポーンを守りとおすのがこの段階における黒の作戦の骨子である。

12.Qd3 O-O 13.Bxc6 bxc6 14.Nxc3 Re8 15.Nxd5 Bxd5 16.c4 Be4 17.Qc3

17…a5

 ナカムラはここでは黒がかなり良いがミッキーは圧力を維持できていなかったと感じていた。

18.a3 f6 19.Bb2 Ra7 20.Rad1

20…Rae7

 ナカムラはこの手を良い手と思わなかったがコンピュータはそうでもない。代わりに 20…Rb7 ならbポーンを押さえ込めるが 21.Rfe1 でe列に少し圧力がかかってくる。

21.b4 axb4 22.axb4 Kh8 23.Qb3 Rb7

 ナカムラはルークがこのように舞い戻って来れることを見落としていた。

24.Bc3 Qb8 25.b5 cxb5 26.c5 b4 27.Bd2 Bf8

 黒はポーン得だが陣形は申し分ないとはとても言えないのでポーンの活用は難しい。

28.Rde1 g5 29.Qc4!

 この手を指すのには勇気がいる。白の心配は黒が …Bd5 と指せるようにすることで、「それでほぼ勝負がつく。」しかしbポーンが進んでくるのも同じくらい怖そうである。

29…g4

 もっと分かりきった 29…b3 の方が有望そうだと結果論で言うのはたやすい。そのとき白は 30.c6 Ra7 31.Bc3 b2 32.Nd2 と活発に動かなければならない。コンピュータは派手な 32…Bxc6 33.Qxc6 Rc8 34.Qxf6+ Bg7 35.Qxg5 Rxc3

という手順を示すが、人間はかなり読まなければならないだろう。しかし実戦の手の問題は黒のキング翼のポーンの形が非常に崩れることである。

30.Nh4

 ナカムラは 30.Ne5!? と指すのが良いかもしれないと考えていた。30…Bxg2+ 31.Kxg2 fxe5 32.dxe5 f3+ となるなら引き分けになるかもしれない。

30…f3

 ここでも 30…b3 はまだ有力だった。チェスソフトのリブカはそのあと 31.c6 Ra7 32.Bc3 Qd6 33.Qxb3 Qxc6 で勝勢と判断している。

31.d5

 ナカムラはこの手を「ポカ」と断定したがおおげさすぎるかもしれない。

31…fxg2+ 32.Nxg2 Bf3

 これがナカムラの読んでいなかった手だった。そして自分自身を責めることになった。「ここでは負けて当然である。」

33.Kg1 Rc8 34.c6 Rb5

 34…Bd6 が解説者たちの指摘した手だが 35.Bf4!? で対抗できる。

35.Nf4

 ナカムラは 35.Rxf3 gxf3 36.Nf4 では黒に 36…Bd6 という手があり負けると考えていた。

35…Bc5+ 36.Be3

36…Bxe3+?

 黒が間違え始めた。両選手とも 36…Qb6 で黒が勝つと検討で一致した。例えば 37.Bxc5 Rxc5 38.Qd4 のとき 38…R5xc6! がアダムズの見逃した決め手で、黒のかなり簡単な勝ちになる。

37.Rxe3 Qb6 38.Rfe1

 急に白陣の方が堅固になり攻勢を考えられるようになった。ここでは白の方が優勢だろう。

38…b3??

 このポカは手筋の4手にしてやられる。38…Rc5?? も同様にひどくて 39.Re8+ Rxe8 40.Rxe8+ Kg7 41.Ne6+ Kf7 42.Nxc5 Kxe8 のあと 43.d6! で白の狙いが受けきれない。コンピュータの見つけられる最善手は 38…Ra5 だが黒が守勢である。

39.Qc3!

 急に黒がf6のポーンの守りに問題を抱えるようになった。

39…Rf8 40.Ne6! b2 41.c7! 1-0

  41…b1=Q なら 42.Qxf6+! Rxf6 43.c8=Q+ のあと2手詰みである。

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(この号続く)

2012年05月04日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(268)

「Chess」2012年1月号(7/7)

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第3回ロンドンチェスクラシック(続き)

 カールセンは第2回戦のルーク・マクシェーン戦でポーンの犠牲がほとんど効果がなく苦戦した。しかし次の第3回戦ではヒカル・ナカムラにまた勝った。カールセンとナカムラはこの1、2年ライバル意識が激しくなってきた。そしてどの試合も身震いのするような対局になっている。とはいうものの対戦成績は今のところかなり一方的になっている。2011年はこのロンドンでの対局の前でカールセンが正規試合で3勝をあげている。いつものようにカールセンの布局の方針はあまり定跡に深入りせずに、相手を突いたり叩いたりして自分の洗練された技量を発揮させることのできる局面に持ち込むことだった。

 ナカムラはルークをどこへ配置したらよいかまったく分かっていなかった。世界ナンバーワンに必要だったのはその励ましだけで、相手のどっちつかずの態度につけ入っていった。試合後ナカムラはどこで形勢を損じたのか分かりかねていた。一方気をよくしたカールセンはサッカーの試合の観戦に急いだ。

第3回戦
M.カールセン – H.ナカムラ
ジオッコピアニッシモ

1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bc4 Nf6 4.d3 Bc5 5.c3 d6 6.Bb3 a6 7.Nbd2 Ba7 8.Nf1 h6 9.Ng3 O-O 10.O-O Be6 11.h3

11…Qd7

 もちろんカールセンはいつもの超おとなしい試合を指している(イタリア語の布局名の意味とちょうど一致している)。たぶんナカムラはここでちょっと激しく 11…d5 と突いて事を荒立てていった方が良かっただろう。実戦の進行に見られるようにカールセンはしだいに得意とする捌きを中心とした局面に持っていった。

12.Be3

 「Be3 が指せてほっとした。」(カールセン)

12…Ne7 13.Nh4

13…Ng6

 h3 と突くときは相手が 13…Bxh3 と切ってきても大丈夫か必ず確認しておかなければならない。ここでの場合白の読み筋は 14.Bxa7 Rxa7 15.gxh3 Qxh3 16.Ng2!(16.Nf3? は 16…Ng6! で負ける)16…Ng4 17.Re1 Qh2+ 18.Kf1 Qh3 のあと 19.f3!

で勝勢になるということである。両選手ともこの手順は読んでいた。しかし実戦の手も白にわずかな優位を与えるので少し疑問である。そしてわずかな優位が時にはカールセンの必要とするすべてであることがある。

14.Nhf5 Ne7 15.Nxe7+ Qxe7 16.Bxa7 Rxa7 17.f4 c5

 「白の方が指しやすいと思う。」(カールセン)ナカムラはあとで14手目と15手目のあたりで時間を使いすぎたと認めた。ナカムラが指しにくいと感じていた印だった。

18.Bc2!?

 カールセンは 18.a4 も考えていたと言った。一方クラムニクはビショップをb3から引くことに驚きを表わした。私の分析エンジンも少し驚いていた。おそらくカールセンと他の一流選手との間のこの微妙な違いが彼の独特な棋風を形成しているのだろう。

18…b5 19.Qd2 Rb7 20.a3 a5 21.Rf2

 「この局面は黒が良いと思う。どうしてこうなったのか少し戸惑っていた。」(ナカムラ)ついでながら、負けたあと検討室に来たナカムラは褒められてよい。このような率直な感想を述べる彼は誠実である。

21…b4 22.axb4 axb4 23.Raf1 bxc3 24.bxc3 exf4 25.Rxf4 Nh7 26.d4 cxd4 27.cxd4 Qg5 28.Kh2 Nf6 29.Bd1

29…Rfb8

 「この手で負けたと思う。ちょっと変な手だった」とナカムラは検討室で嘆いた。まだどうして負けたのか全然理解できていなかった。彼は白からの交換損の犠牲を読んでいたが対局中は心配していなかった。慰めにはならないがチェスエンジンもこの局面を理解していないようである。ナカムラは 29…Ra8 で 30.h4 に 30…Qa5 でクイーン交換を求めるようにするのはどうかとも言った。29…Ng4+!? も示唆した。

30.h4 Qg6 31.Rxf6!

 これは決め手とはとても言えないが局面を紛糾させ自分の好きな展開に持ち込んでいる。白は交換損の代わりに黒のポーンを弱体化させ、黒のキングとクイーンに対し駒を用いた戦いができる。一方黒のルークはどちらも報復の効く地点に到達するにはまだ遠い。

31…gxf6

32.Qf4

 32.d5 Bd7 33.Qc3 がディープリブカの推薦手順だが「ディープカールセン」の考えは異なる。

32…Rb2

 ナカムラの直感はルークを利かせることだったが、結果論から言えば 32…Rd8 のような手で防御態勢を固めた方が良かったかもしれない。

33.Bh5 Qg7 34.Bf3

34…Ra8?

 ヒカルは時間切迫と局面のプレッシャーで手がすくみ始めた。34…Rd8 35.Nh5 Qg6 36.d5 Bc8 37.Nxf6+ なら白が優勢でも黒もまだ戦えた。

35.d5 Bc8 36.Nh5 Qf8

 36…Qg6 37.Qxd6 も黒が大苦戦である。

37.Nxf6+ Kh8

 駒割を見れば黒はまだ大丈夫だが、黒キングは非常に弱く白キングは安泰である。

38.Rc1!

 ちょっと皮肉な感じがする。相手の2ルークに対し白のルークは1個だけだが、c1のルークの方がはるかに威力がある。このルークはc7に来て Rxf7 から Qxh6+ で詰みを狙うか、Rc6 から単に Rxd6 を狙っている。

38…Kg7

 例えばa8のルークが 38…Ra6 と浮くと 39.Rxc8! から 40.Qxh6# で詰まされる。

39.e5!

 この手は対角斜筋を開けるだけでなくビショップのためにe4の地点も空けている。黒駒は働きをなくしていて終局は近い。

39…dxe5 40.Nh5+

 40.Qxe5 でもほとんど同じように勝つ。

40…Kh7 41.Be4+ 1-0

 以下は 41…Kg8 42.Qg3+ Kh8 43.Qxe5+ f6 44.Qxb2 で決まる。本局はカールセンの傑作だった。

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(この号終わり)

2012年05月11日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(269)

「Chess」2012年2月号(1/4)

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レッジョエミーリア

しくじりの悲劇はアニシュ・ギリの初めての超一流大会優勝で終わる

 第54回レッジョエミーリア大会がクリスマスから新年にかけて開催され、17歳のGMアニシュ・ギリがオランダ選手として初優勝を飾った。意外だったのはギリが優勝したことよりも、ナカムラがずっと突っ走っていながら最後の3戦で悲劇的な3連敗をきっして優勝を逃したことだった。これさえも超一流GMの最悪のメルトダウンではなかった。ワシリー・イワンチュクは大会中盤で放心の4連敗をきっし、その中のあきれた1局では発狂したかと思わせるほどだった。

 「ロンドンチェスクラシック人」の一人はオリンピアからの仲間がクリスマスの晩餐を楽しんでいるに違いない間にまた大会に参加した。ヒカル・ナカムラは短期間に3回連続大きな大会に参加するために北イタリアの古都にはるばるやって来た。この大会にはロンドンの大会に参加した2800超の超一流はいなかったが、それでもイワンチュクとモロゼビッチは二人とも彼よりレイティングが上なので(この大会時点での11月の順位でも、翌2012年1月の順位でも)かなり厳しい顔ぶれだった。神童のファビアノ・カルアナとアニシュ・ギリもいたし、あまり知名度はないがそれでも高いレイティングの二キータ・ビチュゴフもいた。

 ナカムラはビチュゴフ戦の快勝で第1回戦でモロゼビッチと並んだ。

レッジョエミーリア、2011年12月
N.ビチュゴフ – H.ナカムラ

31.e4?!

 白はポーン損で苦境にいるが、それでもこの手は黒のうまい清算で勝利への道を容易にさせてしまった。

31…Nf4! 32.Rxd8

 32.Bxe6? は 32…Ne2+ で破滅する。

32…Rxc4! 33.Bxf4 Kxd8 34.exf5

 34.Bxh6 なら 34…fxe4

34…Bxf5

35.Be3

 35.Bxh6 c2 36.g4 Be4 でビショップでc1のルークに紐をつけておく方がましだったが、黒はa4のポーンを取ることができ、連結3パスポーンで白を圧倒するだろう。

35…c2 36.g4 Be4 37.Bb6+ Kd7 38.Bxa5? Rd4 0-1

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(この号続く)

2012年05月18日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(270)

「Chess」2012年2月号(2/4)

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レッジョエミーリア(続き)

 第5回戦はイワンチュクの不満の冬の始まりだった[訳注 「不満の冬」とはシェークスピアの「リチャード三世」中の言葉]。

レッジョエミーリア、2011年12月
H.ナカムラ – V.イワンチュク

33…Rxc5!

 黒は慎重に読みを入れてポーンを取ることができると判断した。ここまでは正しい。

34.Nc4

 客観的には 34.Rxc5 Qxc5 35.Qb3 とやっていって1ポーン損でしのげるかどうかに勝負をかけた方が良かっただろう。しかし白はあえて勇敢に立ち向かうことにした。

34…Qc7! 35.Bxc5 Qxg3+ 36.Kh1 Qxh3+ 37.Kg1

37…Qg3+??

 ここがイワンチュクのこの大会における転換点だった。正着は 37…Ng4! で長い一本道の手順が続く。38.Qe2 Nh4 39.Nd2 Qg3+ 40.Kh1 Nf3! 41.Nxf3 exf3 42.Qe8+ Kh7

ここで白は 43.Rc2(43.Qe4+ は 43…g6 で何も変わらない)43…f2 のあとルークを切って 44.Rxf2 Nxf2+ 45.Bxf2 Qxf2

と指さなければならず、黒が2ポーン得のクイーン収局で勝つ。

38.Kf1 Ng4 39.Qd8+ Kh7 40.Qd5

40…Qf3+?

 イワンチュクは 40…Nh2+ 41.Ke2 のあと見つけにくい 41…Nd4+!! でまだ引き分けにできた。以下は 42.Qxd4 Qg4+ 43.Ke3 Qg3+ 44.Ke2 Qg4+ 45.Ke3 Qg3+ 46.Kxe4 Qf3+ 47.Ke5 Qf6+ =

で、白が永久チェックの手順から外れようとすれば 48.Kd5?? Qe6# の1手詰みになる。

41.Ke1 Ng3 42.Rc2 f5 43.Kd2!

43…Nf6

 43…Qf4+ は 44.Kc3 e3 45.Bd6 Ne4+ 46.Kb2 Nxd6 47.Nxd6

で白の勝ちになる。

44.Qd8 Ne2

 黒は白キングがこれ以上クイーン翼に逃亡するのを防いだ。しかしナカムラはここからキングが盤の中央にいても全く安全であることを見せつけた。

45.Ke1! f4 46.Rxe2 Qc3+ 47.Kd1 Qxc4 48.Qd4 Qb5 49.Rh2+ Kg6 50.Kc2 a5 51.Be7 Qc6+ 52.Qc5 Qa4+ 53.Kc1 f3 54.Bxf6 Kxf6 55.Rd2 g6 56.Rd6+ Kg7 57.Rd8 1-0

 これでナカムラが単独首位に立った。

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(この号続く)

2012年05月25日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(271)

「Chess」2012年2月号(3/4)

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レッジョエミーリア(続き)

 第8回戦はナカムラも負けた。彼と2位以下との得点差はまだ大きいように見えたが、負けっぷりはイワンチュクほどではないにしても彼のファンをやきもきさせるものだった。戦いらしい戦いもなかった。

レッジョエミーリア、2011年12月
H.ナカムラ – A.モロゼビッチ
フランス防御

1.e4 e6 2.d4 d5 3.Nc3 Nf6 4.e5 Nfd7 5.f4 c5 6.Nf3 Qb6

 モロゼビッチは通常はこのような戦型の愛好者ではないが、ここでは明らかに相手の研究をはずしにきた。ナカムラはまったく研究していないようだった。

7.Be3 Nc6

8.Qd2

 1994年ミュンヘンでのカスパロフ対ドレエフのブリッツ試合では 8.Na4 Qa5+ 9.c3 c4 10.b4 Qc7 と進み黒が勝った。本譜の手と 8.Na4 が白の主流手順である。

8…Qxb2 9.Rb1 Qa3

10.f5

 2007年バルセロナでのフルビア・ポヤトス対バガニアン戦では 10.Be2 a6 11.f5 cxd4 12.fxe6 dxe3 13.exf7+ Kd8 14.Qxe3 Bc5 と進んで黒の勝ちに終わった。10.Nb5!? が良い手で 10…Qxa2 11.Rc1 で乱戦になる。

10…a6!

 白は単なるポーン損である。

11.fxe6 fxe6 12.Be2 Be7 13.O-O O-O
 

 黒は …b5 突きに1手費やすだけでc8のビショップが解放され白の中原が崩壊する。

14.Kh1 cxd4 15.Nxd4 Ndxe5 16.Rb3 Rxf1+ 17.Bxf1 Qd6 18.Nxc6 Nxc6 19.Na4 b5 20.Nb6 Rb8 21.Bf4 e5 22.Nxc8 Rxc8 23.Bg3 Qe6

 黒は2ポーン得になり白は代償が何もない。

24.Rb1 e4 25.a4 bxa4 26.Bxa6 Rf8 27.c3 a3 28.Be2 Bd6 29.Bh4 Rb8 30.Rxb8+ Bxb8 31.Qa2 Qd6 32.Bg3 Qc5 0-1

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(この号続く)

2012年06月01日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(272)

「Chess」2012年2月号(4/4)

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レッジョエミーリア(続き)

 ナカムラは最終戦の前の第9回戦の白番ではモロゼビッチとの差が1点しかなかったが、それでもギリには3点差をつけていた。ギリは出だしはひどかったがこの対戦の前の4戦では3勝1引き分けだった。

レッジョエミーリア、2011年12月
H.ナカムラ – A.ギリ
ペトロフ防御

1.e4 e5 2.Nf3 Nf6

 ファンからはやんやの不満の声があがった。ペトロフ防御は防御に優れているので一流GMたちに愛用されている。しかし白が図に乗ったり臆病になったりすれば黒にも勝機が巡ってくる。

3.Nxe5 d6 4.Nf3 Nxe4 5.Nc3

5…Nxc3

 1987年サンフランシスコでの有名な試合、マイルズ対クリスチャンセン戦は 5…Bf5 6.Nxe4 Bxe4 7.d3 Bg6 と進み、20手で引き分けになった。これが何で有名なのかって?実は 5…Bf5 は大ポカで、白は 6.Qe2! と指せば駒得できていたからだ。この手に対して 6…Qe7 は 7.Nd5 で黒クイーンは駒損を避ける手がない。なぜマイルズは 6.Qe2 と指さなかったのか?うわさではあらかじめ引き分けにするという約束がかわされていたためだった。その話ではマイルズが 6.Nxe4 と指す前にちょっと時間を使ってe2の地点をわざと清めていたそうだ。5…Bf5?? は他に事例があるのかって?それが信じられないことにあるのである。翌年に後に世界チャンピオンになるビシー・アーナンドがアロンソ・サパタとの試合で指した。このときは両対局者はもっと普通に振る舞った(つまり試合の結果の前に手を指した)。サパタはこの局面で精神的に次善手を指す義務はなかった。アーナンドは 6.Qe2 Qe7 7.Nd5 Qd7 8.d3 のあと投了した。彼はチェス新報でマイルズ対クリスチャンセン戦の棋譜を見ていたのでこれ以上分析するには及ばなかった。

6.dxc3 Be7 7.Be3 Nd7 8.Qd2 O-O 9.O-O-O c6 10.h4 Re8 11.Bd3

11…d5

 11…Nf6 12.Rde1 d5 13.Bd4 c5 14.Bxf6 Bxf6 15.Qf4 Be6 16.Ng5 g6 17.Bb5 は2010年タリ記念大会のナカムラ対クラムニク戦で、白が有望だったが引き分けに終わった。

12.Ng5 Nf8 13.h5 Bf6 14.Nf3 Bg4

15.Rde1

 たぶん白はここで 15.h6!? を考えてみるべきだった。ナカムラはこの試合では妙に踏み込みが悪いようだった。

15…Bxf3 16.gxf3 Ne6 17.f4 h6 18.a3 Qa5 19.Qd1

 白は Qg4-f5 を考えているがその機会は来なかった。

19…Nc5 20.Bf5

 白は後日のために白枡ビショップを温存したがっているがf5の地点では役に立たない。

20…Na4

21.Qd3

 白は 21.Rhg1 でキング翼攻撃を追求したいところだがその余裕がない。黒は次のように反対翼で強襲をかけてくる。21…Nxb2! 22.Kxb2 Qxc3+ 23.Kc1 Qxa3+ 24.Kd2 Bc3+ 25.Ke2 Bxe1 26.Rxe1 Qc5!

白は …d4 と突いて …dxe3 と …Qxf5 を狙う手にうまく対処できない。

21…Nc5

 21…Nxc3!? 22.bxc3 Bxc3 23.Reg1 c5 の方がずっと良いかもしれない。

22.Qd1 Qb5

 勝とうとしているのは黒の方である。

23.Qe2 Qa4 24.Qd1 Ne4 25.Bxe4 Rxe4

 ポーンの形が良いのと駒が好所についているので黒が優勢である。

26.Rhg1 Rae8 27.Rg3 Kh8 28.Reg1 Qc4 29.Kb1 c5!

 白のビショップに対する圧力を一段と強めた。

30.Qd3

 30.Qf3 の方が少しだけ堅固である。黒が事を急いで 30…d4? と突いてくると 31.Qg2! で攻守が逆転し黒が急にg列の守りに問題を抱えるようになる。

30…b6 31.Qxc4 Rxc4 32.Rd1

 32.Bd2!? という受けもあったかもしれない。32…d4 には 33.b3 でルークが捕まえられるし、32…Re2 には 33.Rd3 と応じられる。

32…d4 33.cxd4 cxd4 34.b3

34…dxe3!

 白にとっては面白くない無視の手だった。

35.bxc4 exf2 36.Rf3

 白がどう指そうと黒はビショップでf2のポーンを支えることができる。例えば 36.Rh3 なら 36…Bd4! 37.Rhh1 Re4 38.f5 Bc5 39.Rhf1 Rxc4 ですべて抜かりがない。

36…Re1 37.Kc1 Bd4

 37…Bh4 の方が少しだけ強力である。

38.c3 Be3+ 39.Kc2 f5!

 局面をしっかり引き締めた。

40.a4 a5 41.c5

 41.Rd8+ なら 41…Kh7 42.Rd3 Bc5 43.Rd1 g5! 44.hxg6e.p.+(44.fxg5 は 44…hxg5 45.Rxf5 Kh6 で黒の楽勝)44…Kxg6 45.Kd2 Be3+ 46.Kc2 h5

で黒がいずれ白の抵抗を克服する。

41…Bxc5 0-1

 このあとは上の解説とほぼ同じように進む。42.Rb1 g6 43.hxg6 Kg7 44.Rd1 Kxg6 45.Rg3+ Kf6 46.Rf3 h5

 ナカムラの楽な優勝と思われていたのが急にわけが分からなくなった。ナカムラ、モロゼビッチそれにギリが15点で首位に並びカルアナが14点で続いた。この大会は3-1-0の得点方式なので最終戦では大変動がありえた。皮肉にも(マイク・バズマンがこれを読んでいないことを願う)単独優勝をさらった選手は最終戦の白で手堅く28手の引き分けを選択した選手だった。アニシュ・ギリの大出世物語はひどい出だしからすると快挙だった。競争相手の二人は共に負けた。モロゼビッチは面白いシーソー試合でビチュゴフに、ナカムラはようやくチェスの指し方を思い出したイワンチュクに3連敗目を喫した。

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(この号終わり)

2012年06月08日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(273)

「Chess」2012年3月号(1/1)

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タタ製鉄ベイクアーンゼー大会

解説 マルコム・ペイン

第2回戦
L.アロニアン – H.ナカムラ

 駒割はほぼ釣り合っているが白の駒の方が連係が良く弱点もない。

41…Rd6

 安全策は 41…Rxf4 42.gxf4 Qxf4 43.Bb7 Nf6 44.h3 Ne4 45.Bxe4 Qxe4

だった。これなら黒が楽に引き分けにできただろう。白はキングを安全に守りながらルークで攻撃するということができない。

42.Be6 Rd1+ 43.Rxd1 Qxd1+ 44.Kg2

44…Nf6

 44…Kg7 の方が良さそうである。

45.Rxe7

 白陣は難攻不落だがナカムラもまだ助かる道があるはずである。

45…Qe1 46.Rf7 Qe4+ 47.f3 Qd4 48.Kh3!

 白は全然ミスをせず、戦いは盤の片側だけで、駒とポーンは全部連絡がついている。黒はクイーンを持っていても苦闘している。

48…Qe5?

 これで白はもっと厳しく締めつけることができる。48…Qb2 なら白の次の手を防いでいた。

49.Kh4!

49…Qd4

 白はキングを使うつもりである。 49…Qb2 なら 50.Kg5! Ng8 51.Bf5 で終わりになる。

50.Bg4!

 この再配置は非常に強力である。次にナイトがe6の地点に来る。

50…Qe5

 50…Nxg4 は 51.Rf8+! Kg7 52.Ne6+ でクイーンを取られる。50…Kg8 も 51.Rf8+! で同じである。

51.Ne6 h6 52.Rf8+

52…Ng8

 52…Kh7 なら 53.f4 でクイーンがナイトの守りから離れさせられる。さもないと 53…Qb2 54.Bf5# で詰んでしまう。

53.f4 Qb2 54.Kh3

54…Qa1

 54…Qb5 55.f5 Qf1+ 56.Kh4 Qf2 57.h3 Qa7

で受かっていそうだが 58.Bh5! Qe7+ 59.Kg4 Qb4+ 60.Nf4! Qxf8 61.Ng6+

できれいに決められる。

55.Bh5 Kh7 56.Rf7+ Kh8 57.Bg6 Nf6 58.Rf8+ Ng8 59.Bf7 1-0

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(この号終わり)

2012年06月15日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(274)

「Chess Life」2012年4月号(1/5)

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2012年ベイクアーンゼー大会

GMイアン・ロジャーズ

 ナカムラはアロニアンの勝利への不屈の意志の犠牲となった。アロニアンが強制的にクイーンを犠牲にして収局に持ち込み、引き分けが必至のように思われた。しかしアロニアンは少しずつ進展を図り次の局面になった。

投げ縄を締める
GMレボン・アロニアン(FIDE2805、アルメニア)
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2759、米国)
2012年ベイクアーンゼー

 48…Qe5

 白駒のうち一つだけが攻撃に寄与していない。そこでアロニアンの指した手は・・・

49.Kh4! Qd4

 アロニアンの手の意味は 49…Qb2 なら 50.Kg5! Ng8 51.Bf5! で黒を受けなしに追い込めるということである。

50.Bg4! Qe5

 50…Kg8 なら 51.Rf8+! がある。

51.Ne6 h6 52.Rf8+ Ng8 53.f4 Qb2 54.Kh3!

 キングはもう必要ない。黒キングは詰み筋に入っていて、投げ縄がきつく締められていく。

54…Qa1 55.Bh5 Kh7 56.Rf7+ Kh8 57.Bg6 Nf6 58.Rf8+ Ng8 59.Bf7 黒投了

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(この号続く)

2012年06月22日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(275)

「Chess Life」2012年4月号(2/5)

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2012年ベイクアーンゼー大会(続き)

 2011年のベイクアーンゼー大会で優勝したあとGMヒカル・ナカムラは調子が今一つの期間が続いたが、年末にかけて上向きになってきた。スーパーコーチのGMカスパロフと決別した月である。2012年のこの大会におけるナカムラの着実な成績は、24歳の彼の才能に安定性が増してきたことを示している。もっともナカムラ自身は合点がいかないようだった。「どう思ったらいいのかは難しい。プラス2(負けより勝ちが二つ多いこと)は悪くない結果だ。出だしは悪かったが中盤では健闘し8、9、10回戦ではまたひどくなり終わりは良かった。」

 ナカムラの最高の試合は第5回戦のチェコのGMダビッド・ナバラとの試合だった。

GMヒカル・ナカムラ(FIDE2759、米国)
GMダビッド・ナバラ(FIDE2712、チェコ)
2012年ベイクアーンゼー

 24…h5

 明らかに陣形で白が圧倒している。仕上げは鮮やかだった。

25.Nxh5+!! Qxh5 26.Rxf7+ Rxf7 27.Rxf7+ Kh6 28.Qf4+ g5 29.Qf6+ Qg6

30.Qf1!!

 これがナカムラの捨て駒の核心だった。もっとも 30.Qe7 でもほとんど同じことである。31.Rf6 と 31.Qh3+ の二つの狙いがあるので黒は大弱りである。

30…Qh5 31.Rxb7!

 今度は 32.Qxa6+ と 32.Qf6+ の狙いで、受けがない。

31…c4 32.Qf6+ Qg6 33.Qxd8 Qb1+ 34.Kf2 黒投了

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(この号続く)

2012年06月29日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(276)

「Chess Life」2012年4月号(3/5)

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2012年ベイクアーンゼー大会(続き)


ナカムラ(左)と長年の協力者のクリス・リトルジョン

ヒカル・ナカムラ「アロニアンはここで最高の試合をした。最も攻撃的なチェスは優勝に値する。しかしこれは一つの大会にすぎない。もし彼がこれを続ければ恐るべき相手になる。
 アロニアンは非常に堅実な選手として知られ、あっちでもこっちでも勝っている。しかしここではもっと激しく指しそれが報われた。」

次の一手

GMボリス・ゲルファンド(FIDE2739、イスラエル)
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2759、米国)

 白の手番

解答
35.Rd6 で受かるはず。しかし実戦は 35.Rc2?? Red4 白投了

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(この号続く)

2012年07月06日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(277)

「Chess Life」2012年4月号(4/5)

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収局研究室

GMパル・ベンコー

進攻ポーン
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2758、米国)
GMマグヌス・カールセン(FIDE2826、ノルウェー)
2011年タリ記念大会、モスクワ

 黒の手番

 白は序盤で1ポーンを犠牲にした(たぶん見落とした)。しかし不運なことにさらに不利をこうむる。

33…Be2!

 これで一巻の終わりである。白キングを閉じ込め自分のキングはすぐにd3の地点に来る。だから白はまたポーンを捨てることを強いられる。

34.f4 gxf3e.p. 35.Bf2 d3 36.Be1 Kg7 37.Kf2 Kf6 38.Ke3 Kf5 39.h3 h5 40.Bd2 Bf1

41.Be1

 代わりの手としては 41.h4 Kg4 と 41.Kxf3 Bxh3 がある。しかしどちらにしても黒のビショップは自由になる。そのあとはa2のポーンをビショップで攻撃して、黒キングが侵入に使える空所を作らせる。どの手順も研究に値する。

41…Bxh3 42.Kxd3 Bf1+ 43.Ke3 Kg4 44.Kf2 Bb5 45.Bc3 Bc6 46.Be5 b5 47.Bb8 a6 48.Bc7 f5 49.b3 Bd5 50.Bd6 f4!

 白は相手がもう一つパスポーンを作るのを止められなかった。ここで 51.Bxf4 と取ると 51…h4 52.Bd6 h3 53.Kg1 h2+ で黒の勝ちになる。

51.gxf4 h4 52.f5 Kxf5 53.Ke3 Kg4 54.Kf2 h3 55.Ke3 Be4 56.Kf2 Bb1 57.a3 Ba2 58.b4 Bf7 白投了

 …Bh5-…Kf5-…Bg4 で黒キングを解放すればa3のポーンが取れ三つ目のパスポーンができて白の抵抗がすべて終わる。

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(この号続く)

2012年07月13日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(278)

「Chess Life」2012年4月号(5/5)

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収局研究室(続き)

GMパル・ベンコー

ポーンでの詰み狙い攻撃
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2758、米国)
GMマイケル・アダムズ(FIDE2734、イングランド)
ロンドン、2011年

 黒の手番

 激しい斬り合いの局面になっている。

36…Bxe3+?

 黒は単純化して有利な収局に持ち込むことにしくじった。36…Qb6!? 37.Qc1(37.Bxc5 は 37…Rxc5 38.Qd4 R5xc6! でもっと悪い)37…Bxe3+ 38.Qxe3 Qxe3+ 39.Rxe3 b3

が良かった。この手順中 37.Bf2 なら 37…Bxd5! 38.Nxd5 Qxc6 39.Bxc5 Rxc5 40.Qxb4 Rxd5、

また 37.Rxf3 なら 37…gxf3 38.Kf2 Re8 39.Ne6 Rxe6 40.dxe6 Bxe3+ 41.Rxe3 Re5 42.Qb3 Kg7

で良い[訳注 39.Bxc5 +-]。しかし時間切迫でこれらを読むのは酷というものである。

37.Rxe3 Qb6 38.Rfe1

38…b3?

 これで形勢が逆転した。代わりに 38…Ra5 39.Kf1 Ra1 と指して難を逃れるべきだった。

39.Qc3 Rf8 40.Ne6 b2 41.c7! 黒投了

 必殺のポーン突きである。41…b1=Q としても 42.Qxf6+! から詰みになるので黒は投了した。

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(この号終わり)

2012年07月20日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(279)

「Chess Life」2012年6月号(1/1)

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収局研究室

GMパル・ベンコー

ルークとビショップがクイーンを圧倒
GMレボン・アロニアン(FIDE2805、アルメニア)
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2759、米国)
ベイクアーンゼー、2012年

 黒の手番

25…Nc3

 一見交換得になりそうだが、実際は白は大局観でクイーンを取らせた。

26.Bxc3 Rxb1 27.Rdxb1 g5

 白はクイーンの犠牲によりクイーン翼全体を支配している。そこで黒はキング翼で反撃の機会をうかがう。

28.Rb7 Ng8 29.Bxg7+ Kxg7 30.Rb5 Qg6 31.c5 dxc5

 黒は性急に不快なe6のポーンを取り除くが、そのため …Qf6 から …f5-f4 で手を作ることができなくなった。しかし実際は敗勢になっていく黒はこの時点ではそうなるようには見えなかった。

32.Rxc5 Qxe6 33.Nf3 Qd6

 33…Qb6 もある。ここではf5とg5のポーンが危なくなっている。黒はずっと受け身でいることしかできない。一方白陣は堅固である。

34.Nd4 Kh8

35.Rc6

 白は 35.Rxf5 Rxf5 36.Nxf5 Qf6 37.Ra5(37.Nd4 なら 37…e5)37…Qb6 38.Ra1 Qb2 39.Ra5 Qb6

で引き分けにするよりも陣形の優位を保つ方を選んだ。

35…Qd7 36.Rac1 f4 37.Bc8 Qa7 38.Ne6 Rf6 39.exf4 gxf4

40.Rc7

 40.Nxf4? なら 40…Rxc6 41.Rxc6 Qa1+ 42.Kg2 Qa8 43.Bd7 Nf6

で黒が勝つ。

40…Qa4?

 やはり40手目は鬼門である。40…Qb6 41.Nxf4 Rxf4 42.gxf4 Qg6+ なら永久チェックになっていた。

41.Nxf4 Rd6

 黒はルークをf4で切ることも …e7-e5 と突くこともできなかった。f4のナイトは強力な攻防の駒のままである。

42.Be6 Rd1+ 43.Rxd1 Qxd1+ 44.Kg2 Nf6 45.Rxe7

 白は2個目のポーンを取った。黒はたぶん 44…Kg7 でこのポーンを犠牲にビショップとナイトを交換して盤上の戦力を減らした方が良かった。白の勝ちはもう単なる技術の問題である。

45…Qe1 46.Rf7 Qe4+ 47.f3 Qd4 48.Kh3 Qe5

48…Qb2?! は疑問である。

49.Kh4! Qd4 50.Bg4 Qe5

 50…Qd6 なら 51.Bf5 で白の攻撃が続く。

51.Ne6!

51…h6

 51…h5 は 52.Nf4! Kg8 53.Be6 で終わる。

52.Rf8+ Ng8 53.f4 Qb2 54.Kh3 Qa1 55.Bh5 Kh7 56.Rf7+ Kh8 57.Bg6 Nf6 58.Rf8+ Ng8 59.Bf7 黒投了

 クイーンのなんとも屈辱的な経験だった。

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(この号終わり)

2012年07月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(280)

「Chess」2012年6月号(1/4)

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全米選手権戦

FMスティーブ・ギディンズ


ヒカル・ナカムラが2005年と2009年に続いて3度目の米国チャンピオンに

 近年セントルイスにあるレックス・シンクフィールドの慈善団体からの後援で米国選手権の格が昔の栄光まで高まった。試合方法も純粋なスイス式からスイス式と勝ち抜きの決定戦の組み合わせというように少しずつ変更されてきたが、今年は昔どおりの12人による総当たりになった。連覇を狙うガータ・カームスキーと世界第7位のヒカル・ナカムラを含め、今回も米国の代表選手全員が顔をそろえた。近年この大会の特色となったのは質の高い報道で、モーリス・アシュリーとジェニファー・シャへードとによる実況解説、マコーリー・ピーターソンによるプロ並の毎日のビデオ要約もその中にある。英国選手権もそのように誇れる大会であればよいのだが。

 星取表が示すように優勝したのは最上位シードだった。しかしよくあるように生の成績表からは激しく劇的な戦いが読み取れない。初めから首位に立ったあとナカムラは、決然と第7回戦から第9回戦に3連勝したカームスキーに追い抜かれた。

 これで第10回戦がカームスキーとナカムラの激突の舞台になった。白番にもかかわらずカームスキーは消極的かつ神経質すぎてすぐに守勢に立たされた。それでも時間切迫で40手目で敗着を指すまではずっと引き分けの可能性があった。

2012年米国選手権戦
G.カームスキー – H.ナカムラ
シチリア防御ナイドルフ戦法

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6 6.a4 e5 7.Nf3 Be7 8.Bc4 O-O 9.O-O Be6 10.Bb3 Nc6 11.Bg5 Na5 12.Bxf6 Bxf6 13.Bd5 Rc8 14.Nd2 Qc7 15.Re1 Bg5 16.Nf1 Qb6 17.Rb1 Nc4 18.Qe2 Bh6 19.h4 Qb4 20.g3 Rc7 21.Kg2 Nb6 22.Bb3 Bxb3 23.cxb3 Qxb3 24.a5 Na4 25.Nh2 g6 26.Ng4 Bg7 27.Nd5 Rc2 28.Qe3 Nc5 29.h5 Qxe3 30.Ngxe3 Rd2 31.Nc4 Rd4 32.Nxd6 Rd8 33.b4 Nd3 34.Nxb7 Nxe1+ 35.Rxe1 Ra8 36.f3 Bf8 37.Rc1 Bxb4 38.Rc7 gxh5 39.Kh3 Kg7

 40.Nxb4 Rxb4 41.Nd6 ならまだいくらかチャンスがあったかもしれないがカームスキーは 40.Kh4? と指した。そして 40…Ra7 で致命的な釘付けをかけられた。黒は交換損を返してaポーンを取り黒のパスaポーンが勝負を決めた。カームスキーは反撃を探してもがいたが無駄だった。41.Kxh5 Rxd5 42.exd5 Bxa5 43.Re7 Bb6 44.d6 a5

45.Kg5 45.Nd8 は 45…Kf8 で役に立たない。45…a4 46.Kf5 a3 47.Nd8 a2 48.Ne6+ Kh6 49.Ng5 a1=Q 50.Nxf7+ Kg7 0-1

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(この号続く)

2012年08月03日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(281)

「Chess」2012年6月号(2/4)

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全米選手権戦(続き)

 これでナカムラが一番有利な立場に立った。そして最終戦でベテランのセイラワン(大会をとおして大不調だった)に危なげなく勝って三度目の全米チャンピオンの座に着いた。カームスキーとの優勝争いは競っていたにもかかわらず、ナカムラの優勝は終わってみれば当然と認めなければならない。ここぞというときに主敵に黒番で勝っただけでなく勝ちに結びつかなかったけれどもいくつかの有望な局面があった。近ごろの最上位10人の主食となっているようなスラブとベルリンの常食に眠気を誘われる者には、ナカムラの多種多様な布局の採用は新鮮な気分転換に感じられる。例えばエバンズギャンビット、フランス防御ギマール戦法(3.Nd2 Nc6)、2局のイギリス防御、そしてフランス防御に対する 2.f4 といった具合である。最後の戦法は最終局のセイラワン戦で飛び出した。

2012年米国選手権戦
H.ナカムラ – Y.セイラワン
フランス防御

1.e4 e6 2.f4

 スタントンや彼と同時代の者の愛用の手だが、現代チェスではきわめてまれな来訪者である。しかしイゴール・グレクがオープン大会でちょっと指していて、New in Chess のSOSシリーズの過去の巻に彼が記事を執筆したことがある。黒番の選手に戸惑う問題を突きつけるのは確かで、格下の相手には効果的な武器になる。

2…d5 3.e5 c5 4.Nf3 Nc6 5.c3 Nge7 6.Na3

 この手が大事である。白は先に駒を少し展開しdポーン突きを控えているが、好機に d2-d4 と突く考えを決して放棄しているわけではない。

6…Nf5 7.Nc2 h5 8.Bd3 g6 9.O-O Be7 10.Bxf5

10…gxf5?

 h5に自分のポーンがあるのでこのように中央に向かって取り返すのがごく自然である。しかしhポーンが大きな負担になるのではっきり言って悪手だった。目に浮かぶような言い回しに事欠かないセイラワンはあとでこの局面を「完全に軍門に下ってひどかった」と言った。

11.d4 h4 12.dxc5 Bxc5+ 13.Be3 Be7 14.h3 b6 15.Qe2 Nb8 16.Rfd1 Ba6 17.Qe1 Nd7 18.b4

 黒はいつもの不良ビショップに絶好の斜筋を見つけた。しかし白は白枡を引き払いd4の基地を利用して両翼で活動することができる。

18…Nf8 19.a4 Bc4 20.Ncd4 Qd7 21.b5 Ng6 22.Nc6 Kf8 23.Nd2 Bd3 24.c4

 ひとたび局面が開放されれば黒は負ける運命である。

24…Kg7 25.cxd5 exd5

 25…Qxd5 でも 26.Nxe7 Nxe7 27.Nf3 で良くない。

26.Nb1 Bc4 27.Qc3

 28.Qxc4 の狙いがあるので黒は対角斜筋からキングを退避させる暇がない。

27…Qe6 28.Nd2 Rhc8 29.Nd4 Qd7 30.e6 1-0

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(この号続く)

2012年08月10日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(282)

「Chess」2012年6月号(3/4)

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全米選手権戦(続き)

 私が必ず読者に忘れないで欲しいと思っていることは、この大会のレポートですべての妙手と布局の新手の下には大会優勝の重要な要素である深い研究と収局の技術があるということである。ナカムラはこれらの資質をいくつかの試合で発揮し、その中にはカイダノフ戦での参考になる指し回しがある。

2012年米国選手権戦
H.ナカムラ – G.カイダノフ

 双ビショップと黒枡の支配で明らかに白が優勢である。そしてナカムラは容赦なく相手をすりつぶしていく。

38.Bc5 Ba6 39.Rc2 Rb7 40.Rxb7 Bxb7 41.Bd4 Kf8 42.f4 Ke8 43.Rc5 Kd7 44.Kg1 Kc7 45.Bf2 Bc8 46.Bf1 h5 47.h4 g6 48.b3 Bb7 49.Bd3 Bc8 50.Kg2

 「千里の道も一歩から」と毛主席は指摘した。白キングは長征に出立してはるばるe7の地点に侵入する。

50…Bd7 51.Kf3 Bc8 52.g4 hxg4+ 53.Kxg4 Bd7 54.Kg5 Kb7 55.Be4

 この手はd5のナイトと交換する可能性を作ったもので、そうなれば黒枡を守れる数少ない黒の駒の一つを盤上から消すことになる。

55…Rh8 56.Bf3

 56.Rxa5? と取るのは 56…Rh5+ 57.Kg4 f5+ で黒に絶好の反撃を与える。また 56.Bxd5 exd5 57.Rxa5 Be6 もちょっと早く白がやられる。

56…Ra8 57.Rc4 Kc7 58.Bc5 Rh8 59.Rc1 Bc8 60.Bf2 Bd7 61.f5!

 ついにこの戦線突破が来た。eポーンで取ると駒損になり、gポーンで取ると白がh列に決定的なパスポーンを得る。

61…Rg8 62.f6

 これでf7のポーンが標的になった。

62…Rh8 63.Rc5 Ra8 64.Kh6

 白による古典的「2弱点」作戦である。まず黒ルークがa5のポーンの守りに狩り出され、次に白キングがキング翼に侵入する。

64…Nf4 65.Be3 Nh5 66.Bxh5 gxh5 67.Kg7 Be8 68.Kf8 Kb7 69.Ke7 Kc7 70.Bd2 1-0

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(この号続く)

2012年08月17日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(283)

「Chess」2012年6月号(4/4)

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大局観の練習問題

GMヤコブ・アーガード

 最善手を見つける目的で毎月二つの局面を分析している。複雑な局面もあれば単純な局面もあり、序盤、中盤、終盤もある。これらすべてに共通する主題は、一つの最善の作戦に基づいた一つの最善手があるということである。これらの練習問題に解答するには本質的なことに集中するために三つの質問を自問するのがよい。質問1と3はどちら側からも答える必要がある。質問は次のとおりである。

1)弱点はどこか。
2)相手の狙いは何か。
3)最も働いていない駒はどれか。

 局面の弱点を見つけることができれば相手の狙いを推測するのに役立つ。そして自分の有望な着想を相手の着想の阻止-先受け思考として知られている-と組み合わせる。最後に自分の最も働いていない駒を働かせることにより、または相手の駒を働かせないままにさせることにより、局面が最も改善されることがよくある。通常は上記三つの側面のうち二つが最善手を見分ける上で重要である。時には三つ全部、そしてたまには一つだけが重要である。そうは言ってももちろんこれらの局面に解答するための正しい方法は数多くある。つまり問題に解答できると自分が思う方法はすべてそうである。

 大局的な判断のこれら三つの基本的分野に細かく注意を払えばグランドマスター並みの直感力を養うのに役立つ。

2008年モントリオール
T.ルセル・ルーズモン – H.ナカムラ

黒の手番

解答

 h3のポーンとg2のナイトという黒の珍しい態勢が害をもたらすかそうでないかは一見しただけでははっきりしない。これが現代チェスによくある現象である。多くの試合ではどの要素が最も重要かを評価できることの意義は大きい。それはそれとして複雑な大局的質問はいくつかの単純な基本に落とすことができる。d1のナイトとf1のルークはひどい形である。g2のナイトは状況により良くもなり悪くもなる。f3の地点は弱い。e6のポーンはむき出しになっている。黒は単純な一撃でこれらの問題点全てを解決できる。25…e5!! 26.dxe5 白は他に適当な手がない。26.Qxe5 は 26…Re8 から 27…Qf3 ですぐに黒の勝ちになる。26.f3 も 26…exd4 で見込みがない。26…Qf3 27.Nc3 主要な着眼点の一つが役に立つのが 27.Qxf3 Rxf3 28.Kg1 d4! で、白駒が完全に圧倒される。27…Ne3+ 28.Qxf3 Rxf3 29.Re1 Rxf2 30.Nd1 Nxd1 31.Rxd1 Kf7 0-1

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(この号終わり)

2012年08月24日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(284)

「Chess Life」2012年8月号(1/8)

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全米選手権戦

FMマイク・クライン

 スポーツ映画では敗者のドラマにこだわる。しかし2012年全米選手権戦と同女流選手権戦では映画脚本家でも高く評価できるようなつばぜり合いが最上位4選手により演じられた。戦いの舞台は5月7日から20日までセントルイス市のチェスクラブ・教育会館で、2週間に渡って開催され、GMヒカルが大会終盤で先行するGMガータ・カームスキーを追い越し3度目の優勝を飾った。

 ナカムラは最終戦の前の回戦に入るとき半点差をつけられていて、2年連続チャンピオンのカームスキーに対して気乗りのしない黒番で指すことになっていた。

 カームスキーとナカムラはこれまで5回対戦していて、すべて引き分けだった。今回の対戦では主催者は他の10選手の試合とは別にして対局室の反対側の机に設定した(女子は休養日で、対局室の半分が空いていた)。ナカムラは「基本的に皆血の出るような試合を望んでいる。それが現実だ」と言った。一番最近の対戦は今年のタタ製鉄大会で、ナカムラは同じ黒番で、シチリア防御ドラゴン戦法を採用した。1ポーン得し勝ちを目指したがチャンスを逃し引き分けに落ち着いた。

 今回の対戦でナカムラはお気に入りのポロシャツ-全体の半分をカナダのまばゆい楓の葉の赤が占めている-を選んだ。ひげをきれいにそってやって来てやる気満々だった。ナカムラはシチリア防御を選んだが今度はナイドルフ戦法だった。カームスキーは 6.a4 を選択した。これは最近はほぼ4局に1局の割で指していた。しかしナカムラの 11…Na5 のあとからは目だって慎重になった(次の手を応じるのに30分費やした)。試合が進むにつれてカームスキーは何度か深くため息をつき両手で顔をおおった。手をどけても問題はしょせん同じだった。ナカムラは自信ありげにほとんどの時間盤から離れていた。手番になるとしばしば相手に適当な手がないことを示唆するかのように盤をしげしげと眺めた。ビショップをナイトと交換したあとナカムラは自分に必要な不均衡を作り上げc列で強い主導権を得た。ベイクアーンゼーでの対戦のように圧力によりポーン得になったが前局と異なり勝ちに結びつけることができた。カームスキーは惰性で指し続けたが、ナカムラがパスポーンをどんどん突き進めたとき適当な応手を見つけることができなかった。

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(この号続く)

2012年08月31日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(285)

「Chess Life」2012年8月号(2/8)

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全米選手権戦(続き)

シチリア防御ナイドルフ戦法 [B90]
GMガータ・カームスキー (2741)
GMヒカル・ナカムラ (2775)
2012年全米選手権戦 第10回戦

解説 IMダニエル・ルートビヒ

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6 6.a4

 この手はナイドルフ戦法にとって重大な試練とはみなされていない。しかしカームスキーはこの戦型に大きな信頼をよせていて、世界中のナイドルフ戦法を使う最強の選手のいく人かに対して用いてきた。

6…e5 7.Nf3 Be7 8.Bc4 O-O 9.O-O Be6 10.Bb3 Nc6

 早い 6.a4 戦法の欠点はこの手を指されることである。黒がこう指すのは白の a5 突きを防ぐのが重要であることとb4の地点が弱体化したからである。このポーン構造で白の理想は黒の …Nbd7 を待って a2-a4 と突くことで、そうなれば a4-a5 と突くのが容易になるし …Nb4 も不可能になる。

11.Bg5

 ここまで両者の展開は自然だった。そして白はd5の地点を弱体化させる通常の作戦を行なっている。しかし10手もしないうちに白陣は守勢になり明らかに不利になった。

11…Na5!

 この局面ではすべてが白が Nd5 と指せるかをめぐって動く。この手は白のその作戦をくじき、b列とc列での構想も準備している。

12.Bxf6 Bxf6

13.Bd5?

 ここは本局を通しての勝負所の一つである。この手は良さそうに見えるが気休めにすぎない。d5のビショップは黒の手を何も制限していない。代わりにd列での白の構想を制限し、ビショップがナイトのいるべき地点を占拠している。最も一貫性のある着想は 13.Nd5 Nxb3 14.cxb3 Rc8 15.Qd3

だった。この局面は客観的には明らかに実戦より優るけれでもなぜカームスキーがこれを避けたのかは容易に理解できる。この局面は形の上からは白にとって好ましくないかもしれないが、良い面としてはいつかの時点で黒は自分の優良ビショップを交換し進展を図らなければならない。13.Ba2 もクイーン翼のポーンの形を崩さずにd5の地点を空けるので考える価値がある。13…Rc8 14.Nd5 Nc4 15.b3 Bxd5(15…Nb6 なら 16.Nxf6+ Qxf6 17.Qxd6)16.Qxd5

となれば両者に不良ビショップができるが、出遅れd6ポーンのためにたぶん白の方が少し優勢である。

13…Rc8 14.Nd2 Qc7 15.Re1 Bg5!

 この手は不良ビショップを働かせるだけでなく白の重要な捌きの Nd2-f1-e3-d5 を制限している。形勢はもう白にとって楽観できなくなっている。

16.Nf1 Qb6 17.Rb1 Nc4 18.Qe2 Bh6

 ナカムラはのちにこの手を疑問視したが、まったく問題なく他の多くの手も同様である。カームスキーは長期的な作戦を立てることができずみるみるうちに時間がなくなっていった。このような状況では …Bh6 のようなじっくりした手が相手に時間不足の中で有効な手を見つけさせることになるので最善手となることがある。

19.h4 Qb4 20.g3 Rc7 21.Kg2 Nb6 22.Bb3!

 黒はポーンを取ろうとしているが白にはその与え方がたくさんある。客観的にはこの Bb3 が最善の選択である。この手は局面の様相を変え白がもっと動けるようにする。

22…Bxb3 23.cxb3 Qxb3 24.a5

24…Na4

 24…Nc4 の方が良くナイトが中央に来てd6のポーンを守りa5のポーンに当たっていた。

25.Nh2?

 25.Nd5! Rc2 26.Qd1 Nxb2 27.Ne7+ Kh8 28.Qxd6

なら形勢不明だが最善の手順をつくせば互角の形勢だろう。白のクイーン翼は崩壊しているが駒が動きにくいのは白の方でなく黒の方である。

25…g6!

 この手はたぶん白が守りきれる収局になる比較的一本道の長い変化を避けている。局面の争点を保ち、白に時間不足の中でもっと重要な決定を迫っている。25…Nxc3 は 26.bxc3 Qxc3 27.Ng4 Qxa5(27…Qd2 は 28.Qf3 Rc3 29.Qd1)28.Red1 Qc5 29.Nxh6+ gxh6 30.Rdc1 Qxc1 31.Rxc1 Rxc1 32.Qg4+ Kh8 33.Qd7 Rcc8 34.Qxb7 Ra8 35.Qe7 f6 36.Qxd6 a5 37.Qa3

となって、黒キングが薄いので進展を図るのが難しい。

26.Ng4 Bg7 27.Nd5 Rc2

28.Qe3

 白の最善の受けは 28.Qd1 Nxb2 29.Ne7+ Kh8 30.Qxd6 だった。

28…Nc5 29.h5 Qxe3 30.Ngxe3 Rd2 31.Nc4 Rd4 32.Nxd6 Rd8

33.b4

 33.Rec1 は 33…Nxe4 34.Nxe4 Rxe4 35.Rc5 Rd4 で良くない。

33…Nd3 34.Nxb7 Nxe1+ 35.Rxe1 Ra8

36.f3

 交換損にもかかわらずカームスキーにはまだ十分引き分けの可能性があった。しかし白は 36.Nc5 Bf8 37.Rc1 でポーン損しても駒の動きを良くしておかなければならない。

36…Bf8 37.Rc1 Bxb4 38.Rc7

 白は Rc7 と指す前に 38.hxg6 と取ることもできた。この取りを保留する利点は変化によっては h5-h6 が黒キングを閉じ込めることができることと、…gxh5 なら白のナイトにf5の地点が用意されるということである。

38…gxh5 39.Kh3 Kg7

40.Kh4?

 恐怖の40手目でまた間違えた。7段目の釘付けのおかげで黒が勝勢になる。40.Nxb4 Rxb4 41.Nd6 なら黒はf7とa6のどちらのポーンを取らせるかという難しい選択を迫られた。どちらの場合でも白は引き分けの可能性が十分あるはずである。

40…Ra7! 41.Kxh5 Rxd5!

 ナカムラは正しく白の最もよく働いている駒を除去し、明らかな勝ちに単純化した。

42.exd5 Bxa5

43.Re7

 43.d6!? でも 43…Bxc7 44.dxc7 Ra8 45.Nd6 a5 46.c8=Q Rxc8 47.Nxc8 a4 48.Nd6 a3 49.Nf5+ Kf6 50.Ne3 a2 51.Nc2 Ke6 52.Kh6 Kd6!

(驚くべきことに黒キングは白がパスポーンを作ることができる前にはるばるc3の地点まで行進する余裕がある)53.Kxh7 Kc5 54.Kg7 Kc4 55.Kxf7 Kc3 56.Na1 Kb2

で負ける。

 43.Rc5?? は 43…Bb6 で即負けになる。

43…Bb6 44.d6 a5

45.Kg5

 45.Nd8 この手順には落とし穴がいくつかあるがナカムラはすべてお見通しだった。45…Kf8!(45…a4 46.Nc6!)46.Rxa7 Bxa7 47.Nc6 Bb6 ナイトは端ポーンに対する受けが非常に苦手で、黒はいずれキングをクイーン翼に向かわせる。例えば 48.Nxe5 a4 49.Nc4 Bc5 50.d7 Ke7 51.Kh6 Kxd7 52.Kxh7 Ke6 53.Kg7 Kd5

これで黒の勝ちである。

45…a4 46.Kf5 a3 47.Nd8 a2 48.Ne6+ Kh6 49.Ng5 a1=Q 50.Nxf7+ Kg7 白投了

 白はもう有効なチェックがないので投了した。

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(この号続く)

2012年09月07日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(286)

「Chess Life」2012年8月号(3/8)

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全米選手権戦(続き)

 ナカムラはカームスキーと握手し、苦笑いしながら助手のクリス・リトルジョンに初めての満足の視線を送った。カームスキーはいつもは報道記者室に来て自分の試合の解説をするのだが(カイダノフ戦で負けたときもそうした)、今回は上階に留まっていた。人前で悄然としているカームスキーを見るのはまれなことである。彼は審判の机の方に行き観戦者たちに背を向け寂しげな様子で鼻の涙腺のあたりを押さえながら頭を垂れてじっと立っていた。

 「この試合でガータの指した多くの手に驚かされた」とナカムラは語った。「何がどうなっているのかよく分からなかった。難解な局面が続くように努めた。」ナカムラは変化をすべて読み切っていたわけではないと言った。しかしどの時点でも負けはないことは確信していた。「見た目にはナイトは非常に強かったが、それにもかかわらず動く枡がなかった。」彼はこれより前のいくつかの試合では運がなくて引き分けに持ち込まれたし、この大会はたぶん自分に少し運を借りていると言った。「どの試合でも頑張った。ユーリ・シュールマンの防御は天才級だ。今日は幸運をつかむため、引き分けになると思ったとき・・・」

 前日に今大会最長手数でGMアレックス・レンダーマンを負かしそこねたので、けちな防御を克服できないいらいらはナカムラの意識に新たになったに違いない。121手に達したあと奇妙にも駒のごちゃごちゃした中盤で50手規則にあと10手以内というところで、ナカムラは抜け道を見つけたがレンダーマンは巧みにポーンを少々放ってナカムラの孤立ビショップを窒息させた。この試合は全米選手権戦史上6番目の最長手数だった。

 「今日は本当にまた6時間の試合を指したくなかった」とナカムラは語った。彼は自分と妥協した。レンダーマンとの試合は7時間に達する瀬戸際だった。「先に進まなければならなかった。いつまでもこだわっているわけにはいかない。」

 ナカムラは1年の休止ののち選手権戦に復帰した。セントルイスに住んでいるので去年はほとんどすべての回戦を観戦した。そしてあとで出場を見送ったことを後悔していると言った。「世界中の大会で指していたが全米選手権戦は断然最高の大会だ」と閉会式で言った。今は2011年大会を休むよう助言したGMガリー・カスパロフの指導を離れて、11回戦をとおして自信に満ちた妥協なきチェスを指した。ほとんどの試合で黒番のときでさえ積極的に動いた。「自分が長考し始めるときは普通はずっと先の方まで読んでいるからだ。ただこちらの方が指しやすいと思っていた。時間を使う必要はなかった。」

 出場の決断は昨年と同じ危険をはらんでいた。FIDEレイティングを維持するだけでも7½/11の成績が必要だった。彼は最高のレイティングで大会に臨んだ。負けなしの8½の成績をあげて1点差で大会に優勝し、8点ほど上げて大会後のレイティングを2783にし、フィッシャーの米国最高レイティングに2点差まで迫った(4万ドルの優勝賞金も得た)。堂々たる数字にもかかわらずナカムラはこれが大会に参加した目的ではないと繰り返し述べた。「レイティングだけが目的ならたぶんもっと何か向こう見ずなことをしていただろう。」GMアーナンドがかろうじて世界チャンピオンの座を守ったことによりナカムラはアーナンドにも生のレイティング順位で肉薄した。これを書いている時点で彼は生まれて初めて世界の5傑に名をつらねた。

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(この号続く)

2012年09月14日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(287)

「Chess Life」2012年8月号(4/8)

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全米選手権戦(続き)

 ナカムラの出だしは総当たり戦の普通の形式で始まった。GMロバート・ヘスに白で勝ったあと最初の6回戦は黒で引き分け白で勝ちというように進んだ。大会後半はほぼその逆で、白では引き分けにしかできなかったが黒では勝った。その流れは最終戦で白で勝って止まった(相手はGMヤセル・セイラワンで、これでカームスキーが追いつけなくなった)。前半の結果からは想像もできないがナカムラは黒でも主導権を握り、引き分けに終わった試合でも自分の方が優勢だと思っていた。

 彼は自分の戦略を「黒では勝とうとするなら指し方を何かしら変えなければならない。相手を気楽にさせてはならない」と説明した。そして白でも黒でもそうすることができた。第1回戦のヘス戦は意表のエバンズギャンビットで始まった。ナカムラはこの選択について「何か新しいものを試したいと思った」と語った。「自分の生まれる二、三百年も前の古い試合を最近見ていた。『ナイジェル・ショートでも指せるなら自分でも指せるんじゃないかな』と考えた。」

 この試合は大会を通してのナカムラの優れた研究の前触れになった。彼はすぐに昔から助手を務めこの選手権戦もずっと付き添ったクリス・リトルジョンの手柄だと言った。布局定跡の研究を毛嫌いするのでよく知られているヘスは 9…Ba3 で単純化してポーンを返しクイーン翼を自由にしようとした。彼はもっと普通の 9…b6 のような手も考えたがナカムラの研究を外すためにちょっと変わった手を指したかったと言った。「大会の後半だったらもっと違った手を指していただろう。彼にまったく圧倒されたために負けてしまった。実戦不足が手の選択に現れた。」ヘスはイェール大学の1年生を終えたばかりでこの1年では二つの大会にしか出なかった。

 この選手権戦で唯一初顔のGMアレハンドロ・ラミレスは第2回戦でナカムラと当たった。攻撃をはね返されたあと彼の駒はナカムラがd列で突破を図るまで要塞化の防御態勢をとっていた。ラミレスは交換損で引き分けに逃れようとした。ナカムラのキングは黒枡の攻撃から避難場所を見つけることができなかった。あとで検討のときにナカムラは勝ち筋を見つけたが、いつものように半点しか取れなかったことにがっかりしたことを隠そうともしなかった。

 第3回戦ではチェスらしい火花の応酬があった。元米国選手権史上最年少のGMレイ・ロブソン(2012年度の大会でも最年少)はナカムラの定評のある攻撃から逃げなかった。シチリア防御ドラゴン戦法を採用したあとすぐに横隊4ポーンと対峙することになった。1個1個落としていったが圧力を払いのけクイーン同士を交換するために戦力を少し返さなければならなかった。しかし混沌とした状況は続いた。両者とも相手陣内にナイトを送り込んだ。ナカムラはルークを駆使しロブソンは三重eポーンの先頭を昇格させることに専心した。両選手とも自分の望みを達したが、ナカムラが両ルークで勝てるように巧妙に自分のキングを長いこと隠したのでロブソンの余分のクイーンは勝ちをもたらすことができなかった。ナカムラは火中の栗を拾ったことに対して第2位の名局賞と賞金千ドルを獲得した。

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(この号続く)

2012年09月21日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(288)

「Chess Life」2012年8月号(5/8)

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全米選手権戦(続き)

シチリア防御ドラゴン戦法ユーゴスラビア攻撃 [B76]
GMヒカル・ナカムラ (2775)
GMレイ・ロブソン (2614)
2012年全米選手権戦 第3回戦

解説 GMレイ・ロブソン

 ナカムラと初めて対戦するのは私にとって楽しみで刺激的なことだった。なぜなら彼は私の小さい時からずっと見上げてきた選手だからだ。大会の出だしが ½/2とひどかったのでこの試合で悪くない結果を得て立ち直りのきっかけをつかみたかった。

1.e4

 これは最初の少し意外な手だった。ナカムラは第1回戦で既に 1.e4 と指していたが、彼は近頃では初手にeポーン突きを選ばないのが普通である。実際のところ私は信頼できる堅実な手順がなさそうなので e4 の方を心配していた。

1…c5

 私はシチリア防御のほかに時々フランス防御を指している。しかしより多く指している布局の方でいくことにした。

2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 g6

 ドラゴン戦法。ナカムラのような危険な相手に対してこんな激しい布局を指すのはおかしく思われるかもしれない。しかし私としては(これまで指したことのある他の二つの戦法の)スヘフェニンゲンやクラシカルは準備が十分でないと感じていたのでこれの方がやれる気がしていた。

6.Be3 Bg7 7.f3 Nc6 8.Qd2 O-O 9.g4

 またちょっと意外な手だった。この手は最近強豪たちの間で復活しているようである。白のやりたいことはキャッスリングを遅らせて h2-h4 と突き黒に普通に展開させなくするということである。9.g4 には g4-g5 を見せて …d6-d5 を防ぐ効果もある。

9…Be6

 他の主要な手は 9…Nxd4 から 10…Be6 だが、争点を解消するのは白を利する。例えば本譜なら 10…d5! があるので白は 10.h4 と突けない。

10.Nxe6

 これは当然の手だが長い間あまり良い手ではないとみなされていた。e6のポーンはそれほど大きな弱点にはならず中央の支配に役立つと考えられていた。最近になって白の手段がいくつか発見され 9.g4 が 10.Nxe6 との関連で普通に指されている。10.h4 d5 は黒が良いようである。以前の主手順は 10.O-O-O Nxd4 11.Bxd4 Qa5 だが黒が良いと考えられている。

10…fxe6 11.O-O-O Ne5 12.Be2

12…Qc8

 実はこの局面はアエロフロート・オープンでバルトス・ソツコ相手に指していた。彼は 13.Bh6 と指し両者に悪手があったが結局彼の勝ちになった。ナカムラの手はもっと厳しかった。12…Rc8 も理にかなった手だが 13.Nb5! で Nxa7 と Nd4 の狙いがあり白が好調である。

13.h4 Nfd7

 黒はf3のポーンを取りたくもあり取りたくもない。焦点は Bh6 を止めることである。13…Nc4 14.Bxc4 Qxc4 15.Bh6 は少し白が良い。

14.f4

 14.h5 と突くこともまだできた。14…Nxf3!? なら(14…Nc4 も可能で 15.Bxc4 Qxc4 16.hxg6 hxg6 となって黒キングが必要ならば中央に逃げ出せるので形勢は完全に不明である。)15.Nd5!

が気持ちのよい一撃となる。この局面は白が優勢だと思っていたがいずれにしても相応の局面になるようである。15…Nxd2(15…exd5 16.Qxd5+ Rf7[16…Kh8? 17.hxg6 Nf6 18.Rxh7+ Nxh7 19.Qh5

黒が詰まされるか大きな駒損になる]17.Bxf3

白が少し優勢である)16.Nxe7+ Kf7 17.Nxc8 Raxc8 18.Rxd2 Kxe7

黒は黒枡を支配しているので取り立てて問題ないはずである。想定手順は 19.hxg6 hxg6 20.Bg5+ Bf6 21.Rh7+ Rf7 22.Bxf6+ Kxf6 23.g5+ Ke7 24.Rxf7+ Kxf7 25.Rxd6 Ne5

で、黒に十分な代償がある。

14…Nc4 15.Bxc4 Qxc4 16.e5(続く)

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(この号続く)

2012年09月28日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(289)

「Chess Life」2012年8月号(6/8)

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全米選手権戦(続き)

シチリア防御ドラゴン戦法ユーゴスラビア攻撃 [B76]
GMヒカル・ナカムラ (2775)
GMレイ・ロブソン (2614)
2012年全米選手権戦 第3回戦
(続き)

 16.e5

 この局面を以前に見たことがあるのは分かっていたが残念ながら正しく覚えていなかった。

16…Nb6

 恐らく 16…Rad8 が最善手で、それならまだ形勢不明だった。

17.h5

 白の攻撃は強力で分かりやすい。

17…dxe5 18.hxg6 hxg6 19.Qh2

19…Rxf4

 残念だがこの手しかない。19…exf4 は 20.Bd4 で白につぶされるだけである。

20.Bxf4

 20.Kb1 Nd5 は黒が良い。

20…Qxf4+ 21.Kb1

 実はf4で取ったとき完全にこの手を見落としていた。どういうわけか相手がクイーン交換してくるしかないと思い込んでいた。

21…Qxh2 22.Rxh2 Rf8

 形勢はまだみかけほど黒にとって悪くない。…Rf4 ですぐに反撃が始まる。そしてもし …e5-e4 でビショップを働かせることができるようになればやはり反撃できる。また三重ポーンはそのうちの1個を取られても二重ポーンになるだけなのでそれほど悪くない。

23.Ne4

 コンピュータは面白い 23.b3 Rf4 24.Ne2 を推奨している。その意図は 24…Rxg4 25.Rd8+ Kf7 26.Rb8 で、e2のナイトがよく働いていて黒の反撃を防いでいることにある。

23…Rf4 24.Ng5

 このナイトはc5に行ってb7のポーンを取る方が理にかなっていた。e6のポーンはまったくの役立たずだが、b7のポーンはもっとおいしそうである。24.Nc5 Rxg4 25.Nxb7 となれば白は勝つ可能性がかなりある。

24…Rxg4 25.Nxe6 Bf6

 Nxg7 を恐れるべきかどうか確信がもてなかった。このビショップは将来強力になるかもしれない。だから 25…Bf6 は理にかなっていると思う。

26.b3

 白の次に指したい手は c2-c4 で、そうなればこちらのナイトは大きな問題を抱える。そこで・・・

26…Nc8 27.c4

 27.Rd8+ Kf7 28.Nc5 Nd6 29.Rh7+ Bg7 では白に何ももたらさない。27.Rf2!? で黒のナイトを働かせないのが面白かった。27…b6(27…Nd6? 28.Rxd6)28.c4 Kf7 29.Nc7 e4 で黒はまだしのげる可能性が高い。

27…Nd6 28.c5 Nb5 29.Rd7

 このあたりでは時間に追われていた。だからナカムラはとりわけ速く指していた。念のため書くと彼は全局を通してほとんど時間を使わなかった。

29…Kf7

この手は悪手だと思っていたが、今から考えると 37…Re1+ が決定的な悪手だった。29…e4! でもたぶん受かっていた。30.Rxb7 Rg1+ 31.Kc2 Ra1! これが眼目の手である。ここで 32.Rxb5 が急所で、驚くべき手順になる。32…Rxa2+ 33.Kc1 Rxh2 34.c6 e3

35.c7(35.Nf4 は 35…Rh1+ 36.Kc2 Rh2+ で引き分けになる。37.Kd3 なら 37…Rd2+ 38.Kxe3 Rc2 で黒が少し良い)35…Rh1+ 36.Kc2 e2 37.c8=Q+ Kh7 38.Nf8+

38…Kg7(38…Kh6?? は 39.Qe8 Rg1 40.Qf7 で駄目である)39.Ne6+(39.Qe8 は黒キングがh8に逃げることができ 39…e1=Q 40.Qxg6+ Kh8 41.Rh5+ Rxh5 42.Qxh5+ Kg7 で黒が勝ってしまう)39…Kh7 40.Re5(40.Rb8 は 40…Rc1+[40…e1=Q?? 41.Qg8+ Kh6 42.Qh8+! Bxh8 43.Rxh8#]41.Kxc1 e1=Q+ 42.Kc2 Qe2+ で千日手)40…Bxe5

41.Qf8(41.Ng5+ は 41…Kg7 42.Nf3[42.Qb7 は 42…e1=Q 43.Qxe7+ Kh6 44.Nf7+ Kh7 45.Nxe5+ Kh6 46.Nf7+ Kg7 でちょうど引き分け]42…e1=Q[42…e1=N+!?]43.Nxe1 Rxe1 44.Qd7 Bd6 45.Qxa7 Re4

で引き分けに終わる)41…Bf6 42.Qf7+ Kh6 43.Nf8 e1=N+

黒はなんとかチェックをかけ続けて生き延びることができる。44.Kd2 Nf3+ 45.Ke2 Nh4 黒はg6を守り Qh7+ からルークを守っている。

 29…Rg1+ は 30.Kc2 Na3+ 31.Kb2 Nb5 32.Rxb7 e4+ のあと上述の 29…e4 の手順と同じになる。

30.Rxb7

 以下の手順は必然のようである。

30…Rg1+ 31.Kc2 Na3+ 32.Kb2 Nb1 33.Nd8+ Ke8 34.Nc6 e4+ 35.Kc2 Na3+ 36.Kd2 Nb1+ 37.Ke3(続く)

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(この号続く)

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「ヒカルのチェス」(290)

「Chess Life」2012年8月号(7/8)

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全米選手権戦(続き)

シチリア防御ドラゴン戦法ユーゴスラビア攻撃 [B76]
GMヒカル・ナカムラ (2775)
GMレイ・ロブソン (2614)
2012年全米選手権戦 第3回戦
(続き)

 37.Ke3

37…Re1+?

 このチェックは白を助けるだけである。正着は 37…Nc3! で、そうなれば黒駒はすべて連係がよくとれている。ナイトはいくつも良い働きをしている。まず第一に …Nd5+ の両当たりのせいでe7の取りを防いでいる。また黒ルークが少しチェックをかけたあと、このナイトはポーンをe2に突き進めるのを助けるかd5に戻ってe7の地点を支え …e4-e3 突きを準備する。38.Rxa7(38.Rh7? Rg3+ 39.Kf2 Rf3+ 40.Kg1 Nd5 は黒駒の大きな活動性を示している。黒はここからもう勝ちにいくかもしれない)38…Rd1 39.Kf2 Rd3!?

白はここで強制的に引き分けにすべきだろう。40.Rh7(40.Kf1 Rd1+ 41.Kg2 Nd5 は白にとって危険かもしれない)40…e3+ 41.Kg2 e2 42.Rhxe7+ Bxe7 43.Rxe7+ Kf8 44.Kf2

44…Rh3(44…Rd1 45.Rxe2 Nxe2 46.Kxe2 も簡単な引き分けである)45.Ke1 Nxa2 46.Rxe2 Nc1 47.Rf2+ Ke8 ポーンがすべて盤上からなくなる。

38.Kf2 Rc1 39.Rh7 Rc2+

40.Kg3?

 ナカムラはこの手をほとんど即座に指したが実際は勝ちを投げ出すところだった。ここは 40.Ke3 が正着だった。40…Nc3 41.Ne5! で黒は完全に敗勢である。41…Nd1+ 42.Kf4 Rf2+ 43.Kg4 Ne3+ 44.Kh3

で白が勝っている。

40…Rc3+?

 不運なことにここでは加算時間で指していた。そして最後の1秒でこの愚かな手を指した。40…Nc3! 要点は 41.Nxe7 が 41…Be5+ のせいで狙いになっていないことで、そのためナイトを戦いに引き戻すことができる。41.Rhxe7+ たぶん最善手。(41.Rxa7 Nd5 黒はここでは何も危険なことはない。だから白は引き分けを目指すべきである。41.Nxe7?? Be5+ 42.Kg4 Rg2+ 43.Kh4 Rh2+ 44.Kg5 Rxh7)41…Bxe7 42.Rxe7+ Kf8 43.Rxa7 Ne2+(43…Nxa2 も引き分けになるはずだが 43…Ne2+ の方が簡単である)44.Kg4 Rc3!

黒は引き分けるための反撃策が十分ある。例えば 45.Ne5 Rg3+ 46.Kh4 g5+ 47.Kh5 Nf4+ 48.Kh6 e3 49.Ra4 e2 50.Re4 Rg1 51.Nf3 Rf1 52.Kxg5 Rxf3 53.c6 Nd5 54.Rxe2

これで引き分けになるはずである。

41.Kg4

 ここで完全に負けになっていることに気づいた。まともな手が何も見つけられなかったが、投了したくなかったのでただ指し続けた。

41…e3 42.Nxe7 e2

 ここで私は 43.Rb8+ のような普通の手を予想していた。そして白はe2ポーンを止めて簡単に勝つ。ナカムラがナイトの上に手を持ってくるのを見たとき私はドキドキした。そして彼をその手を指した。

43.Nd5!!

 この好手一つに好手記号を二つ付けた。43.Rb8+ Kd7 44.Nxg6+ Kc6 45.Re8 で勝つのは平凡なやり方である。

43…Rg3+ 44.Kf4 Bg5+

 44…Be5+ は 45.Kxe5 から 45…Re3+ 46.Kd6 で負けることは読んでいた。しかし盤上にビショップがあってもこれが成立するとは思っていなかった。

45.Ke5 e1=Q+ 46.Kd6

 すごい局面である。黒はクイーン得だが Rh8+ と Rb8+ の狙いに対して完全に負けになっている。局面がスタディみたいになっているのは面白いが、これはスタディではない。残念ながらこちらが負けの側になっていた。(ナカムラはカスパロフとの研究の一部がスタディになっていたのでこの局面はなんでもなかったと言った – FMマイク・クライン)

46…Bf4+

 46…Rf3 は 47.Rb8+ Bd8 48.Nc7+ で黒が詰まされる。46…Be7+ は黒駒がもう少しあったら最善手になるところだがここでは 47.Rhxe7+ Qxe7+ 48.Rxe7+ で完全に黒の負けの収局になる。

47.Nxf4 Rd3+

 47…Qd2+ は 48.Nd5 とナイトが戻って何もかも防いでいる。

48.Nxd3 Qg3+ 49.Ne5 黒投了

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(この号続く)

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カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(291)

「Chess Life」2012年8月号(8/8)

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全米選手権戦(続き)

 第4回戦はオニシュクが相手で色違いビショップのために引き分けになった。

 第5回戦は共に首位のGMグレゴリー・カイダノフに対して大きな勝利をあげた。カイダノフは守勢になり中盤戦のほとんどでナイトを行ったり来たりさせた。ナカムラはまたもキングの行進で敵陣を突破した。今回は彼のキングは8段目まで行った。カイダノフは駒が身動きできなくなり投了した。

 対局中に何度かナカムラがしかめ面をし片手を胸のところに当てるのが見られた。審判に胸の痛みを訴えたあとナカムラはすぐに手当てを受けるよう勧められた。しかし彼は引き分けを提案せずに試合を終えることにこだわった。試合終了後すぐに彼はリトルジョンに頼んで病院に連れて行ってもらった。救急処置室で長い夜を過したあと彼はたいして問題はなく試合を続けるにはさしつかえないと言った。「試合中ずっと具合が悪かった。しかし結局『自分はチェスで食っているんだ。もし死ぬならチェスを指している最中に死んだ方がいいだろう』と考えた。」チャンピオンが具合悪くなったのはこれで2年連続だった。昨年別の大会でカームスキーは早い引き分けを選んで治療のために大会会場を出た。しかし彼も問題なく試合を続けることができた。「どんな戦いでもそんなものだ」とナカムラは言った。「体調が万全ではないときでも参加して戦わなければならない。」

 休むまもなくナカムラは第6回戦でGMバルージャン・アコビアンに第7回戦でGMユーリ・シュールマンに引き分けてカームスキーに追いつかれた。ナカムラはまだ全米選手権戦でシュールマンに勝ったことがなかった(唯一の勝ちはラスベガスでだった)。しかしそれは努力が足りなかったためではなかった。彼は101手まで指し最後はキング対キングだった。

 ストリプンスキー戦ではチャンピオンが1手差で勝った。5ポーン対1ルークのわけの分からない収局は戦う者たちを魅了した。グランドマスターの過半数が対局者同士の検討を見守った。セイラワンは「白が勝っている、いや黒が勝っている、いや白が勝っている」と言った。

どちらが勝っているか?
GMアレクサンドル・ストリプンスキー (2562)
GMヒカル・ナカムラ (2775)
2012年全米選手権戦 第8回戦

63.b5 Rb8!

 ポーン群を止めるなら 63…Ra8? だがそれらを清算する可能性は高まらない。実戦の手はポーン群をそれぞれ1段進ませるので感覚的に引っかかるところがあるが、実際は黒キングを助けている。

64.g5

 64.a7 は 64…Ra8 65.b6 Kc6 66.e6 Kxb6 67.d7 Kc7 68.Kxf3 Kd6 で良くない。

64…Rxb5 65.g6

 単刀直入にポーンを進めるのも駄目である。

65…Rb8 66.a7 Ra8 67.g7 Ke6 68.Kxf3 Kxe5 69.d7

 3個のパスポーンが好位置のルークによって昇格を阻まれて無力になっている奇妙な光景である。

69…Kd6 70.Kf4 Kxd7 71.Ke5 Kc6 白投了

 ストリプンスキーはこのような惜敗のせいで初戦のポカから巻き返せず、ナカムラとの通算成績も改善することができなかった。これで全米選手権戦では白でナカムラに3連敗になった。

 第9回戦でナカムラがレンダーマンとも100手超の試合をしたときカームスキーは首位に躍り出た。その試合では52手目から91手目までポーンが前進せず駒を取ることも起こらず駒が当てもなく盤上をさまよっているようだった。最終的に引き分けになりカームスキーもセイラワン相手に猛烈な襲撃を決めて、ナカムラが大会中初めて首位を譲り両者が第10回戦で激突することになった。

 カームスキーのセイラワンとの試合は一番最初に勝負がついた。2時間ちょっとで、次の相手のナカムラより5時間早く仕事を終えた。ナカムラがレンダーマンとのマラソン引き分けを終えた後はカームスキーの定跡研究の優位が大きかった。チャンピオンは試合後の興奮から頭を冷やしたいと言って少し飲みに外出しカームスキー戦の研究はほとんどしなかった。

 「ひどくやっつけられることに慣れていなかった」とセイラワンは言った。勝ったカームスキーは7/9となりナカムラに半点差をつけて彼との第10回戦に臨むことになった。ナカムラはその試合に勝ったあと第11回戦の対セイラワン戦で 2.f4 を指し優勝を決定づけた。セイラワンはこれまで一度もその手を指されたことがないと言った。そしてまた布局で対抗策に悩んだ。持ち時間が煙のように消えていき、ナカムラの対角斜筋での攻撃に耐えられなくなったときには中盤戦を終えられなくなっていた。

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(この号終わり)

2012年10月19日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(292)

「Peón de Rey」2012年5・6月号(1/1)

 2012年6月8日から18日までモスクワで第7回タリ記念大会が行なわれGMナカムラは10人中9位の成績に終わりました。

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第7回タリ記念大会

A.グリシュク (ロシア、2761)
H.ナカムラ (米国、2775)

シチリア防御 [B75]

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 g6 6.Be3 Bg7 7.f3 Nc6 8.Qd2 O-O 9.g4 Nxd4 10.Bxd4 Be6 11.Nd5

 カルポフのこの手は大変有名だけれどもグリシュクにとって意外だったのは強豪レベルではほとんど探究されておらずクイーン翼キャッスリングや h4 突きの1/5ほどしか用いられていないということである。

11…Bxd5 12.exd5 Rc8

 12…Qc7 13.h4 Rac8 は実戦に戻る。

13.h4 Qc7 14.Rh2 e5 15.dxe6e.p. fxe6

 黒がこの手を指すことにしたのは実戦で白の勝率が85%にものぼることを考えれば間違った選択だった。

16.O-O-O

 1982年ロンドンでのカルポフ対メステル戦は 16.h5 Qc6 17.O-O-O Qxf3 18.hxg6 hxg6 19.Bg2 Ne4 20.Bxf3 Nxd2 21.Bxb7 と進んで白の優勢の収局になった。

16…e5N

 この新手はナカムラが対局中に考え出したものだろうが、白の着想に驚かされることになる。ここで黒が指せる手としてはキリル・ゲオルギエフのようなこの戦法の専門家の用いる 16…Nd5 である。

17.Be3 Qf7 18.Kb1

18…d5

 黒は 18…Nxg4 19.fxg4 Qxf1 でポーン得することはできるが、20.h5 で代償に白の攻撃が強くなる。

19.h5 e4

 19…Rfd8 という手もあるだろうが白が明らかに優勢であることには変わりない。

20.hxg6 hxg6 21.Be2 Qe6 22.Bd4 Rc7 23.Rdh1

 強豪同士のドラゴン戦法で白が何の危険もなくやすやすと優勢を拡大するのは記憶にない。

23…Rff7 24.a3 b6 25.fxe4 Qxe4

 キングの守りが万全で盤上もほぼ支配しているので白は敵キングに対する最終攻撃に乗り出す。

26.g5 Nh5 27.Bxg7 Kxg7 28.Bxh5 gxh5 29.Rxh5 Qc4 30.Qd1 Qe4 31.g6! Rfe7 32.R5h4 Qe5 33.Rh7+ Kg8 34.R7h5 Qe4 35.Qd2 1-0

 白の Rh8+ から Qh6+ の狙いで黒キングは生き残れない。

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(この号終わり)

2012年10月26日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(293)

「Schach Magazin 64」2012年9月号(1/1)

 2012年7月23日から8月2日まで第45回ビール・チェス祭りが行なわれGMナカムラは6人中同点3位の成績に終わりました。

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第45回ビール・チェス祭り

シチリア防御 B96
ワン・ハオ – H.ナカムラ

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 a6 6.Bg5 e6 7.f4 b5

これがいわゆるポルガエフスキー戦法である。以前に何度も世界選手権挑戦候補になったレフ・ポルガエフスキーはこの戦法の発展にずばぬけた最大の貢献をしたので、他の誰が「著作権」を持っていようと彼の名を冠するのがふさわしい。ロシアのGMニコライ・クロギウスは後年チェス心理学者の異名を取ったが、白の e4-e5 突きの狙いが狙いになっていないことに最初に気づいた。というのは 8.e5 dxe5 9.fxe5 のあと黒は独創的なやり方で駒を助けるからである。9…Qc7 10.exf6 Qe5+

これで黒が戦力を取り返す。初局はレイケル対クロギウス戦(プロイエシュティ、1957年)で 11.Qe2 Qxg5 だけ指され、ここで両者が半点ずつ分け合った。褒められたことではない。

 初局から2年後ポルガエフスキーはこの戦法を自分の常用戦法に加え、数多くの試合で指し、雑誌にこの戦法について書き、1冊の本まで出した。そして20手あたりまで研究されたあと、この戦法はまた実戦から消えた。それはこの戦法の正当性に疑念が生じたからではなく、ほとんど誰もこんなに難解なものに関わりたくなかったからである。

 上述の 11.Qe2 に対して 11…Qxg5 12.Ne4 Qe5 13.O-O-O Ra7 から …Rd7 という防御が成立することが明らかになった。実戦の 11.Be2 はキング翼キャッスリングの用意である。11…Qxg5 12.O-O Ra7 13.Qd3 Rd7 14.Ne4 Qe5 15.Nf3

15…Qc7 15…Rxd3 は 16.Nxe5 のあと fxg7 から Nxf7 という狙いが残っているので駄目である。16.Qe3 Bb7 ポルガエフスキーは 16…g6 の方を好んだ。17.Nfg5 h6 18.Qh3 g6 19.Bd3 Nc6 20.Kh1 Ne5 21.Rae1 Bb4 22.Re3 Bd5

局面は難解でどちらが有利とも言えない。ここでは例えば 23.c3 または 23.b3 と指せた。23.b3 の方は実戦に出てくる黒のナイトがc4に跳ぶ手を防いでいる。しかし本大会にあとで優勝することになるワンは 23.Be2?! と指して観戦者を驚かせた。局後の解説でも 23…Qxc2 にどう指すつもりだったかという質問には答えずじまいだった。ナカムラは何が気に入らなかったのかc2のポーンを取らなかった。23…Qxc2 24.a3 Ba5 25.b4 Bb6 26.Nc5 Bxc5 27.bxc5 Nc6 28.Nxe6

はまったくの形勢不明だが、決して「熱」すぎるとは思われない。いずれにしても実戦の 23…Nc4 は問題ない手である。悪手はもっとあとに出てくる。24.Rd3 Qe5 25.a3 Ba5 26.Bg4 黒はここであっさりとb2のポーンを取るべきだったのに敗着が出た。26…Nd6?

ワン・ハオはすぐに猛然と突っ込んだ。27.Rxd5! Qxd5 27…exd5? は 28.Bxd7+ と取られる。28.Bxe6 fxe6 29.f7+

29…Kd8 29…Ke7 なら 30.Qxh6! Rdd8(30…Rxh6?? 31.f8=Q#)31.f8=Q+ Rdxf8 32.Qg7+ で白が勝つ。30.Nxe6+ Kc8 31.f8=Q+ Rxf8 32.Rxf8+ Bd8 33.Nxd6+

これまでの4手連続チェックは見つけるのが簡単だったがこの5番目のチェックはそうでない。黒はまたキングが逃げなければならない。33…Qxd6 は 34.Rxd8+ Rxd8 35.Nxd8+ Kxd8 36.Qd3 で白勝ちのポーン収局になる。33…Kb8 34.Rf1 白は最下段の守りを優先しなければならない。34…Rxd6 35.Nxd8 Qc4 35…Rxd8 は 36.Qxh6 で白の2ポーン得になる。36.Rg1 Rxd8 37.Qg3+ Kb7 38.Qxg6 Rd2 39.Qxh6 Rxc2 40.Qg7+ Kb6 41.b4 Qd3 42.Re1 Qe3 43.Qf6+ Kc7 44.Qf1 Rf2 45.Qg1 Qf4 46.h3

今や黒の主導権はか細い光のようになった。この収局で白は2ポーン得だが、それでも 46…Kb7 ならまだ少し苦労しただろう。しかし実戦は 46…Qg3 だったので 47.Qh2 でクイーン交換を強要されこれ以上指す意味がなくなってしまった。1:0

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(この号終わり)

2012年11月02日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(294)

「L’Italia scacchistica」2012年4・5月号(1/1)

 2012年4月27日から5月1日までイタリアのアルビエでイタリア・チーム選手権戦が14チームで行われ、GMナカムラが助っ人として参加したパードバ・チームが優勝しました。

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2012年イタリア・チーム選手権戦

オランダ防御 A85
A.ダビド(2604) – H.ナカムラ(2771)
2012年イタリア・チーム選手権戦第2回戦、アルビエ

1.d4 e6 2.c4 f5 3.g3 Nf6 4.Bg2 Bb4+ 5.Nc3 O-O 6.Nf3 b6

7.Qb3

 手順を考慮すればすぐに 7.Ne5(7.Ng5 は 7…c6 8.O-O Bxc3 9.bxc3 Ba6 でほとんど互角)7…Ne4 8.Bd2 Bb7 9.Nxe4 Bxd2+ 10.Qxd2 Bxe4 11.Bxe4 fxe4 12.Qe3 d5 13.O-O+/= と指してみても良かった。

7…Bxc3+ 8.Qxc3 Bb7 9.b3

 9.O-O なら 9…Qe7 10.Bg5 d6 11.d5!+/= でなく 9…Ne4= が良い。

9…d6 10.O-O Qe7 11.Bb2 Nbd7 12.Rad1 Rae8 13.d5!?

13…e5

 ナカムラは 13…exd5 で相手の挑発に乗るのを避けた。そう指すと 14.cxd5 Nxd5 15.Qc4 b5!?(15…c6 は 16.Nd4 Ne5 17.Nxc6 Nxc4 18.Nxe7+ Nxe7 19.Bxb7 Nxb2 20.Rd2 Nc4 21.bxc4 となって白の有望な収局になる)16.Qxb5 N7b6 で形勢判断の難しい局面になるが、途中 14…Nc5 15.Nh4 f4! なら穏やかな局勢になる。ここからは両者の退屈な手順が続いた。

14.Nh4 g6 15.Nf3 Nh5 16.e3 h6 17.Nh4 Kh7 18.f4 e4 19.b4 Ra8 20.Rc1 a5 21.a3 Ndf6 22.Rfd1 axb4 23.axb4 b5 24.Bf1 bxc4 25.Bxc4 Qf7 26.Qd4 Ng7 27.Bb3 Nge8 28.Rc2 Nd7

29.h3

 両者の長い捌き合いのあとここで初めて 29.g4! fxg4 30.Qxe4 Ndf6 31.Qd3 で局面の転換を図る機会があった。白の黒枡ビショップがいつかはものをいい始めるはずである。

29…Ndf6 30.Rg2 Bc8 31.Rc2 g5 32.Ng2 Rg8 33.Rdc1 Nh5 34.fxg5 hxg5 35.g4 fxg4

36.Qxe4+!?

 均衡を保つ 36.hxg4 の代わりに白はけんかを買ってでてもう少しで勝つところだった。

36…Bf5 37.Rf2 Ng3?

 この悪手が白に絶好のチャンスを与えた。なぜなら 37…Nf4! でf列を閉じることの方が重要だったからで、38.Rxf4 gxf4 39.Qxf4 Qh5 40.h4 g3 41.e4 Rg4! となれば黒は優勢を維持するはずである。

38.Qxf5+??

 ダビドは列車に乗りそこねた。38.Qxg4!! なら 38…Bxg4 39.Rxf7+ Kg6 40.Rf2 Bc8 41.Kh2 Nf5 42.Rcf1 Nfg7(42…Neg7 43.Bc2 Ra2 44.Bxg7+-)43.Bc2+ Kh5 44.Rf8! Rxf8 45.Rxf8

でみごとな結末になっていた。

38…Qxf5??

 しかしナカムラはあわてて好意のお返しをした。38…Nxf5 39.hxg4 Rf8 40.Rxf5 Qe7 41.Bc2 Kg8 なら文句のつけようがなかった。

39.Rxf5 Nxf5 40.Bc2 gxh3 41.Bxf5+ Kh6 42.Ne1 g4 43.Rc4 Ra2 44.Nd3 Rg5

45.Rf4?!

 局面は乱戦状態だがまだ白の勝ちである。しかし白は 46.Be6! で駒の動きを楽にする代わりに駒の遺産を残し始めた。この手はg4のポーンの脅威を見越していて、45…g3(45…Kh5? は 46.Bf7+ Kh4 47.Bxe8 Kg3 48.Bd7 で白の勝ち)46.Bxh3 Rxd5 47.Rh4+ Kg5 48.Rg4+ Kh6 49.Bd4+- を読んでいる。

45…Ng7 46.Be4 Rxb2!

 黒はすでに非常に不均衡な局面をさらに紛糾させた。白は急にまごつき始める。

47.Nxb2?

 この手は黒を助けた。見つけるのは難しいがまだ勝ちが唯一残されていた。47.Rf6+! Kh5 48.Nxb2 Kh4 49.Nd3 Kg3 50.b5 Nh5 51.Rh6 h2+ 52.Kh1 Rg8 53.Nc1 Rg5 54.Bg2 Re5 55.Re6

客観的な評価が続いているが黒は一番良くても引き分けより良くなるはずがない。

47…Nh5 48.Rf7?

 これが最初のつまづきだった。48.Rf5! Ng3 49.Rxg5 Kxg5 50.Bd3 Nh5 51.Nd1 Nf6 52.Nc3 なら白にだけ勝つ可能性があった。

48…Re5! 49.Bf5 Rxe3

50.Nd3??

 そしてこれが最後のつまづきだった。50.Bxg4 Rg3+ 51.Kh2 Rxg4 52.Rxc7 Rxb4 53.Nd3 のあと引き分けになる可能性が最も高かった。

50…Kg5 51.Rf8 Rg3+ 0-1

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(この号終わり)

2012年11月09日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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「ヒカルのチェス」(295)

「British Chess Magazine」2012年7月号(1/1)

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棋力診断

IMショーン・トールバット

 あなたはヒカル・ナカムラと並んで白番を持ち、米国チェス界の新鋭のレイ・ロブソンと対局する。場所はセントルイスでの全米選手権戦である。テストは6手目から始まる。17、39、および42手目には特に注意すること。紙で指し手を隠しながら読んだ手を書き留める。すべて終わったら得点を推定棋力表と比較する。しかしドラゴンはまだ火を噴くことに注意せよ。

白 H.ナカムラ
黒 R.ロブソン

全米選手権戦、2012年
シチリア防御 B76

1.e4 c5 2.Nf3 d6 3.d4 cxd4 4.Nxd4 Nf6 5.Nc3 g6

 古典ドラゴンはシチリア防御の中で黒の最も攻撃的な戦法の一つである。

6.Be3

 2点。この手はドラゴンに対する最も直接的な戦型である。白はクイーンをd2に上げてクイーン翼にキャッスリングし、黒キングに対する攻撃を始める作戦である。

 6.f4 と 6.Be2 はそれぞれ1点。

6…Bg7

7.f3

 1点。この手は …Ng4 を防ぎ Qd2 と指せるようにしている。

7…Nc6

8.Qd2

 1点。この予定の手はクイーンとビショップをc1-h6の斜筋に並べ、たぶん将来 Bh6 と指してドラゴンビショップと称される黒の黒枡ビショップと交換する用意をしている。

8…O-O

9.g4

 2点。白は主手順をはずしてこの面白いわき道に入った。9.Bc4! が主手順で3点。

9…Be6

 グアム生まれのロブソンは白に交換させる犠牲を払ってビショップをこの地点に展開することができる。9…d5 10.g5(!) は白が良い。d5のポーンが落ちてそれに対する黒の代償は不十分である。

10.Nxe6

 2点。白はビショップを取り二重ポーンにさせた。その明らかな欠点は黒の中原の支配が強まったことである。10.O-O-O は1点。このあと 10…Nxd4 11.Bxd4 Qa5 12.g5 Nh5 13.Bxg7 Kxg7(黒が面白い)14.Kb1 Rac8 15.Qd4+ f6 16.Nd5 Bxd5 17.exd5 Qc5 18.Qxc5 Rxc5 で黒が黒枡を支配しているので収局で優勢である。

10…fxe6

11.O-O-O

 2点。白は挑戦を受けて立ちキング翼襲撃の準備をした。11.Be2 は1点。黒はすぐに強く 11…d5(!) 12.g5 Nxe4 13.fxe4 d4 と指すことができる。

11…Ne5

 11…d5 が必須で黒にもチャンスがある。12.g5 Nxe4 13.fxe4(13.Nxe4 は 13…dxe4 14.fxe4 Qc7 で黒が反撃できる)13…d4 14.Bh3 dxc3 15.Bxe6+ Kh8 16.bxc3 となれば黒は全然問題ない。

12.Be2

 1点。

12…Qc8

 黒はナイトをc4に置くことを目指している。12…Qa5 13.g5 Nfd7 14.f4 Nf7 もc3の地点に圧力がかかっているので黒が満足である。

13.h4

 2点。黒がc列で戦いを起こせるようになる前にナカムラはキング翼で攻撃しなければならない。白の狙いは h5 と突いて列を素通しにすることである。

13…Nfd7

 黒はf3の地点を攻撃して白の注意を h5 突きからそらすことを期待した。

14.f4

 2点。この手で主導権を維持している。14.Rh3 は 14…Nb6 15.h5 Nbc4 16.Bxc4 Nxc4 17.Qd3 g5 18.Bxg5 Qc5 19.Bd2 Qb4 となって私なら黒を持ちたい。

14…Nc4

15.Bxc4

 1点。この交換が最善である。15.Qd3 は 15…Nxe3 16.Qxe3 Qc5 となって圧力をかけられるので無得点である。

15…Qxc4

16.e5

 2点。このポーン突きは黒ポーンの釘付けを利用していて、黒のビショップの利きを止めている。16.h5 は 16…Bxc3 17.Qxc3 Qxc3 18.bxc3 gxh5 19.g5 Rac8 で黒にc列から反撃される。

16…Nb6

 もう勝負どころである。白は積極的に指さなければならない。

17.h5!

 3点。白はキング翼をこじ開けて詰みを目指す。黒がクイーン翼で既製の攻撃態勢が出来上がっているので他の手は遅すぎる。17.exd6 は 17…exd6 18.h5 Bxc3 19.Qxc3 Qxc3 20.bxc3 Nd5 で黒に不満がない。17.Bxb6 axb6 18.h5 Qxf4 19.hxg6 hxg6 20.exd6 Bxc3 21.Qxf4 Rxf4 22.bxc3 exd6 23.Rxd6 Rxa2 は黒の少し有利なルーク収局になる。

17…dxe5

18.hxg6

 2点。18.fxe5? は 18…Bxe5 19.hxg6 hxg6 となって白が実戦のようにクイーンをh2に転回させることができない。

18…hxg6

19.Qh2

 2点。Qh7+ による黒キングへの必殺の狙いがあり白の態勢は最良である。

19…Rxf4!

 交換損のルーク切りは黒の勝負手である。実際のところは絶対手で、19…exf4 は 20.Bd4 Bxd4(20…e5 なら 21.Bxe5 Bxe5{21…Rf7 22.Qh8+ Bxh8 23.Rxh8#。21…Rf6 22.g5 は白勝勢}22.Qh7#。20…Rf6 なら 21.g5)21.Qh7# で詰みになる。19…Kf7 20.fxe5 の方が白にとって厄介だが 20…Rh8 なら 21.Qf2+ で勝勢を維持するに十分である。

20.Bxf4

 2点。白はクイーン同士の交換になる犠牲を受け入れなければならない。20.Qh7+ は 20…Kf7 で …Rh8 の狙いが残る。

20…Qxf4+

 20…exf4 は 21.Qh7+ Kf7 22.Rh6 f3 23.Qxg6+ Kf8 24.Rh7 Qf4+ 25.Kb1 Qf6 26.Qxf6+ exf6 27.Rh3 Rc8 28.Rxf3 Rc4 29.Rg3 で白の有利な収局になる。

21.Kb1

 1点。f4で取ると黒の二重ポーンが解消されるので取らない方が良い。

21…Qxh2

 21…Nc4 は 22.Qh3 Rc8 23.Rd7 で白が良いと思う。

22.Rxh2

 1点。黒は交換損の代わりに2ポーン得になっているがそれらは弱い。g7のビショップを自由にできれば反撃も有望になる。

22…Rf8

23.Ne4

 ナイトをc5かg5に行かせるこの積極的な手は2点。23.Re2 は 23…Rf4 24.g5 Nc4 25.Ne4 で指せるので1点。

23…Rf4

24.Ng5

 1点。

24…Rxg4

25.Nxe6

 1点。ナイトが敵陣に跳びこんだ。

25…Bf6

26.b3

 2点。これは大切な手で、白ルークを最下段から解放し、黒ナイトがc4を通って侵入するのを防いでいる。

26…Nc8

27.c4

 2点。このポーン突きはb7のポーンを取ってパスポーンにする目的である。27.Rd8+ も指したくなる手だが 27…Kf7 のあと 28.Rxc8 Kxe6 で反撃できて黒が良い。

27…Nd6

28.c5

 1点。白は黒の手を恐れず自分の作戦を続けている。これはカスパロフとのトレーニングで教わったことなのだろうか。

28…Nb5

29.Rd7

 1点。

29…Kf7

30.Rxb7

 1点。ナイトに対する当たりはチェックで返されるが、白は戦術を読んでいた。

30…Rg1+

31.Kc2

 1点。31.Kb2 は 31…e4+ 32.Kc2 Na3+ 33.Kd2 Kxe6 34.Rxa7 Nb5! で黒が勝つ。

31…Na3+

32.Kb2

 1点。駒損しないためにはこの手しかない。

32…Nb1

 黒は …e4+ で救うことができることを知っていてナイトを変な地点に進めた。代わりに 32…Kxe6 は 33.Kxa3 Rc1 34.Kb4 でcポーンを守り Kb5 から Kc6 の用意ができる。

33.Nd8+

 1点。ナイトはここに行かなければならないが、黒キングの当たりからの逃げ道は用意してある。

33…Ke8

34.Nc6

 1点。ここしかないが良い手である。

34…e4+

 黒のeポーンは危険な存在だが白はチャンピオンになるだけあって自陣の潜在力を見通していた。

35.Kc2

 1点。

35…Na3+

36.Kd2

 こう指すよりないが1点。

36…Nb1+

37.Ke3

 1点。白キングはチェックを逃れながら前進する。

37…Re1+

38.Kf2

 1点。

38…Rc1

 重大な局面である。

39.Rh7!!

 d7に狙いをつけるこの好手は4点。

39…Rc2+

 39…Rxc5 なら 40.Nxe7 Rh5 41.Rxh5 gxh5 42.Nf5 a5 43.Nd6+ Kd8 44.Nxe4 Bh4+ 45.Kf3 で白が圧倒的に優勢になる。この変化を読んでいたらボーナスとして1点。

40.Kg3

 1点。白はチェックをかわさなければならない。

40…Rc3+

41.Kg4

 1点。キングが少しずつ前進する。

41…e3

42.Nxe7!

 3点。これが狙い筋で、このポーンを取ればルークによる詰み狙いの攻撃に黒キングが防御不可能になる。

42…e2

43.Nd5!

 レイ・ロブソンにポーンを昇格させるこの卓抜した着想は3点。

43…Rg3+

 43…e1=Q は 44.Nxf6+ Kf8 45.Rbf7# で詰みになる。

44.Kf4

 1点。必須。白はこの大胆な手を指さなければならない。

44…Bg5+

  44…e1=Q は 45.Nxf6+ Kd8 46.Rb8# で詰む。

45.Ke5!!

 この妙手は3点。キングが盤上を駆け上がって詰みの攻撃を助ける。

45…e1=Q+

46.Kd6!

 2点。この妙着で黒にチェックでクイーンを作らせても Rh8 による詰みの狙いがある。

46…Bf4+

 46…Be7+ なら 47.Rbxe7+ Qxe7+ 48.Rxe7+ Kf8 49.c6 Nc3 50.c7 Nb5+ 51.Ke6 Nxc7+ 52.Rxc7 で白の勝ちになる。

47.Nxf4

 1点。黒は駒を犠牲にして詰みを防ごうとしてくる。

47…Rd3+

 47…Qd2+ は 48.Nd5 で詰む。

48.Nxd3

 1点。

48…Qg3+

49.Ne5 1-0

 1点。黒は詰みを防ぐことができないので投了した。

 そして得点を合計して下表と比較する。

 70点(満点) あなたは来年3月ロンドンで開催される挑戦者決定大会に招待されるべきである。
 64-69点 グランドマスター
 54-63点 国際マスター
 51-62点 FIDEマスター
 40-50点 国内マスター
 30-39点 地域強豪選手
 20-29点 クラブ選手
 10-19点 初心者
 0-9点 もよりのチェスクラブに入りなさい

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(この号終わり)

2012年11月16日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(296)

「Chess」2012年10月号(1/1)

 2012年8月27日から9月10日までイスタンブールで開催された第40回チェスオリンピアードで米国チームは5位に終わりました。GMナカムラは席順順位で第1席の4位でした。

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イスタンブール・オリンピアード

GMダニエル・ゴーマリー


 第7回戦でトルコに勝っていかにも嬉しそうなチームUSAの(左から)ヒカル・ナカムラ、ジョン・ドナルドソン(監督)、レイ・ロブソン、アレクサンドル・オニシュク。ガータ・カームスキーとバルージャン・アコビアンは写っていない。

 米国は大会の終盤にかけて注目の的だった。ナカムラはいつものように決然とした表情だったし、第2席のカームスキーと共にどのチームにとっても大きな脅威となっていた。

 第9回戦で実際順位争いが激しくなり始めた。この回でそれまで不敗のロシアが意気上がる米国チームと当たった。例によって威勢のいいナカムラは試合の前にツイッターに次のように書き込んだ。「ついに決戦の日が来た。悪逆なロシア人たちに対してすべてを注ぎ込んで我々のこれ以上はない最高の力を発揮するときだ。行け、USA!!」

 クラムニクとの試合は早々と引き分けになるように見えたが、ナカムラは大きな危険をおかすことにした。

第9回戦 米国対ロシア
H.ナカムラ – V.クラムニク

21.Bb4 Nc6 22.Ba3 Na5 23.Nb1!?

 ナカムラはきっとクラムニク相手にこのような手を指す世界で唯一の選手だろう。実際彼の早い引き分け嫌いはよく知られていて、彼以前のフィッシャーとよく似ている。IMリチャード・パートが最近見せてくれた試合を思い出す。その試合で彼はナカムラ相手に勝勢になった。交換得で1ポーン得だったが、ナカムラにもたとえ客観的には敗勢でもまだ指す余地があった。神経質になったリチャードは引き分けを提案したが、即座に拒否された。完全に困惑した彼はそのあと数手で負けてしまった。

23…b5 24.h4 Nc6 25.Bc5 Qb8 26.Qe2 Na5 27.Nd2 Rxc5 28.dxc5 Qc8

29.Nf3?

 これは方向が違う。しかしナカムラの生存本能はいつもキング翼に向かう。白は 29.Nb3! Nc4 20.a4 の方がずっと良かった。

29…Qxc5

 これで黒に十分な代償がある。

30.Nh2 Bg7 31.h5

 白はキング翼でどう指そうとするのかいっこうに見当もつかない。どのように敵陣突破するつもりなのかまったくはっきりしない。しかし彼には援助の手が差し伸べられるところである・・・

31…g5??

 この回戦で食中毒を起こしているようだったクラムニクはヘボ手で完全に試合をふいにした。31…Rc8! か大胆な 31…Qxc3! でも黒は問題なかった。

32.h6!

 クラムニクがこれを見落としたとは信じがたい。しかしこれで白の指し手が大いに活気づいた。

32…Bxh6 33.Qh5 Bg7 34.Qxg5 Nc6 35.Ng4 Qe7 36.Qxe7 Nxe7 37.a4 d4 38.axb5 Bxb5 39.Rxa7 d3 40.Rxe7 d2 41.Rd1 Be2 42.Ne3 Bxe5 43.c4 h5 44.Ra7 h4 45.Ra2 Bxd1 46.Nxd1 hxg3 47.fxg3 Bxg3 48.c5 f5 49.Ra7 e5 50.c6 e4 51.Bh3 Rc8 52.Ra6 Rf8 53.Ra5 f4 54.Kf1 e3 55.Ke2 Rf6 56.Ra8+ Kg7 57.Ra7+ Rf7 58.Rb7 Kf6 59.Kf3 Re7

 何とかごまかそうと獅子奮迅の指し回しのあと、異色ビショップが盤上に残り白のナイトがいい態勢でないのでクラムニクがチャンスをつかみかけた。

60.Rxe7 Kxe7 61.c7 e2!

 渾身の一手だが白の次の手によって超越されてしまった。

62.c8=N+!!

 スタディのような手で、あろうことかクラムニクに1992年マニラオリンピアードで衝撃的なデビュー[訳注 9戦8勝1分]を飾って以来オリンピアードで初の負けを見舞った。62.Kxe2 f3+ 63.Kxf3 Bxc7 は引き分けである。ビショップとナイト対ビショップは容易に持ちこたえることができ、d2のポーンがナイトを交換しないで取れるかさえ定かでない。62.c8=Q?? は 62…exd1=Q+ で黒の勝ちになる。

62…Kf6 63.Kxe2

 2ナイトと1ビショップ対1ビショップは簡単に勝てる。異色ビショップも好都合である。ビショップ同士が交換になって2ナイト対単独キングの引き分けになる可能性がない。

63…Ke5 64.Nb6 Kd4 65.Bg2 Be1 66.Nd5 Ke5 67.Nb4 Bh4 68.Nd3+ Kf5 69.Kxd2 Kg4 70.Ke2 Bf6 71.N1f2+ Kg3 72.Bf3 Bd8 73.Ne4+ Kh4 74.Ne5 Bc7 75.Ng6+ Kh3 76.Ne7 Bd8 77.Nf5

 白はすべての駒が白枡にいる。

77…Bb6 78.Kf1 Kh2 79.Bg4 f3 80.Nh4 1-0

  Nxf3 から Ng3 または Nf2 の2手詰みになっている。

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(この号終わり)

2012年11月23日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(297)

「Chess Life」2012年12月号(1/4)

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イスタンブール・オリンピアード

FMマイク・クライン


チームUSA男子 左からGMガータ・カームスキー、GMレイ・ロブソン、GMバルージャン・アコビアン、IMジョン・ドナルドソン、GMヒカル・ナカムラ(GMアレクサンドル・オニシュクは写っていない)

・・・してくれさえすれば

 第5シードの米国チームにとってイスタンブールでの第40回チェスオリンピアードでの立派な5位という最終順位は、わずかにメダル獲得に届かなかった「・・・してくれさえすれば」というシナリオが永遠につきまとうだろう

 大会が9回戦で打ち切られていたら米国は同点1位だったのに。2008年より前のように14回戦のままだったら大会終盤での突進を続け結果の階段を昇り続けることができたかもしれないのに。第10回戦での劣勢の収局がしのげていたら最終回戦で優勝目指して対局していただろうに。そして最後に、他チームが最終回戦で番狂わせを演じていたら米国が表彰台に立っていただろうに。

 これらのどれも起こらなかった。しかし8月下旬から9月上旬にかけてのトルコでの奮闘は確かに以前の偉業にも匹敵した。第9回戦での勝利はそれまでばく進していたロシアチームに対する米国チームのやっと2度目の勝ち点だった。主将のGMヒカル・ナカムラは降格を用いて元世界チャンピオンのウラジーミル・クラムニクにオリンピアードで初めての敗戦をみまった。GMガータ・カームスキーは副将として全回戦を指し個人別の銅メダルを獲得した。米国人として60年のオリンピアードで1度も休まなかったのは初めてだった。

 米国の男女チームはオリンピアードの序盤では好調だった。8人の米国選手は初日は8-0だった。翌日は両チームとも3½-½ だった。カームスキーは過去のいくつかのオリンピアードでは(そしてナカムラが抜け番の第1回戦でも)最高のレイティングだったが、間違って主将席に着いた。仲間と笑い合って副将席に移り難なく勝った。

 彼の席を取った男は最近なぜ世界の5強に入ったのかの理由をみせつけた。ナカムラは今大会で初の有名な頑強さを発揮した。第1回戦を休んだあとは弱体化したリトアニアチームの事実上の第一人者であるGMビドマンタス・マリサウスカス相手の白番だった。中盤戦はナカムラにとって成果が上がらなかったがマリサウスカスは互角の形勢に満足しなかった。レイティングが300以上も下で突然ポーン得になり格下は引き分けの収局を避け千日手も避けた。わずかな優勢は消え盤上に少しの間4クイーンが現れたあと試合は一見完璧な引き分けにもつれ込んだ。両者にクイーンと1ポーンがあり、両方のポーンとも最終段からは等距離で、両方のキングとも同じくらい活動的だった。どこからともなくナカムラはチェックから完全に遮蔽されたキングを利用して封鎖する手段を見つけた。マリサウスカスは最後のポーンを失ったあとキングが無人地帯で取り残されるという不運に見舞われた。敵ポーンの前にいるわけでもなく十字チェックを避けられるほど遠く離れてもいなかった。米国選手権戦で2局の100手超の引き分けと一ヵ月後のタリ記念大会でのもう1局のあとナカムラはようやく3桁手数の収局に勝った。

107手
ヒカル・ナカムラ(FIDE2778、米国)
ビドマンタス・マリサウスカス(FIDE2451、リトアニア)
第40回チェスオリンピアード、オープン、第2回戦、2012年8月29日

78.c7

 ナカムラはランダムなチェックでいくらか時間を稼いだあと、引き分けを避け果敢に戦いを続行した。

78…g1=Q 79.Qc3+ Kd1 80.Qc1+ Ke2 81.Qc4+

 ナカムラがいつ昇格させるか分からないまま1クイーンが2クイーン相手に戦うのを見るのは興味深かった。

81…Kf3 c8=Q

 ようやく。

82…Qgd4+ 83.Qc3+ Qxc3+ 84.Qxc3+ Kf4 85.Qd2+

 黒は重大な決断を迫られている。キングをクイーン翼に引き戻して引き分けを確実にすべきだろうか、それともキングにポーンを支援させることによって頑張り続けるべきだろうか。

85…Kf3

 この手自体は間違いでないが、ずっと危険な選択肢だった。黒は中盤戦の大部分で優勢だった。そしてたぶん気持ちの切り替えができていなかった。

86.Qd3+ Kf4 87.Qf1+ Kg3 88.Qd3+ Kf4 89.Qd2+ Kf3 90.Qd5+

 そして黒にこう指させる。

90…e4 91.b5 Kf4 92.Kc1 e3

 まだ十分引き分けの範囲内である。しかし無限チェックをかけ始める方が確実に楽だったようだ。白がクイーン同士を交換しても黒キングはまだbポーンの正方形の内側である。

93.Kd1 Qa5 94.Ke2

 突然白キングが黒キングよりも働いている。

94…Qc3 95.Qf7+ Ke4 96.Qe6+ Kf4 97.Qd6+ Qe5 98.Qb4+ Kf5 99.b6

99…Qh2+

 99…Ke6 なら互角だった。

100.Kxe3 Qg1+?

 テーブルベースによれば 100…Ke6 が唯一のしのぎである。しかしマリサウスカスは状況の大変転のあと明晰に考えることができなくなっていた。ナカムラ相手にこの収局を防御するのは悪夢で、これから明らかになるように一手一手が重要である。

101.Kd3 Qf1+ 102.Kd4 Qg1+ 103.Kc4 Ke6

 黒キングはポーンの前にいるか下隅のようにはるか離れた所にいたかった。実戦は代わりに中途半端で、自分のクイーンのチェックの邪魔になるだけである。

104.b7 Qf1+ 105.Kc5 Qf8+ 106.Kb5 Qf1+ 107.Qc4+ 黒投了

 オリンピアードでの最初の2局を勝ったあとGMレイ・ロブソンは対局場に残り、有線テレビ中継でのナカムラの大奮闘に引きつけられていた。勝利が見えるずっと前から先見の明のあるロブソンは、どうやるかは全然見当もつかないがナカムラが勝つ手段を見つけるだろうと予想していた。「彼は劣勢の局面から相手を圧倒することにかけては驚異的だ」とロブソンはチームメイトを評した。「2006年に[オリンピアードで]彼は強豪相手の2局でまったく負けの局面だったが1局は勝ってもう1局は引き分けだったと思う。」

 「ほぼ5回も勝たなければならなかった」とナカムラは言い、以前に4クイーンの試合を指したことがあると付け加えた(1局は2006年オリンピアードでのGMビクトル・ラーズニチカ戦で、本大会でもまた顔をあわせた)。「どうしてか分からないが、彼はいくらでも引き分けにできたのに、勝ちを目指し始めた。」

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(この号続く)

2012年12月14日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(298)

「Chess Life」2012年12月号(2/4)

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イスタンブール・オリンピアード(続き)

 第3回戦は男子と女子で運命が別れ始めた。前の回戦で大きなレイティング差に楽した男子はベネズエラ戦でも3½-½ で大勝した(今回は二つ目のクイーンを作ったのはカームスキーの番だった)。

 そのあと男子は穏やかな形で逆境に立たされた。第4回戦のインドから3回戦連続勝ち点を分けた。ナカムラは最初の2700台のGMクリシュナン・サシキラン相手に猛烈な攻撃を仕掛けた。侵入した駒の旋風により交換得になったが、奥深く進攻したルークポーンで勝つことに期待してそれを返却した。しかしインドのグランドマスターはしのげそうに見えたちょうどその時に軽率にそのポーンを取り頓死を食らった。同じインド戦でカームスキーは布局から苦心し、相手の広さの優位を克服しようとしている間いらいらしているように見えた。そして今大会唯一の負けを喫した。下位2局が引き分け米国は初の足踏みになった。

 この引き分けで米国はずっとあとまで上位チームとの対戦から遠のいた。組み合わせ的にはいくらか楽にはなったものの、次のチェコとドイツには2600台と2700台がどっさりいて難敵だった。米国はまだその8局中7局で少しレイティングが上回っていたが全局引き分けに終わり、6戦して3勝3引き分けになった。

 次の2回戦で米国は格下を圧倒し続けて軌道に乗った。まず開催国から3½-½ をもぎ取り、それからほとんどが2400台のできすぎのマケドニアチームも負かした(本大会の組み合わせは単純なスイス式でなく、チームのレイティングよりも順位判定の成績に従っていた)。

 ナカムラは 1.g3 などの非定跡形の布局に転じた。これらは彼が時おり好んで指している。チーム団長のIMジョン・ドナルドソンはトルコ戦の最中に「彼は相手よりもチェスをもっと深く理解していてそれを示す機会を欲しがっているようだ」と語った。「相手は何でもかんでも指すようで、6、7時間もかけてそれらすべてを見る気がしなかった」とはナカムラの言い分である。「これは最終的にはまったくうまくいった。」実際ナカムラは31手で詰みに討ち取った。

 チームが上向きになったところでドナルドソンは首位になるためには実力以上を出さなければならないと言った。「5位から10位のチームを見ると30ほどしかレイティングが離れていない。これは統計的には無意味だ。自分のレイティングどおり、あるいは少しだけ上の実力を発揮するだけでは十分でない。この大会でメダルを取るためにはきっと2730から2740の実力を出さなければならないだろう。」米国チームの大会前の平均レイティングは過去最高の2702で、大会終了時の実効レイティングも過去最高の2710だった。これは銅メダルを獲得した2006年と2008年の時よりも50ほど高い。GMバルージャン・アコビアンを除く全員がレイティング以上の実力を出した。

 2戦の勝利で米国チームは5勝3分けの13点になった。ナカムラは「上位国のどこともまだ対戦していない。どういう結果になるか本当に楽しみだ」と言った。彼の望みは第9回戦でかなえられた。米国にとっては初めての大一番で、最高の形で実現した。平均レイティング2769(誤字ではない)でまだ負けなしのシード1位のロシアチームが米国を待っていた。ロシアは最高16点のうち15点をあげ、個々の対局で1試合しか負けていなかった。だからなぜ両チームが組み合わされたのか。それはただ単にロシアが他のすべてと対戦済みだったからだ。これまでの5回戦の相手は中国、ハンガリー、アルメニア、アゼルバイジャンそれにウクライナという強豪ぞろいだった。つまりシード2位、3位、4位、6位、それに7位である。他の上位10位以内のチームは苦戦していて、シード5位の米国が金メダル争いを面白くする最後の可能性を持っていた。

 「この回戦は本当に重要だ」とドナルドソンが言った。「我々はいるべきところにいる。これは大会の初めから目指していたことだ。このような対戦で少しも気持ちが高ぶらなければ、血管を氷水が流れているのだろう。」そしてそれからヨーダ[訳注 スターウォーズに登場するエイリアン]と交信しながら「うまく伝達される神経過敏はそれに支配されなければ非常に役に立つ力になる。」

 過去の統計上は米国チームが芳しくなかった。オリンピアードで米国がロシアに勝ったのは1度だけだった。2008年と2010年はほとんど同じ顔ぶれで負けている。カームスキーは2年前GMアレクサンドル・グリシュクに負けていて、通算成績でも負け越していた。GMアレクサンドル・オニシュクはハンティ・マンシースクでの敗戦を含め半ダース以上の対戦でGMセルゲイ・カリャーキンに勝ったことがなかった。ナカムラは正規チェスでGMウラジーミル・クラムニクと互角の対戦成績だが白ではまだ勝ったことがなかった。ロシアのオリンピアードでの通算成績は +103 =22 -16 というものすごいものだった。おそらく最もすごいのはクラムニクのデータである。7回オリンピアードに出て64局指し1回も負けたことがなかった(初めて出場した1992年はFIDEマスターにすぎなかったが8½/9の成績で2958の実効レイティングだった)。

 ドナルドソンは好調のロブソンを四将に起用した。たぶん十代の選手なら以上のような過去のしがらみにとらわれないと期待したのだろう。彼の試合も見逃せなかった。黒番のオリンピアードルーキーの相手は五将での金メダルを獲得したスーパーGMドミトリー・ヤコベンコだった。

 米国選手はカームスキーを除いて皆黒っぽい服装だった。カームスキーはいつもの灰色の袖なしシャツを着てニューヨーク市の野球帽をかぶっていた。オニシュク、カームスキーそれにロブソンは着席しても押し黙ったままだったが、ナカムラはクラムニクとちょっと談笑した。観戦者とメディアは米国とロシアの対決見たさに主将席の回りに集まってきた。

 ナカムラは第7回戦でのキング翼インディアン攻撃を用いたがすぐに自分から前局とは異なる布局にもっていった。13手目で30分多く使っていた。g2-g3 グリューンフェルトに移行したあとナカムラは正着を探しながら天井を見るのと自分の紅茶を見つめるのとを繰り返した。クラムニクも同様に落ち着かない様子で、いつものポーズで頭をたれ両手を広げて耳のところで顔を挟んでいた。

 グリシュクも同様にどこかに手本がないかと探していた。手番のときは絶えず場内を見て回り初手からのたった6手に16分も使った。90分に毎手30秒の追加というFIDEの最近の持ち時間では永遠にも匹敵する時間の使いっぷりである。ヤコベンコは両手で知的なスーパーヒーローのように顔全体をおおい薬指と小指の間からのぞいていた。カームスキーは椅子から立ち上がり、紅茶に付けられていた個人用のパックから蜂蜜の注射を摂取して緊張を解いていた。

 試合開始から1時間くらいたった頃ドナルドソンは既に手ごたえを感じていた。彼によるとロシアはコーチとしてイスタンブールに3人のグランドマスターを連れてきていたが、米国は一人だけだった(GMユーリ・シュールマン)。そしてロシアチームは布局の準備のためにリモートアクセスのコンピュータを使っているとも言った。「彼らのスーパーコンピュータは普通の4コアのラップトップでなく32コア構成の特別製だ。この回の準備には非常に気を使ったが、彼らの研究をかわしたと思う。」米国はひそかにテキサス工科大学のコンピュータを使っていたことが大会終了後明らかになったが、ドナルドソンはそれほど強力でないと思っていた。

 最初に終了したのはオニシュク対カリャーキン戦で、盛り上がりのない引き分けだった。「こちらが勝つのは難しいと分かっていた」とオニシュクは言った。「カリャーキンの常用布局は手堅い。黒では何の危険も冒さない。」この時点でグリシュクは1時間多く使っていて、14手指し残りはわずかに12分しか残っていなかった。ナカムラは大きな決断をしなければならなかった。局面を繰り返す可能性があり、審判にドナルドソンと相談してよいかと尋ねた。ドナルドソンは「世界の5強に入る奴だ。誰が彼にどうしろと言えるものか」と回想している。

 ナカムラは雄々しくも引き分けを避けたが、それは守勢に Nb1 と引くことを意味した。そのあとまもなく彼は前進を開始した。オニシュクはチームの結果がどうなると思ったかについて話した。「客観的にはヒカルの方が形勢が悪かった。しかし今は主導権を握っている。はるかに良いのかもしれない。ガータは少し優勢だ。レイは本当に心配だ。持ち時間が2時間あれば受けきれるかもしれない。緊張感は本当に高まっている。[ヤコベンコとレイの]二人は本当に冷静に見えるが私に言わせれば緊張感はある。」

 残りの3局は5時間以上続いた。そして見物人はどの試合を見たらよいか決められなかった。GMガリー・カスパロフだけはそうでなく、たえず大股で歩きながら第1席の元生徒の試合にだけほとんど集中していた。いつもなら眉をつり上げて指された手に困惑の表情を浮かべながら立ち去るところだった。

 ロブソンが負けるのが明らかになってきたとき米国に第2席から良いニュースが届いた。グリシュクがもっと簡単に引き分けにする手段があったにもかかわらず、ルークとビショップ対ルークの収局を守ることにした。50手の防御にすべきことを始めるのに持ち時間が1分ほどで、グリシュクは早くも間違えそれからたった8手で投了した。「彼は疲労でポカをした」とかームスキーは解説した。

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(この号続く)

2012年12月21日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(299)

「Chess Life」2012年12月号(3/4)

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イスタンブール・オリンピアード(続き)

 対戦はこれで互角になりすべては主将戦に委ねられた。ナカムラは一時ルーク得だったが、2段目のうるさいポーンを始末する手段を見つけられなかった。ついにはその1ポーンに他の2ポーンが加わり、彼はまだ勝勢なのかと多くの者がいぶかっていた。観戦席からこの回の一部始終を見ていたアコビアンでさえナカムラが思い描いていたきらめく着想にすぐには想到しなかった。「そうか!」アコビアンは妙着に気づいた時のことを覚えていた。

「そうか!」
GMヒカル・ナカムラ(FIDE2778、米国)
GMウラジーミル・クラムニク(FIDE2797、ロシア)
第40回世界チェスオリンピアード、オープン部門、第9回戦
2012年9月6日

53.Ra5

 クラムニクのポーンを全部彼のビショップと同じ色に固定することから始めた。

53…f4 54.Kf1 e3 55.Ke2 Rf6

 ポーンはせき止めたがどうやってそれらを解体するか?ナカムラはまずチェックで様子を見る。

56.Ra8+ Kg7 57.Ra7+ Rf7 58.Rb7

58…Kf6

 もちろん 58…Rxb7? は 59.cxb7 Kf6 60.Bg2(60.b8=Q? は急ぎすぎで 60…f3+ 61.Kxf3 Bxb8 と素抜かれてしまう)60…Ke7 61.Bf3 Kd7 62.b8=Q で駄目である。

59.Kf3 Re7?

 この手はナカムラが事前に読んでいた驚きの終局を迎える。クラムニクが状況を良くしたかったのは当然だった(ポーンを突き進めるのを狙い、60.Bf1 ならキングをcポーンにもっと近づけることができる)。59…Kg7? は 60.Be6 で即負けとなる。59…Kg6 ならもっと頑張れるが、ナカムラはそれでもナイトを働かせ黒ポーンを監視することにより勝つことができる。

60.Rxe7 Kxe7 61.c7 e2

62.c8=N+!!

 これが勝つための唯一の手段である(62.Kxe2? f3+ 63.Kxf3 Bxc7 =)。

62…Kf6 63.Kxe2 Ke5 64.Nb6 Kd4 65.Bg2 Be1 66.Nd5 Ke5 67.Nb4 Bh4 68.Nd3+ Kf5 69.Kxd2 Kg4 70.Ke2 Bf6 71.N1f2+ Kg3 72.Bf3 Bd8 73.Ne4+ Kh4 74.Ne5

 ナカムラは決してfポーンを取らない。それは2ナイトで勝つために相手のポーンを残す必要がある時のためでもあり、ただ単に取る必要がないためでもある。

74…Bc7 75.Ng6+ Kh3 76.Ne7 Bd8 77.Nf5 Bb6 78.Kf1 Kh2 79.Bg4 f3 80.Nh4 黒投了

 クラムニクは2ナイトで詰まされるよりも投了を選んだ。

 「勝つにはあの手段しかなかった」と興奮したカームスキーが言った。「きれいだ。2ナイトのタンゴだ。」それから自分を落ち着かせて「今日はうまくいった。だが可能性については話したくない」と付け加えた。そして「劣勢の局面で長い間粘るロブソンの能力が上位2局でロシアの焦りを誘って米国チームを助けたのかもしれない」と語った。

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(この号続く)

2012年12月28日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3

「ヒカルのチェス」(300)

「Chess Life」2012年12月号(4/4)

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イスタンブール・オリンピアード(続き)

 ナカムラは「チームの主将を務めることがうれしい」と言った。「[主将の]プレッシャーが楽しい。プレッシャーのもとで自分の力を発揮できる気がする。チーム戦では主将戦が対戦の帰趨を決めることが多いので最も大事だと思う。どの国にも少なくとも一人や二人強い選手がいるものなので、上位2選手の試合がもっとも拮抗しているのが普通だ。・・・チームのために勝つ機会に恵まれること、そして非常に厳しい状況で試合に勝つことに努力すること、本当にこれらよりはるかにいい気持ちはない。」

 これで米国が首位に並んだ。そして第8回戦のあとロシアの楽勝と思われた優勝争いが今や自由競争になった。

 米国は1976年以来の金メダルを目指し最終回戦前の中国戦に運命をかけた。対戦序盤ではどちらのチームにも本当のチャンスは生まれなかった。アコビアンは白で優勢になれず最初に引き分けた。カームスキーも同じで、実際は均衡を保つために注意深い防御が必要だった。ナカムラは定跡形のスラブの黒で乱戦に持ち込もうとしたがやはり引き分けに終わった。主将戦の黒番での引き分けは満足できる結果で、相手のGMハオ・ワンは意外にも直接対決では手ごわい相手で2010年のオリンピアードでナカムラを負かし今年もさらに3回負かしていることを考えれば特にそうである。

 勝敗は今やオニシュクの肩にかかった。彼はルークと3ポーン対ルークと2ポーンの収局という面白くない防御をしなければならなかった。表面的には難しいところがなさそうで、特に彼のような堅実な選手にとってはそのように思われた。しかしポーンが清算されていくところで、GMリーレン・ディンは最後の落とし穴を見つけオニシュクはそれにはまった。オニシュクは両手で頭をかかえ顔を上げることができなかった。そして投了して、まだうつむいたまま対局場から出てきた。

 「彼は頑張った、プロだ」とアコビアンは言いオニシュクが最終戦のために立ち直ることが非常に大切だと付け加えた。オニシュクはチームの誰よりもはるかにオリンピアードの経験が豊富だった。ただ一人過去5回のオリンピアードに出場し、ウクライナ選手としてさらに3回出場していた。この敗戦でも彼は実際のレイティングよりも高い実力を発揮して2012年オリンピアードを終えた。それは米国のために出場したすべてのオリンピアードで成し遂げてきたことだった。

 米国チームは休養日で気持ちを切り替え、2008年に銅メダルを獲得したのと同じような状況で第11回戦を迎えた。勝つことが必要で、それもたぶん大差で、そして他チームの援助も必要だった。具体的にはハンガリーがアルメニアに、ドイツがロシアに番狂わせで勝つことが必要だった。

 ポーランド戦の黒番でナカムラは妥協なきチェスを指した。しかしGMラドスラフ・ボイタシェフ相手戦で陣地の広さの不足に苦しみついに投了しなければならなかった。この結果で主将席の個人順位が入れ替わった。ナカムラが引き分けていたら個人別の銀メダルを獲得していた。代わりにボイタシェフが銀メダルに輝いた。

 オニシュクはまた不利なルークとポーンの収局になった。しかし今回は容易にしのぎきった。カームスキーとロブソンは驚くほど似通った収局になったが、そこまでの経過は異なっていた。カームスキーは布局での手筋を見逃し中盤戦ではキングがd3の地点に行った。素通しの筋があちらこちらある中うまく危機を乗り切り、異色ビショップの収局で相手を圧倒して勝った。この時点でロシアとアルメニアが共に勝つのは明らかだったけれども、米国が対戦に勝って5位以内に入るためにはロブソンがほとんど同様の不均衡の局面を勝つことが必要だった。米国選手は皆この試合の回りに集まり結果を見守った。

 「貴重な経験をしたと思う」とロブソンは初めてのオリンピアードについて語った。彼は補欠だったにもかかわらず8局も指した。「そんなに多く対局するとは全然予期していなかった。ジョン(ドナルドソン)が多くの機会を与えてくれて本当に嬉しい。」

 結果が入ってきてアルメニアが順位判定でロシアをかわし、今回までの4回のオリンピアードで3回目の優勝を飾った。連覇のかかっていたウクライナは単独3位に落ち着いた。女子ではロシアが順位判定で中国をおさえて金メダルに輝き、やはりウクライナが銅メダルだった。

 最近の米国選手権戦で引退が近いことをほのめかしたカームスキーはエネルギーの不足のためではないことを実証した。全11局を指し8½ 点でチーム内で最高の実効レイティングをあげて、オリンピアードで初の個人メダルとなる銅メダルを獲得した。ドナルドソンは最高のチームは5選手全員を使わなければならないとどの大会でも力説していたが、チーム内最年長の選手のカームスキーを全然休みなしで使うとは示唆していなかった。獅子奮迅の活躍は1952年のヘルシンキオリンピアードでロバート・バーンとアーサー・ビズガイアーが全局指して以来初めてのことである。これでカームスキーは5回のオリンピアーで可能な58局のうち54局指したことになる。

 ナカムラはそれでも2800近い実効レイティングをあげ第1席の個人賞で4位になった。大会期間中彼はボビー・フィッシャーの持つ米国選手の最高レイティングを更新するかという質問をはぐらかし、大会が終わるまでは公式記録でないと言い続けた。FIDEが10月のレイティングの補足を発表したとき、記録本は書き換えが必要になった。ナカムラはフィッシャーの最高記録を1だけ上回り、2786に上り詰めた。

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(この号終わり)

2013年01月04日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ヒカルのチェス3